君が魔王でも愛したい

KDawn

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 城は常に薄闇に沈んでいた。
 外壁は黒鉄色にくすみ、近づく者の気配を押し返す。

 魔王城と呼ばれるその場所は、恐怖と畏れの象徴として伝えられてきたが、誰ひとりとして内部を見た者はいない。

 ただ「近づくと息が詰まる」とだけ語られる。空気そのものが、侵入者を拒絶するのだ。

 しかし、内部は外観とはまったく別の世界だった。
 磨き抜かれた床は乳白色の石で、古代の宮殿を思わせる彫刻が壁を飾り、静かに流れる空気はどこまでも清潔だった。

 それは監禁のために整えられた“豪奢”であり、逃げられないように作られた“楽園”だった。

 塔の中は今日も静かだった。

 アウルティスは、背の高い書棚の間に立ち、光を反射する白い睫毛の影を落としながら、本の頁をめくっていた。

 髪も眉も肌も、雪のように白く
 長い髪はゆるやかに波打ち、光を散らす。

 神々の合作で生み出された “理想の伴侶” という目的の名残は、その容貌に鮮やかに刻まれている。
 だが、当の本人は美を誇るでもなく、淡々と活字を追うだけだった。
 彼の世界は、この城の中だけで完結している。二百年、生まれたその瞬間から。

「、、、つまらない」


 “知識”はあるのに、実感がない。わたしは外を知らない。人間も、森も、空の匂いも。

 ページの端を滑らせた指が止まる。
 空間の隅に置かれた“端末”が動いたのだ。

 端末は、金属とも石とも言えない材質の球体だ。

 歩けば後をついてきて、止まればその隣で静止する。

 無機質ではあるが、どこか呼吸しているような存在感があった。

 そこから、いくつもの声が流れ出る。

「アウルティス。最近、眠りが浅いのではないか?」

 声はひとつではない。複数の神が、交互に、あるいは重なり合うように話しかけている。
 姿は見えない。だが彼らは常にアウルティスを見ている。
 
 「無理をしていないか? 喉は渇いていないか?」

 彼らはいつでもこうだ。わたしの機嫌を測って、声色を変え、安心させようとしてくる。

 神々の目から見ればアウルティスは可愛がるための存在なのだろう。

 だがアウルティスにとっては、息苦しさの象徴でしかない。

 球体がわたしの周囲をゆるく回り込む。

 見えない彼らの視線だけがひどく近くて、息が詰まるようだ

 アウルティスは本を閉じ、眉間にわずかな皺を寄せた。

 「……しつこい。何度も言わせるな。平気だ」

「おまえが平気でも、私たちは心配なのだよ」

 「心配してほしいと頼んだ覚えはない」

 冷ややかな口調で言い返す。
 その声の奥には、二百年間積み重なった“外への渇望”が微かに滲んでいた。

 神々はそれを聞き逃さない。

 「何か望みがあるのなら、言ってほしい。
リティ、おまえの願いなら――」

 「外だ」

 アウルティスは短く切り捨てるように言った。

 、、、端末の内部で光が揺らめき、神々の気配が沈黙する。

 言葉を失ったというより、返答を選びかねているのだ。

 「……外は危険だ。魔物も人間も、おまえが傷つく。ここにいる方が安全だ」

 
 優しい声だが、拒絶であることは変わらない。

 わたしが望むことだけが、彼らの『叶えられない』領域だ。

 だから、わたしは本を開き直し、視線を落とした。

「安全など、退屈と同義だ。わたしは――」

 言葉の途中で、床がかすかに震えた。

 次の瞬間、塔が、低い悲鳴を上げたように揺れる。

 わたしは本を落とし、思わず顔を上げた
 壁が震え、天井から粉がぱらぱらと降ってくる。

 「リティ、危ない!!」

 彼らの声が一斉に重なった。

 何が起きているのか理解するより早く、
 床が波打ち、石が裂け、塔そのものが悲鳴をあげて傾く。

 、、、、崩れていく。

 二百年、ただの一度も揺れたことのなかったこの塔が――。



 

 
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