グッバイ、親愛なる愚か者。

鳴尾

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「僕の頼みを聞いてくれる?」

彼は笑顔でそう言った。それが最低な彼の、最後の願いだった。
この手紙はそんな生きているかも分からない最低なルームメイトに送る、もっと最低な俺の遺書。


愛想のない、なんて話しかけても無視する君の最後の願いは自殺の手伝いだった。そしてそれを叶えた俺は、君よりももっと酷いやつだ。
ねえ、君は俺をどう思ってる?

俺は生まれつき体が弱くて、医者からは長くは生きられないって言われてた。祖父は俺に何年生きるかよりも生きているうちに何を成したかが大切なんだって言っていたけど、何かを成す時間も力も、俺には与えられていなかった。
両親は早々に俺を見捨てた。その判断は間違ってない。長生きできない親不孝な、それでいて金だけは誰よりもかかる俺のことなんて捨ててしまうのが正解だ。
けど祖父は俺を見捨てなかった。俺は祖父のところで暮らすようになって、祖父の家と病院を往復する生活をしていた。
俺の通っていた病院には歳の近い子どもが何人もいて、みんな俺と同じように体に爆弾を抱えてた。みんな俺と同じ境遇だから、腫れ物扱いをする学校よりもあの場所は居心地が良かった。
けど病院で仲良くなった子たちはみんないなくなった。昨日まで元気だった子が、今日は生死の境を彷徨ってる。一昨日まで一緒に廊下を走って先生に叱られていた子が、今朝旅立ったと聞かされる。あそこは死神に監視された牢獄だ。気に入られた子から順番に連れていかれてしまう牢獄。俺たちはただ、その順番を並んで待っているだけ。
病院が怖い。死神が怖い。連れていかれてしまうのが怖い。
ひとりになったら、死神に監視されている気がした。静かになったら、呼ばれる声が聞こえてしまう気がした。
だから俺はずっと誰かと一緒にいた。幼稚な悪あがきかもしれないけど、とにかくひとりでいたくなかった。一緒にいたら、死神がそっちに目移りしてくれるかもしれない。そんな最低なことを考えていた。

病院を出て祖父の勧めでこの学校へ入ってからも、俺は死神を恐れていた。
医務室の先生は俺の体のことを祖父に聞いて知っていたから手助けしてくれそうな子をルームメイトにしようかって言ってくれたけど、俺はそれを断った。そんなことをしたら、俺はきっと特別扱いされる。見せ物にされる。前の学校のように。それは嫌だった。俺は、普通でありたかった。
病院にいた頃、たまに帰る祖父の家の近くには歳の近い子がたくさんいた。部屋の窓から見える彼ら彼女らはみんな楽しそうにはしゃいでいて、元気に走り回っていた。けど俺がそこに混じったら、みんなは走るのをやめてしまった。走らなくてもいい遊びがあるよ、動かなくてもできる遊びがあるよ、と別のことを始めた。
優しさゆえの行動だっていうのは分かってた。けど俺がやりたかったのは、走り回る遊びだった。体を動かす遊びだった。
俺はみんなと一緒に同じことをしたいだけなのに、生まれ持った体がそれを許してくれない。特別とかいう都合のいい言葉が俺を縛り付けて不自由にする。
だから俺は先生にお願いした。俺の体のことは誰にも言わないでくださいって。そういうことにとことん興味がなさそうで、もしも俺の体のことを知っても放っておいてくれそうな無関心な人とルームメイトにしてくださいって。
君と初めて会ったとき、適任だと思った。面白い、最高だ、なんて都合のいいやつなんだろうって。
実際君は俺が何をしても全て見て見ぬふりをしてくれた。まさか部屋にいる間ずっと無視されるとは思わなかったけど。
でもなぜか、君とふたりの部屋の中は静かでも怖くなかった。だから、君とふたりのあの部屋はすごく気が楽だった。ひとりでいるのは嫌なのに、友人たちに囲まれているより君とふたりでいるほうが楽だなんて、俺はすごくわがままだな。
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