王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

文字の大きさ
95 / 214

95

しおりを挟む
久方ぶりの雨が降っていた。
収穫期を迎えている小麦であるが、雨の日は刈り取しない。
濡れたまま刈り取ってしまうと、水分を含んでしまうため、腐りやすくなってしまうのだ。
また、雨でぬかるむ畑で作業するのは一苦労となることもあり、この雨の間は刈り取りを見合わせるのが恒例である。

「雨が降ったら家で何もしないって、原始的な生活だねぇ」
雨が降ったらまったく何もしない、と言うわけではない。
雨の日でも商会は物を売っているし、兵士だって訓練であったり、警らしていたりするのだが、やはり雨の日に外で作業を続ける職や人は少ない。
雨に濡れ続けば体温が奪われていくし、体温が奪われることで病気に掛かってしまい、動けなくなってしまうことも考えれば、雨の日に外で作業するのは控えるものだ。
それでも見回りをしている兵や依頼を受けた冒険者が窓から見えた。
雨具を被り、時折冷えて寒そうにしている。

「雨の日に狩るモンスターもいるんだが、さすがにそれを受けなきゃ金が無いってわけでもないからな。空が休めって言ってるんだ、ゆっくりしようぜ」
暑い日が続いている季節であるが、普段の薄着では雨が降った時は少し肌寒い。
レッドは白湯をゆっくりと冷ましながら口にしているほどである。
フクフクは湿気で羽がしなっているためか、普段より元気が無さそうにしていて、大人しくマイの腕の中で目を閉じていた。
マイはそんなフクフクを撫でながら、降り続ける雨を飽きもせずに見続けている。

リベルテがマイのコップを持ってきて、そっと前に出す。
「はい、マイさん。温かいモノを飲んでおくと、気持ちも楽になりますよ?」
「……ありがとうございます」
リベルテからコップを受け取り、そのまま口につけようとしてすぐに口元から離した。
予想より熱かったらしく、フーッ、フーッと息を吹きかけて冷まし始める。
それからしばらくしてようやく一口飲んで、お腹に温かいものが流れ込むのを感じて、ホッと息を一つこぼした。
なんとなくその表情に暗さを感じなくなったので、リベルテも椅子に座って自分のコップに口をつける。

なんとなく穏やかな雨音だけ聞こえる時間が流れる。
リベルテはこの時間を楽しむように目を閉じていたが、視線を感じて目を開けると、コップを置いたマイが、何か決意をしたような目でリベルテを見ていた。
「リベルテさん! 私、薬師になりたいです!」
急な言葉にリベルテは首をかしげたものの、しっかりとマイに向き合う。
「……何故、薬師になりたいと考えたのですか?」
マイはレッド、タカヒロにも目を向けた後、グッと拳を握る。
「わ、私……、もう力が使えなくなっちゃったんです……。もう誰も治せない。フクフクの怪我だって、力があったら治せてるはずなのに……。私のせいでフクフクが飛べなくなっちゃった……」
話しているマイの目尻に涙が浮かんでいた。
マイの様子に気づいたフクフクが、マイを気遣うように鳴き声をあげると、マイは優しく撫でてフクフクに応える。

「……そうか。モンスターには効かなかったってわけじゃなかったのか……。だが、なんで力が無くなったんだ?」
レッドがここしばらくのフクフクを見るマイの様子に納得する。
しかし、力が無くなった、と言う理由が気になり、率直に聞いてしまった。
「そんなのわかりませんよっ!」
「わ、悪い……」
マイの大きな声の反論が予想外だったため、身を縮めるレッド。
レッドの不躾な聞き方が悪いため、リベルテが呆れたような目をレッドに向けていた。

「あの力があって、大きな怪我をした人とか昔の怪我の後遺症で苦しんでた人を助けられた時は、凄い力だって思いました。だけど、そんな力見たこと無いって言われて、私を見る目が怖い感じになって……、私は逃げました。逃げだしたけど、行く先に心当たりなんて無いし……、何も知らない世界だったから、どこに行けばいいのかもわからないから……。そうしてたどり着いたのが、あの村だったんです」
マイが置いていたコップを手に取り、コップの温かさを弄ぶように握ったり離したりしていた。
落ち着かない様子であったが、少し辛い過去を思い出しながらであれば、分かるような気がした。

「もちろん、知らない人ばかりだし、また怖い目で見られそうって思ってたんですけど、フィリスちゃんはそんなことなく私を見てくれて……。そうしてると、やっぱり、怪我をした人を見たら放って置けなくて……、力を使っちゃったんです。でも! あそこの人たちはみんな、凄いねって、ありがとうって言ってくれて……とても嬉しかった。……嬉しかったのに、それでも私は怖くもあったんです。力を持っているから出来ることもあったけど、強い力を持っているから怖い目で見らたし、近づいてくる人も居たんですよね。……だから、こんな力は要らないって、考えた日も多かったんですよ」
泣きそうな顔をしながら、マイはリベルテに笑いかけようとする。
リベルテは茶化すことなどなく、ジッとマイの話に耳を傾けていた。

「レッドさんたちが来た時も、私の力を狙って来たのかなって思いました。だけど、二人はそんなこと口にしないし、むしろ力を使うなって言ってくれました。二人のことも怖いなって思うことがあったけど、ここで生きていくならって、冒険者という職業について教えてくれましたし、……一緒に住まわせてもくれました。とても楽しい日々だから、二人が怪我をした時、私に力があって良かった! って、やっと思えたんです。それからちょっとずつ、私の力を使うようにもさせてもらいました。やっと私と向き合えたって思えたのに……、使えなくなっちゃいました」
マイの言葉に、レッドは目を瞑ってジッとしていた。
そうしていないと、マイの言葉を遮ってしまいそうだったからだ。
大丈夫だ、と何の根拠も無い言葉を口にして、自分の力で歩き出そうとしているマイを止めてしまいそうだった。
タカヒロもまた、マイの話を黙って聞いていた。
ただ、その手は何かを確かめるように閉じたり開いたりしている。

「フクフクの怪我を治せなくて、なんで? どうして? ってそれだけしか浮かびませんでした。そうしたら、冒険者の一人が、普通の傷薬で大丈夫だよって教えてくれたんです。慣れてなくて、今のようにちゃんと巻いてあげられなかったけど、手当てできたら、フクフクが少し元気そうな声で鳴いてくれました。その時、私は誰かを治せる、癒せる力が欲しかったんだって気づいたんです。……だから、きっかけとしてこの力をもらったんだなって、そう思えたんです。この世界では、傷薬を作るには薬師にならないとダメ、なんですよね? だから、なりたいんです」
今のマイには、ここしばらく悩んでいた時のような陰は無く、その目はしっかりと強く、リベルテを見ていた。

「……そうですか。そのお気持ちは、とても素晴らしいと思います。なりたいと強く思えるものがあるのは素敵なことですよ。私は応援します」
リベルテはそっとマイの手を握る。マイが嬉しそうに目尻に溜まった涙をこぼす。
耐え切れなくなったのか、そのままリベルテに抱きついたのだが、間にいたフクフクが苦しそうに声を上げていた。
「薬師なぁ……。なるためには薬師のだれかの弟子入りしないとダメなんだよな。どっかに伝手あったかねぇ……」
レッドは微笑ましそうに二人を見ていたが、ふと薬師のなり方を考えて呟くと、マイがビタッと動きを止めて、抱きついていたリベルテの顔を見上げた。

「ええ……。薬師は冒険者ギルドと同じように薬師ギルドと言うものがあります。そちらに登録が必要なんですが、冒険者のようになりたいと言ってすぐ登録できるものではないんです。薬はその調合の仕方や材料によって毒にもなってしまいますから」
「勝手に薬作って売ったり、使ったりしないようにってこと?」
タカヒロがやっぱりそういう決まりあるよね、と口を挟む。
「正確には売らないように、というだけですね。自分で使うのであれば問題にしない、というところです」
リベルテが決まりと言うほど大げさなものではないですよと、困ったように笑う。

冒険者は怪我をする可能性が高い依頼があるのだが、薬を買うにはお金が足りない生活者が多い。
そのため、応急処置できるようにと自身で知識を得て、薬草を見分け、薬を作れるようになるのだが、調合の仕方は公開されていないため、独自の感覚で作る代物となってしまう。
そのため、知識や経験が足りない者では効き目が無い物になったり、毒になってしまって、亡くなってしまった冒険者も少なくは無い。
そこでも、それなりに作れることが出来れば、助かることもあるのだ。
だから、薬師ギルドとしても作るなとも、使うなとも言えないのである。
言ってしまえば、作り方を公開するなり、もっと安く提供することを迫られてしまうためだ。

「薬師ギルドで売っている物は効き目をしっかりと確認されたものです。効き目の無い物は売っていないと宣言することで、薬師の責任とならないようにもしてるんですよね。そのため、誰でも薬師として受け入れるわけにはいきませんし、登録されている薬師の弟子となって、知識と腕、それと性格というか考え方が確認されてやっと……としているんです」
「ま、薬師独自の製法ってのもあるからな。それを公開するわけにはいかないんで、その弟子に伝えて行く話でもあるらしいぞ」
「え? そういったのをギルドで管理しないんですか?」
製法はすべてギルドに報告する必要があり、ギルドで管理するものと思っていたタカヒロが声を上げる。
「ギルドでは最低限の基準となる薬だけだな。薬師たちが自分で見つけた製法は秘匿としていいんだよ。そうすることでその薬師の所でって評判になるからな。そんな薬を作れるって評判が広まることで薬が売れるってことだ。全部ギルドで管理しちまうと、ギルドでしか薬が売れなくなる」
「え~? それってギルドの意味あるんですか?」
「あるぞ? まずは、薬師の管理だ。勝手に薬師を名乗るヤツを取り締まるためだな。弟子は登録されていないから、勝手に薬を売ったりしたら取り締まられるぞ」
そう言ってレッドはマイを見た。
昔、薬師の見習いと自称していたマイは首をすくめる。ばつの悪そうな顔をしていた。

「それと薬効の確認をして、認定すること、だな。さっき、薬師は製法を秘匿していいと言ったが、本当に効果があるかは、ギルドの認定が必要なんだよ。そこで認められたら、その薬師独自の秘薬って売り出せるようになるんだ。認可されてない薬を売ってたら、それも当然取り締まられる」
「これは例の薬の件が該当します」
王都で出回っていた魔の薬。これは当然、薬師ギルドを通していない薬であり、毒性が確認されたため、薬師ギルドから国に報告がなされ、冒険者に取り締まりの依頼が出されたのである。

「なりたいって言ったところで悪いが、すぐに薬師になれるものじゃない。こっちで伝手がないか聞いてみるから、弟子にしてくれる人が見つかるよう願っててくれ。それまでは、ギルドで分かってる薬草の知識を覚えたり、リベルテに教えてもらったりしとけ」
「私は薬師ではないので、ちゃんとした知識ではないですけどね……」
レッドの振りに、リベルテは期待はしないでとマイに言い聞かせる。
「よろしくお願いしますっ!」
が、マイはとても期待した目でリベルテを見ていた。

いつまでも変わらないものなど存在しない。
動き出した未来に、眩しそうに、そして遠いものを見るように、タカヒロはマイを見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました

久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。 魔法が使えるようになった人類。 侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。 カクヨム公開中。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...