223 / 358
第五章
閑話:シナンの頁 後編
しおりを挟む
その事実を知ってから、僕の成長は止まった。
鉱山へ行けば、もう生きて街へ戻る事は絶望的。
厳重な監視体制に、逃げ出すどころの話ではない。
それならばここに居た方が安全、そう考えて……。
でも大人にならなければ、僕はずっとこのままだろう。
母さんに逆らえない弱い僕は、これから先も変わる事が出来ない。
もし成長すれば、ここから逃げ出せる力を得られるかもしれない。
でももし得られなかったら……僕はきっと売られてしまうだろう。
そうなれば……もうおしまいだ。
大人になりたいのに、なりたくない。
そんなジレンマに頭を悩ませる中、僕は一人蹲っていた。
そうして心の問題だろうか……16、17歳になっても、僕は子供のままだった。
しばらくすると、母さんは僕が成長しないことに、癇癪をおこした。
それでも成長しない僕に母さんは愛想がつきると……18歳になったある日、僕は母さんに街へ連れて行かれた。
そこで大人たちに囲まれ、知らない馬車に押し込まれたんだ。
ようやく母さんから解放された喜びと、これから僕はどうなってしまうのか……。
考えれば考えるほど不安で、どうしようもなくなっていた。
馬車の中には僕以外に数人の人間の子供が乗っていた。
彼らに僕が獣人だと知られれば……きっと騒ぎになる。
だから僕は……皆から離れ一度も口を開くことなく、蹲っていたんだ。
そんな中で、僕はお姉さんに出会った。
あんな風に人間に優しくされたのは初めだった。
お姉さんの言葉が、優しさが嬉しかったけれど、僕は初めて経験するその温かい何かに戸惑っていたんだ。
でも突発的な事故で、獣人と知られても……お姉さんは僕を周りにいる子供と同じように接してくれて、優しくしてくれた。
でもそんな優しいお姉さんが、男達に連れて行かれた時、僕は何も出来なかった。
だって怖くて……でもお姉さんは笑っていた。
あの笑顔は今でも脳裏に焼き付いている。
もうあんな顔させたくない。
お姉さんが居なくなった檻の中は、昔屋敷に居た部屋よりも孤独で……。
だから僕は助けに来てくれたお兄さんに頼んで、お姉さんを探しに行ったんだ。
そうして一緒に暮らすことになって……お姉さんは僕を幼い子供だと思っている事に気が付いた。
だからすぐに僕は子供じゃないと伝えようとした。
でももしそれを知って、気持ち悪がられたら?
あの女のように愛想をつかされたら?
そう思うと怖くて、中々言い出せなくなっていた。
僕の事を子供だとそう彼女が言うたびに、僕は……。
ふと目覚めると、隣で眠るお姉さんを起こさないように体を起こした。
窓からは眩い月が差し込み、彼女の頬をキラキラと照らしている。
徐に手を伸ばしてみると、その真っ白な頬へと触れていた。
今日お姉さんに僕が子供じゃないとばれてしまった。
でもお姉さんはすんなりと受け入れてくれて……。
その事が嬉しくて、僕は泣きそうになったんだ。
どうしてお姉さんはこんな僕を見捨てないでいてくれるのだろう。
どうしてこんな僕を守ってくれるのだろう。
臆病で、大人になれず、人間にも獣人でもないこんな出来損ないを……。
無意識に彼女の頬へ触れると、暖かくて柔らかいその刺激に思わず顔に熱が集まっていく。
吸い込まれそうな滑らかな肌に真っ赤な唇に目が奪われると、僕は慌てて彼女から離れた。
「はぁ……僕は……何をやっているんだろう……」
彼女はありのままの僕を受け止めてくれた、そんなお姉さんの傍に居たい。
そして守りたいんだ。
そのためには大人には、ならなければいけない。
でもその方法がもうわからない。
大人になりたいと願っても体は答えてくれる気配はない。
一体どうすれば……大人になる事が出来るのだろう。
そんな事を考えていると、お姉さんが苦しそうに眉を寄せた。
小さく荒い息を繰り返し始めると、頬が赤く染まっていく。
その姿に慌ててお姉さんの顔を覗き込むと、真っ赤な唇が小さく開かれた。
「エヴァン……待って……」
甘く囁かれた言葉に、心の奥深くから何かがこみ上げてくる。
これが一体何なのか……それはさっぱりわからない。
でもエヴァンと言う人は彼女の大切な人だと、その声色ですぐにわかった。
愛おしそうに口にするその名に、目の前が黒く染まっていく。
お姉さんが会いたいと望んでいるのはエヴァンと言う男なのかな。
お姉さんは……一体どんな夢を見ているのだろう。
エヴァンって人がお姉さんの中にいるの?
そう思うと胸の奥から、どす黒い何かがこみ上げてくる。
無意識に苛立ち胸が苦しくなってくると、コントロールが出来ないこの感情に僕は戸惑っていた。
何だろう、どうしてかわからないけれど、とてもイライラする。
お姉さんが僕の知らない人と一緒にいるのは嫌だ……。
それが例え夢の中であっても……。
僕はお姉さんを知りたい、そして誰よりもお姉さんの傍に居たいんだ……。
僕はお姉さんを見下ろすと、無意識に彼女の体を大きく揺らしてた。
するとお姉さん小さく身じろいだかと思うと、ゆっくり瞼を持ち上がっていく。
「う……ん?ふぁ~~~、シナンどうかしたの……?」
「あっ、いえ……ごめんなさい。起こすつもりは……、僕何をやっているのでしょう……」
自分の行動に挙動不審でそう謝ると、お姉さんは満面の笑みを浮かべながらに僕を抱き寄せた。
「ふふっ、怖い夢でも見たの?……ほら、もう大丈夫よ」
お姉さんは僕の髪を優しく撫でると、また瞼を閉じ深く呼吸を繰り返す。
小気味よい寝息が耳に届くと、僕はお姉さんの胸の中へ顔を埋めてみた。
すると先ほどまで感じていた苛立ちが、ゆっくりと治まっていく。
そうしてそのまま瞳を閉じると、僕はお姉さんの優しくて、甘い匂いに包まれながら、夢の中へと沈んでいった。
****予告****
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
次章より、《新章:名の売れた魔法使い》がスタート致します!
鉱山へ行けば、もう生きて街へ戻る事は絶望的。
厳重な監視体制に、逃げ出すどころの話ではない。
それならばここに居た方が安全、そう考えて……。
でも大人にならなければ、僕はずっとこのままだろう。
母さんに逆らえない弱い僕は、これから先も変わる事が出来ない。
もし成長すれば、ここから逃げ出せる力を得られるかもしれない。
でももし得られなかったら……僕はきっと売られてしまうだろう。
そうなれば……もうおしまいだ。
大人になりたいのに、なりたくない。
そんなジレンマに頭を悩ませる中、僕は一人蹲っていた。
そうして心の問題だろうか……16、17歳になっても、僕は子供のままだった。
しばらくすると、母さんは僕が成長しないことに、癇癪をおこした。
それでも成長しない僕に母さんは愛想がつきると……18歳になったある日、僕は母さんに街へ連れて行かれた。
そこで大人たちに囲まれ、知らない馬車に押し込まれたんだ。
ようやく母さんから解放された喜びと、これから僕はどうなってしまうのか……。
考えれば考えるほど不安で、どうしようもなくなっていた。
馬車の中には僕以外に数人の人間の子供が乗っていた。
彼らに僕が獣人だと知られれば……きっと騒ぎになる。
だから僕は……皆から離れ一度も口を開くことなく、蹲っていたんだ。
そんな中で、僕はお姉さんに出会った。
あんな風に人間に優しくされたのは初めだった。
お姉さんの言葉が、優しさが嬉しかったけれど、僕は初めて経験するその温かい何かに戸惑っていたんだ。
でも突発的な事故で、獣人と知られても……お姉さんは僕を周りにいる子供と同じように接してくれて、優しくしてくれた。
でもそんな優しいお姉さんが、男達に連れて行かれた時、僕は何も出来なかった。
だって怖くて……でもお姉さんは笑っていた。
あの笑顔は今でも脳裏に焼き付いている。
もうあんな顔させたくない。
お姉さんが居なくなった檻の中は、昔屋敷に居た部屋よりも孤独で……。
だから僕は助けに来てくれたお兄さんに頼んで、お姉さんを探しに行ったんだ。
そうして一緒に暮らすことになって……お姉さんは僕を幼い子供だと思っている事に気が付いた。
だからすぐに僕は子供じゃないと伝えようとした。
でももしそれを知って、気持ち悪がられたら?
あの女のように愛想をつかされたら?
そう思うと怖くて、中々言い出せなくなっていた。
僕の事を子供だとそう彼女が言うたびに、僕は……。
ふと目覚めると、隣で眠るお姉さんを起こさないように体を起こした。
窓からは眩い月が差し込み、彼女の頬をキラキラと照らしている。
徐に手を伸ばしてみると、その真っ白な頬へと触れていた。
今日お姉さんに僕が子供じゃないとばれてしまった。
でもお姉さんはすんなりと受け入れてくれて……。
その事が嬉しくて、僕は泣きそうになったんだ。
どうしてお姉さんはこんな僕を見捨てないでいてくれるのだろう。
どうしてこんな僕を守ってくれるのだろう。
臆病で、大人になれず、人間にも獣人でもないこんな出来損ないを……。
無意識に彼女の頬へ触れると、暖かくて柔らかいその刺激に思わず顔に熱が集まっていく。
吸い込まれそうな滑らかな肌に真っ赤な唇に目が奪われると、僕は慌てて彼女から離れた。
「はぁ……僕は……何をやっているんだろう……」
彼女はありのままの僕を受け止めてくれた、そんなお姉さんの傍に居たい。
そして守りたいんだ。
そのためには大人には、ならなければいけない。
でもその方法がもうわからない。
大人になりたいと願っても体は答えてくれる気配はない。
一体どうすれば……大人になる事が出来るのだろう。
そんな事を考えていると、お姉さんが苦しそうに眉を寄せた。
小さく荒い息を繰り返し始めると、頬が赤く染まっていく。
その姿に慌ててお姉さんの顔を覗き込むと、真っ赤な唇が小さく開かれた。
「エヴァン……待って……」
甘く囁かれた言葉に、心の奥深くから何かがこみ上げてくる。
これが一体何なのか……それはさっぱりわからない。
でもエヴァンと言う人は彼女の大切な人だと、その声色ですぐにわかった。
愛おしそうに口にするその名に、目の前が黒く染まっていく。
お姉さんが会いたいと望んでいるのはエヴァンと言う男なのかな。
お姉さんは……一体どんな夢を見ているのだろう。
エヴァンって人がお姉さんの中にいるの?
そう思うと胸の奥から、どす黒い何かがこみ上げてくる。
無意識に苛立ち胸が苦しくなってくると、コントロールが出来ないこの感情に僕は戸惑っていた。
何だろう、どうしてかわからないけれど、とてもイライラする。
お姉さんが僕の知らない人と一緒にいるのは嫌だ……。
それが例え夢の中であっても……。
僕はお姉さんを知りたい、そして誰よりもお姉さんの傍に居たいんだ……。
僕はお姉さんを見下ろすと、無意識に彼女の体を大きく揺らしてた。
するとお姉さん小さく身じろいだかと思うと、ゆっくり瞼を持ち上がっていく。
「う……ん?ふぁ~~~、シナンどうかしたの……?」
「あっ、いえ……ごめんなさい。起こすつもりは……、僕何をやっているのでしょう……」
自分の行動に挙動不審でそう謝ると、お姉さんは満面の笑みを浮かべながらに僕を抱き寄せた。
「ふふっ、怖い夢でも見たの?……ほら、もう大丈夫よ」
お姉さんは僕の髪を優しく撫でると、また瞼を閉じ深く呼吸を繰り返す。
小気味よい寝息が耳に届くと、僕はお姉さんの胸の中へ顔を埋めてみた。
すると先ほどまで感じていた苛立ちが、ゆっくりと治まっていく。
そうしてそのまま瞳を閉じると、僕はお姉さんの優しくて、甘い匂いに包まれながら、夢の中へと沈んでいった。
****予告****
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
次章より、《新章:名の売れた魔法使い》がスタート致します!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,454
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる