38 / 52
3
第38話 少女(2)
しおりを挟む
「〈大気におわしますマナにたてまつる。
我が身をめぐる、血潮のすべてを持っていけ。
我が身、我が肉、我が身体。
我が肉体を形づくる、もろもろすべて。
涙一滴、髪の毛一本、皮膚のかけら一片におよぶまで。
すべてを集め、まとめ、こそげとり。
この手のひらに力を!
あるべきすべてを集める手段を、我に与えたまえ〉!」
アシュリンちゃんの周囲が揺らめいた。小さな風が起こるような、小さな火が燃えるような。それでいて、何かが散っていくような……。なんだろ……これ。
「やめなさい……! それはダメ! 詠唱をすぐ閉じて! 早く逃げて!」
おかみさんのそばで点灯師さんが叫んだ。
「うひゃひゃひゃ、マジかこいつ!? なんかわからんことをごちゃごちゃ言ってやがるが、やばいってのだけは俺にもわかるぜ? それを打つと——」
男が、おもしろくてたまらないという様子で高笑いした。そして続ける。
「おまえ、死ぬぜ?」
だがアシュリンちゃんはやめなかった。
「〈大気、大地にあまねくおわしますマナよ。
我が胸の鼓動を我が手に移せ。
我が体で脈打つこれを切りはなし、切り刻め。
それらを組み立てなおし、力の発露、力の根源とせよ。
我が眼球を燃やせ。
燃える珠玉を形代に、先を尖らせ、あれを穿ち、突き刺す矢じりと練り上げよ。
我がくちびる、舌を切り取り、その肉を糧とし、その血でもって火となさしめ、燃やせ。
我が血肉の焔を矢じりにまとわせ、火の矢と鍛える力を我に〉!」
これはまずい。身を削って詠唱しているのが僕にもわかる。
それに魔法が発動するときに、これが言葉どおり起こるとしたら、明らかにまずい。
「アシュリン……! もういい! おやめ! やめなさい!」
おかみさんの叫びは届かない。
「〈すべて、すべて——世のすべてにあまねくおわしますマナよ。
夷狄を討つため、それがため。
どうか、どうかひとときの力を我が身に与えたまえ。
汝が欲するならば、取るに足らぬと思しきながら、それでも不肖の我が身体、私のすべてを捧げたてまつる。
私の生命、この命。
内外すべて、全部くるめて、すべて根こそぎ持っていけ〉!!」
身構えるアシュリンちゃんの手のひらの中に、何かが形作られようとしていた。強い魔力が収束していくのが僕にも見える。
赤くて丸い玉。
それがちょっとずつ先細りになっていって、男に向けられた側が鋭く尖る。はじめは薄い赤、つづいて鮮やかな朱、それから濃い赤となって——紅というのだろうか、深みをおびた濃い色が小さな光を放っていた。
美しい、と思った。
けれど同時にあぶない、とも思った。
あれはたぶんアシュリンちゃんの命そのものだ。命を削って作り出しているものだ。というかそんなこと、あの姿を見ればすぐわかるじゃないか。鼻血をポタポタしたたらせて、唇の端から血の色の泡がぶくぶく吹き出してて、耳穴から血がだらりと垂れはじめて、目も真っ赤だ。
たぶんあの目から赤い涙があふれ、流れはじめたら……あの子はもう戻れない——
そんなことが、なぜかわかる。
手立てはないだろうか。
何かできないだろうか。
僕にも何か——
「——あらあら。あれじゃあ、あの子、おっ死んじゃうんじゃないの?」
いきなり耳元で声がしたので、びっくりした。
妙にのんびりとして、まのぬけた声。
そしてそれは小さな声。
とてもとても小さな声で。
けれど、鈴の転がるようなきれいな声だった。
我が身をめぐる、血潮のすべてを持っていけ。
我が身、我が肉、我が身体。
我が肉体を形づくる、もろもろすべて。
涙一滴、髪の毛一本、皮膚のかけら一片におよぶまで。
すべてを集め、まとめ、こそげとり。
この手のひらに力を!
あるべきすべてを集める手段を、我に与えたまえ〉!」
アシュリンちゃんの周囲が揺らめいた。小さな風が起こるような、小さな火が燃えるような。それでいて、何かが散っていくような……。なんだろ……これ。
「やめなさい……! それはダメ! 詠唱をすぐ閉じて! 早く逃げて!」
おかみさんのそばで点灯師さんが叫んだ。
「うひゃひゃひゃ、マジかこいつ!? なんかわからんことをごちゃごちゃ言ってやがるが、やばいってのだけは俺にもわかるぜ? それを打つと——」
男が、おもしろくてたまらないという様子で高笑いした。そして続ける。
「おまえ、死ぬぜ?」
だがアシュリンちゃんはやめなかった。
「〈大気、大地にあまねくおわしますマナよ。
我が胸の鼓動を我が手に移せ。
我が体で脈打つこれを切りはなし、切り刻め。
それらを組み立てなおし、力の発露、力の根源とせよ。
我が眼球を燃やせ。
燃える珠玉を形代に、先を尖らせ、あれを穿ち、突き刺す矢じりと練り上げよ。
我がくちびる、舌を切り取り、その肉を糧とし、その血でもって火となさしめ、燃やせ。
我が血肉の焔を矢じりにまとわせ、火の矢と鍛える力を我に〉!」
これはまずい。身を削って詠唱しているのが僕にもわかる。
それに魔法が発動するときに、これが言葉どおり起こるとしたら、明らかにまずい。
「アシュリン……! もういい! おやめ! やめなさい!」
おかみさんの叫びは届かない。
「〈すべて、すべて——世のすべてにあまねくおわしますマナよ。
夷狄を討つため、それがため。
どうか、どうかひとときの力を我が身に与えたまえ。
汝が欲するならば、取るに足らぬと思しきながら、それでも不肖の我が身体、私のすべてを捧げたてまつる。
私の生命、この命。
内外すべて、全部くるめて、すべて根こそぎ持っていけ〉!!」
身構えるアシュリンちゃんの手のひらの中に、何かが形作られようとしていた。強い魔力が収束していくのが僕にも見える。
赤くて丸い玉。
それがちょっとずつ先細りになっていって、男に向けられた側が鋭く尖る。はじめは薄い赤、つづいて鮮やかな朱、それから濃い赤となって——紅というのだろうか、深みをおびた濃い色が小さな光を放っていた。
美しい、と思った。
けれど同時にあぶない、とも思った。
あれはたぶんアシュリンちゃんの命そのものだ。命を削って作り出しているものだ。というかそんなこと、あの姿を見ればすぐわかるじゃないか。鼻血をポタポタしたたらせて、唇の端から血の色の泡がぶくぶく吹き出してて、耳穴から血がだらりと垂れはじめて、目も真っ赤だ。
たぶんあの目から赤い涙があふれ、流れはじめたら……あの子はもう戻れない——
そんなことが、なぜかわかる。
手立てはないだろうか。
何かできないだろうか。
僕にも何か——
「——あらあら。あれじゃあ、あの子、おっ死んじゃうんじゃないの?」
いきなり耳元で声がしたので、びっくりした。
妙にのんびりとして、まのぬけた声。
そしてそれは小さな声。
とてもとても小さな声で。
けれど、鈴の転がるようなきれいな声だった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
世界一簡単にレベルアップ ~魔物を倒すだけでレベルが上がる能力を得た俺は、弱小の魔物を倒しまくって異世界でハーレム作る事にしました~
きよらかなこころ
ファンタジー
シンゴはある日、事故で死んだ。
どうやら、神の手違いで間違って死んでしまったシンゴは異世界に転生することになる。
転生する際にオマケに『魔物を倒すだけでレベルが上がる』能力を貰ったシンゴ。
弱小の魔物を倒してレベルを上げ、異世界でハーレムを作る事を企むのだった。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる