運命の落とし穴

恩田璃星

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 ようやく涙が止まると、羽立くんは、濡れた両頬、唇の順に羽のように軽いキスをくれた。
 宝物を扱うような優しい仕草に、本当に私の積年の思いが通じたのだと実感する。
 
 嬉しさがこみ上げてきて、思わず私も自分から羽立くんにキスしてしまった。
 
 「羽立くん、羽立くん」
 
 甘えるように首筋に腕を絡め、無我夢中で羽立くんの綺麗な顔の、至る所に唇を押し当てていると、羽立くんからストップをかけられてしまった。
 
 しまった。
 調子に乗り過ぎた!?
 
 「ご、ごめん!私…」
 
 慌てて謝ると、羽立くんは「そうじゃなくて」と困ったように笑いながら私を再び腕の中に引き寄せた。
 
 「昨日…奏音さん初めてだったのに、あの人への嫉妬心で怒りにまかせて酷いことしてしまったから、今日は絶対我慢しようって決めてたんです。だから、あんまり可愛いことされると決意が揺らぎそうなんで、これくらいで勘弁してください」
 
 「羽立くん…」
 
 正直、痛かった。
 めっちゃくちゃ痛かった。
 けっこう血も出てたし。
 他は矢吹のしか見たことがないけれど、羽立くんのはかなり大きい方だと思う。
 昨日の今日で耐えられる気がしない。
 
 だから、今日はありがたく羽立くんの気遣いを受け入れることにした。


 ジャケットを拾い上げ、二人並んで部屋へと続く廊下を歩く。
 
 「ところで、何で呼び方戻ってるんですか?本当に、いつになったらちゃんと名前で呼んでくれるんですか?」
 
 「ごめん…10年くらい無理かも」
 
 「10年!?何でそんなに!?」
 
 「だって、会えない間ずーっと『羽立くん』って心の中で呼んでたし」
 
 何を隠そうモノローグもずっと『羽立くん』だもんねー。
 なんて、心の中で威張っていると、羽立くんの頬が赤く染まっていた。
 
 「だから…そういう事サラッと言わないでもらえます?」
 
 「え?」
 
 「それ、会えない間も俺のこと想ってたって言ってるのと同じですよ?」
 
 「あ、ごめん」
 
 ダメだ。
 二人ともいい年して、まるで漫画の中の付き合いたての高校生みたいなテンション。
 何を話しても甘い雰囲気になってしまう。
 そして、それはすなわち羽立くんに我慢を強いてしまうことになる。
 
 そこからは不自然に無言になったものの、どちらからともなく遅くなった歩調が、逆にお互いの気持ちをより強く伝えてくる。

 

 『やっぱり、今夜はまだ離れたくない』
 
 
 部屋の前で完全に立ち止まった私は、心の中で謝りながら言った。
 
 「…お風呂から上がったら、今日は寝室のベッドそっちで寝てもいい?」
 
 羽立くんは眉間に皺を寄せ、目を閉じたまま数秒天を仰いだ。
 
 「全身全霊で自分自身と闘います」
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