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Episode 1: The Silence of Brass Pipes
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◆ プロローグ──世界の音
風がまだやわらかかった頃。
少年だった祖父は、片田舎の小さな教会で
“世界が呼吸する音” を聞いた。
光と風と大地の湿り気が
ひとつに重なって生まれたその音は、
人間の手によるものではなかった。
──世界そのものの声。
その日からずっと、
その音が祖父の耳に生き続けた。
◆ 第1章──葬儀
時は流れ、都市は蒸気の熱と機械音に満ちた。
祖父が亡くなった日、
空を覆うのは煙、
街に響くのは金属の軋みと蒸気の唸り声。
葬儀は静かだった。
イオリは棺に触れ、
そっと目を閉じる。
祖父が生涯求めていた音──
あの教会で聞いた“世界の音”は
とうとう再現されることなく
この世から消えてしまった。
けれどその瞬間、
イオリの耳の奥でふいに風が揺れた気がした。
記憶にもないはずの音が、
胸の奥でそっと波紋を描いた。
「祖父が聞きたかった音って……どんな音だったんだろう?」
それが、イオリの旅の始まりだった。
◆ 第2章──工房に残されたもの
葬儀が終わったあと、
イオリは祖父の工房へ向かった。
薄暗い部屋の中には、
工具、油の匂い、
積み上げられた歯車や銅管が
祖父の時間をそのまま閉じ込めていた。
イオリは無意識に息を呑む。
祖父が最後まで向き合っていた巨大な機構──
自走演奏式パイプオルガン が
工房の奥で沈黙していた。
天井の窓から差し込んだ光が、
管の表面に鈍く反射する。
イオリはそっと鍵盤に触れる。
……鳴らない。
祖父の残したメモが机に散らばっていた。
『風が足りない』
『湿度は調整済み。火と地の響きは揃った』
『“あの日の音”は風が作った揺らぎ──』
『だが都市には風がない。どうすれば?』
イオリは眉を寄せる。
祖父の指は、
都市のどこにも存在しない“風”を求めていた。
そして、最後のページには
震える字でこう書かれていた。
『世界の音は、四つでひとつ。
火・地・水……
そして──風。』
イオリはゆっくりと顔を上げた。
祖父の工房には、
火のパーツ、地のパーツ、水のパーツが
確かに揃っていた。
だが──風だけがどこにもない。
これが、祖父が生涯完成できなかった理由。
イオリは自走演奏機の正面に立ち、
沈黙した巨大な管の森を見つめた。
金属の冷たさの奥に、
わずかな温度が残っている気がした。
「祖父は……
本当に、あの音を聞きたかったんだな。」
イオリの胸に、ひとつの思いが生まれる。
それは使命ではなく、
義務でもなく、
後継者意識でもない。
ただ、たったひとつの願い。
「祖父が聞いた “世界の音” を、僕も一度聞いてみたい。」
その瞬間、
工房の窓をかすめるように
かすかな風が吹いた。
都市では滅多に感じられない、
どこか懐かしい風。
イオリは息を飲む。
「……行かなきゃ。」
イオリの旅は、ここから始まる。
風がまだやわらかかった頃。
少年だった祖父は、片田舎の小さな教会で
“世界が呼吸する音” を聞いた。
光と風と大地の湿り気が
ひとつに重なって生まれたその音は、
人間の手によるものではなかった。
──世界そのものの声。
その日からずっと、
その音が祖父の耳に生き続けた。
◆ 第1章──葬儀
時は流れ、都市は蒸気の熱と機械音に満ちた。
祖父が亡くなった日、
空を覆うのは煙、
街に響くのは金属の軋みと蒸気の唸り声。
葬儀は静かだった。
イオリは棺に触れ、
そっと目を閉じる。
祖父が生涯求めていた音──
あの教会で聞いた“世界の音”は
とうとう再現されることなく
この世から消えてしまった。
けれどその瞬間、
イオリの耳の奥でふいに風が揺れた気がした。
記憶にもないはずの音が、
胸の奥でそっと波紋を描いた。
「祖父が聞きたかった音って……どんな音だったんだろう?」
それが、イオリの旅の始まりだった。
◆ 第2章──工房に残されたもの
葬儀が終わったあと、
イオリは祖父の工房へ向かった。
薄暗い部屋の中には、
工具、油の匂い、
積み上げられた歯車や銅管が
祖父の時間をそのまま閉じ込めていた。
イオリは無意識に息を呑む。
祖父が最後まで向き合っていた巨大な機構──
自走演奏式パイプオルガン が
工房の奥で沈黙していた。
天井の窓から差し込んだ光が、
管の表面に鈍く反射する。
イオリはそっと鍵盤に触れる。
……鳴らない。
祖父の残したメモが机に散らばっていた。
『風が足りない』
『湿度は調整済み。火と地の響きは揃った』
『“あの日の音”は風が作った揺らぎ──』
『だが都市には風がない。どうすれば?』
イオリは眉を寄せる。
祖父の指は、
都市のどこにも存在しない“風”を求めていた。
そして、最後のページには
震える字でこう書かれていた。
『世界の音は、四つでひとつ。
火・地・水……
そして──風。』
イオリはゆっくりと顔を上げた。
祖父の工房には、
火のパーツ、地のパーツ、水のパーツが
確かに揃っていた。
だが──風だけがどこにもない。
これが、祖父が生涯完成できなかった理由。
イオリは自走演奏機の正面に立ち、
沈黙した巨大な管の森を見つめた。
金属の冷たさの奥に、
わずかな温度が残っている気がした。
「祖父は……
本当に、あの音を聞きたかったんだな。」
イオリの胸に、ひとつの思いが生まれる。
それは使命ではなく、
義務でもなく、
後継者意識でもない。
ただ、たったひとつの願い。
「祖父が聞いた “世界の音” を、僕も一度聞いてみたい。」
その瞬間、
工房の窓をかすめるように
かすかな風が吹いた。
都市では滅多に感じられない、
どこか懐かしい風。
イオリは息を飲む。
「……行かなきゃ。」
イオリの旅は、ここから始まる。
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