王国冒険者の生活(修正版)

雪月透

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今回の仕事の目的地はハーバランドであるため、久々に寄ったメレーナ村は一泊だけで後にする。
晴れ渡る青空の下を走り出す馬車であったが、乗っている者達の顔は明るくは無い。
特に、気持ちの切り替えができなくて、マイは荷台の中で蹲っていた。
マイになんとか声を掛けたいとは思うものの、掛けられる言葉が出てこなく、馬車は静かに道を進んでいくだけである。
自分のせいでメレーナ村の前村長が亡くなったとなれば、マイに気安く掛けられる言葉など浮かんでくるものではないのだ。

皆の気が重く、注意力が散漫になっているためか、それともハーバランドまで続く道を国が整備をしていないせいか、小石に乗り上げてガタンと馬車の荷台が跳ねる。
その拍子で思わず顔をあげてしまったマイが、酷く辛そうな顔で口を開いた。
「私、知らなかった……。私が生きてきたことで、関わってきた人たちが危ない目に合うかもなんて、全然考えてもみなかった……。フィリスちゃんも危なかったんだよね? メレーナ村だって、私が関わってなかったら危ない目にあわなかったんだよね?」

そんなことはない、と否定の言葉を口にするのは簡単だろう。
しかし、そんな言葉を口にしたところで何の意味も無い。
すでに人が亡くなっていて、それにマイが過ごしていた家が関わっていたのだから、気のせいなんかでもないのだ。
だからリベルテは、マイの目を見て自分の考えをちゃんと話すことが大事だと考えて、マイの目をしっかりと見返す。
「マイさん。マイさんが過ごしていた場所だったから、と言うのはその通りかもしれません」
リベルテの言葉に、マイはピクッと肩を動かす。
否定ではなく、マイが関わったからだと肯定する言葉だったからだ。

「ですが、マイさんが関わらなかったら何も無かったかは、わかりません。彼らは王都で騒乱を起こした者達でしょう。ですから結局、メレーナ村に寄って暴れていった可能性はあるのです。マイさんという目的が無かったら、それこそ彼らはもっと、彼らの力で、メレーナ村に暴威を振るっていたかもしれないのです。だから……、マイさんは、ここで塞ぎこんではいけません」
「なんで……ですか?」
リベルテが力強く言い切った言葉に、マイがリベルテの顔を見返す。
その顔には何かに縋りたいような、逃げ出したいような表情であった。

「起きてしまったことを、無かったことには出来ません。そして、起きなかったかもしれない仮の話は、もうあり得ないから考えるだけ意味がありません。こうして、誰かと話をするネタには良いのかもしれませんが、そんな話に囚われてしまってはマイさん自身も、そして、その被害に遭った方も、残っている人も、誰も救われないのです」
リベルテは涙の痕が残るマイの頬に手を当てる。
「そこから何が出来るのか。何をして行けば良いかを、考えましょう。そして、辛くとも忘れないようにしてあげましょう」
「……それって、厳しい……ですね」
思わず横から口を挟んでしまったタカヒロであったが、自身もリベルテの言葉をしっかりとかみ締めていた。
「ええ、厳しいですね。自分の失敗も、誰かを恨んだり憎んだりしてしまうことも、囚われずに、忘れずに、居なければいけないのですから」
リベルテも自身の過去を思い出してなのか、少し泣きそうに、でも塞ぎこんでも、囚われたりもしていない、全てを飲み込んだ表情でタカヒロに微笑んだ。

「なぁ、お前たちのところは、人が死ぬことは少なかったのか?」
御者台からレッドが声を掛ける。
「……いえ。世界のどこかでは、多くの人が亡くなってたと思います。でも……、僕たちの身近ではあまりなかった、です」
「……そうか。それは、良い世界だな」
しんみりと、それでいて、いつかはそんな日が来るのかと言う願いがレッドの声には込められていた。
オルグラント王国では、いや、この世界では日々の生活に困窮して亡くなる人がいる。
理不尽に命を奪われる人もいる。
戦争も少なくはないし、モンスターに襲われて命を落とすこともある。
身近で命を落とす人が多いのだ。
それが、先の世界だろうタカヒロたちの世界では、あまり起きていないと言うのだから、それだけ平和で、人の寿命まで生きられると言うことだ。

元の世界と違う世界に来て、近くで人の死を見ることが増えたタカヒロは、レッドの願いに思いを馳せるように頷く。
「俺たちの世界は、人の死が身近だ。俺たちだって、いつ死んだっておかしくない。そういう生活でもあるしな。……でもな、だからと言って、人の死が悲しくないわけじゃない。俺たちがおまえたちに望むことは、それをちゃんと受け止めて欲しいってことだ」
おまえたちというレッドの言葉は、マイとタカヒロだけに向けられた言葉では無いことを、二人はすぐに理解できた。
『神の玩具』すべてが、この世界に生きている人たちと向き合って欲しいと言う思いなのだ。
今の二人にとって、レッドの言葉はとても重い願いであり、簡単に聞き流しせる言葉では無いことを強く感じていた。

「これまで会って来たやつ等は、皆そこを受け止めていなかったように思う。ユーセーは自分の望む通りにだけ剣を振るっていた。それで傷つけられた人もいたし、もしかしたら亡くなった人も居たかもしれない。でも、あいつはそれに対して、何も思わなかったんだろうと思う。魔の薬を作ったやつも広げたやつも、ハヤトもソータも。たぶん、昔に居た奴らでさえも、な。どこか自分に関係が無い存在だから、人が死ぬと言うことを考えても、理解もしていなかったように、俺には思えるんだ」
タカヒロは思わず目を伏せた。
どこか夢だと思っていた事があった。
ゲームのような世界だと考えたこともあるし、モンスターを倒すのも経験値が入るとか、敵だから倒すなんて、簡単に考えてしまっていたこともあった。
だが、これはタカヒロが悪いなんて言う話ではない。
どちらの世界であっても、いや、どんな世界で生きていようとも、ある日突然に違う世界に身を置くことになるなど、簡単に受け入れられる話では無いのだから。
簡単に受け入れられないからこそ、違う世界に来てしまったことを、夢だとか空想の世界と考えてしまう。
そう考えて自分の心を守ろうとするからこそ、その世界で生きている人たちのことを思いやることはなく、自分の好きに生きようとしてしまうのだろう。
それが、その世界に大きな影響を及ぼしたり、その過程で誰かの命を奪うことになったとしても。

メレーナ村からモレクの町まで、どんなに急いでも一泊の野営は必要となる。
日が沈みきる前に、野営できる場所を探して、レッドたちは足を止めた。
「それでは、何か食材を探してきますね。火の準備をお願いします。レッドは勝手なことをしないでくださいね」
リベルテは皆に指示を出して、食べられる物を探しに近くの林へと入っていく。
レッドはため息を一つついて、リベルテの後をついていった。
レッドも食糧探しに行くことにしていたのだが、未だにリベルテからの釘刺しが無くならないのだ。
毎回言われるため、ため息の一つもこぼれると言うものだった。

残ったマイとタカヒロは、特に会話もないまま、薪を集めて火をつける。
火はゆっくりと燃え広がり、パチパチと音を響かせる。
二人はその音を聞きながらじっと火を見つめていたが、マイがおもむろに口を開いた。
「……この世界で生きていくってこと、考えてたはずなのに、全然覚悟が足りなかったね」
「……うん。誰かの命を奪うってこと、軽く考えてた。あいつを殺さなきゃ僕たちが危ないって動いたけど、それについてちゃんと考えたことは無かったよ。あのままにしてたら、もっと多くの人が命を落としたかもなんて、全然考えてなかったし。あいつを殺したことも、酷いことをするヤツを止めたんだって、それで納得してたし、むしろ良くやったって自賛してた。誰かを守るのに相手の命を奪うなんて、向こうの世界では、そんな簡単な話で終わらないのに、ね」
本気とまではいかなかったとしても、誰かを殺したいと憎んだことも、恨んだことも無かったとは言わない。
実際にそういう話を聞いたことだってあった。
でも、それで、そうですか、だなんて流して終われないし、ましてや実際に行動して、よくやった、だなんて話になったりもしない。。
なのに、この世界にきてからモンスター相手とは言え、命を奪うことに忌避感を覚えることは無かったし、進んで力を使って命を奪ったことだってあった。

賊みたいな悪いやつらも居たし、戦争だってあったから、何かの命を奪うことが近くにありすぎて、麻痺していたように、今なら思えた。
あちらでは、生き物の命を奪う機会なんて身近に無いし、そんな機会を敬遠していたはずなのに、である。
「この世界の人たちって、それを当たり前にしながらも、蔑ろにしてるわけじゃ無いんだよね……。生きるために倒して、その命をいただくことに感謝してるし、戦争で戦うこともあるけど、自分たちの暮らしを守るためだとか、その先の平和とかをちゃんと考えて、願って生きてる。私たちも同じようなことをするようになったけど、ちゃんと感謝してたかな? 誰かを倒すなんてことをして、その後のこととか、ちゃんと考えてたかな?」
「考えている人も居るかもしれないけど、それは重いよね……。いきなり、他の人の命とか背負うことになるんだから。働いてたからとか、部下をもったことがあるからとか、そんなので多くの人の生活や命を背負うなんて、出来るわけないよ……」
「……そうだね。私たちがいた世界より、違う世界が遅れてるだなんて決まりはないし、同じ世界じゃないんだもん。向こうで覚えてたことがそのまま使えるかなんて、わからないし、ね」
過ぎた力を持たされていたせいで、より違う世界で生きることを簡単に考えてしまう。
相手が力を持っていようと、持たされた力と進んだ知識によって自分の道を通して、相手を蹴散らすことが出来てしまうのだ。
奪った相手のことを思いやることなんて無いだろう。
それが元の世界であれば、どれだけ傲慢で、理不尽で、嫌われるものか、考えればわかることだったのだ。
マイとタカヒロはそれをようやく、自分たちが関わったと言うだけの近くなく、遠くも無い人が亡くなったことで考えることが出来た。
薪が爆ぜる音が響き、タカヒロが火が落ちないように少し薪を追加すると、またパチパチと音が鳴った。

ガサッと音がしてリベルテたちが戻ってきたと顔を向けると、姿を見せたのはラガモフだった。
暖かい時期になってきたからか、冬に見たより毛が短くなっていた。
タカヒロがマイと顔を見合わせた後、サッと腕を動かし、その後、ラガモフに向かって近づく。
タカヒロの腕から発せられた風が鋭くラガモフを斬りつけ、一筋の大きな傷をつけていた。
痛みに一声鳴くラガモフに、タカヒロが剣を突き刺す。
冒険者の職に就いてから身につけたモンスター討伐の動きだった。
倒したラガモフにマイも寄ってきて、二人で手を合わせる。
あちらの世界では、すでに切り分けられたお肉を目にしていたから、命を奪っている、命をいただいているという実感は薄かった。
だが、この世界では自分たちが生きていくためには、今のように生きている物の命を奪うことが目の前で必要なときがあるのだ。

戻ってきたリベルテにタカヒロがラガモフを渡す。
マイとタカヒロは、この日の食事を、ゆっくりとかみ締めながら食べるのだった。
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