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【番外編】ジン×デュラム
十三話 デュラムの動揺
しおりを挟むブレドが外へ出ると同時に、俺は背後から口を塞がれた。
全く気配を感じる事ができずに驚愕に目を開いたが、抵抗すれば済む話。
だが、俺の体は金縛りにでもあったみたいに指先一つ動かせなかった。
目や口といった顔のパーツは動くようだが、それ以外は全然ダメだ。
体の動作確認に意識がいっている間に室内ではなく、天も地もないような空間に移動していた。
勇者に抵抗を許さずこんな事ができる存在は限られている。
動けずにいる俺の前にまわった存在は一目で誰だかわかった。
「魔王、何してんだよ」
「何故わかる」
「髪切ったくらいで顔の派手さが変わると思ってんの?」
太ももまであった長い髪が今では顎くらいの長さになっていて新鮮だ。
しかしそれで美貌に変化がある訳もなく、変装としてはお粗末なもんで魔王は魔王だった。
一応布で顔全体を隠していたみたいだが、焼け焦げたボロ布がまとわりついているだけとなっていた。
あの凄い音はブレドの罠に引っ掛かった魔王が原因だったらしい。
身体的なダメージは無さそうだが、普段より更にムスッとした表情になっている所を見ると、メンタルにはダメージがあったようだ。
「デュラムには暫くの間、人質になってもらう」
「ひ、人質ぃ!?」
「子供達にはヒーローごっこという事にしてフランセーズが説明しているから危険はない」
俺の中で誰がヒーロー役で悪役なのか見当もつかなかった。
てかフランセーズまでいるのかよ。
「詳しい説明は後だ、あまり時間がない。口を塞ぐぞ」
「んふぁ!? んむう!」
布を口に詰められ、その上から更に縛られる。
何なんだよ。
後ろ手に腕を掴まれガッチリ固定される。全く動かねぇ。
そんな事を考えていると、突然目の前にブレドがいてまた驚いてしまう。
孤児院に戻ったと悟った俺は目線で子供達を探すと、全員フランセーズの防壁の中にいた。
こりゃ確かに危険はないな。
話を聞いてるとあっさり魔王はブレドに正体をバラすし、俺が勇者だって匂わせてるし。
俺はどういう反応したらいいんだよ。
なんとなく魔王はブレドを試しているという事がわかる。
まあ、ここにいるといずれ魔王だの英雄だの王様だのと会う事になるもんな。
今がその顔合わせみたいなもんか、と納得していた時だった。
「だが、デュラムに何もしないとは言っていまい」
「ん!?」
エッ!? 俺何かされるの!?
素で驚いていると、魔王が俺の耳を甘噛みした。
思わぬ刺激に身体が跳ねてしまう。耳元でいい声で囁かないでくれ。
それだけにとどまらず、魔王は俺の服の中に手を入れて、いやらしく肌を撫で始めた。
「ふぅ……ッ!?」
ちょっと待って、刺激が強い現場は子供の教育に悪い!
めちゃくちゃ焦って身を捩りながら視線を動かすと、フランセーズの防壁が真っ白に変化していて子供達の視界を防いでいた。た、助かった。ありがとうフランセーズ、お前はまごうことなき英雄だ。
魔王は明らかに周りの反応を楽しんでいた。
どこまでやれるか挑戦しているみたいにも思える。
さすがに俺の首筋を舐めた辺りでユタカが飛び込んできた。
と、思ったら何故かジンまでいる。ジンを見たブレドが叫んだ。
「ジンさん!?」
は? ブレド、ジンの事知ってんの?
しかもジンさん!?
次から次へと起きる状況の変化に俺は全くついて行けない。
「ブレドさん、先生! 本当にすみませんでしたぁ!!」
今度はジンが何故かいきなり俺とブレドに謝罪をする。
俺は拘束も解かれ、口も自由になったが、全身どこも動かせずにいた。
いち早く行動したのはブレドだった。膝をついているジンに手を差し伸べる。
「ジンさん、立ってくださいよ。貴方はそんな事してはいけない立場だ」
「いえ、いくら必要な事とはいえブレドさんを……」
「上のもんはもっと偉そうにしててくれないと、下のもんは不安になるんですよ」
ブレドは無理矢理ジンの腕を取って立たせていた。
ここはまるで俺の知らない世界だ。
ブレドがひと際丁寧に対応してることで、ブレドにとってジンは特別な存在だというのが伝わってくる。
「俺だって信用されてないのはわかってますよ。今までだって仕事で試された事はありますし珍しいことでもない。大体は俺が死んでも構わない前提の命懸けのテストだったりしますからねぇ。それがこんな優しい内容じゃ何もわかんなかったんじゃないですか?」
「とんでもない。子供達のあなたへの懐き方だけでも信用に値します。トラップもまさか魔王を足止めできるレベルとは思いませんでした。直ぐにこちらの意図を見抜く力も素晴らしい」
仕事モードなジンは初めて見たけど話し方が俺といる時と全然違うんだな。
ジンがブレドに孤児院の手伝いを依頼したのか。
面白い繋がりがあったもんだな。
「ひとまずは合格点がもらえたってことでしょうかね?」
「ええ、また改めてご説明したい事があります。ここにいる人達や先生の事も」
ブレドとジンは握手をして笑い合った。話がまとまりそうで良かった。
完全にボケーっと傍観者になっていた俺だが、急にジンがこちらを向いた。
「せ、先生!」
「んぁ!? はい!」
「俺、あの時……怖くて逃げだしてしまって、本当にすみませんでした!」
「えっ、いや、全然気にしてねぇけど……こんな所で話していいのか!?」
子供達には聞こえてないだろうし大丈夫か。
多分ブレド以外はあの夜の状況を知っているだろうし。
「謝罪の流れでこんな事を言うのは心苦しいのですが、今を逃すと言えない気がするので聞いてください」
「お、おう……聞きます」
「あの夜の慰謝料に相応しい金額と、先生が結婚に対して安心だと思う金額を教えて頂けませんか」
そんな死にそうな顔で金の話をされるとは思わなかった。
周りから焦った声が飛んでくる。
「ジン! 違うだろ! その前に言う事あんだろ!」
「なんでも金で解決しようとするな。デュラムを買いたい訳じゃないだろう」
ユタカと魔王の夫婦が必死だ。
大体言いたい事がわかった俺はジンの両手を握る。
それに反応してジンの肩が跳ね、呆けたように俺を見た。
「せんせい……」
「なあジン。俺から言ってもいいなら、先に言わせてもらうけど」
「エッ!? ま、ま、待ってください!!」
ジンはもう半泣きだ。縋るような目で俺を見る。
俺は待つという意思表示のためにゆっくりと頷いた。
ジンが上手く声を発せずに口を魚みたいに動かしている。
それでも無理に発した言葉は泣いているように聞こえた。
「あ、あの……っ」
「……うん」
握り返してくるジンの両手が震えている。
ずっとこの瞬間を待っていたような気もするし、来なくても良いと思っていたような気もする。
何度も何度も深い呼吸を繰り返し、ジンの震えが止まった。
とうとうこの時が来てしまう。
まだ何も始まってないのに、既に俺の目からは涙が溢れていて恥ずかしかった。
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