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【番外編】イサミ×フリアン
三話 イサミの願い
しおりを挟むさらに三日ほど経過し、フリアンと行動してから、あまりにも魔物に遭遇しなくて疑問に思っていた。
いくら魔物達が接触を好まないにしても、全く近付いてこないのはさすがにおかしい。遠くから何度か魔物を眺めた事はあったが、フリアンが見ていると気付くとそそくさ隠れてしまうのだ。
遠目から眺めた魔物は、動物のような姿だったり、虫のような姿だったり、ドラゴンのような姿だったり、意外と人型の魔物は少ないように思えた。
なんとなくだがピナクルという存在が、ただの褐色獣耳の人型魔物というだけではない気がしていた。
「ピナクルとはどういう種族なんだ」
森の少し開けた所で野営の準備を終え、焚火を眺めていた時にフリアンに聞いた。
「ん~……今の魔王が、世界の細かい人数調整が得意だとしたら、ピナクルは人を一掃してリセットするのが得意って感じ?」
「何故そこで魔王が引き合いに出る?」
「リスドォルの前の魔王が俺だからだけど?」
「な……!?」
想像していない返事に、俺は驚愕に目を見開いて固まった。
元魔王だと? このフリアンが?
隣に座るフリアンの顔をまじまじと見つめる。
アーモンド型の猫目に下がり気味の眉が優しそうで、口はよく動き、表情が豊かだ。
俺に対して常に気を配ってくれており、旅は問題らしい問題が起きた事がない。快適と言ってもいいくらだった。
もっと過酷な旅になると思っていたのに、本当にただの観光になっていた。経験がないが、気心の知れた友人との旅行はこんな感じなのだろうかと思う。それほどフリアンとの毎日が楽しい。
フリアンは太陽みたいな存在で、笑顔がいつだって眩しく、俺を温かい気持ちにさせてくれる。そんなフリアンが魔王という邪悪な者である想像がつかない。
そんな事を考えていたら、フリアンが小さく声をあげた。
「……イサミ……ちょ、近いんだけどぉ」
「ッ……すまない」
眼前にあるフリアンの顔は少し赤くなっており、動揺したように弱々しくなった声につられて俺まで顔が熱くなってしまう。
言われてようやく気付いたが、確かに近い。
食事を隣で座って飯を食うのが当たり前になり、肩が触れるくらいの距離に違和感がなくなっていた。だからそれ以上近付いても気にならなかったのだ。慣れとは恐ろしいものだ。
少しフリアンから距離を取り、水を喉に流し込んで体の熱を冷ましながら、俺は言い訳のように言葉を紡ぐ。
「俺の中の魔王のイメージと違い過ぎて、つい……」
「人間の中では魔王って怖いとか邪悪みたいなイメージらしいけど、魔物の中では単純に一番強い奴が魔王って呼ばれるだけだぜ」
フリアンより強い存在が見つからない理由がよくわかった。今もフリアンは魔界で二番手の強さということだ。
そこまでの強さは想像していなかったが、ようやく出会えた俺のような存在に縋りたい気持ちは理解できる。
変な意地を張らずに『人助けと思って抱いてもいいのでは』という考えが頭をもたげ、俺は慌てて首を振った。
愛が欲しいなんて綺麗ごとを取っ払ってまで、フリアンに触れたいと思っている自分にゾッとした。これでは父達と何も変わらない。
寒くもないのに腕をさすっていると、フリアンが薄手の毛布を掛けてくれた。ずっとこういう気遣いが嬉しかった。日に日にフリアンに惹かれていくのがわかっていた。
「俺、今は人型だけど、本来のピナクルの姿は四足歩行だし、4mくらいの大きさで、ブレスで攻撃したり、背中にある針を飛ばしたりもできるぞ」
「……すごいな」
そんなに大きいのか。耳と尻尾を見る限り豹のような姿がベースなのだろうし、触ってみたい気もする。
いつか機会があれば頼んでみたいものだ。
しかし、俺はフリアンの願いを叶えてやれないのだからそんな資格はないと思い直した。
「何故ずっと人型なんだ? 大きい方が移動は速そうに思えるが」
「森じゃなければそれもアリなんだけど、魔界はほとんど森だし、魔木を避けるのは難しくてさ」
「確かにそうだな」
広い所で大きなフリアンが駆け回る姿が見たかったが、魔界では難しそうだ。
魔界は俺が見た限りでも、切り立った山々と、森、川、といった感じで草原や平原がなかった。フリアンいわく、随分昔に魔界に金の光が降り注ぎ、平地だった所に木々が生えて森だらけになったそうだ。
「あと単純に的がデカくなる訳じゃん。大勢の人間を広い場所で相手するにはデカい方が都合いいけど、その分チクチク攻撃も当たるしな。魔界で目立ちたい訳でも暴れたい訳でもないし、静かに生活するには人型が一番都合が良かったんだよね~小回りきくし」
「そうか、フリアンのピナクル姿が見られないと思うと残念だな」
隠せない欲求が言葉に出ていた。大きく、毛のフサフサな生物はもう地球ではほとんど絶滅してしまったから憧れもあった。
地理的に難しいと言われてしまえば仕方がないのだが、つい残念だという本心が出てしまった。
「ふふふ~じゃあ」
そのフリアンの反応に、俺は少しだけ期待していた。
フリアンはまた『交尾してくれたら見せてやる』と言うんじゃないかと。
応えるつもりもないのに、とんでもなく自分勝手な願いだ。冗談でも、愛がなくてもいいから俺を求めている言葉が聞きたい。そう思うようになっていた。
「イサミが宝玉を手に入れたら見せてやるよ」
「え」
しかし、フリアンは言わなかった。
「そんで、抱き締めてよ。フワフワで気持ちいいよ、俺」
そう言ったフリアンの笑顔は、泣いているようにも見えた。
何故そう感じたのか、この時の俺にはわからなかった。
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