君が魔王でも愛したい

KDawn

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 あの日から数日経った今も、
 アウルティスはまだ高い熱に沈んでいた。呼吸は浅く、時々、喉を震わせて目を開ける。そのたびに俺は机に向かう手を止め、布を湿らせて額に当てた。

 屋敷の生活は静かだった。侍従には事情を知らせないまま距離を取らさせ、必要なものは俺が全て持ち込んだ。水差し、薬草、薄い粥。アウルティスはそれを口に入れると、またすぐに眠りへ戻っていく。

 数日はその繰り返しだったが、7日目の朝、ようやく熱が下がり始める。アウルティスは寝台から起き上がり、壁にもたれながら外の光を見つめている。

 午前は看病、午後は書類整理という日々が続いた。学院へ戻る準備、書簡のやり取り、寮への復帰申請。手続きは単調でも、部屋に戻るたびアウルティスが確かに回復しているのを見ると、俺の足取りは自然と速くなった。

その瞬間、階段へ向かう角を曲がったところで

「……ユリウス様!」

 押し殺した声が廊下に響いた。

 振り向くと、従者が息を切らしてこちらへ駆け寄ってくる。

「どうした。そんな顔をして」

「お伝えしなければならないことが……っ。
 数日前のことなのですが……いえ、正式に届いたのは先ほどで……」

「落ち着け。順に話せ」

 従者は深く息を吸い、声を低くした。

「……“魔王城”が崩れたそうです」

「それは本当なのか」

「、、、はい。
 200年不動だった魔王城が……数日前に、丸ごと崩落したと。
 魔力の残滓が強すぎて、今日になるまで周辺に近づけなかったようで……
 知らせが遅れたとのことです」

 魔王城が──崩れた。
 数日前。

(……アウルティスと出会った日と、同じ頃か)

「原因は分かっているのか」

「いえ。“内部から裂けるように”崩れたと遠目に見た者が。
 音も、光も……相当なものだったそうです」


アウルティスが塔にいたと話していたことを思い出す

(あいつ……魔王に閉じ込められていたのか?)

(……塔の崩落に巻き込まれて、逃げてきたのかもしれない)

「知らせてくれて助かった。下がれ」

「承知いたしました」

 従者が頭を下げ、足音を残して去っていく。


(……アウルティスには聞かない。苦しませてしまうかもしれない。)

 魔王城に“いたかもしれない”という推測も、
 いま胸にしまっておけばいい。

 そう決めて、
 アウルティスの部屋へ続く廊下へゆっくりと歩みを戻した。

ーー

 10日目にはアウルティスは軽い食事が取れるようになり、窓際に座る時間が増えた。外気に触れれば尾が動き、髪が光を吸って揺れる。


「外へ出たいなら、庭だけなら良い」

 そう告げた日は曇りだった。アウルティスは少し迷ったが、毛布を肩に巻き、俺の歩幅に合わせて庭へ出た。まだ脚は弱く、石畳に足を置くたび小さく息を吸う。それでも歩いた。風が当たるたび、目を細めて空を見上げた。

 庭の隅にある石段で休ませると、アウルティスは淡く言った。

「風の匂いは気持ちいいな」

 なんと返せばいいかわからなかった。

 13日を過ぎる頃にはアウルティス体力はだいぶ回復したかのように見えた。少なくとも魔法で尾やツノを隠す体力は戻ったようで安心した。

 二週間目からは、歩行の訓練が本格的に始まった。学院は広い敷地で、ただ歩くだけでも体力を使う。そのため俺は毎朝、屋敷の裏廊下を一緒に回る。アウルティスは黙って歩き、疲れれば腰へ手を当てて立ち止まる。

 三週間目、アウルティスは書物に触れ始めた。屋敷の書庫から簡単な歴史書を選び、ページをめくりながら時々、表情にわずかな動きを見せる。

 机で作業しながら、その様子を横目に見ていると仕事をしているはずなのに癒された。

 四週間目に入ると、アウルティスはほぼ日常の動作に戻った。食事も普通に取り、外にも出られた。学院へ行くための衣服も完成し、表向きの名義も整った。

 学院への書類を整えていたとき、
 アウルティスが机の横に立ってこちらを見ていた。

「戻る準備をしているのか」

「ああ。約束通りお前も連れていく」

「……そなたは迷わないのだな」

「当然だ。お前をひとりで行かせない」

 アウルティスの瞳が揺れた。
 その揺れは、痛みでも困惑でもなく、もっと別のものに見えた。

「……そなたは、わたしに……よくしてくれる」

「お前が弱っていたからだ」

「今は弱っていない」

「それでも同じだ」

 アウルティスは何か言おうとしたが、口を閉じてしまった。

 そして三十日目。
 学院へ向かう日の朝。

 アウルティスは外套を羽織り、姿見の前に立った。
 魔法も衣服も完全に整っている。
 見た目だけなら、その美しさを除けばもう人と変わらない。

「ユリウス」

「なんだ」

「そなたの家にいた、この一ヶ月……悪くなかった」

「そうか」

 その言葉は真っ直ぐで、胸の奥に落ちてくるように響いた。
 理由は分からない。
 だが、アウルティスを見ていると、それだけで心が動く。


「行くぞ。……もうすぐ学院だ」

「……ああ」

「……一ヶ月とは、短いのだな」

「そうかもしれない」

「塔にいた時は、時間が動かなかった。ここでは……動いているように思う」

 学院へ向かう馬車が用意される。
 アウルティスは深く息を吸い、歩き出した。
 俺はその隣に立ち、扉を開ける。

 一ヶ月の目がまわるような生活は、静かに幕を閉じた。
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