【完結】私は薬売り(男)として生きていくことにしました

雫まりも

文字の大きさ
29 / 103
第1章

29

しおりを挟む
 


「お母さーん!」

 街に着き男の子の家へと向かっていると、ウィルから飛び降りて家の前で花に水をやっていた女性に走って抱きついた。

「………ヒース、あなた今までどこに行っていたの!!心配したのよ!」

 男の子、名前は聞き忘れてたけどヒースっていうのか、が抱きついた女性は一瞬固まっていたが、叱咤というよりも安堵の声を上げて抱きつき返した。
 その女性の目には次第にうれし涙か光る物が浮かんでいた。

「そんなに怒らないでやってくれ。こいつは病気の弟のために月の花を手に入れようとして森に入ったんだ」

「え?あなた達は......?」

「この人たちがここまで連れてきてくれたんだよ。なんでも病気を治しちゃう凄い人なんだって」

「ヒース!なんて危険なことをしていたの!......でも、あなた方がこの子を助けてくれたのですね。昨日の夜から帰ってこなくて不安で仕方なかったんです。本当にありがとう」

 ウィルがフォローを入れるがそれを聞き、さらに青ざめていた。
 後に言わなければならないことだが、伝えるタイミングが良くないのはウィルらしいというか何というか。
 その女性は私たちに向き直り、目頭をぬぐいながらお礼を言った。

「いや、そこまでのことはしていない。それよりも、病気の弟はどこにいるんだ?」

 謙遜でも何でもなく本当にそう思っているようにウィルが答えるが、彼は実際に当然のことをしたまでだと思っているのだろう。
 そうだ。
 ヒースが無事家に帰って来られたことも大切だが、病人がいるならば手遅れになる前に早く会わなければならない。

「この子の弟のコニーは二階で寝ています。もう1週間も目を覚ましていなくて。でも、もしあなたがお医者様ならここまで来ていただいて申し訳ないのですが診てもらうことは出来ません。うちには診察料を払えるような余裕がないので……」

 女性は暗く沈んだようにそう言った。
 一般的な市民の家庭はやはり、高額な医療費を払えないところが多いのだろう。
 それに、1週間も目を覚ましていないような症状の病気は恐らく治療費もさらに高額になってしまうだろう。

「ヒース、あなたが月の花まで取りに行こうとしてくれただけであの子は嬉しいと思うわ。せめて、最期の別れの時まで一緒にいてあげましょう」

「いや、まだ諦めるのは早い。医者ではなくて薬売りだ。だが、そんじょそこらの医者なんかよりよっぽど凄い奴なんだぞ!こいつは!」

 そう言ってまたもやウィルは私のことを指さし、自分のことのように高々と言った。
 ヒースの母親はその勢いに驚いてつられたように私のことを見た。
 その目にはやはり期待の色が浮かんでいる気がしたがプレッシャーに弱い私は気にしないことにした。



 費用が私に払えるくらいのものならどうかお願いしますと案内され家へと通された。
 部屋の中を進んで行くにつれ、私はわずかに違和感を覚えた。
 なんだろう。
 何か分からないけど、不自然な感じがする。

「何か、妙な気配を感じるな」

 ウィルもそれを感じ取ったらしく2階の部屋へと通じる階段を上がりながら顔をしかめる。

「こちらです」

 母親がドアを開いた瞬間、中から悪質な魔力が流れ出るのを感じた。
 その魔力の根源となっているだろうところに目をやると、一人の男の子がベッドに横たわっている。

「妙な気配はこれか」

 その子からは絶えず禍々しい魔力が発せられている。
 私は魔力感知能力が高い方なので分かるのだが、ヒースや母親にはこの魔力は恐らく感じ取れないのだろう。
 森で一緒に行動していたときにもしやと思ったが、やはりウィルもこの能力が高いようだ。
 とても異様な魔力を感じるのだが......
 うーん、私がさっき感じた違和感はこれだったのかな?
 抜けたところにぴったりとはピースがはまらないような心地悪さが残る。
 これとは別の違和感だったような気がする。

「これってどう見ても病気じゃないよな」

「え?病気じゃないの!?だったら治せない?」

 ウィルがそう呟くとヒースは悲しそうに尋ねてきた。
 いや、薬を使う治療方法ではないがこれは治すことができる。
 ヒースと母親がとても不安そうにしているので早くその不安を除いてあげなければ。
 ひとまず違和感の正体は置いておこう。

「これは、お前の弟は魔物に取り憑かれているんだ」

 そう。
 人の物ではないこの魔力は魔物から発されているものであるのだ。
 そして、コニーが眠りから覚めない原因はその魔物にある。
 だから、その魔物を取り払えば病気だと思われていたコニーの症状はなくなり、目が覚めるはずだ。

 “ウィル、浄化魔法を使える魔術師を呼んできてもらうように言ってくれる?”

 このように外からでは分からないほど人の身体と密接にくっついてしまっている場合は、まず魔物を身体から引きはがさなければならない。
 人に取り憑く魔物のタイプはゴーストタイプだ。
 それには人には無害であるが、ゴーストタイプの魔物には大ダメージとなる浄化魔法を使うのが有効だ。
 魔物を弱らせて身体との接着がなくなったところを攻撃するのだ。
 浄化魔法を使える魔術師は少ないが、教会に従事するシスターや牧師は習得していることが多いからこの街にも1人や2人はいることだろう。


「は?ここにいるじゃないか」

 怪訝な顔でそう言われるが、予想していた答えとは全く違うものが出てきたので私は一瞬理解できなかった。

「俺が浄化魔法を使えばそれでいいだろう」

 何をおかしなことをとでも言いたげにただ淡々とそう答えた。
 ……どこまで、ウィルは凄いんだろう。
 そんな特殊な魔法まで使えるとは思ってもみなかった。
 よし、もうウィルのことはただの魔術マニアだと思うことにしよう。
 思いもよらない事実に私は考えるのをやめた。

「こういうのは早いほうがいいだろ?お前が準備できたらやるぞ。いいか?」

 私ははっとして剣を構える。
 ウィルに目で合図を送ると彼は頷き、コニーに手をかざした。

「《プリフィケーション》」

 コニーが暖かい光に包まれると同時にそこから黒い塊が飛び出してくる。
 取り憑いていた魔物だ。
 ウィルの質の高い心地良い光に犯されてだいぶ弱っている魔物を攻撃するのは簡単で、剣に触れると跡形もなく消え去った。




「二人とも、本当にありがとう!コニーの命の恩人だよ!」

 魔物が離れたコリーはその後すぐに目を覚ました。
 多少衰弱していることもあって、再び眠ってしまったがもう大丈夫だろう。
 弟思いのヒースは嬉しそうに私たちに何回もお礼を言った。
 私たちが帰るときになり扉の前まで来たときにもまた言ってくれる。

「私からも本当にありがとうございます。もう駄目かもしれないと思って諦めかけていたところだったんです」

「そうか、目が覚めて良かったな。また、取り憑かれないように注意するんだぞ。それじゃあ、失礼する」

「あ、そうですね。もう暗くなってしまいますものね。昨夜も通り魔がでたとかで物騒ですよね。しかもその人物は魔法が効かないとか。まあ、お二人ならお強いから大丈夫だと思いますが、お気をつけて」

 そう言って笑顔で送り出し彼女は扉を閉めた。
 その横ではヒースが大きく手を振っているのが閉まりながらに見えた。
 そんな暖かい家庭の前で私たちは互いに息をのんで互いに見つめ合っていた。

「魔法が効かない………無効化魔法……」

 そう口をこぼしたウィルに同じことを考えているんだろうと確信した。
 少し前まで一緒に旅をしていたあの無効化魔法が使える人物のことを。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...