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初恋の追憶(仁希Side)
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会場に戻ると、俺が抜け出す前と場の雰囲気がガラリと変わっていた。
余興的なものが始まり、軽快なBGMが流れたり、あちらこちらでそれを凌ぐほど大きな歓声がドッと巻き起こったり。
ゲスト達の酒も進んでいるのか、宴席特有の匂いと熱気に、入口で二の足を踏みそうになっていたら─
天使が、繋いでいた俺の手をぎゅっと握った。
さっきよりも、もっと不安そうな顔をしている。
何やってんだ。
ビビってる場合じゃないだろう。
しっかりしろ。
俺がこの子を守るんだ。
それに、ここには俺の家族もいる。
なにかあっても、絶対に助けてくれるはず。
「行こう」
天使の手を引き、大人達の波をかき分けて歩き出した。
しかし、天使の両親探しは想像以上に難航した。
「この子のお父さんかお母さんいませんかー?」と呼びかけながら歩いても、喧騒にかき消されてしまう。
目線の高さの違いも手伝って、大人達は俺たちの存在にすら気づかない。
会場を何周も回って。
焦りと疲れのピークに達した頃。
煌びやかなシャンパンタワーの前で一休みしていたら、一人の大人が俺たちの存在に気づいた。
「おやおやぁ?迷子なのー?お嬢ちゃんカワイイねぇ。パパとママが見つかるまでおじさんとあそんでようかぁ?」
赤ら顔で千鳥足。
やたら声がデカくて、丸っこいフォルムの中年の男。
これだけの数の大人がいて、俺たちに最初に気付いたのは、よりによってこの酔っ払いだった。
白い細腕を無遠慮に掴まれた天使がヒッと息を飲む音が聞こえた気がした。
大切なものが穢されたように思えて頭にカッと血が昇る。
「触るな!!」
次の瞬間には思い切り体当たりしていた。
シラフだったら、ちょっとよろめくだけで済んだかもしれない。
だけど、相手は千鳥足の酔っ払い。
あらぬ方向へふらつき、シャンパンタワーに巨体をぶつけると、隙間なく規則的に並べられていたグラスもバランスを失い、耳障りな音を立てて床で砕けた。
「何するんだこのガキ!」
ここに来てようやく周りの大人も俺たちに気づいたようだ。
それなのに、誰もこの男を止めようとはしない。
父も母も兄も、この会場にいるはずなのに。
赤い顔をさらに赤くさせた男が、俺に向かって殴りかかってきた。
あまりの形相に、恐怖で体が動かない。
誰か、助けて。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん─
拳が当たる瞬間、ぎゅっと目をつぶると、痛みが走るはずのタイミングに一瞬遅れて、周りから悲鳴が聞こえた。
その声に再び目を開けると、目の前の男は、俺の背後に目を釘付けにして愕然としている。
どういうことだ?
慌てて振り返ると、純白のドレスを血に染め、砕けたグラスの上に天使が倒れていた。
何で?
どうして?
一体何が起こった?
まさか。
天使が俺を庇って殴られたのか?
そんな馬鹿な。
怯え、震えて俺の陰に隠れていたのに。
いや、でも。
そうにしか見えない恐ろしい光景に膝がガクガクと震えだす。
「お嬢様ーっ!」
群衆の中から、スーツに眼鏡の男が天使に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
父親ではなさそうだが、知り合いらしい。
しかし、天使は何も答えない。
あれだけの傷を負いながら、泣き叫びもしない。
ただ、痛みにじっと耐え、その美しい顔から血の気だけがどんどん失われていく。
「一体どうしてこんなことに…!誰か、救急車を呼んでください。お願いします!!」
真っ先に救助に当たるべき酔っ払いは、天使を助けるどころか、騒ぎのどさくさに紛れその場から消えてしまっていた。
「仁希!一体何があったんだ!?」
やっと駆け付けた父に問い詰められても何も答えられない。
そんなことは、こっちが聞きたいくらいなんだから。
「あ、あの子を助けてあげて…!俺の代わりに怪我をしたんだ。なんでもするから…!お願い、早く!!」
間もなく救急隊員が到着し、天使は担架で運ばれて行った。
余興的なものが始まり、軽快なBGMが流れたり、あちらこちらでそれを凌ぐほど大きな歓声がドッと巻き起こったり。
ゲスト達の酒も進んでいるのか、宴席特有の匂いと熱気に、入口で二の足を踏みそうになっていたら─
天使が、繋いでいた俺の手をぎゅっと握った。
さっきよりも、もっと不安そうな顔をしている。
何やってんだ。
ビビってる場合じゃないだろう。
しっかりしろ。
俺がこの子を守るんだ。
それに、ここには俺の家族もいる。
なにかあっても、絶対に助けてくれるはず。
「行こう」
天使の手を引き、大人達の波をかき分けて歩き出した。
しかし、天使の両親探しは想像以上に難航した。
「この子のお父さんかお母さんいませんかー?」と呼びかけながら歩いても、喧騒にかき消されてしまう。
目線の高さの違いも手伝って、大人達は俺たちの存在にすら気づかない。
会場を何周も回って。
焦りと疲れのピークに達した頃。
煌びやかなシャンパンタワーの前で一休みしていたら、一人の大人が俺たちの存在に気づいた。
「おやおやぁ?迷子なのー?お嬢ちゃんカワイイねぇ。パパとママが見つかるまでおじさんとあそんでようかぁ?」
赤ら顔で千鳥足。
やたら声がデカくて、丸っこいフォルムの中年の男。
これだけの数の大人がいて、俺たちに最初に気付いたのは、よりによってこの酔っ払いだった。
白い細腕を無遠慮に掴まれた天使がヒッと息を飲む音が聞こえた気がした。
大切なものが穢されたように思えて頭にカッと血が昇る。
「触るな!!」
次の瞬間には思い切り体当たりしていた。
シラフだったら、ちょっとよろめくだけで済んだかもしれない。
だけど、相手は千鳥足の酔っ払い。
あらぬ方向へふらつき、シャンパンタワーに巨体をぶつけると、隙間なく規則的に並べられていたグラスもバランスを失い、耳障りな音を立てて床で砕けた。
「何するんだこのガキ!」
ここに来てようやく周りの大人も俺たちに気づいたようだ。
それなのに、誰もこの男を止めようとはしない。
父も母も兄も、この会場にいるはずなのに。
赤い顔をさらに赤くさせた男が、俺に向かって殴りかかってきた。
あまりの形相に、恐怖で体が動かない。
誰か、助けて。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん─
拳が当たる瞬間、ぎゅっと目をつぶると、痛みが走るはずのタイミングに一瞬遅れて、周りから悲鳴が聞こえた。
その声に再び目を開けると、目の前の男は、俺の背後に目を釘付けにして愕然としている。
どういうことだ?
慌てて振り返ると、純白のドレスを血に染め、砕けたグラスの上に天使が倒れていた。
何で?
どうして?
一体何が起こった?
まさか。
天使が俺を庇って殴られたのか?
そんな馬鹿な。
怯え、震えて俺の陰に隠れていたのに。
いや、でも。
そうにしか見えない恐ろしい光景に膝がガクガクと震えだす。
「お嬢様ーっ!」
群衆の中から、スーツに眼鏡の男が天使に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
父親ではなさそうだが、知り合いらしい。
しかし、天使は何も答えない。
あれだけの傷を負いながら、泣き叫びもしない。
ただ、痛みにじっと耐え、その美しい顔から血の気だけがどんどん失われていく。
「一体どうしてこんなことに…!誰か、救急車を呼んでください。お願いします!!」
真っ先に救助に当たるべき酔っ払いは、天使を助けるどころか、騒ぎのどさくさに紛れその場から消えてしまっていた。
「仁希!一体何があったんだ!?」
やっと駆け付けた父に問い詰められても何も答えられない。
そんなことは、こっちが聞きたいくらいなんだから。
「あ、あの子を助けてあげて…!俺の代わりに怪我をしたんだ。なんでもするから…!お願い、早く!!」
間もなく救急隊員が到着し、天使は担架で運ばれて行った。
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