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4章

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 かがり火を持つ男二人が近づいてくるのが見える。

 薄暗かった牢が一時明るさを増す。

「動くなよ」

 声が震えている。俺のことがまだ怖いのだろう。

 牢の隙間から手を入れ、消えかけの提燈らんたんが新しいものと取り換えられる。
 そして布袋に入った食物とツボに入った水が床に置かれる。

「すまないな、ありがとう」

 俺が言葉を発しただけで尻尾の先まで毛を逆立て走って逃げていく男たち。
 声をかけるなどすべきではなかったか。
 布袋の中には乾燥した干し肉…これはノゼムか?家畜の餌にしかならないようなくず肉だが食べ物をもらえるだけありがたい。
 ここに入れられてからどれくらいたったのだろう。
 昼なのか夜なのかすらわからない。
 こうして食べ物をもらえたのが3回目。腹具合からすると1ドウに1回か?

 アルゼはどうしているだろうか。
 同じ目にあってはいないだろうか。

『おぇ!』

 可愛らしいアルゼを思い浮かべながら硬いノゼムを噛みしめる。

 ちぃや族長だけではない。
 アルゼに聞いた村での生活でアイツがどれほど村人たちと関わり暮らし、大事にされてきていたかがわかった。
 きっとアルゼは俺とは違う。

「俺さえなくなれば大事にしてもらえて…」

 そしていつか誰かと番い幸せに一生を全うするだろう。

「あんなに可愛らしいんだ」

 ウンウンと一人で言い一人で納得する。

 薄暗闇の洞穴ですることと言えば思い出に浸るくらいしかすることはない。
 今までの俺だったら父母に対する後悔の想い出しか出てこなかっただろう。

 けど今はこんなにもたくさんの幸せな想い出があふれ出す。

 はじめてアルゼがしゃべった言葉。
 一緒に行ったケレム摘み。
 セゼモが死んだと泣かせてしまったこともあったな。

 長い長い永遠かのようなこの監禁生活が終わるとき、俺は思い出に浸ることもできないのだろうから。

「幸せしかなかったよなぁ」

 引き離された時は絶望しかなかったが、また出会えてそして…
 交合までしたんだ。
 あの小さな小さな両の手のひらに収まるほど小さかったアルゼと。

 再開した時のアルゼはずっと大きくなっていて、思い出の中より更に美しくて可愛らしくて、なのに妖艶に俺を誘うんだ。
 やり方もわからない俺に。

『だいじょぶ、こあい、ないよ?』

 なんて


 クックックッと声を出して笑ってしまったせいで見張りの男どもが洞穴の外で悲鳴を上げるのが聞こえた。


「しあわせだったな…」

 死んだら終わりだ。
 魂となってアルゼを見守ることもできない。

「見たかったな…」

 青年になり大人になり中年になり老人になるアルゼを。
 毎日一緒にたわいない話をして。

『めーの、よ』

 いつまでたっても拙い話しかたしか出来ないアルゼ。

「可愛らしいが老人になってもあれはどうなんだ?」

 クックッと笑ったせいで洞穴の外で更に悲鳴が上がった。










 その日はいつもと違った。
 かがり火を持った男の一人に見覚えがあった。

「動くなよ」

 いつものように怯えながら提燈らんたんを取り換える男の後ろでそいつは指で何かしらの合図をしていた。
 2人が去ってゆく後姿が見えなくなってから俺は布袋を調べたが、いつものようなクズ干し肉が入っているだけで何も変わりはなかった。
 水が入っている壺を調べると底にざらつきを感じた。
 指先で注意深く触ると文字が彫り込まれてることに気が付いた。

 これは--------


 壺の底には薄っすらと【鵺の刻】と刻まれていた。


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