ガラスの靴の行方 私が過ごした秘密の城のクリスマス10日間

代々木夜々一

文字の大きさ
8 / 53
第二章

第8話 グリフレットの役職

しおりを挟む
「お目覚めに、なられましたか」
「ああ」
「なにか飲まれますか?」
「水を一杯」

 グリフレットが一礼して去っていく。エルウィンは、わたしたちの前にすわった。

「大丈夫なの?」
「この時期になると、たまになる」
「持病のせいで?」
「まあ、そんなところだ」

 聞きたいことが山ほどあるが、とりあえず、あの男だ。

「あの会計士は、なに?」
「グリフレットか。僕の執事だ」
「執事!」

 生まれてはじめて目の前で聞いた言葉かもしれない。TVの街頭インタビューで「執事をしてます」なんて人も見たことがない。

 その執事が、コップに水を入れて持ってきた。

「グリフレット、なぜ」

 あるじであるエルウィンの言葉を無視して、執事は言った。

「お昼は食べられますか?」
「食べるー!」

 まっさきに答えたのはモリーだ。わたしも頼むことにした。正直、しばらくなにも食べていない。

 出てきた食事は、これが機内食? と思うほど充実した昼食だった。

「あのね、エルウィン」

 わたしが聞こうとすると、執事がそれをさえぎった。

「エルウィン・ヘレリック・イリンガス様です。由緒ただしきイリンガス家の当主で」

 給仕をしながら、グリフレットが説明しはじめた。美味しい食事がまずくなるほど、執事のていねいな説明は、よくわからない。

 要約するとこうだ。エルウィンの家は、代々続いている領主、いまで言うと資産家であると。ご両親はすでに他界していて、兄弟もおらず、いまはひとり。

「イリンガス家の歴史は古く」
「僕のことは、もういい」

 さらに話そうとしたグリフレットを、エルウィンが制した。そういえば、今までエルウィンは自分のことを、ほとんどしゃべらない。お金持ちというのは、ことさら自分のことを語りそうだけど、彼はちがうのね。それより、グリフレットとの会話を思いだした。エルウィンの家族を聞いた時に「さあ、そこまでは」と言った。よくも平気で言えたものだ。

「ねえ、なんであの執事を雇ったの?」

 グリフレットが退室したのを見計らって、エルウィンに執事のことを聞いてみる。

「僕の家に、代々仕える使用人だ」

 代々仕える? 聞きなれない言葉が、また出てきた。では、グリフレットのお父さんも執事だったのかというと、ちがうようだ。

「執事」というのは、使用人を統括するリーダーのような役職らしい。エルウィンの家では、前の執事が退職するさいに、次の執事を指名するそうだ。

「執事の前は、何だったの?」
「うちの顧問会計士だ」

 あらま、グリフレット会計事務所とは、あながち嘘でもないのね。

「なにを考えているのか、わかりにくい人だが、信頼はできる」

 彼が微笑んだ。あやしんでいるのが、わかったらしい。

「もうすぐ年末だ。休暇は取らないのか?」

 エルウィンがふいに聞いてきた。

「そうねえ」

 ちょっと答えに困った。たまたま今日は、代わってもらえただけだ。

「休暇が取れると、いいけど」
「手前どもから、代わりを派遣すれば、よろしいかと。人材派遣のリストは、ご用意してございます」

 グリフレットが、そう言いながらコーヒーを持ってきた。

「それにしてもグリフレット、よく近くにいたな。あとをつけてたのか?」
「もちろんでございます」

 グリフレットは満面の笑みで答えた。

「薄汚いバッグに、GPSを埋め込んでおいたのですが、信号がとだえまして。あれには焦りました」

 思い当たる節が、大いにあった。エルウィンは「まいったな」とばかりに首をふり、わたしにむきなおった。

「ここまで連れてきてしまった。せめてウチで、ゆっくり休んで行ってくれ」

 まったく、いまの状況を理解はできていない。でも、とりあえず、うなずいた。これは誘拐されているのだろうか? とも思ったが、考えるのをやめた。わたしとモリーを誘拐しても、このジェットの燃料代にすらならないだろう。

 そんなジェット機は、順調に飛んでいるようだった。仮眠を勧められたが、寝れるわけがない。環境になれないからだ。ビジネスクラスにすら、乗ったことがないのに。

 もう一度食事をし、モリーが三回目のおやつを頼もうとして、わたしに怒られたころ、とても小さな空港についた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...