王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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「アルノン監察官、今日はコレニア領の孤児院の監査でしたかな?」
初老へと差し掛かったくらいと見える男性が、監察官に就任したものが着る薄青地の服に濃い緑のマントを羽織った男性に声をかける。

「これはこれは。お声かけいただきまして恐悦にございます。ミルドレイ伯爵」
初老に差し掛かっている男性は、ミルドレイ・マルベスといい、現宰相の片腕として長く王国の政治の中枢に関わってきている人間である。
だからこそ、王国の政策の一つである孤児院の監査官にとっては声をかけて貰えるなど、望外の喜びの相手なのである。
が、冷静なのかそうではないのか、アルノンと呼ばれた男の笑顔はどこか取り繕っているように見えた。

「重要な仕事ではあるが、そこまで急を要する仕事ではなかろう。少し話をせんか?」
ミルドレイ伯爵が言外にこっちへ来いと促している。
爵位を持つはるか上の者の申し出に断るのはなかなかに難しい。余程なことがなければ。

「申し訳ございません。実は急を要するのです。コレニア領の孤児院の1つがどうも経営が危ういようで、急ぎ確認して支援しなければなりません」
急な仕事であるときっぱりと話を切って仕事に向かおうとするアルノン監察官。
仕事真面目な人物に見えるが、上級貴族の誘いを蹴るのは相当な覚悟である。
もっとも、孤児院の保護は国の施策であり、資金難との話であればそれを咎めるわけにはいかないため、上級貴族もこの言には追求もしにくいものになる。

「コレニア領にはすでに別なものに向かって貰うよう手配している。心配は無い。ついてきなさい」
だが、それすらミルドレイ伯爵は封じていた。
ここまでくれば、大体のものがどうあっても自分に用があり、そして良い話ではないだろう事がわかるものだ。
冷静になれば、この通りに他のものが誰も通らないことに疑問を持つ。

「何か仕事に不備でもありましたでしょうか?」
アルノンは努めて表情を変えないようにしつつ、周囲に気を配る。
「心当たりでもあるのかな?」
ミルドレイ伯爵は目を細めてアルノン監察官を見る。
笑顔のように見えるが、目は獲物を定めているようであった。

後方に人の気配を感じ取ったアルノンはミルドレイ伯爵に向かって駆け出した。
ミルドレイ伯爵は年を召していて、長いこと政治に関わってきた人間であるため、戦うことに疎いと踏んでの行動だった。
ミルドレイ伯爵の反応を見て、横を通り抜けて逃げるか、伯爵自身を人質に取ろうと考えたのである。
だが、ミルドレイ伯爵は政治に長く関わってきた人間。
どのような国であっても、政治の場とは他者の足を引っ張り、自分がのし上がろうとする思惑がはびこるものである。
先の王の時代、豊かな国力を有する国であるため、さらなる利を求めて力を持ちすぎた貴族が対立する相手の暗殺を図ったことが数知れずあったのだ。
手のひとつやふたつは持ってなお、自身に身を守る力量を持っていなければ、墓の中にいただろう時期を生き、現王と宰相たちと治めてきた1人なのである。
一方アルノンは監察官であり、兵として訓練を受けたわけでもない若いだけの内政官でしかない。
アルノンの突進をゆっくりとした動きで横に避け、アルノンに足を掛ける。
前のめりだったアルノンは足を取られ体が浮かび、ミルドレイ伯爵は踏ん張りの利かないアルノンの腕を取って地面に叩きつける。
声にならない痛みに呻くアルノン。
訓練を受けてこなければ、痛みを耐えて動くなどできないものである。
アルノンは控えていた兵にあっさりと捕縛され、連行されていく。

「まったく、小物であるな。
 だが、小物といえど腐敗を広げる力は持ちうるか。まったく嘆かわしい。
 内部人間を監査する者が必要か? だがそれすらもいつかは……良いものだけにはならんものだな」

ある筋より報告された内容にすばやく対応をとった国は、孤児院の状況を正しく報告せず、給付金を着服し、孤児院からの申し出も握りつぶしていた監察官を捕縛した。
捕縛した監察官の証言により、前任者についての書類も偽造であったことが判明し、新たに就任した監察官により正しく監査が行われた。
これにより、孤児院に給付金が送られ、ボロボロだった孤児院は建て直しの手が入ることとなったのである。
解体される建物にさびしそうではあったが、新しく綺麗な孤児院に子どもたちは喜んでいた。

「あの商会からもお金をもらっていたそうですよ。
 商会からのお金、横領したお金。どこまでお金を欲したんでしょうね?
 そんなにあっても使い道なさそうなんですけど」
「人の欲ってのは一旦箍が外れると果てしないってことだ。
 他人を踏んづけても自分は、と考えちまうのは怖いもんだ」

少し前まで人からお金を盗んででも自分より小さい子を、と動いていた少年も今は年相応の笑顔を見せていた。
エルナと呼ばれた少女も傍らに居て、なんとも微笑ましい光景である。

「しかしアクネシア王国か。ちまちまと狡い事をやりやがるな」
「それなんですけど、あそこの国ってそんな気の長いことやりそうな国でしたっけ?」
「他の国はそんなことするくらいなら、直接仕掛けてくる。どっちにしてもめんどくせぇ」
こちらの男女は、辛気臭そうでなんとも痛ましい雰囲気である。

「まぁ、私たちがそこまで気にすることないんですけどね」
「だな。そんなのは国がやってくれって話だ。よしっ! 今日こそ飲むぞ!」
酒場の方に歩き出す二人。

先の件は事件として話題になっているが、それはそれとして今日もまた人の営みは変わらない。
今日を生きるために働き、得たお金で酒を飲み、美味いものを食べて笑うのだ。
今日も酒場からにぎやかな喧騒の声が響いていた。
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