3 / 53
奈落
3
しおりを挟む
一哉は、
すっきりした一重瞼の、いわゆる塩顔(彼女の贔屓目かもしれないけど、整っているとは思う)
ごくごく普通のサラリーマン
性格は温厚で、どちらかと言うと控えめ
だけど、ここぞというときは頼りになる
(つまり、夏目さんとは見た目も性格もほぼ正反対)
付き合い始めたときは、壊滅的に家事が出来なかったけど─
「先にお風呂行っておいでよ。その間にカレー煮込んでおくから、上がったら一緒に食べよう」
三年の間にここまで成長してくれましたー!拍手!!
「ありがとう。一哉も疲れてるのに、ごめんね」
「そんなの良いから。ビールも冷えてるよ」
私の、子供の頃からの夢
『慎ましくも幸せな家庭を作りたい』
これを一緒に叶える相手は一哉以外いない。
そう思えるほど大切な存在だ。
一哉の方も、私に飽きる様子はなく、交際は至って順調。
付き合って二年目の記念日に合鍵を渡したら、忙しい仕事の合間を縫って通ってくれている。
私的には、プロポーズも時間の問題かも、と密かに期待しているのだ。
手早く、それでもできるだけ丁寧に体の隅々まで綺麗にした後、あり合わせの材料で作ったサラダも加えてゆっくりと夕食をとった。
「でね、この間私が倒れたとき、お医者さん連れて来てくれたの、夏目社長だったらしいんだよね。あの人、ただのボンボンかと思ってたら、意外と仕事デキるヤツだった」
「…そっか。でも、軽症で済んだから良かったけど、気をつけなよ。俺も凛が倒れたって聞いたとき、本当に心配したんだから」
「うん、びっくりさせてごめん。でも、もう大丈夫だよ。経口補水液とか熱中症対策のタブレットとか、支給されることになったみたいだから」
「それならいいけど」
仕事のこと、アルバイトのこと、最近見た面白い動画のこと。
主に喋ってるのは私の方だけど、何を話しても、一哉は興味深そうに聞いてくれる。
一緒に洗い物をして、二人してベッドを背もたれにしてテレビを眺めていると、一哉がそろりと指を絡めて来た。
「─凛…いい?」
三年も付き合っておいて、一哉は私を抱く前、必ず確認してくれる。
請うように、縋るように。
律儀なんだよな。
そういうところも好きなんだけど。
私は黙って頷いた。
一哉は、抱き方も、最初に結ばれたときと変わらない。
決してワンパターンとかマンネリとか、そういうネガティブな意味ではなく。
「凛…、好きだよ」
額、瞼、頬、唇に、啄むような口づけを繰り返し落とされる。
唇で愛おしそうに触れられる度、自分が特別な人間になったと錯覚してしまいそうだ。
これからされることへの期待と興奮で胸が高鳴り、少し息苦しい。
酸素を求めて口を開けると、狙い澄ましたかのように一哉の舌が差し込まれた。
「愛してる。凛…、愛してるよ」
ぎこちないながらも、その動きに合わせて懸命に舌を絡める。
一哉と付き合う前、彼氏がいたことは、ある。
ただし、キス以上の関係になった相手はいない。
理由はいくつかあるけれど、今はそれどころではないので、それはまた、後日。
初めての時、一哉は私に経験がないことに気づいたと思う。
いつもうるさいくらいの私が、緊張と羞恥で押し黙ってしまったから。
それ以来、行為のときは、私の頑なな身も心も解きほぐすように、丁寧に、時間をかけて愛撫してくれるのだ。
それは、今夜も同じで。
熱く、甘く、夏の夜に溶かされた私は、この幸せがいつまでも続くと信じていた。
*
「じゃあ……元気で」
一哉が部屋を出て行った後、しばらくの間震えが止まらなかった。
今のは一体何?
あんな冷たい一哉は知らない。
親の決めた相手ってどういうこと?
一般家庭育ちの、ただのサラリーマンじゃなかったの?
私のこと、ずっと騙してたってこと??
ただ一つ分かるのは、こんなタチの悪い冗談を言う人じゃないということくらい。
だからこそ、何も言わずに彼が去るのを待ったのだ。
それでも─
悪い夢であって欲しい。
「冗談だよ」と言ってドアを開け、あの穏やかな笑顔を見せて欲しい。
そう祈りながら、玄関に崩れ落ちたまま動けなかった。
キッチンの窓から朝日が差し込む頃、一哉が止め忘れた換気扇の音だけが響いていた室内に、私の嗚咽が聞こえ始めた。
すっきりした一重瞼の、いわゆる塩顔(彼女の贔屓目かもしれないけど、整っているとは思う)
ごくごく普通のサラリーマン
性格は温厚で、どちらかと言うと控えめ
だけど、ここぞというときは頼りになる
(つまり、夏目さんとは見た目も性格もほぼ正反対)
付き合い始めたときは、壊滅的に家事が出来なかったけど─
「先にお風呂行っておいでよ。その間にカレー煮込んでおくから、上がったら一緒に食べよう」
三年の間にここまで成長してくれましたー!拍手!!
「ありがとう。一哉も疲れてるのに、ごめんね」
「そんなの良いから。ビールも冷えてるよ」
私の、子供の頃からの夢
『慎ましくも幸せな家庭を作りたい』
これを一緒に叶える相手は一哉以外いない。
そう思えるほど大切な存在だ。
一哉の方も、私に飽きる様子はなく、交際は至って順調。
付き合って二年目の記念日に合鍵を渡したら、忙しい仕事の合間を縫って通ってくれている。
私的には、プロポーズも時間の問題かも、と密かに期待しているのだ。
手早く、それでもできるだけ丁寧に体の隅々まで綺麗にした後、あり合わせの材料で作ったサラダも加えてゆっくりと夕食をとった。
「でね、この間私が倒れたとき、お医者さん連れて来てくれたの、夏目社長だったらしいんだよね。あの人、ただのボンボンかと思ってたら、意外と仕事デキるヤツだった」
「…そっか。でも、軽症で済んだから良かったけど、気をつけなよ。俺も凛が倒れたって聞いたとき、本当に心配したんだから」
「うん、びっくりさせてごめん。でも、もう大丈夫だよ。経口補水液とか熱中症対策のタブレットとか、支給されることになったみたいだから」
「それならいいけど」
仕事のこと、アルバイトのこと、最近見た面白い動画のこと。
主に喋ってるのは私の方だけど、何を話しても、一哉は興味深そうに聞いてくれる。
一緒に洗い物をして、二人してベッドを背もたれにしてテレビを眺めていると、一哉がそろりと指を絡めて来た。
「─凛…いい?」
三年も付き合っておいて、一哉は私を抱く前、必ず確認してくれる。
請うように、縋るように。
律儀なんだよな。
そういうところも好きなんだけど。
私は黙って頷いた。
一哉は、抱き方も、最初に結ばれたときと変わらない。
決してワンパターンとかマンネリとか、そういうネガティブな意味ではなく。
「凛…、好きだよ」
額、瞼、頬、唇に、啄むような口づけを繰り返し落とされる。
唇で愛おしそうに触れられる度、自分が特別な人間になったと錯覚してしまいそうだ。
これからされることへの期待と興奮で胸が高鳴り、少し息苦しい。
酸素を求めて口を開けると、狙い澄ましたかのように一哉の舌が差し込まれた。
「愛してる。凛…、愛してるよ」
ぎこちないながらも、その動きに合わせて懸命に舌を絡める。
一哉と付き合う前、彼氏がいたことは、ある。
ただし、キス以上の関係になった相手はいない。
理由はいくつかあるけれど、今はそれどころではないので、それはまた、後日。
初めての時、一哉は私に経験がないことに気づいたと思う。
いつもうるさいくらいの私が、緊張と羞恥で押し黙ってしまったから。
それ以来、行為のときは、私の頑なな身も心も解きほぐすように、丁寧に、時間をかけて愛撫してくれるのだ。
それは、今夜も同じで。
熱く、甘く、夏の夜に溶かされた私は、この幸せがいつまでも続くと信じていた。
*
「じゃあ……元気で」
一哉が部屋を出て行った後、しばらくの間震えが止まらなかった。
今のは一体何?
あんな冷たい一哉は知らない。
親の決めた相手ってどういうこと?
一般家庭育ちの、ただのサラリーマンじゃなかったの?
私のこと、ずっと騙してたってこと??
ただ一つ分かるのは、こんなタチの悪い冗談を言う人じゃないということくらい。
だからこそ、何も言わずに彼が去るのを待ったのだ。
それでも─
悪い夢であって欲しい。
「冗談だよ」と言ってドアを開け、あの穏やかな笑顔を見せて欲しい。
そう祈りながら、玄関に崩れ落ちたまま動けなかった。
キッチンの窓から朝日が差し込む頃、一哉が止め忘れた換気扇の音だけが響いていた室内に、私の嗚咽が聞こえ始めた。
1
あなたにおすすめの小説
社長の×××
恩田璃星
恋愛
真田葵26歳。
ある日突然異動が命じられた。
異動先である秘書課の課長天澤唯人が社長の愛人という噂は、社内では公然の秘密。
不倫が原因で辛い過去を持つ葵は、二人のただならぬ関係を確信し、課長に不倫を止めるよう説得する。
そんな葵に課長は
「社長との関係を止めさせたいなら、俺を誘惑してみて?」
と持ちかける。
決して結ばれることのない、同居人に想いを寄せる葵は、男の人を誘惑するどころかまともに付き合ったこともない。
果たして課長の不倫を止めることができるのか!?
*他サイト掲載作品を、若干修正、公開しております*
元遊び人の彼に狂わされた私の慎ましい人生計画
イセヤ レキ
恋愛
「先輩、私をダシに使わないで下さい」
「何のこと?俺は柚子ちゃんと話したかったから席を立ったんだよ?」
「‥‥あんな美人に言い寄られてるのに、勿体ない」
「こんなイイ男にアピールされてるのは、勿体なくないのか?」
「‥‥下(しも)が緩い男は、大嫌いです」
「やだなぁ、それって噂でしょ!」
「本当の話ではないとでも?」
「いや、去年まではホント♪」
「‥‥近づかないで下さい、ケダモノ」
☆☆☆
「気になってる程度なら、そのまま引き下がって下さい」
「じゃあ、好きだよ?」
「疑問系になる位の告白は要りません」
「好きだ!」
「疑問系じゃなくても要りません」
「どうしたら、信じてくれるの?」
「信じるも信じないもないんですけど‥‥そうですね、私の好きなところを400字詰め原稿用紙5枚に纏めて、1週間以内に提出したら信じます」
☆☆☆
そんな二人が織り成す物語
ギャグ(一部シリアス)/女主人公/現代/日常/ハッピーエンド/オフィスラブ/社会人/オンラインゲーム/ヤンデレ
【本編、番外編完結】血の繋がらない叔父にひたすら片思いしていたいのに、婚約者で幼馴染なアイツが放っておいてくれません
恩田璃星
恋愛
蓮見千歳(はすみちとせ)は、血の繋がりのない叔父、遼平に少しでも女性として見てもらいと、幼い頃から努力を続けてきた。
そして、大学卒業を果たし千歳は、念願叶って遼平の会社で働き始めるが、そこには幼馴染の晴臣(はるおみ)も居た。
千歳が遼平に近づくにつれ、『一途な想い』が複雑に交錯していく。
第14回恋愛小説対象にエントリーしています。
※別タイトルで他サイト様掲載作品になります。
番外編は現時点でアルファポリス様限定で掲載しております。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!
汐瀬うに
恋愛
雫は失恋し、単身オーストリア旅行へ。そこで素性を隠した男:隆介と出会う。意気投合したふたりは数日を共にしたが、最終日、隆介は雫を残してひと足先にった。スマホのない雫に番号を書いたメモを残したが、それを別れの言葉だと思った雫は連絡せずに日本へ帰国。日本で再会したふたりの恋はすぐに再燃するが、そこには様々な障害が…
互いに惹かれ合う大人の溺愛×運命のラブストーリーです。
※ムーンライトノベルス・アルファポリス・Nola・Berry'scafeで同時掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる