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第三章
初めての姉妹喧嘩
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シンシアを探しながら廊下を歩いていると、ケルヴィンが反対側からやってくる。
「ケル、シンシアはどこへ行ったのかしら?」
「シンシア様でしたら、こちらのお部屋で休んで頂いておりますが…。あの、お嬢様……」
ケルヴィンは言葉を続けようとするが、瞳に影を落とすと、そっと視線を逸らせた。
そしておもむろに胸ポケットへ手を入れると、白い紙を取り出す。
「ありがとう。……どうしたの?」
紙へ視線をむけながら問いかけてみると、彼は静かに首を横へ振った。
「いえ、何でもありません」
ケルヴィンはニコッと優し気な笑みを見せると、紙を開くことなく、そのまま立ち去っていった。
「お嬢様、王子との話はどうなったのでしょうか?やはり……王子を選ばれたのですか……?」
そう囁きとも取れる声は、私の耳にはとどかなかった。
廊下を進み、ケルヴィンに教えてもらった部屋の前へやってくると、恐る恐るに扉を叩く。
「シンシア、少し良いかしら?」
中から返事はない。
私はそっとドアノブを回してみると、静かに扉が開いた。
シンシアは窓際でピカピカと光る雷雲を見上げている。
私の声が聞こえているはずだが、振り向く気配はない。
その姿に私は深く息を吸い込み、中へと入って行くと、彼女へ近づいて行った。
「シンシア……」
手を伸ばせば届く距離で名を呼び掛けてみると、彼女はニッコリ笑みを浮かべてクルリと振り返る。
目に涙はない、けれどどこかいつもとは違っていた。
「なぁに~、お姉様。もう話は終わったの?よかったわ~、私に王妃なんて無理だし~」
「いえ、まだ終わってないわ。先に……どうしても確認しておきたいことがあって……」
私は真っすぐに顔を上げると、エメラルドの瞳を見つめた。
じっと眺めていると、ニコニコと可愛らしい笑みは、どこか乾いているように映る。
「シンシア、マーティン王子をどう思っているの?」
「……どうしてそんな事聞くの?私の事は関係ないでしょう」
そう問いかけると、彼女の笑みが少し引きつった。
そのままシンシアはフィッと視線を逸らせると、また灰色の雲へ顔を向ける。
「そんな事ないわ……ッッ、シンディ、私の目を見なさい」
今にも崩れ落ちそうな笑みに、私は彼女の肩を掴み瞳を覗き込むと、エメラルドの瞳が微かに揺れる。
「ははっ、愛称で呼ぶなんて何年ぶり……ッッ。どうして今更そんな……。どんなことをしても、お姉様は怒ったことなんてなかったのに……。なんで今……こんな時に……ッッ。私の事なんて何とも思っていないのでしょ……。お姉様はね、いつも自分が一番可愛いのよ。相手の気持ちに鈍感で、向けられる敵意には目を逸らしてみようとしない!本質を見ようとしていない!そんなお姉様に、話す事なんてなにもないわ」
エメラルドの瞳の奥に怒りの炎が浮かぶ中、そこから大粒の涙が零れ落ちると、指先に触れた。
シンシアはパシンッと私の手を振り払うと、顔を背ける。
窓から雷の光が入り込み影を作ると、キラリと光る雫が絨毯の上に落ちていった。
ピカッ、ゴロゴロ、バンッ。
近くに雷が落ちたのだろうか、頭に響く雷鳴が響き渡る。
けれど私はその音に反応出来る余裕はなく、シンシアの言葉が強く胸に突き刺さっていた。
幼いころ大人たちの世界を見てきた私は、彼女の言う通り本質を見ようとする努力を怠った。
私を敵視する人間、嫌う人間、そんな人に寄り添う事を諦め、目を逸らし逃げていた。
だってそうしないと、あそこに居られなかったから。
だから逃げだしたかった、自由を求めていた……ッッ。
だけどこれは只の言い訳に過ぎないのかもしれない……。
きっとそういった性質が、私の中にあるのだろう。
だからマーティンの気持ち、シンシアの気持ち、ケルヴィンの気持ち、キャサリンの気持ち、両親の気持ち、他人の気持ちを考えたことなんてない。
私をどう思っているのか、確認しようとしたこともない。
踏み込むこともみようとすることもしなかった。
いつも面倒事は嫌だと目を逸らし、逃げていた。
だからこそ誰ともこうした言い合いをすることもなかった……。
自分の本音を想いを伝えようと、思ったことがなかった。
いつからだろう、周りの目を気にして感情を隠すようになってしまったのは。
いつからだろう、自分の事を自分で決めなくなってしまったのは。
いつからだろう、私という人間が、なくなってしまったのは。
これはすべて違う、私が逃げ続け、見ようとしていなかったその結果。
なら相手を見ようとすれば、こんな場所へ来る必要も、皆に迷惑をかけることもなかったのかもしれない――――。
シンシアは目に涙を溜め、必死に何かを耐えていた。
その姿はとても眩しく見える。
シンシアはそんな私に踏み込んできてくれていたのだ。
それを私はずっと……逃げ続けていた。
ここで後悔したとしたとしても、過去はどうやっても変えることは出来ない。
なら今踏み出さなければ、ここではっきりとシンシアの想いを―――――。
「ケル、シンシアはどこへ行ったのかしら?」
「シンシア様でしたら、こちらのお部屋で休んで頂いておりますが…。あの、お嬢様……」
ケルヴィンは言葉を続けようとするが、瞳に影を落とすと、そっと視線を逸らせた。
そしておもむろに胸ポケットへ手を入れると、白い紙を取り出す。
「ありがとう。……どうしたの?」
紙へ視線をむけながら問いかけてみると、彼は静かに首を横へ振った。
「いえ、何でもありません」
ケルヴィンはニコッと優し気な笑みを見せると、紙を開くことなく、そのまま立ち去っていった。
「お嬢様、王子との話はどうなったのでしょうか?やはり……王子を選ばれたのですか……?」
そう囁きとも取れる声は、私の耳にはとどかなかった。
廊下を進み、ケルヴィンに教えてもらった部屋の前へやってくると、恐る恐るに扉を叩く。
「シンシア、少し良いかしら?」
中から返事はない。
私はそっとドアノブを回してみると、静かに扉が開いた。
シンシアは窓際でピカピカと光る雷雲を見上げている。
私の声が聞こえているはずだが、振り向く気配はない。
その姿に私は深く息を吸い込み、中へと入って行くと、彼女へ近づいて行った。
「シンシア……」
手を伸ばせば届く距離で名を呼び掛けてみると、彼女はニッコリ笑みを浮かべてクルリと振り返る。
目に涙はない、けれどどこかいつもとは違っていた。
「なぁに~、お姉様。もう話は終わったの?よかったわ~、私に王妃なんて無理だし~」
「いえ、まだ終わってないわ。先に……どうしても確認しておきたいことがあって……」
私は真っすぐに顔を上げると、エメラルドの瞳を見つめた。
じっと眺めていると、ニコニコと可愛らしい笑みは、どこか乾いているように映る。
「シンシア、マーティン王子をどう思っているの?」
「……どうしてそんな事聞くの?私の事は関係ないでしょう」
そう問いかけると、彼女の笑みが少し引きつった。
そのままシンシアはフィッと視線を逸らせると、また灰色の雲へ顔を向ける。
「そんな事ないわ……ッッ、シンディ、私の目を見なさい」
今にも崩れ落ちそうな笑みに、私は彼女の肩を掴み瞳を覗き込むと、エメラルドの瞳が微かに揺れる。
「ははっ、愛称で呼ぶなんて何年ぶり……ッッ。どうして今更そんな……。どんなことをしても、お姉様は怒ったことなんてなかったのに……。なんで今……こんな時に……ッッ。私の事なんて何とも思っていないのでしょ……。お姉様はね、いつも自分が一番可愛いのよ。相手の気持ちに鈍感で、向けられる敵意には目を逸らしてみようとしない!本質を見ようとしていない!そんなお姉様に、話す事なんてなにもないわ」
エメラルドの瞳の奥に怒りの炎が浮かぶ中、そこから大粒の涙が零れ落ちると、指先に触れた。
シンシアはパシンッと私の手を振り払うと、顔を背ける。
窓から雷の光が入り込み影を作ると、キラリと光る雫が絨毯の上に落ちていった。
ピカッ、ゴロゴロ、バンッ。
近くに雷が落ちたのだろうか、頭に響く雷鳴が響き渡る。
けれど私はその音に反応出来る余裕はなく、シンシアの言葉が強く胸に突き刺さっていた。
幼いころ大人たちの世界を見てきた私は、彼女の言う通り本質を見ようとする努力を怠った。
私を敵視する人間、嫌う人間、そんな人に寄り添う事を諦め、目を逸らし逃げていた。
だってそうしないと、あそこに居られなかったから。
だから逃げだしたかった、自由を求めていた……ッッ。
だけどこれは只の言い訳に過ぎないのかもしれない……。
きっとそういった性質が、私の中にあるのだろう。
だからマーティンの気持ち、シンシアの気持ち、ケルヴィンの気持ち、キャサリンの気持ち、両親の気持ち、他人の気持ちを考えたことなんてない。
私をどう思っているのか、確認しようとしたこともない。
踏み込むこともみようとすることもしなかった。
いつも面倒事は嫌だと目を逸らし、逃げていた。
だからこそ誰ともこうした言い合いをすることもなかった……。
自分の本音を想いを伝えようと、思ったことがなかった。
いつからだろう、周りの目を気にして感情を隠すようになってしまったのは。
いつからだろう、自分の事を自分で決めなくなってしまったのは。
いつからだろう、私という人間が、なくなってしまったのは。
これはすべて違う、私が逃げ続け、見ようとしていなかったその結果。
なら相手を見ようとすれば、こんな場所へ来る必要も、皆に迷惑をかけることもなかったのかもしれない――――。
シンシアは目に涙を溜め、必死に何かを耐えていた。
その姿はとても眩しく見える。
シンシアはそんな私に踏み込んできてくれていたのだ。
それを私はずっと……逃げ続けていた。
ここで後悔したとしたとしても、過去はどうやっても変えることは出来ない。
なら今踏み出さなければ、ここではっきりとシンシアの想いを―――――。
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