【完結】私は薬売り(男)として生きていくことにしました

雫まりも

文字の大きさ
97 / 103
第3章

93.

しおりを挟む
 


 暗く長い廊下を私達は走り続ける。
 このまま進んで良いのか。
 引き返した方がいいんじゃないか。
 後ろを振り向いて戻りたい気持ちは大きい。
 でも、それでも、私達は前へ、未来へ向かって駆けなければならない。
 その未来へ続く道を走る足音は三人。
 私、ウィリアム様、ヒースだ。

 最初は四人だった。
 ここにジェラールも加わっていた。
 だが、走り出してすぐにジェラールは立ち止まった。

「………すみません。俺も残ります」

 短く、私達にそう告げると踵を返した。
 その表情は迷いに満ちたものだったが、その足先は意を決したように躊躇うことなく真っ直ぐとキースの元へと向けていた。

「ジェラール!そっちは任せたぞ!行ってこい!」

 そんな突然のジェラールの行動をウィリアム様は止めることなく、檄を飛ばした。
 ウィリアム様の言葉を受けて、ジェラールの背中は心なしかしゃんと伸びたようにみえた。
 その力強い声に私も胸が高まるような、そんな力があるように感じた。

 恐らく、大きな魔力を必要とする召喚魔法陣はもうないだろう。
 悪魔のもとまでの道筋で出くわすとしても、魔術師や剣士といった人間になるだろう。
 私達だけでもなんとか戦える。
 だが、ジェラールがいてくれた方が何倍も危険度が下がるのは言うまでもない。
 正直なところ、悪魔のもとへたどり着くことも悪魔と戦うことに関してもぎりぎりだ。

 それでも、こちらは私達で何が何でも絶対に成功させる。
 させてみせる。
 未来は私達に託されたのだから。

 それに、キースだけがあの場に残っていたら足取りはもっと重いものだっただろう。
 キースとジェラール二人でなら大丈夫だと、そう思えた。
 だから、前に進むことを託された私達は振り返らずに走り続けた。

 しばらく進み続けていると、先導していたヒースがある扉の前で足を止めた。
 豪華な造りの扉はどことなく威圧感を放っているような気さえした。

「ここは兄上……第二王子クラレンスの部屋か」

 ウィリアム様が独り言のようにぽつりとこぼした声は、辛さを含んでいるようにも感じた。
 ここで眠っているはずの第二王子を襲撃する。
 この扉を開けば戦いが始まる。
 そのことを考えると、緊張で鼓動が速くなる。
 隣のウィリアム様もヒースも表情が険しい。

「開けるぞ」

 ウィリアム様が分厚い扉を押す。
 鍵は掛かっていなかったようで、ゆっくりと開いていく。
 だけど……….

「…………いないだと?」

 部屋の中からは何の気配も感じられないと思っていたが、やはりここには第二王子の姿はなかった。
 窓が開けたままになっていて、そこから風が吹き込みカーテンをばたばたと揺らしていた。

「僕らの計画が気づかれたというのか。だったら、何処に……」

 ヒースが呆然としたようにそうこぼす。
 時間はない。
 闇雲に探すわけにはいかなかった。
 王宮は広く見当をつけなければ夜が明けてしまう。
 ここに来て予想外の事態に、私達は頭を悩ませた。
 悪魔が、クラレンス様が行きそうな場所はどこだろうか……
 そう考えて、私はウィリアム様に問いかけた。

 “クラレンス様は、どんな方だったのですか?”

「そうだな……俺にとっては良い兄だったよ。俺は幼い頃、兄上には可愛がってもらった記憶しかない。優しく、努力家で尊敬する人だった。いつの頃からか、態度がよそよそしく変わってしまったんだが、今思うと悪魔のせいだったのかもしれないな」

 “そうなんですか………”

 私は考える情報になればと思い、クラレンス様について尋ねた。
 幼い頃に王宮で見かけたことはあるものの、実際クラレンス様のことはあまり知らなかった。
 きっとクラレンス様は優しいがゆえに心は繊細な人だったんだろう。
 だからこそ悪魔につけ込まれた。
 それにクラレンス様もウィリアム様の心の支えになっていた。
 それをなくすためにも悪魔はクラレンス様に接触したのかもしれない。

 そのとき、突然、さらに強い風が窓から一気に吹き込んだ。
 その風は机の上にあったノートをめくりあげる。
 ページがこすれる音に、思わず目を向ける。
 開かれたそれは日記のようだった。
 他人のプライベートをのぞき見るような行為ははばかれるが、私は引き寄せられるようにそこに書かれた内容を、綴られた思いを気づいたら読んでいた。
 そのノートに書かれていたものに、目を見張る。

 それは、そこには………悲しみや苦しみ、辛さ、憎悪といった負の感情のみがびっしりと書き込まれていたから。

 ―――――何で僕ばっかり。生きている意味なんてないのかもしれない。認められたい。僕を見て。愛されたい。比べないで。僕だって頑張っているのに。

 ―――――国王になりたい。兄上が邪魔だ。ウィリアムが邪魔だ。父上が邪魔だ。国王になるのはこの僕だ。

 ―――――僕は国王にならなければ。必ずならなければならない。邪魔者は全て消さなければ。兄上を、ウィリアムを、父上を……殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………

 最後の方は荒々しい文字でその言葉だけが殴り書かれていた。
 だけど、遡ってみると日記の最初の方は楽しかったことや嬉しかったことが綺麗な文字で綴られていた。
 クラレンス様はもともとは心優しい方だったのだろう。
 それなのに悪魔のせいで心を病んでしまった。
 悪魔はそれだけ残酷な生き物なのだ。

 “悪魔は人が最も嫌悪することをしようとするのですね。そして、そんな人の脆い部分を見つけるのが嫌なくらいに上手い……”

「ああ、そうだな。俺がエリザベートから離されたことも、俺にとっては一番の不幸だった。エリザベートだって悪魔に直接それをされたのだから、その残忍さは分かっているのだろうな」

 その通りだ。
 私はまんまと悪魔の策略にのってしまい、自殺までしようと思ってしまった。
 あの言葉を告げられた図書館にはもう二度と行きたくないというくらいに、心に爪痕を残している。
 そこまで考えて、私ははっとした。
 もしかして………

「図書館………」

 そう思っていたら、私が思っていたことと同じ事をウィリアム様が口にしていた。
 私はウィリアム様と顔を見合わせて大きく頷く。
 私達の様子でヒースも気が付いたみたいだった。

「人が最も嫌悪する、俺たちが最も忌避する場所、特にエリザベートが。そこは恐らく図書館だ」

 私にとってその場所は全てが終わりになった場所。
 そして、始まりにもなった場所。
 私達は目で確かめ合うと、そんな特別な場所へと一直線に走り出した。







 ――――誰もいなくなった部屋、再び風でノートがめくられる

 ――――――ごめんね

 開かれた最後のページには、そんな言葉が小さく綴られていた


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

いや、無理。 (完結)

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
細かいことは気にせずお読みください。 もはや定番となった卒業パーティー、急に冷たくなって公の場にエスコートすらしなくなった婚約者に身に覚えのない言い掛かりをつけられ、婚約破棄を突きつけられるーーからの新しい婚約者の紹介へ移るという、公式行事の私物化も甚だしい一連の行動に、私は冷めた瞳をむけていたーー目の前の男は言い訳が終わると、 「わかってくれるだろう?ミーナ」 と手を差し伸べた。 だから私はこう答えた。 「いや、無理」 と。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...