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ぽかぽかと暖かい日差しを感じられるようになってきた王都で、そわそわと落ち着かない様子の人たちが多く見受けられるようになっていた。
春を迎え、近々、グーリンデの姫と王の婚姻が行われ、新しい宰相と騎士団長のそれぞれも婚約が行われる予定となっているからである。
目出度い話であれば、それを祝っての祭りが開かれるので、それが待ちきれないのだ。
商会の者たちは商機とばかりに、各地の特産だけで無くグーリンデの特産も仕入れに動いており、売りさばく準備を着々と進めていた。
しかし、雪も無くなり、陽射しも暖かくなって来ているというのに、未だに城から何時ごろ行うという告示は出ないままだった。
元々、時期を明言していなかったため、人々は何時ごろになるかと楽しみに待っているだけで済んでいるが、このまま告示もないまま長引けばさすがに人々も不審を感じてしまう。
もう少しずつ、人々の中で何か問題があったのではないかと言う噂は、出始めていた。
レッドたちはそんな王都の中、周囲に流されること無く普段の買い物をしていた。
家に帰った後、四人揃っての夕食時の話題は、当然、そんな城の話となる。
「王の婚姻について、日取りが全然伝わってきませんねぇ」
「お目出度いことだからお祭りが開かれるって聞いてますよ。私も今から楽しみなんです」
国同士の結びつきを強める話であり、こればかりは遅らせるわけにはいかない話のはずである。
それが未だに定まっていないと言う状況に、国の先行きを心配して少し憂うように口にする。
対して、マイはそんな難しいことを考えていなかった。
祭りを楽しそうにしているマイを見ていれば、まだ何も分かっていないのに暗い話をするのもどうかとなり、食事の雰囲気も明るいものになった。
「タカヒロは、なんかその辺のこと聞いてないか?」
タカヒロが城勤めと言うこともあり、何かしら話を聞いていないかとレッドは話を振る。
この場に居るほかの者たちも、タカヒロなら何か知っているかもと興味深そうに目を向けていた。
話を振られたタカヒロは、ビクリと体を動かすが何も答えようとはしない。
そのまま、もくもくと食事の手を進め、食べ終えて席を立とうとするが、そっと右肩をリベルテに抑えられて立てなかった。
「そんなに急いで食事されなくても、この後の予定はありませんよね? 今、お茶も用意しますよ」
「そうだよ? お仕事大変だろうけど、せっかくの時間なんだから、ゆっくりしよう?」
リベルテに触発されたのか、何かを感づいたのかは分からないが、マイもタカヒロの左肩に手を置いて、タカヒロに向かって少し険のある笑顔を見せる。
両肩を抑えられてはどうしようもなく、タカヒロはレッドに助けを求めようとするが、レッドもとてもいい笑顔をタカヒロに向けていた。
「さぁ、知ってること話してもらおうか」
周囲を取り囲まれ、逃亡に失敗したタカヒロには、うなだれるしか出来なくなっていた。
周囲の圧力にどうしようもなく、城の話を口にして良いものか躊躇った末、レッドたちだからと口を開く。
「確認してないですし、あくまでちょろっとだけ見たってだけの話ですからね? 本当かどうかわかりませんよ?」
タカヒロが強く念を押して話し始めたのは、アンリが新しい騎士団長と会っているのを見た、と言うものだった。
思ったほど重大な問題の話に聞こえず、ここまで隠そうとしていたタカヒロがわからないほどで、マイは首をかしげる。
レッドはアンリの名前が出たことで、少し眉を寄せるが、そこまで問題とは思えず口にする。
「城に居るんだから、何か話があって会っててもおかしくないだろ?」
レッドはこの話はこれで終わって、他に何か無いのか話を続けたかったのだが、リベルテは頭が痛そうに額に手を当てて項垂れ、マイが何かに気づいたのか楽しそうな顔になる。
それが不思議で聞こうとする前に、マイが身を乗り出してくる。
「ねぇ。それって。婚約者が居るのに、別の男性と会い続けてるってことだよね? うわ~、昼ドラみた~い」
レッドはマイが何故、ワクワクとした様子で口にしていることが分からなく呆け、タカヒロはマイの言葉にいやそうな顔をする。
「……笑える話でも、楽しい話でも無いから。本当にそんな話だったら、城が大変なことになるんだけど……」
口にして本当にそうなりそうなので嫌だったんだ、とタカヒロはため息をつきつつ、リベルテが用意してくれていたお茶に手を伸ばした。
リベルテが額に手を当てたまま、顔を上げる。
「それが原因で日取りが告示されていないのだとしたら、大問題に発展するかもしれない、と城も判断している、と言うことになりますよ……」
リベルテの声は酷く重い。
「タカヒロさん。アンリさんが会っていたのは、新しい騎士団長の方だけですか? 他に誰かに会っていたり、会おうとした話とか耳にしてませんか?」
レッドが独り酒を買って飲んでいたのをリベルテに見つかった時のような、はっきりと答えて謝罪しない限り許してもらえなかった時の声と雰囲気に、思わず背筋が伸びる。
タカヒロもその雰囲気を察したようで、お茶の入ったコップを置いて、椅子に座りなおした。
「はい! 他は新しい宰相と会ってるのを見たくらいしかありません!」
「……見たのは、ですよね?」
念を押すように一つ一つ確認してくるリベルテ。
指先でテーブルをトントンと叩きながらタカヒロを見やると、タカヒロはうっすらと汗をかき始め、思わずリベルテから目をそらしてしまう。
すると、指先で叩く音が強くなり、明らかな威圧に、タカヒロはリベルテに視線を戻さざるを得なくなる。
自分の方を見ていないのに、レッドも背筋を伸ばしたまま動けず、つばを飲みこむ。
自分のお茶に手を伸ばすことも忘れていた。
「ほら、タカヒロ君。正直に、ね」
感化されやすいのか、マイからもリベルテに近い雰囲気が醸し出されて来る。
両方から挟まれているタカヒロは間違いなく、苦境に立たされているだろう。
自分じゃなくて良かったと、レッドは心から思うのであった。
「……国王に会おうとして、止められているのを何度か見た、と言う話を耳にしたことがあります」
タカヒロ自身が悪いことをしたわけではないのだが、タカヒロが小さな声で白状すれば、リベルテの目は険しさを増し、さらに増した圧力にタカヒロの目は涙目になりつつあった。
それに対して、マイからはニヤニヤとした、他人事として楽しそうな雰囲気がわかるほどだった。
「マイ……、何が楽しいんだ?」
思わず、レッドがマイを嗜めようとするのだが、当のマイには届かない。
「え? いや~。なんかこう、ここから人間関係どうなるんだろうとか。どういう展開に持っていくんだろうって気になりませんか?」
「……楽しく思える部分、全くねぇよ」
「そうですよ、マイさん。これはとても楽しい話などではありません。このままでは、また荒れるかもしれません。また多くの人が亡くなるかもしれないのですよ」
タカヒロだけに向けられていたリベルテの険しい目がマイにも向けられる。
他人事と思っていたら自分にも飛び火したことで、マイも背筋を伸ばして、リベルテに向かって頭を下げた。
起こられそうだから反射で謝った。そんな感じであった。
「……リベルテ。結局、どういうことだ?」
マイの様子はそのままにして、レッドはリベルテに説明を求める。
リベルテは目をつぶってため息を一つついて気持ちを落ち着け、少しだけ険のとれた目を開いた。
「タカヒロさんからだけの情報なので、どこまで正しいかわかりません。なので、ただの推測になりますが……。間違いなく、問題の中心に居るのが、アンリさん、と言うことでしょうね」
そこはこの場の全員がそうだろうと思っている部分のため、反論は一つも無く、皆が頷く。
「何の目的かわかりませんが、アンリさんは婚約者である宰相だけではなく、騎士団長、そして国王とも親密な仲になろうとしているのだと思います。男性の方々も、それぞれの思惑があるのか、それとも本当にアンリさんが魅力的なのか私からはわかりませんが……、拒否しきれていないのではないでしょうか。国王だけは、状況を分かっているので、距離を取っていらっしゃるようですが」
リベルテがまた一つ、ため息をこぼす。
アンリは結局何がしたいのか、相手の目的が全く見えてこない。
アンリが他の者たちと仲を深めようとすることと、未だに婚姻の日取りが定められていないことの関係が、よくわからないままだった。
「で、結局なんなんだ?」
レッドが結論だけを聞こうと促すが、リベルテは口にしたくなさそうに目を動かす。
「それって! やっぱり、浮気とか、取り合いとかですよね? うわぁ、三角関係!? いや、相手にも婚約者が居るから、もっとドロドロしてる!?」
先ほどリベルテにたしなめられたばかりだと言うのに、また何故か楽しそうに身を乗り出してくるマイを見て、レッドはタカヒロに無言で指示を出す。
タカヒロは黙って立ち上がり、マイの頭をスパンッ! と叩いて席に座らせる。
小気味良い音が響いたため、少しだけなんとも言えない沈黙が続く。
「……あ~、リベルテ。すまないが、今時点の推測を聞かせてくれ。俺たちが何か出来るものでなくても、想定しておかないと動けないこともあるだろ」
リベルテがお茶をグイッと流し込んでから頷く。
「おそらく、騎士団長と宰相の間で問題が生じ始めているのだと思います。騎士団長は自身の婚約者より、アンリさんと居る時間が多くなっているのでしょうね。アンリさんも婚約者の宰相より騎士団長と多く会っているのでしょう。当然、双方の相手からすれば楽しい話ではありません。それぞれ相手に抗議したり、自身の相手に注意をしたりしてもいるでしょう。しかし、それがまたアンリさんと騎士団長の行動に拍車をかけてしまっているのではないでしょうか」
「つまり、双方がすでに決まっている相手より、別の相手に想いを寄せている。それによって、婚姻の手続きが進められていない、と言うことか?」
レッドのざっくりとしたまとめにリベルテが頷くと、揃ってため息を吐く。
「それって、相手を交換すれば解決したりする話じゃないんですか?」
マイがそんなに悩み続ける話ですか、と言い出すと、レッドたちはマイに、かわいそうな人を見る目を向ける。
「え? え? ダメですか?」
「なんで良いと思えるんだよ……」
ここにも問題を起こすヤツが、とレッドが頭に手を当てる。
その横から、それはあなたもです、と冷静な声が聞こえるが、レッドは聞こえない振りをする。
「マイさん。騎士団長は先任の方のご息女と結婚する予定なのです。それはまだ若い騎士団長への箔付けであり、強い後ろ盾を持つためになります。それをここにきて拒否するなど、今の自分のすべてを捨てるものになります。良くて追放、悪ければ命を落とす話となってもおかしいものでもありません」
「そうなの!?」
マイが初めて理解したような声をあげる。
強い影響力を持つ相手につばを吐くようなものなのだから、権力によって潰されても文句は言えないし、何より混乱を抑えるために行おうとしていることを取りやめさせるのだから、当人たちが問題を引き起こすものとして処断されてもおかしくないのである。
もし、先任の騎士団長の息女との結婚が嫌であったなら、騎士団長となることを辞退する以外にないのだが、もうお披露目もされた後であれば、本音はどうあれ、ここから覆すことなど誰も認めるわけがないのだ。
「新しい宰相も同じようなお立場ですから、ここにきてアンリさんとの結婚を取りやめるわけには行かないのです。取りやめてしまうと、後ろ盾が無くなってしまいますからね。若く、力も無い者相手では、どのような命令であっても聞いてくれないものになります。誰だって、自分より弱かったり、立場が下に見える人から指図は受けたく無い物でしょう? 力の差が立場と逆転してしまうことになるのですから、言うことを聞くために何かを要求したりしてくるようになるでしょう」
そうなったら宰相は何も実施出来ず、権力者たちの傀儡になる、とリベルテはマイに説明し、コップに手を伸ばすが、すでに空になっていたことに気づく。
リベルテは他の者の分も聞いて、お茶を継ぎ足しに席を立った。
「……なんだって、アンリはここに来てそんなことをする? 宰相より騎士団長の方が単純に好みだったのか?」
「そうなの? タカヒロ君」
「いや、僕に言われても……。まぁ、どちらも格好良い人だよね。爆ぜればいいのに」
タカヒロの本音が漏れたが、小声だったのでレッドたちに聞こえなかった。
「あ~、でも、王様に騎士団長に宰相かぁ。王子様じゃないけど、なんかゲームみたい。みんな格好良いんでしょ?」
「……やっぱり、そう思う?」
タカヒロたちには何かわかることがあるようだが、緊迫した様子も見せないことから、違う話をしているようにも思え、何も分からないままのレッドはため息をこぼすしかなかった。
騎士団長と宰相が反目し始めているのも問題であるが、それだけで済むならまだ良い方だ。
立場の違う人間なら反目することがあっても不思議ではないからである。
だが、今の状況をまとめきれず、ただ日取りが延び続けてしまうと、グーリンデの姫との婚約を嫌がっているようにしか取られかねない。
またしても、たった一人の『神の玩具』によって、オルグラント王国は大きな被害を受けそうになっていた。
春を迎え、近々、グーリンデの姫と王の婚姻が行われ、新しい宰相と騎士団長のそれぞれも婚約が行われる予定となっているからである。
目出度い話であれば、それを祝っての祭りが開かれるので、それが待ちきれないのだ。
商会の者たちは商機とばかりに、各地の特産だけで無くグーリンデの特産も仕入れに動いており、売りさばく準備を着々と進めていた。
しかし、雪も無くなり、陽射しも暖かくなって来ているというのに、未だに城から何時ごろ行うという告示は出ないままだった。
元々、時期を明言していなかったため、人々は何時ごろになるかと楽しみに待っているだけで済んでいるが、このまま告示もないまま長引けばさすがに人々も不審を感じてしまう。
もう少しずつ、人々の中で何か問題があったのではないかと言う噂は、出始めていた。
レッドたちはそんな王都の中、周囲に流されること無く普段の買い物をしていた。
家に帰った後、四人揃っての夕食時の話題は、当然、そんな城の話となる。
「王の婚姻について、日取りが全然伝わってきませんねぇ」
「お目出度いことだからお祭りが開かれるって聞いてますよ。私も今から楽しみなんです」
国同士の結びつきを強める話であり、こればかりは遅らせるわけにはいかない話のはずである。
それが未だに定まっていないと言う状況に、国の先行きを心配して少し憂うように口にする。
対して、マイはそんな難しいことを考えていなかった。
祭りを楽しそうにしているマイを見ていれば、まだ何も分かっていないのに暗い話をするのもどうかとなり、食事の雰囲気も明るいものになった。
「タカヒロは、なんかその辺のこと聞いてないか?」
タカヒロが城勤めと言うこともあり、何かしら話を聞いていないかとレッドは話を振る。
この場に居るほかの者たちも、タカヒロなら何か知っているかもと興味深そうに目を向けていた。
話を振られたタカヒロは、ビクリと体を動かすが何も答えようとはしない。
そのまま、もくもくと食事の手を進め、食べ終えて席を立とうとするが、そっと右肩をリベルテに抑えられて立てなかった。
「そんなに急いで食事されなくても、この後の予定はありませんよね? 今、お茶も用意しますよ」
「そうだよ? お仕事大変だろうけど、せっかくの時間なんだから、ゆっくりしよう?」
リベルテに触発されたのか、何かを感づいたのかは分からないが、マイもタカヒロの左肩に手を置いて、タカヒロに向かって少し険のある笑顔を見せる。
両肩を抑えられてはどうしようもなく、タカヒロはレッドに助けを求めようとするが、レッドもとてもいい笑顔をタカヒロに向けていた。
「さぁ、知ってること話してもらおうか」
周囲を取り囲まれ、逃亡に失敗したタカヒロには、うなだれるしか出来なくなっていた。
周囲の圧力にどうしようもなく、城の話を口にして良いものか躊躇った末、レッドたちだからと口を開く。
「確認してないですし、あくまでちょろっとだけ見たってだけの話ですからね? 本当かどうかわかりませんよ?」
タカヒロが強く念を押して話し始めたのは、アンリが新しい騎士団長と会っているのを見た、と言うものだった。
思ったほど重大な問題の話に聞こえず、ここまで隠そうとしていたタカヒロがわからないほどで、マイは首をかしげる。
レッドはアンリの名前が出たことで、少し眉を寄せるが、そこまで問題とは思えず口にする。
「城に居るんだから、何か話があって会っててもおかしくないだろ?」
レッドはこの話はこれで終わって、他に何か無いのか話を続けたかったのだが、リベルテは頭が痛そうに額に手を当てて項垂れ、マイが何かに気づいたのか楽しそうな顔になる。
それが不思議で聞こうとする前に、マイが身を乗り出してくる。
「ねぇ。それって。婚約者が居るのに、別の男性と会い続けてるってことだよね? うわ~、昼ドラみた~い」
レッドはマイが何故、ワクワクとした様子で口にしていることが分からなく呆け、タカヒロはマイの言葉にいやそうな顔をする。
「……笑える話でも、楽しい話でも無いから。本当にそんな話だったら、城が大変なことになるんだけど……」
口にして本当にそうなりそうなので嫌だったんだ、とタカヒロはため息をつきつつ、リベルテが用意してくれていたお茶に手を伸ばした。
リベルテが額に手を当てたまま、顔を上げる。
「それが原因で日取りが告示されていないのだとしたら、大問題に発展するかもしれない、と城も判断している、と言うことになりますよ……」
リベルテの声は酷く重い。
「タカヒロさん。アンリさんが会っていたのは、新しい騎士団長の方だけですか? 他に誰かに会っていたり、会おうとした話とか耳にしてませんか?」
レッドが独り酒を買って飲んでいたのをリベルテに見つかった時のような、はっきりと答えて謝罪しない限り許してもらえなかった時の声と雰囲気に、思わず背筋が伸びる。
タカヒロもその雰囲気を察したようで、お茶の入ったコップを置いて、椅子に座りなおした。
「はい! 他は新しい宰相と会ってるのを見たくらいしかありません!」
「……見たのは、ですよね?」
念を押すように一つ一つ確認してくるリベルテ。
指先でテーブルをトントンと叩きながらタカヒロを見やると、タカヒロはうっすらと汗をかき始め、思わずリベルテから目をそらしてしまう。
すると、指先で叩く音が強くなり、明らかな威圧に、タカヒロはリベルテに視線を戻さざるを得なくなる。
自分の方を見ていないのに、レッドも背筋を伸ばしたまま動けず、つばを飲みこむ。
自分のお茶に手を伸ばすことも忘れていた。
「ほら、タカヒロ君。正直に、ね」
感化されやすいのか、マイからもリベルテに近い雰囲気が醸し出されて来る。
両方から挟まれているタカヒロは間違いなく、苦境に立たされているだろう。
自分じゃなくて良かったと、レッドは心から思うのであった。
「……国王に会おうとして、止められているのを何度か見た、と言う話を耳にしたことがあります」
タカヒロ自身が悪いことをしたわけではないのだが、タカヒロが小さな声で白状すれば、リベルテの目は険しさを増し、さらに増した圧力にタカヒロの目は涙目になりつつあった。
それに対して、マイからはニヤニヤとした、他人事として楽しそうな雰囲気がわかるほどだった。
「マイ……、何が楽しいんだ?」
思わず、レッドがマイを嗜めようとするのだが、当のマイには届かない。
「え? いや~。なんかこう、ここから人間関係どうなるんだろうとか。どういう展開に持っていくんだろうって気になりませんか?」
「……楽しく思える部分、全くねぇよ」
「そうですよ、マイさん。これはとても楽しい話などではありません。このままでは、また荒れるかもしれません。また多くの人が亡くなるかもしれないのですよ」
タカヒロだけに向けられていたリベルテの険しい目がマイにも向けられる。
他人事と思っていたら自分にも飛び火したことで、マイも背筋を伸ばして、リベルテに向かって頭を下げた。
起こられそうだから反射で謝った。そんな感じであった。
「……リベルテ。結局、どういうことだ?」
マイの様子はそのままにして、レッドはリベルテに説明を求める。
リベルテは目をつぶってため息を一つついて気持ちを落ち着け、少しだけ険のとれた目を開いた。
「タカヒロさんからだけの情報なので、どこまで正しいかわかりません。なので、ただの推測になりますが……。間違いなく、問題の中心に居るのが、アンリさん、と言うことでしょうね」
そこはこの場の全員がそうだろうと思っている部分のため、反論は一つも無く、皆が頷く。
「何の目的かわかりませんが、アンリさんは婚約者である宰相だけではなく、騎士団長、そして国王とも親密な仲になろうとしているのだと思います。男性の方々も、それぞれの思惑があるのか、それとも本当にアンリさんが魅力的なのか私からはわかりませんが……、拒否しきれていないのではないでしょうか。国王だけは、状況を分かっているので、距離を取っていらっしゃるようですが」
リベルテがまた一つ、ため息をこぼす。
アンリは結局何がしたいのか、相手の目的が全く見えてこない。
アンリが他の者たちと仲を深めようとすることと、未だに婚姻の日取りが定められていないことの関係が、よくわからないままだった。
「で、結局なんなんだ?」
レッドが結論だけを聞こうと促すが、リベルテは口にしたくなさそうに目を動かす。
「それって! やっぱり、浮気とか、取り合いとかですよね? うわぁ、三角関係!? いや、相手にも婚約者が居るから、もっとドロドロしてる!?」
先ほどリベルテにたしなめられたばかりだと言うのに、また何故か楽しそうに身を乗り出してくるマイを見て、レッドはタカヒロに無言で指示を出す。
タカヒロは黙って立ち上がり、マイの頭をスパンッ! と叩いて席に座らせる。
小気味良い音が響いたため、少しだけなんとも言えない沈黙が続く。
「……あ~、リベルテ。すまないが、今時点の推測を聞かせてくれ。俺たちが何か出来るものでなくても、想定しておかないと動けないこともあるだろ」
リベルテがお茶をグイッと流し込んでから頷く。
「おそらく、騎士団長と宰相の間で問題が生じ始めているのだと思います。騎士団長は自身の婚約者より、アンリさんと居る時間が多くなっているのでしょうね。アンリさんも婚約者の宰相より騎士団長と多く会っているのでしょう。当然、双方の相手からすれば楽しい話ではありません。それぞれ相手に抗議したり、自身の相手に注意をしたりしてもいるでしょう。しかし、それがまたアンリさんと騎士団長の行動に拍車をかけてしまっているのではないでしょうか」
「つまり、双方がすでに決まっている相手より、別の相手に想いを寄せている。それによって、婚姻の手続きが進められていない、と言うことか?」
レッドのざっくりとしたまとめにリベルテが頷くと、揃ってため息を吐く。
「それって、相手を交換すれば解決したりする話じゃないんですか?」
マイがそんなに悩み続ける話ですか、と言い出すと、レッドたちはマイに、かわいそうな人を見る目を向ける。
「え? え? ダメですか?」
「なんで良いと思えるんだよ……」
ここにも問題を起こすヤツが、とレッドが頭に手を当てる。
その横から、それはあなたもです、と冷静な声が聞こえるが、レッドは聞こえない振りをする。
「マイさん。騎士団長は先任の方のご息女と結婚する予定なのです。それはまだ若い騎士団長への箔付けであり、強い後ろ盾を持つためになります。それをここにきて拒否するなど、今の自分のすべてを捨てるものになります。良くて追放、悪ければ命を落とす話となってもおかしいものでもありません」
「そうなの!?」
マイが初めて理解したような声をあげる。
強い影響力を持つ相手につばを吐くようなものなのだから、権力によって潰されても文句は言えないし、何より混乱を抑えるために行おうとしていることを取りやめさせるのだから、当人たちが問題を引き起こすものとして処断されてもおかしくないのである。
もし、先任の騎士団長の息女との結婚が嫌であったなら、騎士団長となることを辞退する以外にないのだが、もうお披露目もされた後であれば、本音はどうあれ、ここから覆すことなど誰も認めるわけがないのだ。
「新しい宰相も同じようなお立場ですから、ここにきてアンリさんとの結婚を取りやめるわけには行かないのです。取りやめてしまうと、後ろ盾が無くなってしまいますからね。若く、力も無い者相手では、どのような命令であっても聞いてくれないものになります。誰だって、自分より弱かったり、立場が下に見える人から指図は受けたく無い物でしょう? 力の差が立場と逆転してしまうことになるのですから、言うことを聞くために何かを要求したりしてくるようになるでしょう」
そうなったら宰相は何も実施出来ず、権力者たちの傀儡になる、とリベルテはマイに説明し、コップに手を伸ばすが、すでに空になっていたことに気づく。
リベルテは他の者の分も聞いて、お茶を継ぎ足しに席を立った。
「……なんだって、アンリはここに来てそんなことをする? 宰相より騎士団長の方が単純に好みだったのか?」
「そうなの? タカヒロ君」
「いや、僕に言われても……。まぁ、どちらも格好良い人だよね。爆ぜればいいのに」
タカヒロの本音が漏れたが、小声だったのでレッドたちに聞こえなかった。
「あ~、でも、王様に騎士団長に宰相かぁ。王子様じゃないけど、なんかゲームみたい。みんな格好良いんでしょ?」
「……やっぱり、そう思う?」
タカヒロたちには何かわかることがあるようだが、緊迫した様子も見せないことから、違う話をしているようにも思え、何も分からないままのレッドはため息をこぼすしかなかった。
騎士団長と宰相が反目し始めているのも問題であるが、それだけで済むならまだ良い方だ。
立場の違う人間なら反目することがあっても不思議ではないからである。
だが、今の状況をまとめきれず、ただ日取りが延び続けてしまうと、グーリンデの姫との婚約を嫌がっているようにしか取られかねない。
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