悪役令嬢エリザベート物語

kirara

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エリザベート嬢はあきらめない

祓えない瘴気

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 ドリミア王国の各地に瘴気が発生しはじめたと、ロリエッタに連絡が入ったのは、それから数日後のことだった。

 連絡が入ってすぐに、アルベールとベルトンが迎えにやって来た。

 最初に浄化に訪れたのは、元の建物がわからないほど真っ黒な瘴気に覆われた、寂れた家屋だった。

「真っ黒で気味が悪いわ。気分が悪くなりそう・・」

「ロリエッタ様には、この家が真っ黒に見えるのですね?我々には他と何ら変わらない普通の家屋に見えます。

 他とは違う異様な気配は感じますが・・」

 ベルトンがロリエッタの呟きに答える。

(ああ気持ち悪い!早く終わらせてしまわなきゃ・・)

 その黒いモヤに包まれた家屋を見て、彼女は顔を顰(しか)める。

 ロリエッタは手を翳(かざ)す。眩い光が家屋を包み、やがて光は小さな村全体を包み込んでいく。

 そして光が消えるころには、家屋を覆っていた黒い靄は消え去り、辺りに漂っていた異様な気配もなくなっていた。清々しい風が心地よい。

 目立たないように、ベルトンは瞬間移動を使って彼女達をここに連れてきた。

 だから聖女ロリエッタがここに来ている事を知っている者はいないはずだった。けれど、体力が回復し、息苦しさから解放された人々は、家から出て辺りの様子を伺う。

 元気になっている作物が目に入る。ここ数日、耳にしなかった小鳥の囀(さえず)りが聞こえる。

 清々しい空気を思いっきり吸い込んで、人々は小さな家屋の前にいるロリエッタ達を探し当てた。

「聖女さま、万歳!」

「ありがとうございます」

「ロリエッタさま、万歳!」

 フフフ。この歓声がたまらないわ。

 けれど、実はこの時、ロリエッタは『どこかに出来た異世界に繋(つな)がる空間の綻(ほころ)び』を見つける事が出来ていなかった。

 瘴気を浄化した後で、彼女はその『綻び』を探した。けれど何処を探しても、そのような『綻び』など存在しなかったのだ。

(さっきの浄化の光で『綻び』も塞がってしまったのね)

 彼女はそう思った。

「ロリエッタ嬢、『綻(ほころ)び』はどうなりましたか?」

 アルベールが問いかける。

「エッ?ああ・・さっきの光の浄化の時に塞がったみたい。念の為に探したけれど『綻び』なんて見つからなかったわ。もう大丈夫よ」

「そうですか。考え込んでおられたので、何かあったのかと心配致しましたが、私の取り越し苦労だったようですね」

 アルベールはどこかスッキリしないものを感じながらも、それ以上は何も言わなかった。聖女ロリエッタを信じるほか、なかったのだ。

 確かに見える範囲の浄化は終わっていた。けれど、瘴気の発生していた古い家屋の奥の部屋の、壊れた床の割れ目から見える土地の地中深くには、先ほどロリエッタが浄化した瘴気とは比べものにならない程の、黒々とした汚れた気配が渦を巻いていた。

 そこが空間の綻びだった。
 ロリエッタはそれを見つける事も、浄化して塞ぐことも出来なかったのだ。

 そしてその事に気付かずに、聖女様御一行は、次の場所めがけて出発してしまったのだった。

 次の場所でも、その次の場所でも。
 聖女ロリエッタは自分に出来る精一杯の浄化を行った。

 魔法騎士団が把握している瘴気の発生場所の、半分ほどを浄化し終わった時に、最初の異変の報告があった。

「ロリエッタ様、1番初めに浄化を行った古い家屋付近で、流行り病が発生したそうです」

「ロリエッタ様、次に浄化を行った場所でも、その次に浄化を行った場所でも、同じような病が流行っているとの事です」

「聖女さま」

「ロリエッタさま」

 その後、彼女が訪れて浄化を行った全ての場所で、流行り病が発生したとの報告があった。

 彼女が浄化を終えて元気になっていた木々や作物は、再び元気をなくし、人々はまた体調を崩していったらしい。

「あの古い家屋の様子を見に行ってみましょう。ロリエッタ様、よろしいですか?」

 ロリエッタは頷くしかなかった。

 ベルトン隊長やアルベールと一緒に、瞬間移動でその場所に戻ってきたロリエッタが見たものは、真っ暗な空。真っ黒な大地。

 その古い家屋はもう全く見えないほどの瘴気の中にあった。

「これは!」

 もう聖女でなくても瘴気だと分かる程に、空気は汚れ異臭がしていた。

 ロリエッタは真っ青になって立ち尽くしてしまった。

「こんなの・・・こんなの知らない、知らないわ!私のせいじゃないわ!私は悪くないわ!私はちゃんと浄化したのに!

 どうして私にばかり言うのよ。もう嫌!嫌よ!嫌・・だれか、誰か・・助けてよ・・」

 そこには何時もの自信に満ち溢れた聖女の姿はなかった。青ざめた顔をして、ピンクのドレスも土で汚してブルブルと震えている若い女性がいるだけだった。

 そこへ、先日、聖女さま万歳!と叫んでいた人々がやって来た。

「このニセ聖女が!」

「俺たちを騙しやがって!」

「何が聖女様だ!」

「やっちまえ!」

 遠くの方からもロリエッタ目掛けて、土埃が上がる勢いで、人々がやってくる

「やっちまえ!」

「やっちまえ!」

「偽聖女が戻ってきたぞ!」

「偽聖女だ!」

 周りにいた住民がロリエッタ目掛けて、襲い掛かってきた。

「危ない!」

 危機一髪。ベルトンの瞬間移動で、3人は魔法騎士団の本部まで戻ってきた。

 瘴気の浄化作業は中止になった。
 ロリエッタはガクガク震えたままだった。

 そこに、聖女レティシアが現れた。
 次に魔法騎士団総団長のアフレイド・ノイズ。そして、リアム・ノイズ。そして次々に騎士団第一部隊のメンバーが現れた。

 彼らが帰って来たのだ。

「レティシア様!」

「総団長!」

「リアム!」

「皆も無事か!」

 アルベールとベルトンは、現れた人々を見て喜びの声を上げた。

 彼らが戻って来てもロリエッタは動けなかった。下を向いたままガクガクと震えているだけだった。

「ロリエッタ様」

 声をかけたのは聖女レティシアだった。肩に手を置かれて初めてロリエッタは反応した。驚愕に震えて何も映していなかった瞳が、レティシアをとらえた。

「レティシアさま?」

 レティシアは頷いた。

 ロリエッタは何も言わずにレティシアを見ていた。レティシアはロリエッタの側にいき、彼女を抱き寄せた。

「もう大丈夫ですよ」

 その言葉を聞いたロリエッタは声を上げて泣きだした。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 泣きながら、繰り返される謝罪の言葉。

「ロリエッタ嬢、それでも貴方は我が国の聖女なのだろう?」

 アフレイドが言った。

「アフレイド様、私、私、もう聖女はいや!嫌です」

 魔法騎士団の『氷の魔王』アフレイド・ノイズは、泣き叫ぶ聖女の姿を、ただ、黙って見つめているだけだった。
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