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第3章
91.
しおりを挟むドゴォォォォンーーー!!
闇夜の静寂を破るような、そんな凄まじい音が鳴り響いた。
それは西の方向、王城の門があるところからだ。
この爆音はコンドラッドとエルザが作戦を開始したという合図でもある。
ウィリアム様、ジェラール、キース、ヒース、私の五人は王城を囲む高い塀のすぐそばに待機していた。
コンドラッドとエルザが出発してしばらくしてから、隠密魔法を発動して私達もキースの家を出た。
コンドラッド達とは反対の方向に向かうことになるので別行動を取ったが、悪魔に少しでも悟られないようにするために簡単に連絡を取ることは出来ない。
だからあの二人の状況を知るすべはなく、作戦が問題なく実行できるか少し不安だった。
でも、何とか計画通りにことを進めることが出来ているようだし、二人が無事だろうことも分かったのでほっとした。
だが、安心している暇はない。
むしろここからが正念場だ。
その音を聞いた私達は頷き合い、侵入防止の魔法が掛けられた塀の無効化を行い、乗り越える。
そのまま王宮の建物へと向かって真っ直ぐに走り出した。
正門の方からは大勢の人達が騒ぐ声が聞こえていた。
突然の襲撃に気を取られ、おびき寄せられているのだろう。
これも私達の作戦のうちだ。
私達が向かう途中にも目を覚ました兵達が門へと走って行く姿も目にした。
そして、走る兵の方向はそれに加えてもう一つ。
王城の建物へと向かうものがあった。
それは恐らく国の最重要人物、第二王子クラレンスの身を案じてのものだろう。
戦う相手が増えるという点では厄介だが、逆に私達にも第二王子がいる場所が分かるという利点もある。
ウィリアム様とヒースのおかげで王城内の構造や第二王子の寝室の場所は把握しているとはいえ、より正確な情報が得られるのは有り難いことだった。
私達はその情報を鑑みたうえで、王城内を進んでいった。
隠密魔法はパレード襲撃の時にも使っていた魔法で、ここまで誰にも姿を見られることなく早急に侵入することができた。
順調だ。
……いや、順調すぎる。
こんなにも早く進むことができたのは、ほとんど人とすれ違うことすらなかったからだ。
これほどまでに、王城内に人がいないなど不自然すぎる。
悪魔は新月の夜、弱体化する。
そのことは悪魔自身も分かっているはずだ。
だとすれば、もっと警戒して兵を警備させておいてもよいものだろう。
何だかいやな予感がする。
「不気味なほどに静かだねえ………」
そんな時、私と同じことを思っていたようで、キースが廊下の先を見据えながらそう呟いていた。
怖いほどの静けさに、背筋が寒くなる。
――――が、突然強い魔法の発動をその廊下の先で感じたかと思うと、静寂を破壊するような叫び声が聞こえてきた。
「ぐあああぁぁぁぁーーーー!!」
そんな苦痛に満ちた声が。
その声の主は私達の先を走っていた兵のものだろう。
驚きと苦しみを織り交ぜたようなそんな声が聞こえたかと思うと、だんだんと小さくなり、そして消えた。
その声とともに聞こえた肉を割き骨を砕くような耳を塞ぎたくなる残酷な音は、今もなお響き続けている。
その方向、廊下の先には数え切れないほどの鋭く邪悪な目がぎらぎらと光っていた。
「悪魔め………王城をダンジョンにでもする気か!」
ウィリアム様が憎々しげに廊下の先に向かってそう叫ぶと、剣を抜いた。
それに倣うように私達も剣を構えた。
私達の進む先の道にひしめく大量の魔物に向けて。
恐らく召喚魔法陣でも用意していたのだろう。
これがあったから王城内には人が少なかったのかもしれない。
下手な人間よりも恐れをしらない魔物の方が使えると判断したようだ。
人が通過することが発動条件になるのか、知らずに通れば魔物に囲まれ食い殺される。
だが、私達は幸いにも魔物に後ろを取られていない。
それにここは一本道であるから、どれだけ魔物の数が多くとも一度に相手にする数は限られてくる。
勝敗はこちらに十分にあった。
「ヒース、お前は下がっていろ。皆、行くぞ!」
ウィリアム様の掛け声で私達は横一列に並び、同時に魔物に向かった。
お互い、隣同士を気にすれば、魔物に抜けられて後ろを取られることもない。
ひしめく魔物の中には見たこともない魔物も多くいる。
だが、数は多いが一体一体は戦えない相手ではなかった。
「召喚魔法なんて大規模な魔法、悪魔にとっても苦肉の策なんだと思う。だから、魔法陣はきっと一つだけだ!ここを乗り切れば目的地はすぐそこだ!」
後ろからキースが叫ぶ。
その言葉に私達の志気はますます上がった。
多くの魔物が倒れ、光となって消えていく。
あれほどいた大群に終わりが見えかかってきた頃、一気に片を付けようとした私達だったが、そこにいたあるものを目にして全員揃って思わず身を引いていた。
「ギャゴゴゴゴゴォォォォォォォ」
地を割るような低く重い咆哮が響く。
その圧倒的なまでの威圧感に身が竦んだ。
「おいおい……よりにもよってこんなのまで召喚したっていうのかよ……」
ウィリアム様が放心したようにそう呟いたが、ここにいる全員が同じ気持ちだった。
なぜなら目の前にいるのは本でしか見たことのないダンジョンであれば最下層にいるようなSランク………いや、SSSランクの魔物であるのだから。
バイセファリゴン、またの名を双頭のドラゴンという。
その魔物はドラゴンの一種ではあるのだが、一目で普通のドラゴンとは見分けが付く。
それは首が二つあるからだ。
バイセファリゴンはドラゴンの中でも最上級や神話級と言われるほどのドラゴンであった。
それほどまでに現実味も沸かないほどに強大な魔物を前にしていた。
その四つの赤い目がギロリと私の事を睨み付けているような気がした。
あ………
そう思った時には、その二つの口から炎が吹かれていた。
すぐさま反応し身を返す。
それでも、豪速で向かってくる炎を避けきれるか怪しい。
ある程度の痛みは覚悟していた。
だが、私の前に立ちはだかった人物がその炎を食い止めていた。
「この俺に魔法で攻撃しても無駄さ。相手が悪かったと思うんだね」
“キース!”
私の前に立ったキースは右手を挙げただけで全ての炎を打ち消し、余裕の笑みを浮かべていた。
キースの無効化魔法によってバイセファリゴンの魔法攻撃は消滅されたのだった。
どんな莫大な魔法攻撃であったとしても、無効化されてしまえばなんの意味も持たない。
キースがいれば私達に魔法が届くことはない。
彼の存在がとても心強かった。
キースはバイセファリゴンと対峙し、その二つの顔を睨み付ける。
だが、キースは何故か一瞬私の方に視線を送り、こんなときだというのにふっと優しく穏やかに微笑んだようにみえた。
それが見間違いでなかったかどうか、私がしっかりと確認する間もなく、キースはバイセファリゴンへと再び焦点を合わせるとその足下に向かって破壊魔法を繰り出した。
「グギァァァァァ」
バイセファリゴンは耳をつんざくような鳴き声と建物が崩壊する轟音とともに、下の階へと落下していく。
だけど、それは何の解決にもならない。
すぐに這い上がってくることは容易に想像できた。
私は剣を構えなおし、バイセファリゴンへ再度向かおうと穴に飛び込もうとした。
だが、飛び込む前にキースに制止されてしまった。
そして、今度は面と向かってしっかりと私に微笑みかけていた。
「君が行くべきところはここではないだろう?適材適所ってやつさ。ここは俺の出番だろう。君には君にしか出来ない役割があるんだからさ。だから、ここは俺に任せて、君は、君達は先へ進むんだ」
キースがそんなことをあんまりにも静かに言うものだから、誰も彼に反論する言葉がすぐには浮かばなかった。
「ヒース、しっかりやれよ」
キースは最後にそう一言、真剣な面持ちでヒースに告げると、私達が止める間もなく一人、バイセファリゴンの落ちた穴へと飛び込んだ。
「「キース!!」」
「君達には未来を変える力がある!振り返らずに進め!行くんだ!!」
キースのそんな心からの叫びはバイセファリゴンの咆哮に負けないほどに響いていた。
私達の心に深く響いていていた。
「………うん!行こう!」
最初に走り出したのはヒースだった。
振り返ることをせずに。
その表情は酷く辛そうで、それでも必死に前だけを向いて。
ここを去ることが一番辛いのはヒースだっていうことはここにいる誰もが分かっていた。
何年も離ればなれになっていた実の兄弟にやっと会えたばかりだというのに、また離れることになってしまう。
こんな場所では何が起こるか分からない。
一生の別れになるかもしれない。
だから、そんなヒースが決死の思いで走り出したのだから、私達がそれに従わない訳にはいかない。
キースの思いを無駄にしないためにも。
“………うん”
「………ああ」
私達はヒースに続いて走り出した。
この先にある未来を切り開くために。
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