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18.新しい暮らし

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リックが仕事に出かけて暫くしてから、私は二階へ上がり、窓から身を乗り出すと、手すりにつかまりながら外へ飛び降りた。
上手く着地し警戒しながら辺りを見渡してみるが、怪しい人影は見当たらない。
見張りもいないようね。

軽々と抜け出せたけれど……何だか気持ち悪いわ。
あれだけ出かけるのを反対していたのに、リックが何もしてこないなんて……。
昔なら手段を選ばず、壁に縛り付けてでも止められていたわ。
うーんと頭をひねり、何だかしっくりこないと思いながらも街へと向かって行った。

街へやってくると、賑わう人ごみにそっと紛れ込む。
貴族だった頃はこうして街中を歩くことはなかった。
移動はいつも馬車で、窓から見える光景を羨まし気に眺めていたわ。
令嬢である以上、一人で出歩くことは許されなかったから。

新鮮な気持ちで街中を進んで行くと、先日目星を付けたレストランへ向う。
求人の募集が壁に貼られている店のドアをノックすると、スタッフだろう女性が現れた。
求人を指さしながら話そうとすると、女性は私の顔を見るなり慌てた様子で扉を閉める。
もう一度扉をノックしてみるが、開くことはなかった。
間が悪かったのかしらね。

気を取り直し次の料理店にやってるくるが、話す前に門前払い。
別のカフェでも、私の姿を見るなり追い返される。
強引に引き留め、どうしてなのと問い詰めても、出てきたスタッフは下っ端でわからないと首を振るばかり。
店主を出して欲しいと願い出ても、受け入れてもらえず追い出されるのでどうすることも出来なかった。

首を傾げながら最後のレストランへやってくると、仕込み中なのだろう、年配で恰幅のいい男の姿が見えた。
トントントンと扉を叩き呼んでみると、ゆっくりと扉が開く。

「こんにちは。ここでスタッフを募集しているでしょう。雇ってくれないかしら。料理も接客も経験があるわ」

ニコニコと最高の営業スマイルを見せると、店主は上から下まで眺め苦笑いを浮かべた。

「あー悪いね……今は新しいスタッフの募集をしていないんだよ」

迷惑そうにしながら、私を追い出そうと扉を閉める。
私は慌てて身を乗り出すと、爪先をドアの隙間に押し込んだ。

「ちょっ、ちょっと、まって、そんなッッ、ならあの張り紙は一体なんなの?」

私は壁に貼られた求人募集を指さすと、彼は気まずげに視線を逸らせた。

「いやぁ……嬢ちゃんには悪いが、今日の朝、役人さんから通達が回ってきたんだよ。黒髪に黒い瞳の女は雇うなと命令なんだ。諦めてくれ」

彼は厄介事は勘弁してくれと言った様子で、私の体を外へ押しやると、ピシャリと扉を閉めた。

なんなの?どういうことなの……黒髪に黒い瞳……一体誰が。
もしかして……。
たしかリックの家は、高級レストランをいくつか経営していたわよね。
食材や何やらの仕入れは、リックのレストランが元締めで、安く他の店舗流れていたはず。
リックが部屋から抜け出すだろう私を止めなかったのはこのため?
私が働けないように妨害しているの?
はぁ……やられたわ、想定外……。
貴族でもない一般人の私が足掻いてもどうにもならないだろう。
深いため息をつき肩を落とすと、私は諦めて家に戻ったのだった。

昼の休憩に戻ってくるだろうリックを玄関前で待ち構える。
扉が開く音に顔を上げると、私は仁王立ちで彼を睨みつけた。

「リック、どういうことなの!何か手を回したでしょう!」

彼は私の姿を見て小さく笑うと、手に持っていたパンを差し出した。

「お腹が空いているでしょう、昼食を持ってきました」

「えっ、ありがとう、って違うわ。私の職探しを邪魔しているでしょう!」

「さぁ何のことでしょうか?知りませんね。ほら冷めないうちに」

リックは含みのある笑みを浮かべると、スタスタと歩き始める。
何も知らぬ存ぜずで通すつもりね。
あぁもう、これじゃ職を見つけられないじゃない。
彼の背を追いかけリビングにやってくると、ランチの準備を進める彼をじとーと見つめる。
そんな私の視線を気にした様子もなく、パンを食べ始めたのだった。
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