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人々は熱気を上げ、大きな歓声を上げている。
婚約、婚姻のお披露目がなされ、城では主役たちが集まっている人々に手を振っていた。
城前に集まっていた大勢からは此度の婚約、婚姻に祝いの言葉が上がり、寿いでいるのだが、周りほど素直に喜べず、眉を寄せている者たちがいた。
「……なぁ、あれはどう見る?」
レッドは目を細め、にこやかに手を振る女性と側に居る男性、そしてその近くで同じように手を振っている男女を見ながら、隣に立つ女性に尋ねる。
「あの方がどうしてそんな顔をしていられるのかわかりませんが……、とても笑顔ですね。それも本心からの。祝福されていることを素直に喜んでますね」
「だよなぁ……」
リベルテの感想にレッドは額に手を当て、天を仰ぐ。
今日と言う日を迎えられたことで、グーリンデとの国交が悪化すると言う、想定される最悪の事態は回避されたように思われる。
だが、問題を解決してこの日を迎えたとも思えなかったのだ。
その証拠に、群集に手を振って祝福されていることを心から喜んでいるアンリから目線をずらして、他の面々を見てみれば、他の面々の表情に時折、暗い陰が見えるのだ。
見る人が見れば、喜んでばかりいられる状況でないことが見て取れてしまうほどだった。
アンリの婚約相手である宰相、ボードウィンは、アンリに対しては笑顔を向けているが、隣の男女に対してはその笑顔が曇る。
ボードウィンの隣に居る男女は、騎士団長のベルセイスとその相手のエコールである。
ベルセイスはアンリに対して想いがあるようで、時折、アンリに優しい目を向けていて、エコールはそれが分かっているためだろう、ベルセイスに向ける目は決して優しくない。
ただ、そこまではっきりと表情が見える距離ではないため、今の様子はあくまでもそのように感じられるだけと言うところであるが、大よそ間違っていないだろうことが雰囲気から分かってしまう状態なのだ。
この婚姻、婚約が進められるようにレッドたちが何か手を回したと言うことはないし、そもそもに手の出しようが無かった。
タカヒロから漏れ聞いた話では、アルディス王の一言で進められたらしい。
王もグーリンデの姫との婚姻を進めなければならないことは理解しており、自身の国の問題で遅れさせるわけにはいかないため権力で押し込んだのではないか、と言うのがリベルテの推測である。
いずれにせよ、無事に婚姻と婚約のお披露目がなされたことで、王都に住まう人々と王都に集まってきた人たちは、心からの祝福を送っていた。
「でも、これって問題の先送りですよね」
「わかってるけど、言うな……。あっちも、分かってるだろ……たぶん」
城勤めしている人から少し聞いただけでわかる事態なのだから、城にいる文官たちはもちろん、王もわかっているはずだと思わずにはいられなかった。
国を挙げての祝い事のため、王都の平民区域でも騒ぎが始まっていた。
出店や屋台が建ち並び、食べ物と酒が振舞われ、大層な賑わいとなっている。
秋口の騒乱から冬を乗り越えて向かえた春での祝い事となるため、これまでの陰鬱そうな空気を吹き飛ばすように、苦い過去を振り払って明るい未来を迎えるように、と騒いでいるのである。
婚姻と婚約のお披露目がされるにあたり、状況を自分の目で見ておこうと向かっていたレッドたちも、見るものは見た、とすぐさまこちらの祭りに戻ってきていた。
「あ~、あれも美味しそう~。ねぇ、買っていっても良いよね?」
許可を求めるように聞いておきながら返答を待つことなく買いに走るマイに、タカヒロが荷物もち兼護衛として慌てて後をついて行った。
そんな二人の姿を見慣れたものだと見送ったレッドとリベルテは小さく笑いあう。
「……酒は、席空いてるなら、あっちの方が良いよな」
「そうですねぇ……。先に向かっておきますね。何か美味しそうなのお願いします。こう……食後に良さそうなものなど良いですね」
「マッフル買ってくれば良いんだろ?」
その要求は分かってるとばかりにレッドが手を振れば、リベルテは満足そうな笑顔を浮かべて、人波をすり抜けるように去っていった。
「さて……。肉はマイがいっぱい買ってくるだろうからな。先にマッフル買っておくか」
道通りには様々な匂いが漂っていて、美味そうな匂いに足がついつい止まってしまいそうになる。
それがあちこちで皆がやるものだから混雑していた。
レッドは止まりそうになる誘惑を何とか振り払いながら、甘い匂いがする店へ足を進める。
出店や屋台の並びに決まりは無いため、どこら辺に向かえば何の店があるかはわからない。
その食材を取り扱っている商会の付近なら、その店前でやっている出店や屋台がどういったものかわかる程度なのだ。
匂いに釣られて立ち止まってしまうことも多いが、どこの辺りに何の店があるか探し回るのも一興で、王都中を歩き回る人も多い。
普段行かない所で気になる物を見つけたり、歩くことでより多く食べられると言う事にも繋がっている、とされている。
「……また新しい味が出てるのか。熱心すぎるだろ」
匂いを頼りに歩いて見つけたマッフルの店では、これまでの種類だけでなく、また別の味を謳ったのぼりが掲げられていた。
売りに出しているのだから外れなことは無いだろうが、新味と言うだけで珍しさが勝ちやすく、レッドは迷うことなく新味だけ買うことにする。
こういう祭りの雰囲気だから、新しい味を試すというのも楽しめ、仮に外れだったとしても雰囲気で許せてしまうことがあるのだ。
そして、レッドが他の味を買わなかったのは、下手に種類を買うと、別なのが良かったとか、もっと数を買ってきてほしかった、などと文句を言われやすいからである。
それなら新味があったから買ってきた、と言うことで、試しも含めてこの数にした、と通せるのだ。
目的の物を買ったレッドは、以前のように歩けるようになったとは言え、やはり体力は以前ほどに戻っていなく、自分の体力を考えて酒場へと向かうことにする。
他に美味しそうな物を探したいが、この人波の中を歩き回って、酒場に無事につけるか考えた結果、諦めるしかなかったのである。
人混みにもまれながら、マッフルを落としたり潰したりしないように歩いてきたため、酒場につく頃には早く座りたくてどうしようもないほどになっていた。
リベルテが先行してくれていたおかげで席の心配をすることは無く、リベルテが確保してくれていた席を見つけたレッドは、砂漠でオアシスを見つけたかのように椅子に座った。
「あぁ~……。豊穣祭もこんなに大変だったか?」
「だいたい同じくらいですよ。……ふふ。体力つけないと、ですね」
少し前までは歩くのにも苦労していたし、採取の依頼では森の中を歩いていくリベルテに追いつくことも出来なかったので、レッドは何も言えない。
何も言えないが、世話が掛かってしょうがない、と言わんばかりのリベルテの反応には、ムッとする目を向けてしまいたい衝動に駆られていた。
わかっているし、良く言われているから分かっているのだ。
分かっているからこそ、あまり言われ続けたくないのだ。
「あ~、やっぱりここだった」
店に入ってすぐ大きな声をあげてたのはマイたちであった。
入り口で立ち止まっているため、リベルテが邪魔になるから早く、と手招きする。
「もー! 動くなら、先に言っておいてくださいよ。なんとなくわかってたから、問題ありませんでしたけど」
勝手に居なくなるなんて、と怒るマイの横で、言う暇なかったよね、とタカヒロが呟いたようだが、周りの喧騒でマイには聞こえていなかった。
「いっぱい買ってきたよ! こういう時はいっぱい食べて楽しまないと!!」
マイがソーセージのパン挟みを置いて手を広げるが、荷物のほとんどはタカヒロが持たされていた。
タカヒロが黙々と手に持たされていた料理をテーブルにおいていくと、かなりの量があったため、リベルテが料理を並べていく。
「ポワレと肉の串焼き。シャーフのパン包みにディア肉のベーコンクレープ……。見事に肉類をいっぱい買ってきたな」
「へへ~、褒めて良いんですよ」
「……タカヒロ、よく持ってきた」
タカヒロが頑張ったと頷いて、リベルテもレッドと同じようにタカヒロをねぎらう。
「いや、私……。あれ~?」
不満を言うマイに座るように促して、女給に酒を注文する。
お酒の回転が良いのか、すぐさまエールが運ばれてきた。
「それじゃあ、食うか」
冷めないうちにと皆が手を伸ばしていく。
さすがに挑戦すぎる料理は買って来ていないので、どれもこれも美味しく外れは無い。
「これ、お肉の肉汁が多いですね。焼いたポワレも甘いです」
「……ん~、美味しいけど、ケバブじゃないのか、これ。と言うか一つ一つのボリューム、多いよ」
「んふ~。お肉の脂って美味しいよね~。お肉食べてる! って感じが」
リベルテが串焼きを上品に口に運んでいけば、タカヒロがパン包みにかぶりつき、中の肉の多さに食べきれるか心配そうにしていた。
マイはソーセージのパン挟みをすでに食べ終え、タカヒロと同じパン包みにかぶりついていく。
賑やかな食事風景に、レッドも楽しくなってくる。
エールを半分ほど飲んでから、クレープに手をつける。
「……このベーコンの固さなら、パンの方が合うだろ……、これ」
レッドが手をつけたのは不味くはないが、他の料理ほど美味いと言えなかった。
料理の大よそに手をつけ終えた所で、テーブル陰が差した。店主が近くにきたのである。
「ん」
レッドたちに突き出されたものは、液体の入ったコップであった。
ただし、小さめのコップに少量しか入っていない。
「これ、なんだ?」
「酒だ」
店で売り出す前に試作品だと物を出してくれるのは、この店の常連で、かつ店主に認められている証であり、外れがほとんど無いのだが、口数少なくただ差し出されても、反応に困ることがあるのだ。
ただ、店主自身が作った料理であればかなり饒舌に勧めてくるので、今回のものは試験的に他から提供されてきた品と言うことになる。
店主の口数が少ないと言うことは、店主が自分で作ったものではないため、自信を持って勧められないか良くわかっていないが、客の反応を見ようということで、多少警戒しながらコップを取り、リベルテはちびりと口をつけ、レッドはグイッと流し込んだ。
「これは……、かなり強いですね」
少し口につけただけのリベルテが、これまで飲んできたどのお酒より強い酒精に目を開く。
その横で、なんの準備も無くグイッと流し込んだレッドは強い酒精に咽ていた。
リベルテの感想よりレッドの反応が見たかったらしく、店主はニヤリとしていた。
自信を持って勧められないとか良く分かっていないと言うわけではなく、余計な情報を与えずに口にした反応を見たかったらしい。
熊のような体格ながら、なかなか良い性格をしている料理人だった。
「これまでの酒より強いだろ? だから、エールのように大量に出せないんだ。だが、強いもんだとわかって飲めば、これはこれで美味い」
「強いのを先に言ってくれよ……」
まだ少し咽ながら文句を言うレッド。
咽つつも、文句を言わずにはいられなかったのだ。
マイはあまりお酒が得意ではないことから辞退し、変わりにタカヒロが貰って一口飲む。
「あ~、これ、蒸留酒? ストレートも良いけど、割った方が飲みやすいよね~。後は氷を入れるとか……。あ、ちょっと魔法使わせてもらいますね」
カランとコップに大きめな氷を作り出して入れるタカヒロ。
「……おまえ、そんなことも出来るようになったのか?」
あ、と口をあけた後、タカヒロは少し考えるような素振りをしてから身を正す。
「城の魔法研究所の所属ですから。それに今はちょっと使いましたけど、普段は早々に使いませんから、安心してください」
レッドの質問に微妙に答えていないのだが、魔法研究所所属と言われたら、そんなものなのかと納得させられてしまう力を持っていた。
魔法研究所は魔法が使える人たちを集め、その名の通り、魔法について研究をさせている所なのだ。
そういった魔法もあるとか、出来ると言われたら、他の人には良く分からない話なので、そう思うしかないのだ。
「あ、あぁ。んじゃ、ちゃんと注文はしながら、ゆっくりしていってくれ」
仕事柄耳にしたり、見たりはすることがあるらしく、深入りする気もまったくない店主は、店の売り上げに貢献はするようにと言いながら去っていく。
この気配りが安心して食事したり飲んだり出来る店になっているのである。
マイが買ってきた肉類を食べ続け、そのほとんどを食べ終わったのにマイはまだ食べる気らしく、レッドに目を向けていた。
「それで、レッドさんたちは何を買ってきたんですか?」
「まだ行けるのか!?」
結構な量とボリュームがあり、タカヒロの分を含めて他より多く食べたはずのマイは、レッドたちが買ってきたものに期待して、催促してくる。
「え? だって、レッドさん持ってるの、甘いやつでしょ? それなら、まだまだいけますから!」
胸を張って言われたら、これも、そうなのか、と思うしかない。
横を向けば、リベルテも心なしか、レッドに期待するような目を向けていた。
「あ~、なんかマッフルの新味、ってのがあったから買ってきておいた」
レッドがマッフルと告げると、リベルテとマイが手早くテーブルを片付け、レッドはテーブルの中央に新味のマッフルを広げた。
「……黒い、ですね」
「もしかして!」
通常の焼き色ではなく、それより黒い見た目に、リベルテは手を伸ばすのを躊躇うが、マイは躊躇無く手にとってかぶりついた。
ゆっくりと味わうようにむぐむぐと口を動かし、ぱぁっと表情を明るくする。
「やっぱり、これチョコレートだ! あれ? カカオって言うべきかな? そんなに甘くないし。でも美味しい!!」
食べ物に関しては、マイの感想に偽りは無く信頼出来るとして、リベルテも手にとって口にし、表情を明るくする。
少し食べ過ぎたようにお腹をさすっているタカヒロであったが、やはり甘い物だからなのか、マイたちに釣られるようにマッフルに手を伸ばし、かじりつく。
「あ。これは美味しい。甘すぎない」
周りが美味しそうにしていると、自分だけ手を出さないのは損に思えてくる。
レッドもマッフルを手にとって、がぶっと口に頬張る。
「おお! これは今まで食った中で一番美味いな」
「ですよね~。普通のも、メーラが入ってるのも、全部捨てがたいんですけど、これも美味しいですよね~」
酒を飲み、肉を、甘味を口にする。
とても平和的であり、楽しそうな祭りの雰囲気。
過去の惨状を知り、今を理解しているからこそ、祝い事を全力で楽しもうとする人々。
誰しもがこのまま平和で居られないことを予感しているようだが、少しの間だけでも忘れられるようにと騒ぎ続ける。
この賑わいは、本日の主役である城よりも、遅くまで続けられていた。
婚約、婚姻のお披露目がなされ、城では主役たちが集まっている人々に手を振っていた。
城前に集まっていた大勢からは此度の婚約、婚姻に祝いの言葉が上がり、寿いでいるのだが、周りほど素直に喜べず、眉を寄せている者たちがいた。
「……なぁ、あれはどう見る?」
レッドは目を細め、にこやかに手を振る女性と側に居る男性、そしてその近くで同じように手を振っている男女を見ながら、隣に立つ女性に尋ねる。
「あの方がどうしてそんな顔をしていられるのかわかりませんが……、とても笑顔ですね。それも本心からの。祝福されていることを素直に喜んでますね」
「だよなぁ……」
リベルテの感想にレッドは額に手を当て、天を仰ぐ。
今日と言う日を迎えられたことで、グーリンデとの国交が悪化すると言う、想定される最悪の事態は回避されたように思われる。
だが、問題を解決してこの日を迎えたとも思えなかったのだ。
その証拠に、群集に手を振って祝福されていることを心から喜んでいるアンリから目線をずらして、他の面々を見てみれば、他の面々の表情に時折、暗い陰が見えるのだ。
見る人が見れば、喜んでばかりいられる状況でないことが見て取れてしまうほどだった。
アンリの婚約相手である宰相、ボードウィンは、アンリに対しては笑顔を向けているが、隣の男女に対してはその笑顔が曇る。
ボードウィンの隣に居る男女は、騎士団長のベルセイスとその相手のエコールである。
ベルセイスはアンリに対して想いがあるようで、時折、アンリに優しい目を向けていて、エコールはそれが分かっているためだろう、ベルセイスに向ける目は決して優しくない。
ただ、そこまではっきりと表情が見える距離ではないため、今の様子はあくまでもそのように感じられるだけと言うところであるが、大よそ間違っていないだろうことが雰囲気から分かってしまう状態なのだ。
この婚姻、婚約が進められるようにレッドたちが何か手を回したと言うことはないし、そもそもに手の出しようが無かった。
タカヒロから漏れ聞いた話では、アルディス王の一言で進められたらしい。
王もグーリンデの姫との婚姻を進めなければならないことは理解しており、自身の国の問題で遅れさせるわけにはいかないため権力で押し込んだのではないか、と言うのがリベルテの推測である。
いずれにせよ、無事に婚姻と婚約のお披露目がなされたことで、王都に住まう人々と王都に集まってきた人たちは、心からの祝福を送っていた。
「でも、これって問題の先送りですよね」
「わかってるけど、言うな……。あっちも、分かってるだろ……たぶん」
城勤めしている人から少し聞いただけでわかる事態なのだから、城にいる文官たちはもちろん、王もわかっているはずだと思わずにはいられなかった。
国を挙げての祝い事のため、王都の平民区域でも騒ぎが始まっていた。
出店や屋台が建ち並び、食べ物と酒が振舞われ、大層な賑わいとなっている。
秋口の騒乱から冬を乗り越えて向かえた春での祝い事となるため、これまでの陰鬱そうな空気を吹き飛ばすように、苦い過去を振り払って明るい未来を迎えるように、と騒いでいるのである。
婚姻と婚約のお披露目がされるにあたり、状況を自分の目で見ておこうと向かっていたレッドたちも、見るものは見た、とすぐさまこちらの祭りに戻ってきていた。
「あ~、あれも美味しそう~。ねぇ、買っていっても良いよね?」
許可を求めるように聞いておきながら返答を待つことなく買いに走るマイに、タカヒロが荷物もち兼護衛として慌てて後をついて行った。
そんな二人の姿を見慣れたものだと見送ったレッドとリベルテは小さく笑いあう。
「……酒は、席空いてるなら、あっちの方が良いよな」
「そうですねぇ……。先に向かっておきますね。何か美味しそうなのお願いします。こう……食後に良さそうなものなど良いですね」
「マッフル買ってくれば良いんだろ?」
その要求は分かってるとばかりにレッドが手を振れば、リベルテは満足そうな笑顔を浮かべて、人波をすり抜けるように去っていった。
「さて……。肉はマイがいっぱい買ってくるだろうからな。先にマッフル買っておくか」
道通りには様々な匂いが漂っていて、美味そうな匂いに足がついつい止まってしまいそうになる。
それがあちこちで皆がやるものだから混雑していた。
レッドは止まりそうになる誘惑を何とか振り払いながら、甘い匂いがする店へ足を進める。
出店や屋台の並びに決まりは無いため、どこら辺に向かえば何の店があるかはわからない。
その食材を取り扱っている商会の付近なら、その店前でやっている出店や屋台がどういったものかわかる程度なのだ。
匂いに釣られて立ち止まってしまうことも多いが、どこの辺りに何の店があるか探し回るのも一興で、王都中を歩き回る人も多い。
普段行かない所で気になる物を見つけたり、歩くことでより多く食べられると言う事にも繋がっている、とされている。
「……また新しい味が出てるのか。熱心すぎるだろ」
匂いを頼りに歩いて見つけたマッフルの店では、これまでの種類だけでなく、また別の味を謳ったのぼりが掲げられていた。
売りに出しているのだから外れなことは無いだろうが、新味と言うだけで珍しさが勝ちやすく、レッドは迷うことなく新味だけ買うことにする。
こういう祭りの雰囲気だから、新しい味を試すというのも楽しめ、仮に外れだったとしても雰囲気で許せてしまうことがあるのだ。
そして、レッドが他の味を買わなかったのは、下手に種類を買うと、別なのが良かったとか、もっと数を買ってきてほしかった、などと文句を言われやすいからである。
それなら新味があったから買ってきた、と言うことで、試しも含めてこの数にした、と通せるのだ。
目的の物を買ったレッドは、以前のように歩けるようになったとは言え、やはり体力は以前ほどに戻っていなく、自分の体力を考えて酒場へと向かうことにする。
他に美味しそうな物を探したいが、この人波の中を歩き回って、酒場に無事につけるか考えた結果、諦めるしかなかったのである。
人混みにもまれながら、マッフルを落としたり潰したりしないように歩いてきたため、酒場につく頃には早く座りたくてどうしようもないほどになっていた。
リベルテが先行してくれていたおかげで席の心配をすることは無く、リベルテが確保してくれていた席を見つけたレッドは、砂漠でオアシスを見つけたかのように椅子に座った。
「あぁ~……。豊穣祭もこんなに大変だったか?」
「だいたい同じくらいですよ。……ふふ。体力つけないと、ですね」
少し前までは歩くのにも苦労していたし、採取の依頼では森の中を歩いていくリベルテに追いつくことも出来なかったので、レッドは何も言えない。
何も言えないが、世話が掛かってしょうがない、と言わんばかりのリベルテの反応には、ムッとする目を向けてしまいたい衝動に駆られていた。
わかっているし、良く言われているから分かっているのだ。
分かっているからこそ、あまり言われ続けたくないのだ。
「あ~、やっぱりここだった」
店に入ってすぐ大きな声をあげてたのはマイたちであった。
入り口で立ち止まっているため、リベルテが邪魔になるから早く、と手招きする。
「もー! 動くなら、先に言っておいてくださいよ。なんとなくわかってたから、問題ありませんでしたけど」
勝手に居なくなるなんて、と怒るマイの横で、言う暇なかったよね、とタカヒロが呟いたようだが、周りの喧騒でマイには聞こえていなかった。
「いっぱい買ってきたよ! こういう時はいっぱい食べて楽しまないと!!」
マイがソーセージのパン挟みを置いて手を広げるが、荷物のほとんどはタカヒロが持たされていた。
タカヒロが黙々と手に持たされていた料理をテーブルにおいていくと、かなりの量があったため、リベルテが料理を並べていく。
「ポワレと肉の串焼き。シャーフのパン包みにディア肉のベーコンクレープ……。見事に肉類をいっぱい買ってきたな」
「へへ~、褒めて良いんですよ」
「……タカヒロ、よく持ってきた」
タカヒロが頑張ったと頷いて、リベルテもレッドと同じようにタカヒロをねぎらう。
「いや、私……。あれ~?」
不満を言うマイに座るように促して、女給に酒を注文する。
お酒の回転が良いのか、すぐさまエールが運ばれてきた。
「それじゃあ、食うか」
冷めないうちにと皆が手を伸ばしていく。
さすがに挑戦すぎる料理は買って来ていないので、どれもこれも美味しく外れは無い。
「これ、お肉の肉汁が多いですね。焼いたポワレも甘いです」
「……ん~、美味しいけど、ケバブじゃないのか、これ。と言うか一つ一つのボリューム、多いよ」
「んふ~。お肉の脂って美味しいよね~。お肉食べてる! って感じが」
リベルテが串焼きを上品に口に運んでいけば、タカヒロがパン包みにかぶりつき、中の肉の多さに食べきれるか心配そうにしていた。
マイはソーセージのパン挟みをすでに食べ終え、タカヒロと同じパン包みにかぶりついていく。
賑やかな食事風景に、レッドも楽しくなってくる。
エールを半分ほど飲んでから、クレープに手をつける。
「……このベーコンの固さなら、パンの方が合うだろ……、これ」
レッドが手をつけたのは不味くはないが、他の料理ほど美味いと言えなかった。
料理の大よそに手をつけ終えた所で、テーブル陰が差した。店主が近くにきたのである。
「ん」
レッドたちに突き出されたものは、液体の入ったコップであった。
ただし、小さめのコップに少量しか入っていない。
「これ、なんだ?」
「酒だ」
店で売り出す前に試作品だと物を出してくれるのは、この店の常連で、かつ店主に認められている証であり、外れがほとんど無いのだが、口数少なくただ差し出されても、反応に困ることがあるのだ。
ただ、店主自身が作った料理であればかなり饒舌に勧めてくるので、今回のものは試験的に他から提供されてきた品と言うことになる。
店主の口数が少ないと言うことは、店主が自分で作ったものではないため、自信を持って勧められないか良くわかっていないが、客の反応を見ようということで、多少警戒しながらコップを取り、リベルテはちびりと口をつけ、レッドはグイッと流し込んだ。
「これは……、かなり強いですね」
少し口につけただけのリベルテが、これまで飲んできたどのお酒より強い酒精に目を開く。
その横で、なんの準備も無くグイッと流し込んだレッドは強い酒精に咽ていた。
リベルテの感想よりレッドの反応が見たかったらしく、店主はニヤリとしていた。
自信を持って勧められないとか良く分かっていないと言うわけではなく、余計な情報を与えずに口にした反応を見たかったらしい。
熊のような体格ながら、なかなか良い性格をしている料理人だった。
「これまでの酒より強いだろ? だから、エールのように大量に出せないんだ。だが、強いもんだとわかって飲めば、これはこれで美味い」
「強いのを先に言ってくれよ……」
まだ少し咽ながら文句を言うレッド。
咽つつも、文句を言わずにはいられなかったのだ。
マイはあまりお酒が得意ではないことから辞退し、変わりにタカヒロが貰って一口飲む。
「あ~、これ、蒸留酒? ストレートも良いけど、割った方が飲みやすいよね~。後は氷を入れるとか……。あ、ちょっと魔法使わせてもらいますね」
カランとコップに大きめな氷を作り出して入れるタカヒロ。
「……おまえ、そんなことも出来るようになったのか?」
あ、と口をあけた後、タカヒロは少し考えるような素振りをしてから身を正す。
「城の魔法研究所の所属ですから。それに今はちょっと使いましたけど、普段は早々に使いませんから、安心してください」
レッドの質問に微妙に答えていないのだが、魔法研究所所属と言われたら、そんなものなのかと納得させられてしまう力を持っていた。
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仕事柄耳にしたり、見たりはすることがあるらしく、深入りする気もまったくない店主は、店の売り上げに貢献はするようにと言いながら去っていく。
この気配りが安心して食事したり飲んだり出来る店になっているのである。
マイが買ってきた肉類を食べ続け、そのほとんどを食べ終わったのにマイはまだ食べる気らしく、レッドに目を向けていた。
「それで、レッドさんたちは何を買ってきたんですか?」
「まだ行けるのか!?」
結構な量とボリュームがあり、タカヒロの分を含めて他より多く食べたはずのマイは、レッドたちが買ってきたものに期待して、催促してくる。
「え? だって、レッドさん持ってるの、甘いやつでしょ? それなら、まだまだいけますから!」
胸を張って言われたら、これも、そうなのか、と思うしかない。
横を向けば、リベルテも心なしか、レッドに期待するような目を向けていた。
「あ~、なんかマッフルの新味、ってのがあったから買ってきておいた」
レッドがマッフルと告げると、リベルテとマイが手早くテーブルを片付け、レッドはテーブルの中央に新味のマッフルを広げた。
「……黒い、ですね」
「もしかして!」
通常の焼き色ではなく、それより黒い見た目に、リベルテは手を伸ばすのを躊躇うが、マイは躊躇無く手にとってかぶりついた。
ゆっくりと味わうようにむぐむぐと口を動かし、ぱぁっと表情を明るくする。
「やっぱり、これチョコレートだ! あれ? カカオって言うべきかな? そんなに甘くないし。でも美味しい!!」
食べ物に関しては、マイの感想に偽りは無く信頼出来るとして、リベルテも手にとって口にし、表情を明るくする。
少し食べ過ぎたようにお腹をさすっているタカヒロであったが、やはり甘い物だからなのか、マイたちに釣られるようにマッフルに手を伸ばし、かじりつく。
「あ。これは美味しい。甘すぎない」
周りが美味しそうにしていると、自分だけ手を出さないのは損に思えてくる。
レッドもマッフルを手にとって、がぶっと口に頬張る。
「おお! これは今まで食った中で一番美味いな」
「ですよね~。普通のも、メーラが入ってるのも、全部捨てがたいんですけど、これも美味しいですよね~」
酒を飲み、肉を、甘味を口にする。
とても平和的であり、楽しそうな祭りの雰囲気。
過去の惨状を知り、今を理解しているからこそ、祝い事を全力で楽しもうとする人々。
誰しもがこのまま平和で居られないことを予感しているようだが、少しの間だけでも忘れられるようにと騒ぎ続ける。
この賑わいは、本日の主役である城よりも、遅くまで続けられていた。
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被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
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前世で搾取されまくりだった私。
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目指せ、快適異世界生活。
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作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
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三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
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