forgive and forget

恩田璃星

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大人のお遊戯でトラウマ克服編

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 ギシ、とベッドを軋ませ、冬馬の胸に顔を埋める。
 背中に腕を回しながら、深呼吸すると、白いシャツから、うちの柔軟剤と冬馬の体臭が混ざり合った心地よい香りが鼻腔をくすぐった。
 ほっとする。自分の馬鹿げた格好も気にならない。

 10年以上、一緒に生活している冬馬と、今更理想の初体験だなんて、無理に決まってる。

 それでも、春馬のためにも、自分のためにも、やるしかない。
 あと、このしつこい夫のためにも。

 「…ちゃんと好きって、いっぱい言って」
 
 恥ずかしさを取り払って、請うように見上げると、冬馬の出っ張った喉仏が大きく上下し、私の背中にも冬馬の腕が回された。

 「…好きだ。ずっと…ずっと好きだった。ずっとお前だけ見てた」

 冬馬曰く、あの日、私が寝言で江藤先輩の名前さえ呼ばなければ、私に届いていたはずだった言葉。


  耳の奥深く響いて、体の底まで染み渡っていく。

  「いつもスッと伸びてる背中が好きだった。授業聞いてる時の真剣な横顔も、涼しい顔して勉強もスポーツも、学年トップ走ってるのにも憧れた」

 今まで小出しに聞かされていたから、信じてなかったわけじゃないけれど、本当に冬馬は、ずっと私のことを想っていてくれたんだ。

 ああ…。
 自分で強請ったくせに、こうして言葉にされると恥ずかしくて死にそう。
 顔が、上げられない。

 そんな私を知ってか知らずか、冬馬の唇が、当時の私への想いを淀みなく紡いでいく。
 まるで、本当に今この瞬間が、あの日あの時であるかのように。

 「俺以外なら誰とでも分け隔てなく接してるのを見るのが苦しかった。
 こんなに焦がれてたのに、俺だけ近づく事さえできなくて。
 いっそ…世界が滅びて、お前と二人になればいいとさえ願った。
 そうすれば、お前は嫌でも俺を見るだろ?それに、お前を見つめるのも、お前の声を聞くのも、触れるのも、俺だけになるだろ?」


 「も、もう十分っ!!」

 結局、耐えきれなくなり、冬馬のシャツを握りしめて、叫んだ。

 「十分?こんなんで、満足されちゃ困るんだけど」

 「と、とりあえず、進めて。時間なくなっちゃう」

 「進めるって…どうして欲しいわけ?」

 「え?」

 「どうして欲しいかちゃんと言えって言っただろ?」

 「…っ!!」

 ここに来てやっと、冬馬の意図に気づき、抗議しようと顔を上げた。
 でも、それをさせない冬馬の挑むような目―

 その目が言っている。
 『俺も言ったんだから、お前もちゃんと言え』

 奥深くに、期待と欲情をちらつかせながら。

 いつもぶっきらぼうで、下品なことしか言わない冬馬が、隠し続けてきた本音を言ってくれた。
 少しでも誤魔化したら、何の意味もなくなってしまう。
 そして、永久にこの問題と向き合う機会を失ってしまう。
 
 やるしかない。
 もういちど、心の中で唱えた。

「…キ、キス、して。いきなり舌は入れないで。唇だけじゃなくて、ほっぺとか」

 『おでことか』と私が言う前に、冬馬は私の前髪を指先で払って、額に唇を押しあてた。

 長すぎず、短すぎない絶妙な長さ。
 唇を離す時には、『ちゅっ』と音をたてながら。

 額に二度そうした後は、左右の瞼と、両頬に、同じ仕草で繰り返した。

 丁寧で、慈しむような冬馬のキスはあまり記憶にない。
 そのせいか、軽いキスなのに、唇が触れて離れる度に、胸が甘酸っぱく疼く。

 唇以外の場所へのキスが終わると、頬を包んでいた冬馬の右手が、私の輪郭をなぞりながらゆっくりと下り、人差し指で顎を持ち上げた。



 そのまま唇同士を重ねられるだろうと思っていたのに、冬馬の顔は一定の距離を保ったまま。
 息がかかるくらい近くで、一心に私の目を見つめている。

 気恥ずかしくて、逸らしたい。
 だけど、逸らせない。

 お互いに無言のまま、じっと見つめ合う。
 そのうちに、冬馬に、目で「好きだ」と語りかけられているような気になってきた。

 いや、勘違いなんかじゃない。

 こんな冬馬には、免疫がなくて、さっきまで甘く疼いていたはずの胸が、すごい音で鳴り始めた。

 ーもう限界。
 
 ぎゅっと瞼を閉じると、ようやく私の唇に冬馬の唇が重なった。
 
 リクエストどおり、触れるだけの軽いキス。

 すぐに唇から離され、ゆっくりと目を開くと、冬馬がまた目で「好きだ」と伝えてきた。
 今度は見つめ返すこともできず、すぐに目を閉じると、さっきより少しだけキスが長くなった。



 軽いくちづけを何度も繰り返すにつれ、冬馬の口から、ため息のような熱い吐息がこぼれ始めた。

    私が言葉にしないと、意地でも次の段階には進まないらしい。
 
 もう一度唇が重なる直前に、短く囁いてみる。

 「…舌、入れて」

 たった二言なのに、うまく声にならないくらい自分の呼吸も乱れていた。

 そのことに、今の今まで気付かないくらい、冬馬のことしか見えていなかったのだと思い知る。


    冬馬は、もう一度私の額、瞼、頬の順にキスを落としながら、私の体をゆっくりと押し倒した。

    背中全体がベッドにくっついたのと同時に、冬馬の熱くて厚い舌が侵入する感触。

    もどかしそうに私の頭を撫で回す手に込められた力は、キスの激しさに比例していった。


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