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今年もまた、例の依頼の時期がやってきていた。
数台の馬車が目的地に向かって列を成して進んでいく。
やる気に逸る者。武器の手入れに余念の無い者。報酬に釣られてきただけの者。冒険者になったばかりと思われる少し浮ついた様子の者。
これらはすべて、同じ依頼を受けた冒険者たちであった。
ただその中に、今は冒険者では無いはずの者も同乗していた。
「今更なんだが……、なんでマイも居るんだ? それと……、その結構な荷物は?」
レッドが同じ荷台に乗っていて、なおかつ、側に数箱を置いているマイに聞いてしまう。
馬車に乗ってしばらくは、現場に着いてすぐ動けるようにと準備に気付いていなかったのだが、積んである荷物の確認をしていたら、マイが乗っていることに気がついたのだ。
と言うより、マイはもう冒険者ではないため、討伐の依頼の馬車に同席するなど考えていなかったし、マイの方が先に荷台に乗っていたうえに、積んであった箱に隠れて気付かなかったのだ。
「マイさん。これは冒険者の依頼ですから、薬師のマイさんが討伐されても、報酬は入りませんよ?」
春になり、取れるようになった薬草を根絶やしにしてしまわないように、制限されながらも採取の依頼は続いている。
しかし、まだ全体的に薬草不足であり、マイはまだリベルテの家に身を置いている。
薬師としての仕事が無い状況なので、マイがお金稼ぎに来ていると思ったリベルテが諭すように口にする。
冒険者は受け皿的な職業のため、他の職についているものがその依頼をこなしても報酬は払われないようになっているのだ。
しかし、マイはリベルテの言葉に首を横に振る。
「さすがに、もう冒険者ではなくて薬師なんですから、それくらいはわかってますよ。これは、薬師ギルドの仕事で来てるんです。……職場に戻ってない手空きの薬師が、私だったからなんですけど……」
最後の方ははっきりと聞こえなかったが、薬師ギルドの仕事としてきていると言われたら、レッドたちは納得するしかない。
もっとも、すでに目的地に向かっている最中なのだから、途中で引き返させることは無理であったので、レッドたちのマイへの質問はただの確認と言えた。
馬車は森に程近い場所に止まり、冒険者たちが次々と降り立ってグループを分け始める。
「腕に自信があって暴れたいやつはヘクターのところに。新人どもとそれ以外のやつらは、このまま俺のところに残ってくれ」
討伐依頼の経験が豊富なのだろう男性が、大きめの声で指示を出す。
冒険者には明示的な階級などはないが、冒険者の数は他の職業に比べたら人数は少ない方であり、名を良く聞く冒険者については、冒険者ならすぐわかるくらいである。
だからこそ、いきなり仕切り始めた男性の声に反発する者は居なかった。
ちなみに、レッドはヘクターと言われた人のところへ向かおうとしてリベルテに無言で腕をつかまれ、断念してこの場に残ることとなった。
「レッドさん、いくら言っても無茶しようとするんですね。リベルテさんに怒られるよ?」
「……すでに無言で怒られてる。助けてくれないか?」
まるで小さな子がふらふらとあちこちに行かないように、レッドの腕を掴んだまま静かにレッドを見つめるリベルテに、レッドは首を竦めて小さくなっていた。
そんなレッドを見て、マイはからかっていたのである。
「……はぁ。レッド。以前よりも昔に戻ってきてますが、それでも体力は戻りきっていません。昔ほど長く動き回れないのだから、大人しくこちら側で動いてください」
「……わかってるよ。ほら、さっさと槍取ってこようぜ」
周りの目がレッドたちに向き始めていることに気づいて、レッドは逃げるように武器を取りに行こうとするが、リベルテはまだ腕を放してくれない。
討伐が始まる前に、なんとも微笑ましい雰囲気が辺りを包んでいた。
「くそっ! もう、とことんやってやる!!」
多少の微笑みと生温かい目を受けつつ、持ち場に着いたレッドは、槍の柄で数回地面を叩く。
やる気に溢れると言うより、どこにも向けられない気持ちを相手にぶつけようと荒ぶっているだけだった。
「落ち着いてください。ここから後ろに通すわけにはいかないんですからね」
リベルテはレッドを嗜めながら、自身も槍を構える。
ややすると森の方からガサガサと葉にこすれる音や地面を這う音が聞こえ始めてきた。
「くるぞっ! 全員構えろ! 突撃組は止まらず、飲まれるなよ!!」
ザッと黒い影が広がりを見せてくる。
センテピードとアーマイゼの繁殖による侵略である。恒例の虫討伐であった。
「いくぞぉっ!!」
突撃組が虫の大群の中に斬りこんで行く。
防戦するだけでも良いのだが、こちらから攻め込んで削りに行かなければ、虫の数は思うように減らせず、ジリ貧になってしまうことが多いのだ。
だが、あの虫の大群の中に切り込むのは容易ではない。
腕に覚えが無かったり、息が続かないような者では餌食になるだけであり、突撃組はこの依頼においては強者であることを誇示する見せ場と言えた。
「ハッ!」
突撃して縦横無尽に暴れまわるグループの中に自分が入れないことが、レッドにはどうしても悔しかった。
しかし、それを羨んで手を止めることも、持ち場を離れることも出来はしない。
レッドは湧き上がる感情を押し殺し、時折、突撃組を羨ましそうに、眩しそうに見ながらも範囲に入ってくる虫を貫いていく。
リベルテもレッドの近くで淡々と虫を突き殺していく。
この依頼に慣れている冒険者は無駄に叫ぶことは無く、無駄に考えることも止めて、ただひたすらに処理するような戦い方になっていく。
なので、慣れていないと見られる冒険者たちは、悲鳴をあげ、涙を滲ませながら、最初から全力で槍を振るっている。
「うわぁぁぁぁ。くるなっ! くるなぁっ!!」
「いやぁぁぁ。気持ち悪いぃぃ」
「無理~。こんな依頼、もうやだ~」
討伐の依頼は冒険者として憧れる依頼である。
凶悪なモンスターに戦いを挑み、倒して戻ってくる。それはまさしく強者である。
そして討伐の依頼はその危険性を鑑みてか、報酬が高額なのである。
職にあぶれた者たちが就く受け皿の職であるが、それでも魔物と戦うことがある冒険者に憧れて、冒険者を選ぶ者は結構な数となるのだ。
冒険者を続けている者に選んだ理由を尋ねれば、先ほどの答えを返す者が多くいるのである。
だからこそ、大勢の冒険者を募集するこの討伐依頼に、内容を深く確認しないで飛びついてしまう新人の冒険者が多いのだ。
今年も良い悲鳴と泣き言があがっていた。
「ははは。良い悲鳴だ。この依頼を乗り越えたら一人前だな」
「もう他のどんな依頼だって、こなせるようになるぞ」
先輩となる冒険者たちが気楽な声をかけるが、今この状態の新人冒険者たちにとっては、なんの慰めにもなりはしない。
「なんか懐かしいな」
「ええ。マイさんたちもあぁでしたね」
ずっと黙ったままと言うのは精神的にキツイもので、時折は軽口を言い合う。
当のマイは、レッドたちから離れた後方で、感情を殺した目を虫たちに向けていた。
突撃組が休憩のために下がり始める。
それを見て、突撃組が戻ってくる場所を作ろうと冒険者たちが動き始めるのだが、虫たちの減らなさにレッドが気づいた。
「虫が多い!! 突撃組は後ろに気をつけろ! 他は少し固まって戦うんだ。一人じゃ飲まれるぞ!」
『神の玩具』によってモンスターが呼び出された影響で、これまでいた魔物はその数を減らしていた。
その反動なのか、今年は虫の数がこれまでよりずっと多くなっていたのである。
「これ以上は無理だ! やってられるか!!」
「虫にやられたくなんてないぃ~」
新人の冒険者たちが、減らない虫の数に持ち場を離れて逃げ始めた。
毎年、その場から逃げ出す冒険者が居ないわけではないのだが、今年は虫の数が多いために逃げ出す冒険者が多く出てしまっていた。
「根性の無ぇのばっかりかっ!」
「このままじゃ抜かれるぞ!」
新人の冒険者を含めての陣容であったため、そこが欠けてしまえば防衛線に穴が開いてしまう。
討ちもらした虫が畑を、そして村や町を襲い、またその数を増やしてしまう。
そうなればもっと、人々への被害が大きなものとなってしまうのだ。
レッドはなんとかしなければと、力いっぱいに暴れまわろうとする。
足りない分を自分が補おうとするのは、強い責任感と言えるが、如何せん、レッドの息は早くもあがってきていた。
ここからさらに暴れまわるつもりでも、体力は持ちそうにない。
自分の不甲斐なさとこの後に考えられる被害に、レッドは奥歯をかみ締める。
だがそこに、一つ声が響いた。
「皆さん、煙を吸わないように!!」
え~い、と微妙に戦意がそがれるような声の後、何かが投げ込まれてくる。
丸く固められたように見える物は、白い煙を撒き散らし、その範囲に広げていく。
あまりにも広がる煙に、冒険者たちも大きく後ろへと下がる。
白い煙のせいで視界が悪くなっている上に、その煙は吸うなと前もってはっきりと言われていれば、その場に留まって戦う者などほとんどいない。
「あの煙は……」
「薬師ギルドがわざわざ用意していたのですから、きっと……」
煙を抜けて出てくる虫もいたが、そのどれもが弱弱しくなっていて、簡単に倒すことが出来たし、槍で刺す前に力尽きた虫も居たりした。
「すごいな……」
「最初からこれ使ってれば、楽だったんじゃね?」
「いやいや、俺らの仕事が無くなるだろ。折角の稼ぎを失うだけだぞ」
「それは困るな! ……だが、この依頼に限っては携帯しておきたいな」
煙の効果を目にして、冒険者たちが思い思いに口にする。
あれらの虫を簡単に倒せるのであれば、わざわざ多くの冒険者に依頼を出して討伐させる必要はなくなってしまう。
この依頼でお金を稼ごうと考えている冒険者たちにとっては死活問題になりかねない。
しかし、あの虫の大群を相手にし続けるのは体力的にも精神的にも厳しいものである。
万一の事も考えれば心強い道具であることも否定出来るものではなく、冒険者たちはその薬の効果に難しい顔をし始めていた。
「ん~、威力は強かったけど、他への影響が心配な威力だなぁ~。それに結構材料費高いよね。そこも挙げとかなきゃ」
マイは薬の効き目を検証して紙にまとめていた。
「……何してんだ?」
「え? 薬師ギルドで作った試作品の検証ですよ。毎年虫がくるの分かってるので、いくらか手は合ったほうが良いじゃないですか? それで作ったみたいなんですけど……、どう思います?」
レッドはマイからの逆質問に、どうしたものかとリベルテに目を向け、リベルテが小さくため息をついてマイの側に寄る。
「あの煙は人に影響は無いのでしょうか? 先の騒乱で広がった煙のことがありますから、かなり警戒する人が多いと思います。虫への威力は申し分なさそうなので、個人で手軽に買えるものであれば、これからの時期に携帯したい冒険者や商人は多いと思います」
「あ~、何も知らせないで使ったら、大事になりそうだね! ……レッドさん、ごめんなさい」
「い、いや。煙を吸うなとはっきりと言ってたからな。あれだけの虫相手だし、逃げた冒険者たちが多かったからな。助かった」
「あと、値段ですけど……。この試作品、結構な薬草の種類と量を使ってるみたいで……。個人で買うにはちょっと高いかな?」
高いとの言葉辺りで周囲にいた冒険者たちは、興味を失い始めたように散会する。
楽に虫を倒せるかもしれないが、報酬よりも高いお金を払って手にする者など冒険者にいるわけがない。
そんな生活に余裕のある者たちが就いている職ではないのだ。
「あ、マイさん……。その虫用の薬を考えたり、作らせたりしたのは……マイさんですか?」
リベルテは何かを警戒するようにマイに問いかける。
「え? いやいや、私じゃないですよ。そんな時間とれなかったですし……。何より高い薬草とか使ってますから、私じゃ手が出せません。薬師ギルドの城勤めの人たちですよ。お金持ち相手のエリートたちですから」
時折不明な言葉が混じっていたが、マイが考案して作らせたわけではないことにリベルテは胸を撫で下ろす。
『神の玩具』として、知識でもって動き始めたのではないかと警戒したのだ。
先日のミルドレイとの話を聞いた後だけに、リベルテは過敏になっていた。
力を失った二人であるが、その知識でこの世界に働きかけ始めたのならば、この国も『神の玩具』の排除に動き始めるかもしれないのだ。
ミルドレイとの話の内容は、レッドにも話していない。
リベルテはただ一人、マイたちを守るために、マイたちを警戒しだしていた。
数台の馬車が目的地に向かって列を成して進んでいく。
やる気に逸る者。武器の手入れに余念の無い者。報酬に釣られてきただけの者。冒険者になったばかりと思われる少し浮ついた様子の者。
これらはすべて、同じ依頼を受けた冒険者たちであった。
ただその中に、今は冒険者では無いはずの者も同乗していた。
「今更なんだが……、なんでマイも居るんだ? それと……、その結構な荷物は?」
レッドが同じ荷台に乗っていて、なおかつ、側に数箱を置いているマイに聞いてしまう。
馬車に乗ってしばらくは、現場に着いてすぐ動けるようにと準備に気付いていなかったのだが、積んである荷物の確認をしていたら、マイが乗っていることに気がついたのだ。
と言うより、マイはもう冒険者ではないため、討伐の依頼の馬車に同席するなど考えていなかったし、マイの方が先に荷台に乗っていたうえに、積んであった箱に隠れて気付かなかったのだ。
「マイさん。これは冒険者の依頼ですから、薬師のマイさんが討伐されても、報酬は入りませんよ?」
春になり、取れるようになった薬草を根絶やしにしてしまわないように、制限されながらも採取の依頼は続いている。
しかし、まだ全体的に薬草不足であり、マイはまだリベルテの家に身を置いている。
薬師としての仕事が無い状況なので、マイがお金稼ぎに来ていると思ったリベルテが諭すように口にする。
冒険者は受け皿的な職業のため、他の職についているものがその依頼をこなしても報酬は払われないようになっているのだ。
しかし、マイはリベルテの言葉に首を横に振る。
「さすがに、もう冒険者ではなくて薬師なんですから、それくらいはわかってますよ。これは、薬師ギルドの仕事で来てるんです。……職場に戻ってない手空きの薬師が、私だったからなんですけど……」
最後の方ははっきりと聞こえなかったが、薬師ギルドの仕事としてきていると言われたら、レッドたちは納得するしかない。
もっとも、すでに目的地に向かっている最中なのだから、途中で引き返させることは無理であったので、レッドたちのマイへの質問はただの確認と言えた。
馬車は森に程近い場所に止まり、冒険者たちが次々と降り立ってグループを分け始める。
「腕に自信があって暴れたいやつはヘクターのところに。新人どもとそれ以外のやつらは、このまま俺のところに残ってくれ」
討伐依頼の経験が豊富なのだろう男性が、大きめの声で指示を出す。
冒険者には明示的な階級などはないが、冒険者の数は他の職業に比べたら人数は少ない方であり、名を良く聞く冒険者については、冒険者ならすぐわかるくらいである。
だからこそ、いきなり仕切り始めた男性の声に反発する者は居なかった。
ちなみに、レッドはヘクターと言われた人のところへ向かおうとしてリベルテに無言で腕をつかまれ、断念してこの場に残ることとなった。
「レッドさん、いくら言っても無茶しようとするんですね。リベルテさんに怒られるよ?」
「……すでに無言で怒られてる。助けてくれないか?」
まるで小さな子がふらふらとあちこちに行かないように、レッドの腕を掴んだまま静かにレッドを見つめるリベルテに、レッドは首を竦めて小さくなっていた。
そんなレッドを見て、マイはからかっていたのである。
「……はぁ。レッド。以前よりも昔に戻ってきてますが、それでも体力は戻りきっていません。昔ほど長く動き回れないのだから、大人しくこちら側で動いてください」
「……わかってるよ。ほら、さっさと槍取ってこようぜ」
周りの目がレッドたちに向き始めていることに気づいて、レッドは逃げるように武器を取りに行こうとするが、リベルテはまだ腕を放してくれない。
討伐が始まる前に、なんとも微笑ましい雰囲気が辺りを包んでいた。
「くそっ! もう、とことんやってやる!!」
多少の微笑みと生温かい目を受けつつ、持ち場に着いたレッドは、槍の柄で数回地面を叩く。
やる気に溢れると言うより、どこにも向けられない気持ちを相手にぶつけようと荒ぶっているだけだった。
「落ち着いてください。ここから後ろに通すわけにはいかないんですからね」
リベルテはレッドを嗜めながら、自身も槍を構える。
ややすると森の方からガサガサと葉にこすれる音や地面を這う音が聞こえ始めてきた。
「くるぞっ! 全員構えろ! 突撃組は止まらず、飲まれるなよ!!」
ザッと黒い影が広がりを見せてくる。
センテピードとアーマイゼの繁殖による侵略である。恒例の虫討伐であった。
「いくぞぉっ!!」
突撃組が虫の大群の中に斬りこんで行く。
防戦するだけでも良いのだが、こちらから攻め込んで削りに行かなければ、虫の数は思うように減らせず、ジリ貧になってしまうことが多いのだ。
だが、あの虫の大群の中に切り込むのは容易ではない。
腕に覚えが無かったり、息が続かないような者では餌食になるだけであり、突撃組はこの依頼においては強者であることを誇示する見せ場と言えた。
「ハッ!」
突撃して縦横無尽に暴れまわるグループの中に自分が入れないことが、レッドにはどうしても悔しかった。
しかし、それを羨んで手を止めることも、持ち場を離れることも出来はしない。
レッドは湧き上がる感情を押し殺し、時折、突撃組を羨ましそうに、眩しそうに見ながらも範囲に入ってくる虫を貫いていく。
リベルテもレッドの近くで淡々と虫を突き殺していく。
この依頼に慣れている冒険者は無駄に叫ぶことは無く、無駄に考えることも止めて、ただひたすらに処理するような戦い方になっていく。
なので、慣れていないと見られる冒険者たちは、悲鳴をあげ、涙を滲ませながら、最初から全力で槍を振るっている。
「うわぁぁぁぁ。くるなっ! くるなぁっ!!」
「いやぁぁぁ。気持ち悪いぃぃ」
「無理~。こんな依頼、もうやだ~」
討伐の依頼は冒険者として憧れる依頼である。
凶悪なモンスターに戦いを挑み、倒して戻ってくる。それはまさしく強者である。
そして討伐の依頼はその危険性を鑑みてか、報酬が高額なのである。
職にあぶれた者たちが就く受け皿の職であるが、それでも魔物と戦うことがある冒険者に憧れて、冒険者を選ぶ者は結構な数となるのだ。
冒険者を続けている者に選んだ理由を尋ねれば、先ほどの答えを返す者が多くいるのである。
だからこそ、大勢の冒険者を募集するこの討伐依頼に、内容を深く確認しないで飛びついてしまう新人の冒険者が多いのだ。
今年も良い悲鳴と泣き言があがっていた。
「ははは。良い悲鳴だ。この依頼を乗り越えたら一人前だな」
「もう他のどんな依頼だって、こなせるようになるぞ」
先輩となる冒険者たちが気楽な声をかけるが、今この状態の新人冒険者たちにとっては、なんの慰めにもなりはしない。
「なんか懐かしいな」
「ええ。マイさんたちもあぁでしたね」
ずっと黙ったままと言うのは精神的にキツイもので、時折は軽口を言い合う。
当のマイは、レッドたちから離れた後方で、感情を殺した目を虫たちに向けていた。
突撃組が休憩のために下がり始める。
それを見て、突撃組が戻ってくる場所を作ろうと冒険者たちが動き始めるのだが、虫たちの減らなさにレッドが気づいた。
「虫が多い!! 突撃組は後ろに気をつけろ! 他は少し固まって戦うんだ。一人じゃ飲まれるぞ!」
『神の玩具』によってモンスターが呼び出された影響で、これまでいた魔物はその数を減らしていた。
その反動なのか、今年は虫の数がこれまでよりずっと多くなっていたのである。
「これ以上は無理だ! やってられるか!!」
「虫にやられたくなんてないぃ~」
新人の冒険者たちが、減らない虫の数に持ち場を離れて逃げ始めた。
毎年、その場から逃げ出す冒険者が居ないわけではないのだが、今年は虫の数が多いために逃げ出す冒険者が多く出てしまっていた。
「根性の無ぇのばっかりかっ!」
「このままじゃ抜かれるぞ!」
新人の冒険者を含めての陣容であったため、そこが欠けてしまえば防衛線に穴が開いてしまう。
討ちもらした虫が畑を、そして村や町を襲い、またその数を増やしてしまう。
そうなればもっと、人々への被害が大きなものとなってしまうのだ。
レッドはなんとかしなければと、力いっぱいに暴れまわろうとする。
足りない分を自分が補おうとするのは、強い責任感と言えるが、如何せん、レッドの息は早くもあがってきていた。
ここからさらに暴れまわるつもりでも、体力は持ちそうにない。
自分の不甲斐なさとこの後に考えられる被害に、レッドは奥歯をかみ締める。
だがそこに、一つ声が響いた。
「皆さん、煙を吸わないように!!」
え~い、と微妙に戦意がそがれるような声の後、何かが投げ込まれてくる。
丸く固められたように見える物は、白い煙を撒き散らし、その範囲に広げていく。
あまりにも広がる煙に、冒険者たちも大きく後ろへと下がる。
白い煙のせいで視界が悪くなっている上に、その煙は吸うなと前もってはっきりと言われていれば、その場に留まって戦う者などほとんどいない。
「あの煙は……」
「薬師ギルドがわざわざ用意していたのですから、きっと……」
煙を抜けて出てくる虫もいたが、そのどれもが弱弱しくなっていて、簡単に倒すことが出来たし、槍で刺す前に力尽きた虫も居たりした。
「すごいな……」
「最初からこれ使ってれば、楽だったんじゃね?」
「いやいや、俺らの仕事が無くなるだろ。折角の稼ぎを失うだけだぞ」
「それは困るな! ……だが、この依頼に限っては携帯しておきたいな」
煙の効果を目にして、冒険者たちが思い思いに口にする。
あれらの虫を簡単に倒せるのであれば、わざわざ多くの冒険者に依頼を出して討伐させる必要はなくなってしまう。
この依頼でお金を稼ごうと考えている冒険者たちにとっては死活問題になりかねない。
しかし、あの虫の大群を相手にし続けるのは体力的にも精神的にも厳しいものである。
万一の事も考えれば心強い道具であることも否定出来るものではなく、冒険者たちはその薬の効果に難しい顔をし始めていた。
「ん~、威力は強かったけど、他への影響が心配な威力だなぁ~。それに結構材料費高いよね。そこも挙げとかなきゃ」
マイは薬の効き目を検証して紙にまとめていた。
「……何してんだ?」
「え? 薬師ギルドで作った試作品の検証ですよ。毎年虫がくるの分かってるので、いくらか手は合ったほうが良いじゃないですか? それで作ったみたいなんですけど……、どう思います?」
レッドはマイからの逆質問に、どうしたものかとリベルテに目を向け、リベルテが小さくため息をついてマイの側に寄る。
「あの煙は人に影響は無いのでしょうか? 先の騒乱で広がった煙のことがありますから、かなり警戒する人が多いと思います。虫への威力は申し分なさそうなので、個人で手軽に買えるものであれば、これからの時期に携帯したい冒険者や商人は多いと思います」
「あ~、何も知らせないで使ったら、大事になりそうだね! ……レッドさん、ごめんなさい」
「い、いや。煙を吸うなとはっきりと言ってたからな。あれだけの虫相手だし、逃げた冒険者たちが多かったからな。助かった」
「あと、値段ですけど……。この試作品、結構な薬草の種類と量を使ってるみたいで……。個人で買うにはちょっと高いかな?」
高いとの言葉辺りで周囲にいた冒険者たちは、興味を失い始めたように散会する。
楽に虫を倒せるかもしれないが、報酬よりも高いお金を払って手にする者など冒険者にいるわけがない。
そんな生活に余裕のある者たちが就いている職ではないのだ。
「あ、マイさん……。その虫用の薬を考えたり、作らせたりしたのは……マイさんですか?」
リベルテは何かを警戒するようにマイに問いかける。
「え? いやいや、私じゃないですよ。そんな時間とれなかったですし……。何より高い薬草とか使ってますから、私じゃ手が出せません。薬師ギルドの城勤めの人たちですよ。お金持ち相手のエリートたちですから」
時折不明な言葉が混じっていたが、マイが考案して作らせたわけではないことにリベルテは胸を撫で下ろす。
『神の玩具』として、知識でもって動き始めたのではないかと警戒したのだ。
先日のミルドレイとの話を聞いた後だけに、リベルテは過敏になっていた。
力を失った二人であるが、その知識でこの世界に働きかけ始めたのならば、この国も『神の玩具』の排除に動き始めるかもしれないのだ。
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