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第三章
説得は
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ケルヴィンの姿に苦笑いを浮かべると、私はそっと視線を逸らせる。
彼は私が出て行く事実に気づいていたのかしら……?
荷物もコッソリ準備をしていたし、王子のこともシンシアのことも相談したことはない。
ならいつから……、どうして気づかれてしまったのかしら…?
いくら考えても仕方がないわ。
それにしても、はぁ……とても困ったことになってしまったわね。
彼は私の専属執事であるけれど、こんな事に巻き込みたくなかった。
だから必死に隠していたつもりだったのに……。
だってケルヴィンは優秀な人材で、貴族社会に必要存在。
私の執事になりたいと志願したのは、きっと公爵家の令嬢で、王妃になる存在だったから。
それに……私と一緒に王都を離れれば、ケイトお姉様とも会えなくなってしまう。
二人の邪魔をするつもりはない、だからこそ彼を巻き込むわけにはいかないわ。
はっきり伝えないと……。
「ケル……私はもう価値のない人間になってしまったわ。だからあなたも私の専属を外れていいのよ。あなたならどんな仕事でもこなせられるわ。それに……」
私と一緒に来れば、ケイトお姉様と会えなくなってしまうのよ。
そう言葉を続けようとすると、なぜか胸がギュッと締め付けられた。
「……お嬢様?最初に言いましたよね?私はお嬢様がお嬢様だから傍に居たいのです。婚約破棄されようが、ここから離れようが関係ございません。お嬢様は私の全てなのです」
情熱的な言葉に目を丸くしていると、彼は私の手から荷物を取り上げようとする。
「あっ、ちょっと、ケルッッ。その……今は王子に捨てられて憔悴しているのよ。出来れば一人で過ごしたいわ」
流されてはいけないと、目を伏せ悲し気な表情を作ると、私は拒絶するようにカバンをしっかり胸に抱きしめた。
「でしたらなおさら、そんなお嬢様を一人には出来ません。……何年お嬢様にお仕えしたとおもっておられるのですか。それに一人で出ていく事を許されてはおられないでしょう。私が一緒に行くとなれば、追っ手を気にすることなく、目的地まで安心して旅ができます。ご両親の説得は私にお任せください」
深められた綺麗な笑みに頬を引きつらせると、私は小さく息を吐き出した。
彼の言う通り、このまま出て行けば、私がいないことに気が付いた両親がすぐに捜索を始めるだろう。
逃げ切る自信はないことはない、けれど急いでなるべく遠くへ行く為には体力と気力が必要になる。
旅慣れもしていない、ましてや乗馬が出来るといっても、日ごろ馬にはのっていない。
そんな私が一人でどこまでいけるのか……正直少し不安だった。
それに一緒に来てくれるとの言葉に、胸の奥がフワッと温かくなる。
嬉しいと離れたくないと、弱った心が満たされていくのがわかる。
だけどこれは自分勝手な行動だと重々承知しているわ。
だからこそ――――。
「ダメよ、ケル。お願い……あなたを巻き込みたくないの。ここを離れれば貴族社会からも疎遠になってしまうわ。あなたは執事でもあるけれど、貴族でもある。なら王都に居るべきなのよ」
私はおもむろに顔を上げると、真っすぐに深いアイオライトの瞳を見上げた。
すると彼はそっと視線を逸らせ考え込む仕草を見せると、ブツブツと呟き始める。
(正直な気持ちを伝えてもダメ、私を連れていく利点を説明してもダメ、でしたら最後は情に訴えるのが一番いいか……)
何を言っているのか聞き取れないまま、彼を見上げ続けていると、紺の瞳がこちらを向いた。
すると彼は悲し気に瞳を揺らすと、私の手を包みこむように握りしめる。
「お嬢様、私はあなたの執事になったとき、家から離れる決意を致しました。なので貴族社会へ戻ることもありません。戻るところがないのです。どうか……どうかわたしを連れて行って頂けませんか?」
戻るところがない?そんな話知らないわ!?
えぇ!?でもどうして?
格下の貴族の執事になるのならいざ知らず、公爵家の執事になるとなれば、そこまでのことは想定していなかった。
もしかして……だからケイトお姉様と結婚していないのかしら……?
オロオロと戸惑いながら返す言葉を探していると、さりげなくカバンを奪われる。
「さぁ、行きましょうか」
「へぇっ、ケル!?」
ケルは荷物背負い、軽々と馬へ跨ると、私へ手を差し伸べた。
条件反射でその手を握りしめると、そのまま引き上げられ、馬の背に乗せられる。
彼の腕の中へ囚われると、温もりが全身に伝わってきた。
何とも言えぬ恥ずかしい気持ちになる中、彼は私の体を優しく包みこむと、馬がゆっくり走り始めた。
彼は私が出て行く事実に気づいていたのかしら……?
荷物もコッソリ準備をしていたし、王子のこともシンシアのことも相談したことはない。
ならいつから……、どうして気づかれてしまったのかしら…?
いくら考えても仕方がないわ。
それにしても、はぁ……とても困ったことになってしまったわね。
彼は私の専属執事であるけれど、こんな事に巻き込みたくなかった。
だから必死に隠していたつもりだったのに……。
だってケルヴィンは優秀な人材で、貴族社会に必要存在。
私の執事になりたいと志願したのは、きっと公爵家の令嬢で、王妃になる存在だったから。
それに……私と一緒に王都を離れれば、ケイトお姉様とも会えなくなってしまう。
二人の邪魔をするつもりはない、だからこそ彼を巻き込むわけにはいかないわ。
はっきり伝えないと……。
「ケル……私はもう価値のない人間になってしまったわ。だからあなたも私の専属を外れていいのよ。あなたならどんな仕事でもこなせられるわ。それに……」
私と一緒に来れば、ケイトお姉様と会えなくなってしまうのよ。
そう言葉を続けようとすると、なぜか胸がギュッと締め付けられた。
「……お嬢様?最初に言いましたよね?私はお嬢様がお嬢様だから傍に居たいのです。婚約破棄されようが、ここから離れようが関係ございません。お嬢様は私の全てなのです」
情熱的な言葉に目を丸くしていると、彼は私の手から荷物を取り上げようとする。
「あっ、ちょっと、ケルッッ。その……今は王子に捨てられて憔悴しているのよ。出来れば一人で過ごしたいわ」
流されてはいけないと、目を伏せ悲し気な表情を作ると、私は拒絶するようにカバンをしっかり胸に抱きしめた。
「でしたらなおさら、そんなお嬢様を一人には出来ません。……何年お嬢様にお仕えしたとおもっておられるのですか。それに一人で出ていく事を許されてはおられないでしょう。私が一緒に行くとなれば、追っ手を気にすることなく、目的地まで安心して旅ができます。ご両親の説得は私にお任せください」
深められた綺麗な笑みに頬を引きつらせると、私は小さく息を吐き出した。
彼の言う通り、このまま出て行けば、私がいないことに気が付いた両親がすぐに捜索を始めるだろう。
逃げ切る自信はないことはない、けれど急いでなるべく遠くへ行く為には体力と気力が必要になる。
旅慣れもしていない、ましてや乗馬が出来るといっても、日ごろ馬にはのっていない。
そんな私が一人でどこまでいけるのか……正直少し不安だった。
それに一緒に来てくれるとの言葉に、胸の奥がフワッと温かくなる。
嬉しいと離れたくないと、弱った心が満たされていくのがわかる。
だけどこれは自分勝手な行動だと重々承知しているわ。
だからこそ――――。
「ダメよ、ケル。お願い……あなたを巻き込みたくないの。ここを離れれば貴族社会からも疎遠になってしまうわ。あなたは執事でもあるけれど、貴族でもある。なら王都に居るべきなのよ」
私はおもむろに顔を上げると、真っすぐに深いアイオライトの瞳を見上げた。
すると彼はそっと視線を逸らせ考え込む仕草を見せると、ブツブツと呟き始める。
(正直な気持ちを伝えてもダメ、私を連れていく利点を説明してもダメ、でしたら最後は情に訴えるのが一番いいか……)
何を言っているのか聞き取れないまま、彼を見上げ続けていると、紺の瞳がこちらを向いた。
すると彼は悲し気に瞳を揺らすと、私の手を包みこむように握りしめる。
「お嬢様、私はあなたの執事になったとき、家から離れる決意を致しました。なので貴族社会へ戻ることもありません。戻るところがないのです。どうか……どうかわたしを連れて行って頂けませんか?」
戻るところがない?そんな話知らないわ!?
えぇ!?でもどうして?
格下の貴族の執事になるのならいざ知らず、公爵家の執事になるとなれば、そこまでのことは想定していなかった。
もしかして……だからケイトお姉様と結婚していないのかしら……?
オロオロと戸惑いながら返す言葉を探していると、さりげなくカバンを奪われる。
「さぁ、行きましょうか」
「へぇっ、ケル!?」
ケルは荷物背負い、軽々と馬へ跨ると、私へ手を差し伸べた。
条件反射でその手を握りしめると、そのまま引き上げられ、馬の背に乗せられる。
彼の腕の中へ囚われると、温もりが全身に伝わってきた。
何とも言えぬ恥ずかしい気持ちになる中、彼は私の体を優しく包みこむと、馬がゆっくり走り始めた。
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