王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

文字の大きさ
105 / 214

105

しおりを挟む
段々と陽が昇っている時間が短くなっていく。
時折吹く冷たい風に身を竦めたり、水仕事の後に手に息を吐きかけたり、手をこすり合わせて温めようとする人を目にするようになってきていた。
そんな人たちを横目に、レッドたちは荷馬車に荷物が摘み終わるのを待っている。

「お待たせしてしまって、すみませんね」
「いえ……」
待ちぼうけているレッドとリベルテに声をかけてきたのは、ラングである。
ラングはあちこちの村や町に行き来している商人であるが、ちゃんと自身の商会を持っていて、その会頭をやっている人間である。
「相変わらず、あちこち行かれるんですね」
リベルテの言葉に、ラングは申し訳なさそうに身を縮める。

「どうにも落ち着かなくてですね……。商会を立ち上げることが出来たのですが、やはり、昔ながらの癖と言いますか、自分が動かないと落ち着かなくて。部下となってくれた人たちからも大人しくしていてくれ、と言われるのですが、こればかりは……」
決して、商会の部下たちを軽んじているわけではなく、自分の目で見ないと落ち着かない、判断できないという性質らしい。
そんなラングだからこそ、レッドたちは信頼して依頼を受けられるのだ。
商人の中には、依頼に無かったことをついでだからと含ませたり、依頼中に掛かった費用を報酬から減らすと言う者もいるのだ。もちろん、冒険者たちからの人気は無く、どうしてもお金が欲しい人たち以外、受けては居ない。

「それで、今回はウルクまで行くんですよね? 長旅になりますが、大丈夫ですか?」
まだ荷馬車の準備が終わらないため、レッドたちはラングと雑談をして待つことにする。
「ええ、海の向こうの国から交易して運ばれる物があるらしく、それは是非にも、と。何も変わらないと言うは安定していて大事ですが、代わり映えしないと言うのは、商人として面白くないことですからな」
海の向こうの国と聞いて、レッドにはワクワクしてしまうものがあったが、だからと言って、船に長いこと乗り続けると言うのは遠慮したいものであり、ラングの言葉への返しに困ってしまう。
運ばれてきた物を見るだけならいいが、自分が船に乗るなど、レッドとしては嫌だったのである。

「どんな世界が広がっているのか興味はありますが、商会を持った身ですからね。戻ってこれないかもしれない旅となれば、いくらなんでも踏ん切りはつきませんな」
レッドの様子を見てか、ラングは、興味はあるが怖くて乗れないと笑って先ほどまでの雰囲気を流してくれた。
ラングの助け舟に感謝しつつ、自分もと、レッドも笑わせてもらうのだった。

「メレーナ村やモレクの町の方は行かなくて良いのですか? 以前はメレーナ村へ向かわれていましたが」
二人がひとしきり笑い終わった後、リベルテが今回は西に向かわないのかと、ラングに尋ねる。
「あちら側は少々危ないようですからな。私のように身代の小さなところでは、今しばらくは様子見するしかないでしょう。今のうちにと機会を求めて動く商人もいると思いますが、何が起きたとしても、その人たちの責任と納得した上で、動いていることでしょう」
つい先日、新しく建造された砦付近で、討伐依頼を受けた冒険者が壊滅していた。
砦が襲われたわけでは無いし、メレーナ村やモレクの町まであの醜悪なモンスターが姿を見せたわけでもないのだが、冒険者が壊滅したとあれば、安全を取って王都から西へ行くのを敬遠するのも当然となる。

「それではメレーナ、モレクは大変になるかもしれませんねぇ……」
リベルテが心配そうに息を吐く。
今のところ、王都からの商人の足が遠のいたからといって、生活出来なくなることはないだろうが、商人が向かわないと言うことは、メレーナ村やモレクに物の流れが悪くなると言うことになる。
メレーナ村に知り合いが居るリベルテとしては、心配になるのも仕方が無かった。

「お待たせしました。では、今回もお願い致します」
ラングがレッドたちに頭を下げてから、御者台に乗る。
ラングの隣にレッドが座り、リベルテは荷台に乗りこむ。
レッドが手綱で馬を叩くと、馬がゆっくりとその足を走らせ始めた。

アーキ村まで3日かかり、ウルクまではさらに12日ほどでかかる道のりである。
寒くなってきている時期だけに、アーキからウルクまでの間は厳しい旅路となっていた。
ウルクからアーキ村まで距離が離れており、その途中に他の村や町は存在しないのである。
道のりが険しいわけではないので、ウルクとアーキ村の間に村や街が無いのは、単にそこに村や街を立てられるほど、人が溢れていないからである。
ウルクは港があるため、人で賑わいを見せている街であるのだが、海は危険すぎるのだ。
木で作られた船は、しっかりと造っていても頑丈とは言い切れないもので、大きい波に飲まれて転覆しただとか、海のモンスターに襲われて、船底に穴を開けられ沈められただとか、長い航路の間に病気にかかってみんな亡くなり、誰も居ない船が今もなお漂い続けているだとか、怖ろしい話が絶えないのである。
噂話として耳にするだけであり、実際にその経験がある者、見た者はわからないため、本当の所はどうなのかまでは定かではなっていない。
その噂が真実であるように、ウルクの人口は増加していなく、王都であっても先の戦争などがあって、ウルクとアーキ村の間に別の村や街を立ち上げる、と言う話が上がったことが無いのは確かであった。

「ひとまず、アーキ村まで向い、アーキ村からは長い野営になります。しかし……、アーキ村で野営に必要な物を準備されるんですか?」
ただ道を走っている間は暇であるため、話のきっかけにと道程を確認するレッド。
「いえ、今回はアーキ村に寄らなくて構いません。道を急ぎましょう。そのために荷をかなり積んできましたから」
ラングが少し思案した素振りみせた後、朗らかな強行日程を口にした。
ラングの言葉に軽い気持ちで聞いた、レッドの方が驚きを隠せない。
「だ、大丈夫ですか? いくら荷があっても……」
長い日数の野営であるが、依頼で王都から遠くまで行くことのある冒険者たちも、厳しいと口にするものである。
そのため、商会の会頭がこなす旅路とは、到底、考えにくかったのだ。

「ええ、私も年を取ってきているのはわかっておりますが、まだまだ他の人たちに負けないと思ってますよ。……まぁ、それに今回ばかりは他の何より、私が試してみたかったと言うところでして」
レッドの心配そうな声に体力の衰えを感じていることは隠さないが、気持ちで乗り切れると豪語するラング。
その強気に理由があるとばかりに、荷台に目を向けていた。

「荷は大丈夫ですよ?」
商会の荷を勝手に触らないのは、依頼を受ける冒険者の鉄則である。
勝手に触れて、破損しただとか、無くなったなどと言う問題を避けるためであり、荷台に乗っているリベルテは、荷にぶつからないようにも注意を払っていた。
所狭しと乗っている荷に注意を払っており、御者台にいるラングたち二人の会話を聞けていなかったこともあって、急に目を向けられたのリベルテは、荷を心配されたのかと思ってしまった。
そんなリベルテの反応は、ラングたち二人にすれば、話の流れから考えてもいなかった返事であり、おかしく感じてしまう。

「あっはっは」
ラングは大きく笑い上げてしまい、急に笑われたリベルテは何があったのかと、レッドに鋭い目つき向けていた。
俺のせいじゃない、と分かっているレッドとしては、リベルテに睨むなよと思うしかない。
御者をしていることもあり、リベルテに一から説明しに寄れないのだ。

「大丈夫ですよ。道も悪くありませんから、荷物の破損だとかの心配はしておりませんよ。お二人のことも信頼しておりますし。それに、多少ぶつかったくらいで壊れてしまうような荷は積んでいません。この程度でどうにかなってしまうのであれば、それはそれで良い確認になります」
笑い収まったラングが、荷についてそんなに心配していない断言してくれる。
レッドとリベルテは、ラングの信頼に安心するとともに、その信頼がとても嬉しく思えた。

「何を積んでるか伺ってもいいですか? 食料だとは思うんですけど、量によっては野営する時に、近くを探して、食べられる物を採って来る事も考えておかないといけないんで」
レッドが少しだけ声を大きめに、冒険者の野営を念頭にラングに確認する。
大事な確認であり、リベルテにもちゃんと聞こえるようにとの配慮であった。
冒険者で知識や腕に覚えがある者であれば、このような長い旅路時に必要なことを、ギルドで講義を受ける。
と言うのも、長い旅路となれば持ち運べる食料に限りがあるからである。
荷台に積める限界があり、いくらでも持ち運べるものではない。日持ちする限度を考えなければ成らないのだ。
そのため、野営地の近くで食べれるものを探せる知識や経験がないと、生死に関わってきてしまうことになるのもわかるだろう。

それに対して商人は、とりあえず多く荷に積み、その積んだ荷から食べ繋いで移動するものであり、
可能な限り途中の村や町に寄るのだ。
これは、冒険者と違い、近くの森や林などに入っても、身を守れないことに起因する。
また、それだけ冒険者と資金に差があるとも言えるのだが……。

しかし、今回は強行日程で進み、唯一の途中にある村を寄らない道程であるため、依頼を受けたレッドたちは、自分たちにかなりの負担がかかると考えていた。
「そうですね……。申し訳ありませんが、いくらか取ってきていただけると助かりはしますな。その際には、お力を貸していただければ、と。……ですが、最初のうちは、こちらで用意した物を使って行きましょう」
さすがに強行であるため、レッドたち冒険者に従うこと、その負担を掛ける分、後々の報酬に乗せることを、ラングは約束してくれた。

「あの~、それで何を積んでこられたんですか?」
最初に荷に向けられた目を勘違いさせられたリベルテが、気になって先を促す。
「ああ、すみません。食料ばかりですよ。カロタにパタタ。メーラにリモ。トートなんかも積ませましたな。あとは、肉もそれぞれ……」
食料の種類と量の多さに、リベルテが大きく目を見張る。肯定的なものではなく、否定的な驚きであった。
そんなに多く積んできても、長旅の間にどんどんと傷み、腐っていってしまうだけである。
特に、パタタは芽を出して毒を持ってしまいかねないため、早めに使い切りたい食材であり、トートなんかは、水気が多いため、一番早くにダメになりそうな食材であった。

「あれ……。肉も塩漬けした保存食だけじゃなくて、生……じゃないですか?」
いろいろと食材に目を通したリベルテが、控えめではあるが、底冷えしたものを含んだ声でラングに確認する。
「ええ、そうですな。どれくらい持ってくれるんでしょうなぁ」
だが、ラングはその底冷えに気づかず、いや、気づいているがあえて気づかいていない振りをしているのかもしれないが、あっけらかんと答えた。
これまでにないラングの暴走っぷりに、疑問を感じたレッドは荷に目を凝らす。
ラングがここまであり得ない行動をする原因となる何かがあるのだろう、と。
そして、それぞれの食べ物が個別の箱に入っていて、その箱がこれまでの普通の箱とは違うことに気づいた。

「その箱……。それが原因ですか?」
「さすがだね! もう気が付くなんて。レッドさんの目の鋭さは商人に向くんじゃないかね?」
レッドが気づいたことに上機嫌になるラング。やはりあの箱が原因であったらしい。
「これ……、魔道具、ですか? でも、こんなにいっぱいだなんて……。ラングさん、何をやらかしたんですか?」
箱が魔道具であることに気づいたリベルテは、魔道具の箱の数に不審さを感じて、ラングを問い詰める。
魔道具は高価な物であり、商会の会頭であっても、ここまで多くの数を持てることはありえないのだ。
ラングの反応次第では、リベルテの手は腰元の短剣に伸びそうなほどであった。
場合によっては、知らずに依頼を受けたレッドたちであるが、ラングの同罪とされかねないからである。

「魔道具であることもすぐわかりますか。わかりやすい形が良いのは間違いないので、ここは良しとするところでしょうな」
ラングが懐から取り出した紙に何か印をつけていく。
筆記用具を持ち歩くのは商人だからだろう。冒険者は調査の依頼などで覚えなければいけないものでもなければ、持ち歩くことは無い。インクとペンなど、動きの邪魔でしかなく、また余計な荷物になるのだ。

「……えぇと、何をされているのですか?」
「ああ……、またまたすみません。忘れないように書いておこう、と。実はその魔道具は試作品でしてな。状態を保つ魔道具だそうで、ちゃんと保つのか、どれくらい持つのか、どういったことで効果を発揮しなくなってしまうのか。まぁ、実際に使ってみての確認ですなぁ」

状態を保つ魔道具を作ったのは、ハヤトと言う『神の玩具』であり、その魔道具を作り出した技量を買われ、魔法研究所に身を置いている。
その魔道具をラングが試作品として確認していると言うことは、城が注目した魔道具を、ハヤト以外の人でも作れるように動き出していると言うことである。
国が目をつけている通り、多くの商会が試作品と言えども欲しがったことだろう。
今回、ウルクと言う遠くまで行く用事があったラングが、魔道具の動作と耐久性の確認にちょうど良いと、これだけ貸与してもらった、と言うことだったらしい。

種類ごとに詰めているのも、これだけ箱の数があるのも、耐久性とその効能を確認するためであったが、片道の道中で使い切らずに消費していくことで、それぞれの食材がどこまで保てるのか、商人の視点から確認したい内容もあるようだった。
「これはまたこれで、大変な旅路になるなぁ……」
ただの護衛ではなく、道具の耐久性と効能の確認が主であると言うことで、気をつけなければいけない内容が増えていたのだ。
レッドがついたため息は、白く長く棚引いていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました

久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。 魔法が使えるようになった人類。 侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。 カクヨム公開中。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...