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第3章
96.
しおりを挟む悪魔の力を抑え、現れた第二王子クラレンス様は覚悟を決めたように目を瞑った。
その表情はあまりにも悲しそうで目を背けたくなるほどだった。
だけど、今のクラレンス様は穏やかな微笑みを浮かべている。
それは一人の女性が現れたおかげで。
右手を押さえて瞳を閉じたクラレンス様に抱きついた女性がいたから。
お姉ちゃん………
久しぶりに見た姉の姿は昔の面影を残していたためよく分かった。
見た目は変わらないが、中身は彼女なりに成長したのだろう。
それほどまでに相手を一途に思い続けることが出来るのは相当な覚悟が必要だから。
そんなことを思いながら、クラレンス様に必死に抱きつく姉の姿を見ていた。
でも、私の方は面影なんて少しもないほどに変わってしまった。
きっと私の事に気が付きはしないだろう。
わざわざ気づかれる必要もない。
そう思って私は彼女から視線を外した。
それなのに………
「エリザベート……?あなた、もしかしてエリザベートなの?」
そう思っていたのに、彼女は私に向かってそんなことを言った。
気が付かれるなんて、気づいてもらえるなんて思ってもいなかったのに。
私はそんなことを考えながらも、気づけば否定することもなく、首を頷かせていた。
「エリザベート……あなたが無事で良かった……!ずっとあなたに会えたら謝りたいと思っていたの。こんなお姉ちゃんでごめんなさい。色々と気づいてあげられなくてごめんね。でも、これだけは言わせて欲しいの。今も昔も私は心からあなたのことを愛しているわ………」
頷く私に姉はそんなことを語りかけた。
私にとって彼女は良い姉とはいえなかった。
でも、彼女が善意で私にそうしてくれていたことは昔から分かっていた。
だから、私は首を横に振って微笑んだ。
あなたのことを恨んでなんかいないよと、伝えるように。
あなたのこと……お姉ちゃんのことを、私もたった一人の姉妹として愛していたよ、と。
そんな私の思いが伝わったのか、お姉ちゃんは目を潤ませながら笑った。
そんな顔を見て、私は何だか心が少し軽くなったような気がした。
「う゛………があああ……!!」
そんな時、クラレンス様が胸を押さえて苦しそうに叫び声を上げた。
体中に黒いオーラをまとい、それがどんどんと濃くなってきているようにも見えた。
「………早く……僕が悪魔を抑えられているうちに……早く……!!」
―――殺して
もう声を出すことが出来ないのか、クラレンス様は口の動きだけでそう伝えた。
私はすぐさま彼に銃口を向けた。
引き金を引きさえすれば、ここから私の魔力が放出される。
そうすれば、全てが終わる。
でも……強力な魔力を浴びた人間が無事でいられるかは分からない。
クラレンス様とお姉ちゃんを殺めることになってしまうかもしれない。
そのことはずっと考えてきていた。
考えた上で覚悟を決めていた。
それでも、そんな状況を目の前にして、再びそのことを考えてしまって、私の身体は固まった。
でも……やらないと……!
私ははあはあと荒い呼吸でがたがたと腕を振るわせながら銃を構える。
だが、そんな状態で照準を合わせられるはずもなく、焦りだけが増していく。
はやく……はやくしないと……!
その時、後ろから私の手をふわりと何かが包み込んだ。
背中に触れる胸の温もり、私を覆うたくましい腕。
私の手を包む大きな手がウィリアム様のものだということは、振り返らずとも分かった。
「一緒に背負っていこう」
耳元で囁かれた言葉に私は頷く。
もう、手の震えは治まっていた。
そして、二人で引き金を引いた。
その瞬間、目に痛いほどの光が放出され、クラレンス様達を包み込んでいた。
「「ありがとう………」」
その光の中から安心したようなクラレンス様とお姉ちゃんの、そんな声が聞こえた気がした。
『ががが……あ゛あ゛あ゛あ゛………!!!』
光の中から、悪魔特有のこの世のものとは思えない邪悪な叫び声が聞こえてきた。
苦しむようなその叫び声は、悪魔が消滅していることを意味していた。
そして、地の底から響いていたような絶叫はだんだんと小さくなり、そして嘘のような静寂が訪れた。
目映い光も消え、そこにはクラレンス様とお姉ちゃんが身を寄せ合って横たわっているだけだった。
これで……全てが終わった………?
突然訪れた終幕に呆気に取られそうになるも、すぐに気を取り直す。
そうだ、二人の状態を見に行かないと。
安心するのはまだ早い。
私はまだ息があることを祈って、二人に駆け寄ろうとした。
その時、バンッ!!と大きな音をたてて扉が開いた。
そこには決して無事とは言い難いような姿ではあるけれど、しっかりとキースとジェラールの姿があった。
その姿を見て私は安堵した表情になっていたと思う。
だけど、キースの方は酷く険しい表情をしていた。
悪魔が倒されたという今の状況は見て分かるだろうというのに。
そしてその表情のまま、キースは叫んだ。
「まだだ!まだ終わっていない!気を付けろ!!」
キースが決死の力でそう叫ぶ。
だが、言ったときにはもう遅かった。
『ぐぎぎぎぎ…………この俺様が人間ごときにやられてなるものかあ!まだだ……こんなところで終わってなどなるものかぁぁぁ……!!』
そんな狂気的な叫び声が聞こえたかと思うとクラレンス様の身体から黒いもやが現れ、そのもやから黒い弾丸が飛び出してきた。
一直線に私の方に向かって。
「エリザベート!!」
そんな私を呼ぶ声が聞こえた。
その声に反応する間もなく、次の瞬間、気づいたときには強い力で突き飛ばされていた。
そして私の目の前、一瞬前まで私がいた場所にはウィリアム様が立っていた。
「間に合った……良かった。エリザベート、お前が無事で本当に良かった……」
ウィリアム様はほっとしたように微笑んでそう言うと、崩れるように膝をついた。
「ウィル!!」
キース達がそんな焦ったような声をあげ、ウィリアム様に駆け寄る。
体勢を崩したウィリアム様の背中には丁度心臓の辺りに、まるで銃で撃たれたような穴が開いているのが見えた。
キースがウィリアム様の服を脱がせる。
その胸には心臓の辺りを中心としてどす黒い染みのようなものが広がっていた。
そして、その染みはだんだんと範囲を広げ、ウィリアム様の身体を浸食しているように見えた。
「………まずいな。これは恐らく悪魔の核だ。この染みが身体全体に広がったとき、その身体は悪魔に乗っ取られる。魔法陣で抑えられるかどうか……」
そう言ってキースは魔法陣の用意を始めたが苦しそうな表情をしていた。
上手くいく望みは薄く、もう他に打つ手はないというように。
その間にも、ウィリアム様の身体には悪魔の色が広がっていく。
その時、相当に辛いだろうに、苦しさで目を閉じていたウィリアム様が瞳を開き、ゆっくりと手を伸ばし私の頬に優しく触れた。
「……エリザベート。俺は……お前に出会えて幸せだった。お前のことを好きになれて……本当に良い人生だった。だから、もう満足だ。あとはお前のこれからの人生が幸せであれば、思い残すことは何もない。どうか……幸せになってくれよ……」
え………?
ウィリアム様は彼らしくないそんな無責任な言葉を私に投げかけた。
彼は優しさに満ちた表情で私にそう語りかけた。
まるで、別れの言葉みたいなことを。
この先の未来に自分は存在しないとでもいうように。
ウィリアム様は私の頬を最後に一撫ですると、名残惜しそうに手を離した
そしてその手を腰元に刺さった短剣へと持っていくと、それを引き抜き自らの心臓に勢いよく突き刺した。
トサッ……と力なくウィリアム様が仰向けに倒れる。
その胸からは悪魔の色は消えていた。
これで悪魔は完全に消滅した。
もう二度と復活することはない。
だけど………
同時にウィリアム様の心臓も止まった。
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