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100話記念・一度はやってみかったおまけ外伝!
学園モブ女子 3
しおりを挟むアルカンダル学園では、生徒・教師・さらには近所に住む人たちも含めた皆がその行方を密かに楽しみにしている、ある名物がある。
「イヴァーナせんせーーー!!大好きだぁぁぁーーーーーッ!!!」
学園の屋上で、どんな天気だろうと毎朝必ず繰り返される愛の告白劇場。
「おや、今日も始まったね~~」
「卒業まであと2年きりましたっけ?どうなるのかしらね~~」
「おはよう!今日もいつも通りの大告白だったね!」
「おはよ!相変わらず、すごいよな~~あいつは」
どの人達もその大告白をしている青年へのまなざしは暖かく、微笑ましい。
だがーーーーーーその叫びに微笑ましくいられない人物が、ここに1人。
バンッ!!!
「ジャック=セアリアスッ!!毎朝毎朝あなたは何をしてるんですかっ!!今すぐこんな愚かなことは即刻おやめなさいっ!!!」
屋上に深いグレーがかった青いスーツの上下を着込んだ、パンツルックのスレンダーな女性が勢いよく現れる。
「あっ!イヴァーナ先生!!今日も愛してます!!」
女性の姿に、屋上のさらにポンプ室の上に立っていたジャックは、満面の笑みを浮かべると軽やかにそこから下にジャンプして降りた。
そのまま女性の元に駆けてくると、その両手を握りしめ本人に向かって改めて告白する。
「せ、セアリアス!!それをいい加減やめなさいと!!」
「イヴァーナ・・・・、何で名前で呼んでくれないの?今は俺たち、2人きりだよ?」
「こ、ここは学校です!!いくら家が隣どうしで幼い頃からの知り合いだろうが、私たちは先生と生徒ですっ!!」
イヴァーナがまだ学生の頃、隣の家に引っ越してきた夫婦に1人の可愛い男の赤ちゃんが生まれた。
家族ぐるみで仲の良かった私の家にも、セアリアス夫婦は退院後にその赤ちゃんを見せに来てくれ、私の腕に抱かれたジャックはニッコリと機嫌よく笑った。
『・・・・・ッ!!』
彼とはその時からの実に長い付き合いである。
ジャックは成長するたびに私のところへ自分から会いに来るようになり、気がつけばほとんど毎日ジャックと会っていた。
『イヴァーナだいすきだっ!!!』
『そうか、私もジャックが大好きだぞ?』
『うん!!おおきくなったら、ぼくのおよめさんになってね!!』
『そうだな。お前が大きくなっても、同じ気持ちだったらな?』
『それならだいじょうぶだね!!』
まだジャックが幼い頃の、たわいもない口約束。
小さな子どもが身近な親しい女性に結婚の約束をするのはよくあることで、成長とともにそんな約束も想いも自然と消えていくものだと、そう思っていたのにーーーーーーー。
「だって先生と生徒だろうと、イヴァーナのことが好きな俺の気持ちは同じじゃん?」
「・・・・・私があなたの気持ちに応えることはありません。今すぐに教室へ戻りなさい」
「そっか」
「!?」
ジャックが彼らしくない傷ついたような悲しい顔を浮かべ、イヴァーナがその表情にとまどうと彼はその手をイヴァーナの頬にそっとそえ、素早くその顔を近づける。
「メガネのイヴァーナも、セクシーでステキだ!」
「ジャッ・・・・セ、セアリアスッ!!!」
顔を真っ赤にしたイヴァーナに素早くその頬へとキスをすると、ジャックはニコニコしながら屋上から走って出ていった。
「あ、あいつは・・・・・ッ!!」
イヴァーナは火照った顔を覆うように、彼の唇の触れたその場所へと手を当てる。
その時、心地いい風が屋上に吹き、イヴァーナの顔をひんやりと冷たい空気が撫でていった。
キーンコーン、カーンコーン!
「それでは、今日の授業は昨日途中になっていた日本の山地・山脈についての続きからだ」
「せんせーーー!」
「どうした?アリソン」
「ジャック君がじゃまで、黒板が見えません!」
「そうか・・・・・だ、そうだ。セアリアス、今すぐそこから降りて自分のクラスへ帰れっ!!」
ジャックがいるのは教壇の上。
その上に正座で座り込んでニコニコと地理の教科書を持っている。
「さっきの授業中に分からないことがあったので、もう一度ちゃんと先生の授業が聞きたいです!!」
「お前は私の授業を何度も聞かなくとも、テストでは毎回満点じゃないかっ!!」
「いいえ、それはイヴァーナ先生の教え方が上手いからですっ!!」
がしぃぃ!!!
「・・・・そ、そうか?」
両手で手をしっかり握られ熱い瞳を向けられながら、自身の仕事を褒められたことに悪い気はしないとイヴァーナが少しだけ表情を緩める。
「せんせーーー騙されちゃいけません!ジャックは他の教科も満点です!!」
「あ、ヨハン!!お前何言ってっ!!」
友人であるはずのヨハンは、こっちの勉強をじゃまするなと口パクでジャックに伝えると、涼しい顔で他人のフリをしている。
「・・・・・セアリアス、今すぐに自分のクラスへ帰りなさいっ!!!」
ガラッ!!!
「おぉーーーーすまんな、イヴァーナ!!ジャック=セアリアスは我が代わりに連れて行こう!!」
「ぼ、ボルケーノ先生っ!?」
イヴァーナの叫び声とほぼ同時に教室の扉が開き、真っ赤なスーツを着込んだかなりガタイのいい男が嫌がるジャックをその大きな腕で軽々と担ぎあげ、笑いながらその場を出て行った。
廊下ではしばらくの間、ジャックのイヴァーナを呼ぶ声が響く。
「・・・・・・はぁ~~全く。コホン!そ、それでは授業を進めますっ!教科書は118ページを開いて」
こんな状態はすでに何十・何百回と繰り返されており、他の生徒はいつものことと何の動揺もなくようやく始まった授業に集中する。
その後ーーーーージャックはイヴァーナの授業中に現れることはなく、静かな時間が過ぎた。
いつもなら、毎回の授業へと懲りずに乱入してくるジャックが姿を現さないことに、体調でも崩したんじゃないかとさすがのイヴァーナも心配になって、彼のクラスに行くと何とあのジャックがまさにその通りの体調不良で早退したという。
あの、ジャックが??
彼と仲の良い友人のヨハン=アリソンに彼のことを聞いてみたが、『心配することはないですよ』と笑顔で返されてしまった。
それでも、やはりどうしても彼のことが気になり放課後は残業をせずに自宅へと急ぐ。
彼の家は共働きで普段家に帰ってくるのは夜遅くな為、たぶん今の彼は家に1人でいるはずだ。
ピンポーーーン
彼の自宅のインターホーンを鳴らしてみるが返答はなし。
寝ているのだろうか?
「・・・・・ッ!!」
いや、もしかしたらそれだけ具合が悪いのかもしれないと、イヴァーナは冷や汗を出しながら急いで自分の家の2階へと急ぐ。
彼の家の2階と自分の家の2階はほとんどその距離が開いておらず、よく彼はその窓を伝って会いに来ていた。
そのことを思い出し、2階の部屋のベランダに出ると彼の家のベランダへと初めて渡る。
「・・・・・・ッ」
閉められたカーテンの窓をコンコンと軽めに叩いてみたが、やはり応答はない。
「じゃ、ジャック?いるのか?」
もう一度コンコンと窓を叩いて、今度は声をかける。
防音であれば何の意味もないと分かってはいたが、自然とその名を呼んでいた。
彼のことが愛しいのは、それが先生と生徒になる前からずっと変わらない。
彼の命をこの腕に抱いた時から、彼の笑顔は自分の心の奥にずっと住んでいるのだ。
「ジャックっ!!大丈夫なのかっ!?」
ドンドンッ!!
今度は強めに窓を叩く。
もしかしたら、高熱やかなりの腹痛で倒れているんじゃないかと思うと気が気でなかった。
「ジャッ・・・・!!!」
ガラッ!
「い、イヴァーナ?どうしたの?」
「!?」
目の前にジャックが現れ、イヴァーナは思わずその体を抱きしめる。
「え?ちょ、ど、どうしたのっ?!」
「・・・・・よ、よかった」
彼のとりあえずは元気な様子に、全身の力が抜けて思わずそのまま彼とともに床へと倒れこむ。
「い、イヴァーナっ!?」
「お前が、早退したって聞いて」
「そ、それでまさか家まで来てくれたの?」
「だって・・・・お前が体調を崩して学校を早退するなんて、これまで1度もなかったじゃないか!って、何だこの熱い体はっ!!」
「い、いや!こ、これは!」
すぐに手を彼のおでこに当てて見れば、かなりの熱がある。
こんな状態で学校に来ていたのかっ!!
「今すぐに寝ろっ!!バカ者っ!!」
「は、はいっ」
急いでベッドの中に彼を押し込み、氷枕と冷却シートを彼の頭の上下に置くと、彼の担任であるボルケーノに連絡する。
ボルケーノに電話で聞いたところ、こういう事態は初めてのことではないらしく、普段はそれでも絶対に帰ろうとしない彼を今回はさすがに無理やり返したとのことだった。
「・・・・・・ッ!!」
彼が帰ろうとしない理由など、誰に聞かなくともわかる。
「何をしてるんだ、お前は」
部屋に戻れば、自分の作ったおかゆを残さず食べようやく眠りについたジャックが規則正しい寝息を立てていた。
彼の両親にも連絡したら、イヴァーナちゃんがそばについていてくれれば安心だわ!仕事がまだ終わらないからよろしくね!とあっさり任され、2人の帰宅まではまだだいぶかかりそうだった。
「・・・・・ジャック」
役目を果たした冷却シートを外したその額へと、イヴァーナはそっと口づけを落とす。
体温はシートのおかげでかなり冷えていた。
「お前の気持ちが卒業してからも変わらなかったら、その時は」
『うん!!おおきくなったら、ぼくのおよめさんになってね!!』
「約束を果たすよ」
懐かしい約束と思い出の中で眩しく映る幼い彼の笑顔が蘇り、イヴァーナは優しい微笑みを浮かべながらジャックの眠るベッドの脇で座り込み、愛しい彼の顔を見つめる。
そして気がつくと彼女からも寝息が聞こえ始め、代わりに起きた彼がその寝顔を見つめる。
「ありがとう、イヴァーナ」
彼女のおかげで、熱はすっかり冷めていた。
寝ている彼女が風邪を引かないよう、自分のかけていた毛布の一つを彼女の背にかける。
「約束・・・・絶対に守るから、安心して待っててね」
頬を赤く染めながら、ジャックは眠る彼女のくちびるに自分のものを静かに重ねた。
「イヴァーナせんせーーー大好きだぁぁぁーーーーーッ!!!」
そして、次の日。
普段と変わらない大きな声で、名物の告白劇場が今日も空高く響き渡る。
「ジャック=セアリアスッ!!病み上がりの体で、何をバカなことをしてるんですかっ!!今すぐやめなさいっ!!!」
そんな彼の告白に、普段と変わらずに彼を止めに来る女教師が今日も屋上に現れ、彼は眩しいほどの笑顔を愛しいその女性へと向けた。
アルカンダル学園の名物は、まだまだ続く。
応援ありがとうございます!
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