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第2話 裂け目の気配
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──還した静けさの中で、二人は初めて向き合う。
黒いツタがほどけるように消え、
森は一瞬だけ、音を失った。
晴翔は、その場に立ち尽くしていた。
恐怖はない。
ただ、胸の奥に広がる“静寂の余韻”に、身体が馴染まない。
風がゆっくり戻ってくる。
梢が揺れ、小さな虫の声がふたたび夜へ溶けた。
その静けさの中で、
斗泉は影の残滓を確かめるように足元を払った。
「……お前」
晴翔は顔を上げる。
斗泉は振り返らずに問いかけた。
「さっきの。あれに、触れたのか」
晴翔は少し考え、正直に答えた。
「……触れました。
手じゃなくて……胸のあたりが、ですけど」
斗泉の空気が微かに揺れた。
気のせいではない。
青年の重心が、ほんのわずか変わった。
「それだけじゃねぇだろ。
何が聞こえた」
晴翔は隠す理由がわからなかった。
「……“帰りたい”って。
声じゃないんですけど、そう……思いが」
斗泉は静かに息を吸い、
唇に咥えたタバコを噛み直した。
火はつけないまま。
「……普通は聞こえねぇよ。そんなもん」
その言い方は、責めるでも疑うでもない。
ただ、事実を置いただけの声。
晴翔は少し戸惑いながら問う。
「あの……さっきの、何なんですか?
倒したんじゃなくて、帰した……んですよね?」
斗泉は答えたくなさそうに、しかし拒むでもなく言う。
「仕事だ。
説明しても意味ねぇよ」
ぶっきらぼうなのに、突き放す冷たさはない。
斗泉は首元の装置を指で軽く叩いた。
淡い紋が空にひとつだけ揺らめく。
晴翔には意味がわからない。
斗泉はその表示を一瞥し、
低く呟いた。
「……長期じゃねぇな。対象外か。」
晴翔「対象……?」
斗泉「気にすんな。」
それ以上は語らないという合図だった。
斗泉は周囲の気配を見渡し、
夜の深さを確かめるように息を吐いた。
「ここは……しばらく来るな。
ほつれが残ってる」
晴翔は素直に頷く。
その時だった。
ふっと、肩のあたりに小さな“風”が触れた。
夜気とは違う、短い揺れ。
(……え?)
晴翔が振り返っても何もいない。
けれど、その瞬間、
斗泉が一歩だけこちらを見る。
その瞳が、かすかに細まった。
(……式神の気配?
いや、こいつの周りが揺れてるだけか?)
晴翔は気づかない。
自分の内側で、
妖狐ようこが耳を立て、
カマイタチが風を巻いたことを。
斗泉は結論を出さず、短く告げた。
「帰れ。……今日はもう終わりだ」
晴翔「あなたは、まだ仕事が?」
斗泉「違ぇな。
“ここからが仕事”だ」
晴翔は深くは聞かない。
聞いてはいけない気がした。
森の出口へ向かう途中、
夜の気配がほんの一瞬だけ波打った。
晴翔は立ち止まり、
振り返る。
斗泉はすでに林の奥へ消えかけていた。
首元の装置が淡く光り、
まるで“見えない地図”を辿るように歩いていく。
晴翔は小さく息を吐き、
家への道を戻った。
自分の肩の揺れが、
何を意味するのかも知らないまま。
夜はまだ、静かに揺れていた。
黒いツタがほどけるように消え、
森は一瞬だけ、音を失った。
晴翔は、その場に立ち尽くしていた。
恐怖はない。
ただ、胸の奥に広がる“静寂の余韻”に、身体が馴染まない。
風がゆっくり戻ってくる。
梢が揺れ、小さな虫の声がふたたび夜へ溶けた。
その静けさの中で、
斗泉は影の残滓を確かめるように足元を払った。
「……お前」
晴翔は顔を上げる。
斗泉は振り返らずに問いかけた。
「さっきの。あれに、触れたのか」
晴翔は少し考え、正直に答えた。
「……触れました。
手じゃなくて……胸のあたりが、ですけど」
斗泉の空気が微かに揺れた。
気のせいではない。
青年の重心が、ほんのわずか変わった。
「それだけじゃねぇだろ。
何が聞こえた」
晴翔は隠す理由がわからなかった。
「……“帰りたい”って。
声じゃないんですけど、そう……思いが」
斗泉は静かに息を吸い、
唇に咥えたタバコを噛み直した。
火はつけないまま。
「……普通は聞こえねぇよ。そんなもん」
その言い方は、責めるでも疑うでもない。
ただ、事実を置いただけの声。
晴翔は少し戸惑いながら問う。
「あの……さっきの、何なんですか?
倒したんじゃなくて、帰した……んですよね?」
斗泉は答えたくなさそうに、しかし拒むでもなく言う。
「仕事だ。
説明しても意味ねぇよ」
ぶっきらぼうなのに、突き放す冷たさはない。
斗泉は首元の装置を指で軽く叩いた。
淡い紋が空にひとつだけ揺らめく。
晴翔には意味がわからない。
斗泉はその表示を一瞥し、
低く呟いた。
「……長期じゃねぇな。対象外か。」
晴翔「対象……?」
斗泉「気にすんな。」
それ以上は語らないという合図だった。
斗泉は周囲の気配を見渡し、
夜の深さを確かめるように息を吐いた。
「ここは……しばらく来るな。
ほつれが残ってる」
晴翔は素直に頷く。
その時だった。
ふっと、肩のあたりに小さな“風”が触れた。
夜気とは違う、短い揺れ。
(……え?)
晴翔が振り返っても何もいない。
けれど、その瞬間、
斗泉が一歩だけこちらを見る。
その瞳が、かすかに細まった。
(……式神の気配?
いや、こいつの周りが揺れてるだけか?)
晴翔は気づかない。
自分の内側で、
妖狐ようこが耳を立て、
カマイタチが風を巻いたことを。
斗泉は結論を出さず、短く告げた。
「帰れ。……今日はもう終わりだ」
晴翔「あなたは、まだ仕事が?」
斗泉「違ぇな。
“ここからが仕事”だ」
晴翔は深くは聞かない。
聞いてはいけない気がした。
森の出口へ向かう途中、
夜の気配がほんの一瞬だけ波打った。
晴翔は立ち止まり、
振り返る。
斗泉はすでに林の奥へ消えかけていた。
首元の装置が淡く光り、
まるで“見えない地図”を辿るように歩いていく。
晴翔は小さく息を吐き、
家への道を戻った。
自分の肩の揺れが、
何を意味するのかも知らないまま。
夜はまだ、静かに揺れていた。
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