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第1章

閑話2 魔法道具屋の独り言(2)

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 まずは魔法道具が本当に使えるかを確かめるために計算をしてみることにした。
 わしが出来る簡単な計算を試してみると、それはまあ合っとった。
 その技術に驚きはしたが、それくらいの計算が出来る程度では利用価値はない。
 じゃから、わしや一般人には出来ない帳簿の計算を照らし合わしてみるとわしが所持している範囲のものの中では1つも誤ることはなかった。
 ……にわかに信じられんが、この魔法道具は正真正銘の計算機ということになるじゃろう。

 次に、その魔法道具に刻まれている魔法式を見てみることにした。
 箱の上面の数字と記号の出っ張りがある部分の板を外すとその中には、わしが今まで見てきた中でも上位に値するほどに複雑な魔法式が刻まれておった。
 これを解読するのはなかなか骨が折れそうだわい。

 結局、鑑定のプロであるこのわしがその魔法式の解読を終わらせられたのは2日後の夜じゃった。
 なんじゃ、この魔法式は。
 こんなもんを思いつく奴の頭が理解できん。
 それにこんな魔法道具の最高傑作ともいえる物をわしごときの一介の魔法道具屋に預けようと思ったところも。
 変わり者は誰にも理解できないくらいに変わっとるのかもしれんのお。

 じゃが、鑑定していて一つ気になったことがあった。
 この魔法式に印象がよく似た魔法道具を見たことがあるような気がするのじゃ。
 こんな複雑な術式は一度見たら決して忘れんと思うから、きっと描き癖のほうを見たことがあるんじゃろう。
 魔法式も筆跡と同じように描く人物によって癖のようなものが出てくる。
 わしぐらいのベテランになると同一人物が描いた魔法式を見分けられるようになっとるんじゃ。
 はて、どの魔法道具じゃったかのお。

 デンタクを店の商品と同じ陳列棚に置くとわしの自慢の魔法道具たちを眺めた。
 作業部屋に置いておくと壊してしまう危険が高いから、いつの頃からか魔法道具はほとんどここに置くようになっとった。
 そして、棚の隅に置かれた花のブローチに目が止まる。
 花びらの部分を開けて見ると同じ描き癖の魔法式があった。
 そうじゃ、これじゃった。
 デンタクとは比べものにならないくらい荒々しい魔法式じゃが、確かにこれは同じ制作者に違いない。
 デンタクは洗練された高度な組み方をしていたが、このブローチは無駄なところも多い。
 恐らく、随分昔に作成したものであり魔法道具を作り始めた頃のものなのじゃろう。
 じゃが、このブローチは技術はつたないものの、制作者が魔法道具に熱意を持ってこれを作ったことが分かるようなそんなものだった。
 そのときに自分が持つ全てのものを使って、一つ一つを丁寧に細部までこだわって作られているように伝わっとくる。
 こういう魔法道具を作れる奴だから思いもよらないような最高傑作の魔法道具を作れたのかもしれんのお。


 そして約束の日、わしは珍しく作業部屋にはこもらずにカウンターに座っていた。
 今日、奴が来るのが待ち遠しくてたまらんのじゃ。
 奴が来たらこのデンタクを買い取って商会の連中に知らせなければならんからな。
 じゃが、何もせずに店番しているというのも退屈なもんじゃのお。
 じっと座っとるのは性に合わんのじゃ。
 店番にもさっそく飽きてきたとき、カランコロンと来店を知らせるドアが開く音がした。
 やっと来たか、待っとったぞ。
 じゃが、店に入ってきた人物はわしの目的の人物ではなかった。
 黒いコートで全身を覆い、マフラーで顔を隠している怪しげな奴という点ではそっくりじゃったが、とにかく別人だった。

 “この魔法道具の鑑定を依頼する”

 その人物はそう書いた紙と一緒に小さな箱のような魔法道具をカウンターに置いた。
 わしへの鑑定依頼ということか。
 声を出さずに紙で要件を伝えてくるとは、やはりわしの店には変わり者ばかりが来るもんじゃな。
 わしはとりあえず、鑑定用の魔法道具のルーペでその魔法道具を覗いてみた。
 簡単な魔法道具ならこれで何に使うものかを知ることが出来るんじゃが、これは何らかの魔法道具であること以外は中を開いて魔法式を見てみんことには分からんな。
 ちょうど退屈していたところじゃし、あの男が来るまでの暇つぶしとして鑑定依頼を受けることにしようかの。
 わしはその客に小一時間したら取りに来るように告げると作業部屋へと引っ込んだ。


 箱を開けて魔法式を確認してみると、思ったよりも簡単な術式が組み込まれていた。
 じゃが、この魔法道具もなかなか珍しいのお。
 一つの箱に全く異なる魔法式が2つ描かれておって、2つの働きをするようになっとるんじゃな。
 このせいで鑑定用の魔法道具は使えなかったようじゃな。
 別々の魔法式を描く場合はそれぞれが互いに打ち消さないように細かい配慮が必要だ。
 一概に簡単な術式とは言えん高度に組み込まれた美しい術式じゃ。
 しかし、最初に見たときから思っとったんじゃが、この描き癖はあの男、デンタクの制作者と同じものかもしれんの。
 昨日奴の術式は見たばかりじゃから、この魔法道具の鑑定も思ったよりも早く終わりそうじゃわい。


 鑑定が終わって再び店の方に戻るとそこには依頼主と例の男がおった。
 来店の知らせはあったから誰か来たことは分かっとったが、やっと奴が来たようじゃな。
 どうやら2人は知り合いのようで、やはりこの魔法道具も奴が作ったんじゃな。
 そう思ってわしは奴に話しかけると奴はにっこりと笑いかけ、とんでもないことを言い出しおった。

「あ、分かっちゃった?うん、俺の。秘匿の魔術を組み込んであって、隠したい秘密を隠してくれるんだ。持ってるだけで効果があるから、どうやって使うとかいう物でもないんだけどね。どう?鑑定合ってた?」

 わしが鑑定依頼を受けたというのに奴はその魔法道具の作用をわしが依頼主に伝える前に言ってしまったのじゃ。
 鑑定士よりも制作者の方がその魔法道具に詳しいに決まっとるんだから、そんなことされたら商売上がったりじゃ。
 じゃが、奴の説明は半分は正しいがもう半分は間違っとった。
 確かにその魔法道具には秘匿の魔術の魔法式が組み込まれておる。
 じゃが、その魔法道具にはもう一つ放散の魔法が組み込まれておったのだ。
 それは所有者の魔力を広範囲に放出するように作られたものじゃ。
 今は制御がかかっており、それを解除することで発動するようになっとる。
 どうしてこんな魔法式を組み合わせていたのか疑問じゃったが説明するならそこまでしないと駄目じゃろう。

 何を言っとるんじゃと口を開こうとしたとき、奴が店に置いてあったデンタクを手に取っていたことに気づいた。
 そしてそれを掲げて、いいのか、とわしを問うような視線を送ってきた。
 余計なことを話したら今すぐこれを壊すというような脅しの意味を込めて。
 なるほど、そういうことか。
 わしに余計な詮索はするなと言うことじゃな。
 依頼主には悪いが、この最高傑作の魔法道具には変えられん。

「あ、ああ、そうじゃ。わしがした鑑定結果と同じじゃ。言われてしまったら仕方がない。鑑定料はいらんから早く帰っとくれ」

 直接的にわしが間違った鑑定をしたことになるのは、鑑定士としてここまでやってきたわしにはどうしても出来んかった。
 じゃから、鑑定はやらなかったことにしてそのまま帰ってもらおうとそう思った。
 じゃが、その依頼主は変に義理堅いのか鑑定はしたのだからと金を置いていこうとして譲らない。
 わしも受け取らんと決めたからには受け取らないので、渡す受け取らないの押し問答が続いた。
 そこに助け船を出したのがデンタクの男で、わしの店の商品を買っていけば良いと提案してきた。
 確かにそれならわしも納得して金を受け取れるし、依頼主も気が晴れるじゃろう。
 そして、依頼主は花のブローチと金をカウンターに置いた。

「え?それにするの?そんなガラクタより他にももっと便利な魔法道具がいっぱいあるよ」

 わしの店の商品をガラクタ呼ばわりするとはなんたることじゃ。
 わしの店にある魔法道具は確かに使い道が限られているようなものばかりじゃが、わしが良いと思ったものしか置いとらんのじゃぞ。
 そう文句を言いたくなったが、その商品がデンタクの男の作成した魔法道具だと言うことを思い出した。
 奴は自分がまだ未熟だった頃の魔法道具を恥ずかしく思っとるのかもしれん。
 わしは未熟ながらも良い魔法道具だとは思うがの。
 依頼主もそう感じたのかデンタクの男に何か見せるとそのままブローチをポケットに入れて店を後にした。

「良かったな。あのブローチ型の魔法道具、気に入ってもらえたようじゃな」

「え?なんのことだい?それより、このデンタクはどうだった?本物だって分かったと思うからそのうえでどうしようと思う?」

 依頼主が出て行った後を若干照れたように嬉しそうに眺めていたからそう言ったというのに、あくまでブローチのことはしらを切るつもりかい。
 と思いつつも、わしもそんなことよりもデンタクについてのことの方が気になっていたからその話はそこで終わった。



「じゃ、そういうことで。後のことは全部好きにして良いから」

 魔法道具の制作権等で交渉は難航すると思ったが、以外にもあっさりと話し合いは終わった。
 デンタクの男がわしに要求したのは魔法道具としての代金だけだったからじゃ。
 制作権やその他もろもろも含めての商品代だったから魔法道具にしてみると規格外の値段ではあったが、それでもこれだけの価値のある魔法道具をこんなことで手に入れられるとは。

「お前さんは本当にそれでいいのか?」

 店を出ようと扉を開いた男に対してつい口をついてそんな言葉が出てしまった。
 余計なことは詮索しない事がわしの信念じゃったのに。
 そしてそう言った時、わしに中にはデンタクの事だけでなく、あの小箱型の魔法道具の依頼主の事も思い浮かんでいた。
 嘘をついて騙して本当にそれでいいのか、と無意識のうちにも思ってしもうた。

「……いいんだ。目的のためには仕方がないことだから」


 男はわしの言葉に一瞬動きを止め、身体を強張らせたように見えたが、小さくそう呟くとそのまま外に出て扉を閉めた。
 扉が閉まる直前、その隙間から見えたその男の表情はどこか辛そうで全て諦めてしまったもののような気がした。
 わしの問いに答えた時、その男がどっちのことを考えていたのかはわしには分からんかった。



 ガラガラガラガラガシャーーーーン

 先ほどよりも大きな物が崩れる音ではっと我に返った。
 はあ、また雪崩が起こったか。
 無理に空間を空けたせいでさらに山が酷いことになってしまっとったんじゃ。
 こんなことをしている暇はなかったのお。
 明日からこのデンタクのために商会に行ったりする予定じゃから店を空けなけねばならんのじゃった。
 わしは準備をしようと作業部屋を見渡すとそこかしこにある山が、また今にでも崩れ出そうとしているところじゃった。
 ……その前に、少し片付けでもしておかんといけんのお。


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