社長の×××

恩田璃星

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嘘 3

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 「うるさい…うるさい!うるさい!!父親がいないってだけで、アオのことを分かってるみたいに言うな!お前だってアオを傷付けたくせに!俺はお前とは違う!全部アオを守ろうとした結果だ!!アオを利用して、汚して、傷付けたお前にだけは言われたくない!!」

 「…利用なんてしてない!万一アメリカでりっちゃんたちのことを知って…葵が帰って来なかったら…葵に何かあったら…絶対許さない!!!」

 「葵に何かあったら許さない?…葵のことが本気で好きだとでも言うのか?じゃあ何であの日、俺たちを追って来なかった!?奪い返しにこなかった!?」

 「それは…」

 真田会長に止められたとはいえ、確かに二人を追わなかった。

 葵が俺の元を去るときも、葵が気に病むことなく真田律の元に還れるよう、何も語らなかった。

 いや、正確には、何か言えば葵を引き止めるようなことを言ってしまいそうで、何も言えなかった。

 何を言っても今更だが、こんな事態に陥るなら、せめてあの日、みっともなく泣いて縋ってでも本当の気持ちを伝えていればーー




 「話は分かった」

 突如、圧のあるしわがれ声が、俺と真田律の張り詰めた沈黙を破ったかと思うと、いつの間にか真田翁が真田律の背後に立っていた。

 「お爺様…」

 「律、天澤これが葵を追わなかったのは、はじめが止めたからだ。そうだろう、元?」

 「…はい」

 真田翁の後ろから、真田律と同じくらい憔悴した真田会長が現れた。

 「天澤これは、あの日お前たちが騒ぎを起こす前、儂のところに来て、真田との契約なんぞ要らんから、あれだけ寄越せとはっきり言いに来た」

 「っ、そんな!嘘だ!!」

 「嘘じゃない。律、天澤くんは、葵とこの家に来たときにはもう、私に契約の破棄を申し出ていたんだ」

 「葵とうちに来た…あの日?そんな話…信じるわけないでしょう!?結局、父さんも俺の味方のフリをして、俺と葵を弄んでいただけじゃないですか!!もし仮にそれが本当だとしても、瑠美の妊娠が分かった途端、勝手に婚約が成立したとマスコミに流して…そんな人の話、信じる方がどうかしてる!!」





 「仕方がないだろう?代々医者の家系である真田家の長男の子どもを堕ろさせるなんて…そんな話が世間に知られたら、真田の名に傷がつく」

 「それで俺と葵の未来が永遠に失われてもですか!?」

 俺に向けられた以上に、強い憎しみのこもった目をした真田律が、吐き捨てるように問いかける。

 「それは…お前がしたことの結果だろう?他にどんな方法があったって言うんだ?瑠美の妊娠を知った東雲側がうちに乗り込んで来たとき、幸い葵が既に行方不明になっていたお陰で、お前たちの一件は上手く誤魔化すことができた。マスコミに発表して、逃げない姿勢を示すことでお前が壊した信頼を取り戻した。真田グループを率いる者として、当然の選択をしたまでだ!」

 「幸い…?葵が行方不明になったことが幸い?それが長年葵の父親面してきた人のセリフですか!?」

 「お前だって私が毎日方々駆けずり回って探し回っているのを知っていたのに、葵の行方を言わなかったくせに…!!まさか弥生さんのところだなんて…。大体…元はと言えば、こんなことになったのは、私のせいじゃない!会長あなたが、弥生さんのしでかしたことなんかで葵を傷物扱いしたからでしょう!」





 「な…儂のせいだと!?律が葵を欲しがっていたことなど露ほども知らんかったわ!!そんな望み、一度も口にしたことなどなかったであろう?儂は、儂なりに不憫なあれの行く末をおもんばかって相手を探して来てやったというのに。あれの為に短期間で自力で仕事を軌道に乗せて…天澤これのほうが律なんぞよりよっぽど骨のある男じゃないか!儂の目に狂いはない!!」

 格調高い真田本家の玄関は、一瞬にして親子三世代の罵詈雑言が飛び交う修羅場と化した。

 少しの間、黙ってそれを聞いていたが、この瞬間にも葵が真田律の婚約のニュースを耳にしてしまったら…と考えると、俺の短い堪忍袋の緒は、呆気なく切れた。



 「…いい加減に…しろっっ!!」



 思い切り叫ぶと、三人が一気に口を噤んだ。

 「そちらの事情はよく分かりました。でも今は葵の無事を確認することが最優先では?」

 三人とも、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔で固まったままだ。

 「りっちゃん、葵の詳しい居場所が分かってるなら教えて」





 「…お前には、お前にだけは言いたくない」

 「何で?」

 「…何ででも。アオのことが本気で好きなら自力で探せ」

 この期に及んで何なんだ。

 自分はもう東雲瑠美の婚約者のくせに。
 数ヶ月も経てばあの、真っさらな、眩しい命の父親になるというのに。

 まだ葵は自分のものだとでも言いたいのか。

 めちゃくちゃ頭に来ているが、今はとにかく早く、確実に葵の居場所を。
 卑怯な手だということは百も承知だ。

 「…分かった。自力で探して、それで、りっちゃんが寝てる葵にあんなことやこんなことしてたって言ってくる」

 「…は!?あんなことやこんなこと…って!?な、何でお前がそんなこと!?」

 いつもスカした真田律が面白いくらい動揺している。
 ほんと、ナニやってたんだ。

 グラグラと煮え繰り返るはらわたを治めつつ、チラリと真田会長を盗み見れば、鬼みたいな顔で「私から聞いたと言うな」と目で訴えてくる。

 「り、律!!お前、|嫁入り前のに何を!?」

 「お、お爺様は黙っててください!大体、この男だって葵を…」


 

 これ以上余計なことを言われると、この場で真田一家から血祭りに上げられてしまう。
 急いで追い打ちの言葉を続けた。

 「こんなムッツリ変態ワガママ坊ちゃんなんて忘れて、やっぱり俺にしろって言ってくる!」

 「ちょ、ムッツリって…おい!タレ目!!本っ当に止めろ!!」

 「じゃあね!!」

 玄関を出ようとすると、後ろから真田律が追いかけて来る音がした。

 「待て!!行くな!!」

 俺を引き止めるセリフに既視感《デジャブ》を感じる。
 俺、ワンパターンな男だな、と浮かべてしまった苦笑いは、悲鳴にも似た真田律の叫びですぐにかき消された。

 「葵の居場所、教えるから!!これ以上葵に嫌われるなんて…耐えられない!!」

 痛いくらいに伝わって来た、真田律の本音。

 『自分よりも母親を選んだ』なんて恨み言を言っても、葵の中で真田律への思いが核になっているのと同じように、真田律の中でも葵への思いは揺るがない。  

 真田律はダッシュで二階に上がったかと思うと、住所のようなもの書き殴ったメモを持って階段を駆け下りて来て、それを俺に押し付けた。

 「行くからには、ここに絶対に連れて帰って来い」

 「…この状況で葵がりっちゃんのところに戻ってくるとは思えないけど」

 母親に捨てられたと思っていたことが誤解だと分かったとしても、不倫や浮気を嫌う葵はきっと、瑠美とその子どもから真田律を奪ってでも一緒になることを望まないだろう。

 「分かってる。それでも俺にはアオが必要なんだ。だからーーー」
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