98 / 103
第3章
94.
しおりを挟む私達は足音を潜めながら図書館の前へと辿り着いた。
扉の前に立つとその中からは隠す気もないのか、溢れだした邪悪な魔力をありありと感じ取ることが出来た。
ここに悪魔がいるということはほぼ確定といって間違いないだろう。
―――開けるぞ
ウィリアム様がそう動きだけで伝える。
ここに入れば私達は計画を進めることが出来る。
悪魔と対峙できるなんて願ってもないことだ。
だけど、そんな気持ちとは裏腹に私の肩は小さくかたかたと震えていた。
頭では分かっている。
あの時、この場所、この図書館で投げつけられた言葉がウィリアム様のものではなくて悪魔のものであったということは。
それでも、この場所で起こった出来事の記憶が、心の痛みが、身体が覚えていて恐れるのを止めることが出来なかった。
私は拳をぎゅっと握り締め、震えを抑えようとした。
なかなか治まらない震えに焦りを感じる。
そんな時、私の肩に何か温かいものが優しく触れた。
その感覚に、先ほどまでの震えは嘘のようにぴったりと消えていた。
大丈夫だ。ともに行こう。
振り返った私に、口の動きで微笑みながら、ウィリアム様はそう言ってくれた。
私の握りしめていた拳が緩むと、その隙間に大きく温かい手が差し込まれる。
そして、しっかり指と指を絡ませると離さないというようにぎゅっと力を入れた。
私はその手に引かれるように………いや、手を繋ぎながら、私達は同じ速度でともに、図書館へと足を踏み入れた。
ギィィィ………
未だに修理も交換もされていないのか、昔と同じように図書館の扉は立て付け悪く、大きな音を立てながらゆっくりと開いていった。
そして、その中、月も無く星の明かりだけに照らされた暗い図書館の中に一人、佇む人影があった。
「やあ、久しぶり。思ってたよりも早かったなあ。よく、ここが分かったじゃないか」
影になっているためにその人物の表情は見えないのだが、その顔は赤い口をつりあげて卑しく笑っているように見えた気がした。
そしてそんな口を開き、私達のことを馬鹿にしたような口調で話しかけてきた。
「おいおい、手なんか繋いじゃって仲のおよろしいことで。この様子だと、あの時のことバレちまったみたいだな。せっかく、この俺が直々にお前達の仲を引き裂いてやったっていうのになあ」
そう言いながら、悪魔はランプに火をくべた。
部屋が明るくなり、クラレンス様の姿の悪魔と私達を照らす。
そんな何気ない仕草の間にも、隙は一切見受けられなかった。
「でもお前、気が付いていないのか?騙されてるっていうことに。お前が相手にされているのはお前の力を利用したいからってだけだろう。お前みたいな奴が本当に人に好かれるなんてありえねえからな。きっと、俺を倒して用済みになったら、捨てられちまうんだろうな。あー、かわいそうになあ」
悪魔は私に向けて、そう語りかけてきた。
それは私の心の隙間を付こうとするような、悪魔の言葉だった。
確かに私はつまらない人間だ。
私の事を相手にしてくれるなんて何か裏があるに違いない。
……と、悪魔に囁かれてそう思ってしまうこともあったかもしれない。
以前の私だったら。
ウィリアム様が握っていた手の力をぎゅっと強める。
大丈夫だ、とでも言うように。
―――分かっていますよ、大丈夫です。
もう、私は悪魔に付け入れられたりしません。
だって、私の中にあった心の闇はあなたという光が全て消し去って下さったのですから。
悪魔の入り込む隙なんて少しもありません。
だって、私の心の中はあなたが全部埋めてくれたのですから。
それに、仲間たち皆が私の事を思ってくれていることも知っています。
ウィリアム様が私の事を好きでいてくれていることも。
私も、繋いだ手に力を込めてそんなことを伝えるように強く握り返した。
「あーあ、つまんねえな。だんまり決め込んじゃって。俺がわざわざお前達と話をしようと思って、この場所で待ってやったっていうのによ………もういい、興ざめだ」
私達の様子を伺っていた悪魔は、そう吐き出すように言った。
悪魔は会話の中に魔法を組み込んで相手につけ込み催眠していく。
思わず反論したくなってしまうように巧みに|悪魔の言葉(・・・・・)を用いて。
そのことが分かっていたので、私達は迂闊に返事などせずにじっと押し黙って、悪魔の隙を伺っていた。
そんな風に私達に話しかけていた悪魔であったが、私達が一向に言葉に耳を貸さないことが分かると不機嫌そうに机を蹴り飛ばした。
そして、ポケットの中から金色に光る石を取りだして私達に見せつけてきたのだった。
「この石、何だか分かるか?これはなあ、月の光を閉じ込めた貴重な石なんだ。作るのに相当な苦労をした。だが、この石さえ体内に取り込めば俺は満月を待たずして復活を遂げる。それなのに、俺はわざわざお前達が俺のところに来るまで待っていてやったんだから感謝して欲しいくらいだな。何故、そんなことをしたかって?それはなあ、お前達の絶望する顔を間近で見たかったからだよ!」
悪魔が厭らしく笑いながら月の石を持ち上げた。
私は反射的に銃を手にし、悪魔に向かって引き金を引いた。
銃口の先から悪魔に向けて一直線に魔法が放たれる。
このタイミングなら間に合うはずだ。
最悪の事態に焦ってはいたものの、冷静に攻撃し、そう分析することができた。
……が、私の攻撃はあと一歩というところ、悪魔に届く直前で消えた。
この部屋、私達と悪魔の間には幾重もの防御結界が張られていた。
その最後の一枚を砕いたところで、僅かに悪魔に届かなかった。
「まったく、危ねえなあ。お前の力がこれほどまでに強かったとは予想外だ。だが、俺の勝ちだ。残念だったなあ」
強悪にそう笑うと、悪魔は石を飲み込もうと右手でそれを口元に持っていく。
私達は止めようと走り出したが、絶望的な気持ちでそれを見ていた。
ここからではもう止めることが出来ない。
間に合わない。
―――――パシッ
もう少しで口に右手が届くという刹那、その手を払い落とした手があった。
反動で石は床に転がり落ちる。
目の前まで転がってきた石を私はすかさず回収した。
これにより、ひとまずの危機は脱したといえる。
でも、この状況をまだ喜ぶわけにはいかなかった。
何故なら、分からないことが多すぎるからだ。
だって、右手を払い落としたのは|クラレンス様自身(・・・・・・・・)の左手だったのだから。
『………何故、邪魔をする』
悪魔がクラレンス様の声ではない地の底から響くような低い声を出し、左手を憎々しげに睨んでいた。
これが悪魔自身の声なのだろうか。
悪魔はまるで左手が自分のものではないというような顔で見ていた。
その左手は持ち上がっていき、そのまま悪魔の邪悪な顔を隠すように覆った。
そして、撫でるように下に降ろすと再び現れたその顔に強悪な憎しみも殺意も怒りもなく、ただ悲しみの色だけが浮かんでいた。
「もう、全部終わりにしよう。ウィリアム………こんな兄ですまなかった」
「兄上………」
手を外したそこには、凶悪そうに笑う悪魔の顔はなく、すまなそうに眉を下げるクラレンス様自身の顔があった。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
いや、無理。 (完結)
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。
もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、
「わかってくれるだろう?ミーナ」
と手を差し伸べた。
だから私はこう答えた。
「いや、無理」
と。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【完結】『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる