【R18】おのぼりさんが帝都の貴族屋敷で奉公することになりました【完結】

県田 星

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第1章 田舎者(千寿編)

第3話 垂水子爵家の3人

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鳴海千寿なるみ ちずと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

居間のソファでくつろぐ垂水子爵家3人の前で、千寿が深々と頭を下げた。

立派な体格に厚手のガウンを羽織っておうように構えるのは、当主である垂水伸太郎たるみ しんたろう子爵。

「うむ、まあ、しっかり働きなさい」

織物や衣料品を手広く商う事業家としての顔を持ちつつ、茶の湯を楽しむ趣味人としても名を馳せている。
それでいて洋風好みでもあるため、邸宅は完全に洋式に建てられていた。

「元々、鳴海家は垂水の分家筋でな。江戸の頃には垂水藩の家老や奉行を何人も出した立派な家柄だ」
「はい、そう聞いております」
「今はすこーし厳しいようだが、給金を貯めて助けてやると良かろう」
「はい」

伸太郎の隣に座っているのが、垂水綾香たるみ あやか子爵夫人。

「幸の言うことをよく聞いて励みなさいね」

細身の体に結い上げた髪と洋装が似合っており、20代の半ばにも見間違えそうな美しさを保っている。
表立っての仕事はしていないものの、伸太郎が手掛ける織物や衣料品には綾香夫人の目が効いているとの評判。
さらに金銭事情にも明るく、綾香夫人あってこその伸太郎などと言う人もいる。
綾香夫人は「まさか」と否定するが、伸太郎自身が「その通り」と大笑いする。
当然のことながら、綾香夫人は社交界の華としても活躍していた。

「下着のことは幸から聞いたわ。千寿の好きなようにそろえなさいな」
「…はい」
「部屋も自由にして良いわよ。何ならカーテンや敷物も千寿の好きなものを、ね」
「ありがとうございます」

一人息子の垂水伸佑たるみ しんすけが本から顔を上げる。

「うーん、僕の1つ下には見えないな」

帝国大学を目指して高等学校に通う18歳。千寿とは1歳の差ながら頭ひとつの身長差があった。

「Please tell me what kind of food you like?(どんな食べ物が好きなのか教えて)」
「え、は、あのあの…」
「あはは」

大口を開けて笑う伸佑を見て、綾香夫人が眉をひそめる。

「伸佑、からかうのはおよしなさいな」
「はーい」
「ごめんなさいね。『好きな食べ物を教えて?』って聞いたのよ」
「そ、そうでしたか。あ、あゆが好きです」

千寿が答えると、またも伸佑が「はははっ」と笑った。

「英語はともかく、千寿は漢詩に和歌、算術が得意と聞いているぞ。伸佑、教えて貰ったらどうだ?」
「へ、そうなの?」
「ええ、まあ、はい」
「ふうん」
「そのお返しとして、伸佑は千寿に英語を教えてやったら良いだろう」
「何で僕が…」
「人に教えるのは、ちゃーんと理解できていないと駄目だからな。自信がないのか?」

伸太郎が伸佑ににらみを利かす。

「…分かったよ。まあ、その内、部屋に呼ぶから」
「はい、よろしくお願いいたします」

そこで伸太郎が話題を変える。

「確か、文武両道とも聞いとるが、何かやっとるのかな?」
「はい、小太刀こだち合気あいきを少し…」

垂水家の3人に加えて幸からも「ほお」や「まあ」と声がもれた。

明治維新からこちら、どちらかと言えば武道や武術は軽視されがちな面が強かった。
しかし垂水家も鳴海家も、もとを正せば歴たる武家だ。
垂水家の洋館のあちこちにも、先祖から伝わったとされる鎧や刀が飾られている。

子爵当主である伸太郎も、腰を痛めるまでは、朝な夕なに木刀を振る習慣があった。

「これは女用心棒として雇った方が良かったかもしれんな。伸佑、お前も負けちゃおれんぞ」
「何だよ、それー」

居間が笑い声に包まれた。
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