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エリザベート嬢はあきらめない
新生エリザベート・ノイズ
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「お兄様、何処にも行かないで!」
ダークブロンドの髪を銀色のリボンでキリッと一つに括り、レースで作った赤い薔薇とゴールドをあしらった真っ赤なドレス。
神秘的なヴァイオレットの瞳が僕を覗き込む。
生まれた時からずっと見てきた。
皆から愛されて、まるで世界の女王のように傲慢でわがままに育った僕の妹
僕は2歳の時にノイズ家の養子になった。
実家でのお家騒動や複雑な事情があって、実の両親は毒殺された。僕はその葬儀にも出れなかった。
そもそも、家督を継いだ人間に殺害されたわけだから、まともな葬儀が行なわれたかどうかは、僕には分からない。
「私はアフレイド、アフレイド・ノイズだ。名前を聞いてもいいかな?」
「リアムです」
「歳は?」
「2歳です」
「ご両親の事は何と呼んでいた?」
「お父さま、お母さま、です」
「そうか、ではその呼び方はフェナンシル家のご両親の為にとっておきなさい」
「フェナンシル伯爵から事情は聞いている。まずはゆっくり休みなさい」
この日から僕はリアム・ノイズになった。フェナンシル家の両親と区別するために、ノイズ家の両親を「父上、母上」と呼ぶことになった。
その後の1年間、僕は何もしなくて良いと言われ、ただただ甘えさせてもらった。
「まだ2歳の子が気を使ってはダメよ。
泣きなさい。笑いなさい。ワガママを言いなさい。喧嘩だってすれば良いのよ。自分がやりたいと思う事をやりなさい。食べ物だって好き嫌いをしてもいいわ。美味しくなければ残しなさい」
母上はいつもそんな事を口にする。
「リアム、この家に来たのだから貴方は私の息子よ。私を第二の母と思って欲しいわ」
「我慢なんてしなくても良いの。わがままで傲慢であっても良いの。まだ幼いのだから。人を思いやる正しい心が育っていけば、優しさは自然に溢れ出てくるものなのよ」
そう言いながら、泣いて笑って抱きしめてくれた。
「リアム、ご両親の笑顔と、楽しかった日々の思い出を大切にするのよ。人を恨んではダメよ。罪人には必ず神様から制裁が下されるの。今の悔しい思いは父上に預けておきなさい。悪いようにはならないから。
貴方はまだ幼いわ。今はこの家で私達に甘えていればいいのよ。これからは豊かな人生が待っているわ」
いつの間にか僕は、悲しみに飲み込まれてしまいそうな時は、母上の部屋で眠るようになった。
そしてあっという間に1年が経ち、妹が生まれた。
両親はその子に夢中になった。
「愛するエリザ!」
「私達の希望」
「私の天使」
驚くほど甘い言葉の羅列。
両親に当たり前のように愛され、日々、我儘放題に育っていく妹に、僕は嫉妬するようになっていった。
我慢しなくて良いと言われても、我慢してしまう僕と違って。
我儘になりなさいと言われても、良い子のままの僕と違って。
好き嫌いしても良いと言われても、何でも食べれる僕と違って。
わがまま放題で、メイド泣かせで、好き嫌いも激しく、上から目線で話す妹。
僕には出来なかった我儘っぷり。
それが出来るのは本当の娘だから。
僕はなんだか卑屈になり、自己嫌悪に陥っていった。
僕にはお母さまやお父さまがいるのに、母上や父上の愛が、妹にだけあるような気がして、妹が大嫌いになっていったのだ。
そんな自己嫌悪感につけ込まれて、実は実家のフェナンシル伯爵家の闇魔法の使い手による干渉が続いていた。
父上にも悟られないように慎重に、僕の自己嫌悪感を煽っていった。
僕はどんどん闇に囚われていく自分を、どうする事も出来なかった。
そんな中、妹のエリザベートの5歳の誕生パーティーが屋敷で開かれた。
来賓の中に、国王陛下夫妻と王太子殿下がおられた。エリザベートは王太子殿下の婚約者候補。
大したものだ。隣国の王家は母上の実家。祖母は隣国の聖女さま。エリザベートも少しだけ光魔法が使えるそうだ。王家が婚約者に欲しいわけだ。
もしエリザベートが正式に王太子殿下の婚約者になったら、この家を出よう。いつからか僕はそう考えるようになっていた。
初めて正式に開かれた自分の為のパーティーに、さすがのわがまま娘も疲れたのか、来賓の方々が帰ったあと、父上の前で倒れてしまった。
意識を失った後、彼女は夜中まで気がつかなかった。そして、目をさました彼女は、僕の知っているエリザベートではなかった。
目を覚ました彼女は、まるでここが何処か分からないような様子だった。まだ夢から覚めていないのか、ぼんやりと僕らを見ていた。
今の状況を少しずつ思い出したのだろう。
「お父さま、もう大丈夫です」
驚いた。その話し方と落ち着いた声に。わずか数時間前までの、わがままな女王っぷりは影をひそめ、父上や屋敷の者への配慮すら伺える。
そして、倒れる前に父上と話をしていたのだろう。王太子殿下との婚約の話について口にした。本来なら2人で話すべき内容だ。今日のこの子はやはり少しおかしい。そしてその内容にも驚かされた。
『自分は白馬の王子様に憧れている。殿下が馬を怖がる様子を見た事があり、その時殿下は泣いていた。そんな弱虫な殿下は自分の白馬の王子様としては失格だ』
そんな事を言っていた。珍しく可愛らしい事をいう。
はっきり言おう。王太子殿下が弱虫でも関係ない。その婚約者は未来の王妃殿下だ。それを断ると言うのか?
お前は誰だ?僕の知っているエリザベートはそんな子ではない。我こそは未来の王妃。自分が選ばれるのは当たり前。
そう思っているはずなのに。王太子殿下との様子を見ても、すでにその手綱を握っているように、見受けられると言うのに。
婚約したくないと言った彼女と、それを聞いて満足そうな母上を、父上が抱きしめた。僕はそっと下を向いて見ないようにしていた。それを知っているかのように、エリザベートが僕を呼んだ。
「お兄さま」
「エリザベート」
呼び返したら、
「私はお兄さまも大好きです」
と言われた。
どうしてしまったのだ。
エリザベート。
私の事を思いやる気遣い。
お前はそんな妹ではないはずなのに。
けれどその後、父上が僕のことも一緒に抱きしめて下さったのだ。大切な宝物だと言って。心がポカポカした。
その日からエリザベートは変わった。あれほど自分勝手で我儘放題、使用人に対してもきつく当たっていた子が。
その姿も母上には、明るく天真爛漫に見えていたのかも知れないけれど。
まるで新生エリザベートだ。
この数日の間に、屋敷で働くメイドや執事、厨房の料理人達にまで好かれるようになっていった。
どうしたと言うのだろう?
そして新生エリザベートは、前にも増して僕に話しかけてくるようになった。
僕がこの妹を大嫌いな事は誰も知らない。もしかしたらアイラは気がついているかも知れないけれど。父上や母上は知らないと思う。なぜなら僕はいつだって、彼女の理解ある兄として振る舞ってきたのだから。
「お兄さま」
「お兄さま」
今まで華やか過ぎて目が痛くなると思って、ウンザリしながら見てきたエリザベートのドレスも、きちんと見ると彼女によく似合っている。ドレスに負けない華やかな容姿。
「お兄さま、私ね、少しだけ光魔法が使えるの。なんだかお疲れのお兄さまを、癒やして差し上げたくて」
2、3日前に1人で部屋で寛いでいたら、ノックとともに入ってきてそう言われた。少し上からなところは変わってない。
疲れた僕を癒やす為に?この部屋にやって来たと言うのか?
「それは有難いな。ではお願いしよう。
ここに座って待てばいい?」
僕はそう言ってソファーに座った。
「お兄さま、手を握ぎらせて頂いても?」
「ああ、いいよ」
そう言って差し出した手を、エリザベートの小さな手が握りしめた。
「はじめます」
白い光が両手から広がり僕の身体を包んでいく。その光の中で身体中の細胞が活性化されていく。先程までの憂いはいったい何だったのだろうと思うほど、気持ちがリフレッシュした。長い闇のトンネルからやっと抜け出したような爽やかさ。
「お気分はどうですか?」
僕はただただ驚いて、目の前にあるヴァイオレットの瞳を見ていた。
僕が反応しないのを、光魔法を使えた事に驚いたと思ったのだろう。
黙っているとキツイ印象を受ける華やかな容姿に、悪戯に成功した子どものような笑顔が広がる。
「光魔法ってすごいでしょ。ビックリなさった?」
「ああ、驚いた」
僕はこの言葉を発するのがやっとだった。
「私のは小さな光なんです。聖女の光ではないんですけど、凄いでしょ?」
誇らしげに自慢してくるところが可愛い。
新生エリザベート。
お前はいったい何者なんだ。
神託が下って天使が舞い降りたと言う噂は、本当なのか?
僕の知っている傲慢で高飛車で両親を独り占めして、僕を孤独に追いやった、何でも持っている両親のひとり娘はどこに?
大嫌いなはずなのに・・
奴らの術から解放されている。
お前に嫉妬して嫌って、父上や母上の気持ちを疑って。そんな自分自身が嫌で嫌で。
お父さまやお母さまを残して、1人、この屋敷に逃げて来た自分を嘲笑う声が聞こえて。助けて欲しいと父上に言う事も出来なくて。暗い闇は妹に嫉妬する醜い自分の中に、ずっとずっと巣食っていった。
それを一瞬で消し去った。
光魔法で僕を驚かす事に成功した彼女は、来た時と同じように、あっという間に立ち去って行った。
そして今日。
たった今。
僕を救ってくれた光の天使が再び部屋を訪ねてきたのだ。
「ウィリさまとの婚約はナシになったの。だから何処にも行かないで。この家にはお兄さまが必要なの」
目の醒めるような真っ赤なドレスを着た、ダークブロンドの髪の美少女の、ヴァイオレットの瞳が僕を覗き込む。
誰にも、アイラにすら話していなかった僕の決意。どうしてこの少女が知っているのだろう。これが聖女の血筋。これが神託か。この天使にはかなわない。
「エリザ、お前には負けたよ。僕は何処にも行かないよ。こんなに必死な可愛い妹を置いて、出て行けないよ」
そう。
僕は捕まってしまったのだ。
このヴァイオレットの瞳に。
「僕の愛しい天使」
これからはお前の幸せの為に生きよう。
「約束よ」
泣きながら胸に飛び込んできた天使。僕の両手を優しく握って再び癒やしの力を使ったのだろう。
あの日別れた両親が光の中で僕を見て頷いた。そして輝く笑顔。もう僕は大丈夫だ。
「まるで闇から抜け出したみたいだ。こんなに幸せな気分は久しぶりだ。エリザ、ありがとう」
「愛しているよ。僕の光の天使」
父上にも負けない甘い言葉。口にすると幸せな気分が広がった。
ダークブロンドの髪を銀色のリボンでキリッと一つに括り、レースで作った赤い薔薇とゴールドをあしらった真っ赤なドレス。
神秘的なヴァイオレットの瞳が僕を覗き込む。
生まれた時からずっと見てきた。
皆から愛されて、まるで世界の女王のように傲慢でわがままに育った僕の妹
僕は2歳の時にノイズ家の養子になった。
実家でのお家騒動や複雑な事情があって、実の両親は毒殺された。僕はその葬儀にも出れなかった。
そもそも、家督を継いだ人間に殺害されたわけだから、まともな葬儀が行なわれたかどうかは、僕には分からない。
「私はアフレイド、アフレイド・ノイズだ。名前を聞いてもいいかな?」
「リアムです」
「歳は?」
「2歳です」
「ご両親の事は何と呼んでいた?」
「お父さま、お母さま、です」
「そうか、ではその呼び方はフェナンシル家のご両親の為にとっておきなさい」
「フェナンシル伯爵から事情は聞いている。まずはゆっくり休みなさい」
この日から僕はリアム・ノイズになった。フェナンシル家の両親と区別するために、ノイズ家の両親を「父上、母上」と呼ぶことになった。
その後の1年間、僕は何もしなくて良いと言われ、ただただ甘えさせてもらった。
「まだ2歳の子が気を使ってはダメよ。
泣きなさい。笑いなさい。ワガママを言いなさい。喧嘩だってすれば良いのよ。自分がやりたいと思う事をやりなさい。食べ物だって好き嫌いをしてもいいわ。美味しくなければ残しなさい」
母上はいつもそんな事を口にする。
「リアム、この家に来たのだから貴方は私の息子よ。私を第二の母と思って欲しいわ」
「我慢なんてしなくても良いの。わがままで傲慢であっても良いの。まだ幼いのだから。人を思いやる正しい心が育っていけば、優しさは自然に溢れ出てくるものなのよ」
そう言いながら、泣いて笑って抱きしめてくれた。
「リアム、ご両親の笑顔と、楽しかった日々の思い出を大切にするのよ。人を恨んではダメよ。罪人には必ず神様から制裁が下されるの。今の悔しい思いは父上に預けておきなさい。悪いようにはならないから。
貴方はまだ幼いわ。今はこの家で私達に甘えていればいいのよ。これからは豊かな人生が待っているわ」
いつの間にか僕は、悲しみに飲み込まれてしまいそうな時は、母上の部屋で眠るようになった。
そしてあっという間に1年が経ち、妹が生まれた。
両親はその子に夢中になった。
「愛するエリザ!」
「私達の希望」
「私の天使」
驚くほど甘い言葉の羅列。
両親に当たり前のように愛され、日々、我儘放題に育っていく妹に、僕は嫉妬するようになっていった。
我慢しなくて良いと言われても、我慢してしまう僕と違って。
我儘になりなさいと言われても、良い子のままの僕と違って。
好き嫌いしても良いと言われても、何でも食べれる僕と違って。
わがまま放題で、メイド泣かせで、好き嫌いも激しく、上から目線で話す妹。
僕には出来なかった我儘っぷり。
それが出来るのは本当の娘だから。
僕はなんだか卑屈になり、自己嫌悪に陥っていった。
僕にはお母さまやお父さまがいるのに、母上や父上の愛が、妹にだけあるような気がして、妹が大嫌いになっていったのだ。
そんな自己嫌悪感につけ込まれて、実は実家のフェナンシル伯爵家の闇魔法の使い手による干渉が続いていた。
父上にも悟られないように慎重に、僕の自己嫌悪感を煽っていった。
僕はどんどん闇に囚われていく自分を、どうする事も出来なかった。
そんな中、妹のエリザベートの5歳の誕生パーティーが屋敷で開かれた。
来賓の中に、国王陛下夫妻と王太子殿下がおられた。エリザベートは王太子殿下の婚約者候補。
大したものだ。隣国の王家は母上の実家。祖母は隣国の聖女さま。エリザベートも少しだけ光魔法が使えるそうだ。王家が婚約者に欲しいわけだ。
もしエリザベートが正式に王太子殿下の婚約者になったら、この家を出よう。いつからか僕はそう考えるようになっていた。
初めて正式に開かれた自分の為のパーティーに、さすがのわがまま娘も疲れたのか、来賓の方々が帰ったあと、父上の前で倒れてしまった。
意識を失った後、彼女は夜中まで気がつかなかった。そして、目をさました彼女は、僕の知っているエリザベートではなかった。
目を覚ました彼女は、まるでここが何処か分からないような様子だった。まだ夢から覚めていないのか、ぼんやりと僕らを見ていた。
今の状況を少しずつ思い出したのだろう。
「お父さま、もう大丈夫です」
驚いた。その話し方と落ち着いた声に。わずか数時間前までの、わがままな女王っぷりは影をひそめ、父上や屋敷の者への配慮すら伺える。
そして、倒れる前に父上と話をしていたのだろう。王太子殿下との婚約の話について口にした。本来なら2人で話すべき内容だ。今日のこの子はやはり少しおかしい。そしてその内容にも驚かされた。
『自分は白馬の王子様に憧れている。殿下が馬を怖がる様子を見た事があり、その時殿下は泣いていた。そんな弱虫な殿下は自分の白馬の王子様としては失格だ』
そんな事を言っていた。珍しく可愛らしい事をいう。
はっきり言おう。王太子殿下が弱虫でも関係ない。その婚約者は未来の王妃殿下だ。それを断ると言うのか?
お前は誰だ?僕の知っているエリザベートはそんな子ではない。我こそは未来の王妃。自分が選ばれるのは当たり前。
そう思っているはずなのに。王太子殿下との様子を見ても、すでにその手綱を握っているように、見受けられると言うのに。
婚約したくないと言った彼女と、それを聞いて満足そうな母上を、父上が抱きしめた。僕はそっと下を向いて見ないようにしていた。それを知っているかのように、エリザベートが僕を呼んだ。
「お兄さま」
「エリザベート」
呼び返したら、
「私はお兄さまも大好きです」
と言われた。
どうしてしまったのだ。
エリザベート。
私の事を思いやる気遣い。
お前はそんな妹ではないはずなのに。
けれどその後、父上が僕のことも一緒に抱きしめて下さったのだ。大切な宝物だと言って。心がポカポカした。
その日からエリザベートは変わった。あれほど自分勝手で我儘放題、使用人に対してもきつく当たっていた子が。
その姿も母上には、明るく天真爛漫に見えていたのかも知れないけれど。
まるで新生エリザベートだ。
この数日の間に、屋敷で働くメイドや執事、厨房の料理人達にまで好かれるようになっていった。
どうしたと言うのだろう?
そして新生エリザベートは、前にも増して僕に話しかけてくるようになった。
僕がこの妹を大嫌いな事は誰も知らない。もしかしたらアイラは気がついているかも知れないけれど。父上や母上は知らないと思う。なぜなら僕はいつだって、彼女の理解ある兄として振る舞ってきたのだから。
「お兄さま」
「お兄さま」
今まで華やか過ぎて目が痛くなると思って、ウンザリしながら見てきたエリザベートのドレスも、きちんと見ると彼女によく似合っている。ドレスに負けない華やかな容姿。
「お兄さま、私ね、少しだけ光魔法が使えるの。なんだかお疲れのお兄さまを、癒やして差し上げたくて」
2、3日前に1人で部屋で寛いでいたら、ノックとともに入ってきてそう言われた。少し上からなところは変わってない。
疲れた僕を癒やす為に?この部屋にやって来たと言うのか?
「それは有難いな。ではお願いしよう。
ここに座って待てばいい?」
僕はそう言ってソファーに座った。
「お兄さま、手を握ぎらせて頂いても?」
「ああ、いいよ」
そう言って差し出した手を、エリザベートの小さな手が握りしめた。
「はじめます」
白い光が両手から広がり僕の身体を包んでいく。その光の中で身体中の細胞が活性化されていく。先程までの憂いはいったい何だったのだろうと思うほど、気持ちがリフレッシュした。長い闇のトンネルからやっと抜け出したような爽やかさ。
「お気分はどうですか?」
僕はただただ驚いて、目の前にあるヴァイオレットの瞳を見ていた。
僕が反応しないのを、光魔法を使えた事に驚いたと思ったのだろう。
黙っているとキツイ印象を受ける華やかな容姿に、悪戯に成功した子どものような笑顔が広がる。
「光魔法ってすごいでしょ。ビックリなさった?」
「ああ、驚いた」
僕はこの言葉を発するのがやっとだった。
「私のは小さな光なんです。聖女の光ではないんですけど、凄いでしょ?」
誇らしげに自慢してくるところが可愛い。
新生エリザベート。
お前はいったい何者なんだ。
神託が下って天使が舞い降りたと言う噂は、本当なのか?
僕の知っている傲慢で高飛車で両親を独り占めして、僕を孤独に追いやった、何でも持っている両親のひとり娘はどこに?
大嫌いなはずなのに・・
奴らの術から解放されている。
お前に嫉妬して嫌って、父上や母上の気持ちを疑って。そんな自分自身が嫌で嫌で。
お父さまやお母さまを残して、1人、この屋敷に逃げて来た自分を嘲笑う声が聞こえて。助けて欲しいと父上に言う事も出来なくて。暗い闇は妹に嫉妬する醜い自分の中に、ずっとずっと巣食っていった。
それを一瞬で消し去った。
光魔法で僕を驚かす事に成功した彼女は、来た時と同じように、あっという間に立ち去って行った。
そして今日。
たった今。
僕を救ってくれた光の天使が再び部屋を訪ねてきたのだ。
「ウィリさまとの婚約はナシになったの。だから何処にも行かないで。この家にはお兄さまが必要なの」
目の醒めるような真っ赤なドレスを着た、ダークブロンドの髪の美少女の、ヴァイオレットの瞳が僕を覗き込む。
誰にも、アイラにすら話していなかった僕の決意。どうしてこの少女が知っているのだろう。これが聖女の血筋。これが神託か。この天使にはかなわない。
「エリザ、お前には負けたよ。僕は何処にも行かないよ。こんなに必死な可愛い妹を置いて、出て行けないよ」
そう。
僕は捕まってしまったのだ。
このヴァイオレットの瞳に。
「僕の愛しい天使」
これからはお前の幸せの為に生きよう。
「約束よ」
泣きながら胸に飛び込んできた天使。僕の両手を優しく握って再び癒やしの力を使ったのだろう。
あの日別れた両親が光の中で僕を見て頷いた。そして輝く笑顔。もう僕は大丈夫だ。
「まるで闇から抜け出したみたいだ。こんなに幸せな気分は久しぶりだ。エリザ、ありがとう」
「愛しているよ。僕の光の天使」
父上にも負けない甘い言葉。口にすると幸せな気分が広がった。
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