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嘘 2
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「って…は?……な…んだよ、これ!!?何かの間違いだろ!?」
胸ポケットからスマホを取り出し、この1週間どうしても消せなかった葵の名前をタップすると、中野さんの言ったとおり電話会社のアナウンスが流れるだけ。
俺の頭は真っ白になった。
「…ちょっと、行ってくる」
「行くって…まさか!?」
「真田本家!今日のアポ、全部キャンセルしといて」
振り返りもせずに叫んで、非常階段を駆け下りた。
インターフォンを押すのもまどろっこしくて、玄関の戸を叩き鳴らす。
「葵!!りっちゃん!!!どっちでもいいから出て来て!!」
使用人から門前払いか、セキュリティ会社に連行されるか。
そのどちらかを覚悟していたが、意外にも玄関の戸を半分開けたのは真田律だった。
「りっちゃん、どういうこと!?」
「帰れ」
隙間から覗く顔は、別人のように青白くやつれている。
「葵は!?」
「…帰れ。お前と話すことなんて何もない」
細められていく隙間に靴をねじ込み、ドアをこじ開けると、遠巻きに使用人達がこちらを見ていた。
「俺は…りっちゃんなら…りっちゃんしか葵を幸せにできないと思ったから…!!」
「…」
「それが東雲瑠美と婚約って、何でこんなことになってるの!?」
「……」
「葵はどこ?このことを知ってるの?」
「………」
「どれだけ葵が傷つくか、分かってて何で!?」
虚ろな目で何も答えようとしない真田律に、我慢の限界だった。
「黙ってないで何とか言えよ!!!」
「………した」
「は?」
「瑠美が妊娠した」
「…は?…」
全く予想していなかった言葉に、一気に血の気が引いていくのが分かった。
「まだかなり初期だけど、間違いない」
「なん…で、そんな事に…」
へたり込む俺を、さっきまで虚ろだった目が、憎悪の火を灯して見下ろしたかと思うと、胸ぐらを掴んで立たされた。
「お前が……お前とアオが純粋に付き合ってると思ったから!!お前が真田との契約目当てにアオに近付いていたなんて知らなかったから!!」
俺と葵が付き合っていたことを知っていたのはごく一部の、限られた人間だけだ。
しかも、付き合ってたった一ヶ月で真田律に奪い返されたというのに。
俺と葵の仲を知って、今、瑠美の妊娠が発覚するってどういうことだ?
わざわざ葵が報告したとは考えにくい。
「…なんでそんな前に知って…?」
「…っ」
俺の襟を締め上げていた両手の力が、微かに緩められ、刺すようだった視線が気まずそうに逸らされた。
もしかして、葵が真田本家を出た後も、心配で様子を見に来ていた?
でも、俺が葵とプライベートでまともに会ったのなんて、正式に交際を申し込んだあの日だけーー
ふと、葵の家のガレージで、葵にキスしたときの記憶が蘇る。
あの時、葵と、闇夜の中遠目に見送ったのは、白いSUVだったかもしれない。
葵が家を出た後も、密かに見守り続ける程、葵のことが好きだった。
だから、俺と葵のことを知り、葵の幸せを願って、葵への思いを断ち切るために、瑠美を抱いたのかーー。
まるで、あの夜の葵と同じじゃないか。
どこまで似てるんだ、この二人。
間接的に二人の絆と、思いの深さを見せつけられたような気がして、複雑な思いがこみ上げる。
でもー。
やっと真田律と結ばれたのに、こんなことになるなんて。
今、葵は、一体どれだけ苦しんでいるだろう。
「葵は…葵は今どうしてる!?」
「ハ…何?まさか俺がこんなことになったから、傷心のアオを心配するフリをしてまた近づいて、真田とのパイプを保とうとしてるのか?わざわざこんなところまで来て…そんなに金が欲しいのか!!」
「……そんなわけ…!俺は本当に葵が心配で…」
「残念だったな!アオがいなくなったのは、瑠美のことがあったからじゃない!!」
「え…?いなくなった?」
俺の問いかけに、真田律は明らかに失言だったという表情を見せた。
「いなくなったって…こんな時に!?行き先は分かってるの!!?」
長い長い沈黙の後、深い溜息と一緒に、やっと答えがしぼり出された。
「………多分…アメリカ。母親のところ…」
「母親…?葵を捨てて出て行ったっていう、あの…?」
「…そうだ。俺が葵の家に住むことになったから、葵の母親の部屋の整理をしてたら手紙が出て来た」
「その手紙に何て…?自分が捨てたくせに、会いたいとでも?」
一緒に住むことになったということは、やはり二人は結ばれて、幸せの絶頂だったはず。
今更胸を痛めることなんてない。
あんな嘘まで吐いて身を引いたんだ。
でも、母親からの手紙くらいで、何故葵はあんなに好きだった真田律から離れた?
「…それだけならまだ良かった」
「え?」
「ご丁寧に13年前、俺があの女からの伝言を、葵に伝えなかったことまで書いてあったんだよ!」
「13年前?伝言…?」
「葵の母親が出て行った日、この家に電話があったんだ。一緒に行くならパスポート持って空港に来いって」
「まさか、そのことを…伝えなかった?この年になるまで言わなかったのか!?」
固い表情で頷く真田律を見て、カッとなった。
「何でそんなこと!?」
「俺は…葵のために言わなかったんだ!それなのに…アオは…俺を責めて…ずっと隣にいて、長年アオを守ってきた俺よりも、あんな女を選んだんだ!!!」
「葵が母親に捨てられたと思って苦しんでるの、一番近くで見てたんじゃないのか!?」
今度は俺の方が掴みかかると、即座に力一杯跳ね除けられた。
胸ポケットからスマホを取り出し、この1週間どうしても消せなかった葵の名前をタップすると、中野さんの言ったとおり電話会社のアナウンスが流れるだけ。
俺の頭は真っ白になった。
「…ちょっと、行ってくる」
「行くって…まさか!?」
「真田本家!今日のアポ、全部キャンセルしといて」
振り返りもせずに叫んで、非常階段を駆け下りた。
インターフォンを押すのもまどろっこしくて、玄関の戸を叩き鳴らす。
「葵!!りっちゃん!!!どっちでもいいから出て来て!!」
使用人から門前払いか、セキュリティ会社に連行されるか。
そのどちらかを覚悟していたが、意外にも玄関の戸を半分開けたのは真田律だった。
「りっちゃん、どういうこと!?」
「帰れ」
隙間から覗く顔は、別人のように青白くやつれている。
「葵は!?」
「…帰れ。お前と話すことなんて何もない」
細められていく隙間に靴をねじ込み、ドアをこじ開けると、遠巻きに使用人達がこちらを見ていた。
「俺は…りっちゃんなら…りっちゃんしか葵を幸せにできないと思ったから…!!」
「…」
「それが東雲瑠美と婚約って、何でこんなことになってるの!?」
「……」
「葵はどこ?このことを知ってるの?」
「………」
「どれだけ葵が傷つくか、分かってて何で!?」
虚ろな目で何も答えようとしない真田律に、我慢の限界だった。
「黙ってないで何とか言えよ!!!」
「………した」
「は?」
「瑠美が妊娠した」
「…は?…」
全く予想していなかった言葉に、一気に血の気が引いていくのが分かった。
「まだかなり初期だけど、間違いない」
「なん…で、そんな事に…」
へたり込む俺を、さっきまで虚ろだった目が、憎悪の火を灯して見下ろしたかと思うと、胸ぐらを掴んで立たされた。
「お前が……お前とアオが純粋に付き合ってると思ったから!!お前が真田との契約目当てにアオに近付いていたなんて知らなかったから!!」
俺と葵が付き合っていたことを知っていたのはごく一部の、限られた人間だけだ。
しかも、付き合ってたった一ヶ月で真田律に奪い返されたというのに。
俺と葵の仲を知って、今、瑠美の妊娠が発覚するってどういうことだ?
わざわざ葵が報告したとは考えにくい。
「…なんでそんな前に知って…?」
「…っ」
俺の襟を締め上げていた両手の力が、微かに緩められ、刺すようだった視線が気まずそうに逸らされた。
もしかして、葵が真田本家を出た後も、心配で様子を見に来ていた?
でも、俺が葵とプライベートでまともに会ったのなんて、正式に交際を申し込んだあの日だけーー
ふと、葵の家のガレージで、葵にキスしたときの記憶が蘇る。
あの時、葵と、闇夜の中遠目に見送ったのは、白いSUVだったかもしれない。
葵が家を出た後も、密かに見守り続ける程、葵のことが好きだった。
だから、俺と葵のことを知り、葵の幸せを願って、葵への思いを断ち切るために、瑠美を抱いたのかーー。
まるで、あの夜の葵と同じじゃないか。
どこまで似てるんだ、この二人。
間接的に二人の絆と、思いの深さを見せつけられたような気がして、複雑な思いがこみ上げる。
でもー。
やっと真田律と結ばれたのに、こんなことになるなんて。
今、葵は、一体どれだけ苦しんでいるだろう。
「葵は…葵は今どうしてる!?」
「ハ…何?まさか俺がこんなことになったから、傷心のアオを心配するフリをしてまた近づいて、真田とのパイプを保とうとしてるのか?わざわざこんなところまで来て…そんなに金が欲しいのか!!」
「……そんなわけ…!俺は本当に葵が心配で…」
「残念だったな!アオがいなくなったのは、瑠美のことがあったからじゃない!!」
「え…?いなくなった?」
俺の問いかけに、真田律は明らかに失言だったという表情を見せた。
「いなくなったって…こんな時に!?行き先は分かってるの!!?」
長い長い沈黙の後、深い溜息と一緒に、やっと答えがしぼり出された。
「………多分…アメリカ。母親のところ…」
「母親…?葵を捨てて出て行ったっていう、あの…?」
「…そうだ。俺が葵の家に住むことになったから、葵の母親の部屋の整理をしてたら手紙が出て来た」
「その手紙に何て…?自分が捨てたくせに、会いたいとでも?」
一緒に住むことになったということは、やはり二人は結ばれて、幸せの絶頂だったはず。
今更胸を痛めることなんてない。
あんな嘘まで吐いて身を引いたんだ。
でも、母親からの手紙くらいで、何故葵はあんなに好きだった真田律から離れた?
「…それだけならまだ良かった」
「え?」
「ご丁寧に13年前、俺があの女からの伝言を、葵に伝えなかったことまで書いてあったんだよ!」
「13年前?伝言…?」
「葵の母親が出て行った日、この家に電話があったんだ。一緒に行くならパスポート持って空港に来いって」
「まさか、そのことを…伝えなかった?この年になるまで言わなかったのか!?」
固い表情で頷く真田律を見て、カッとなった。
「何でそんなこと!?」
「俺は…葵のために言わなかったんだ!それなのに…アオは…俺を責めて…ずっと隣にいて、長年アオを守ってきた俺よりも、あんな女を選んだんだ!!!」
「葵が母親に捨てられたと思って苦しんでるの、一番近くで見てたんじゃないのか!?」
今度は俺の方が掴みかかると、即座に力一杯跳ね除けられた。
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