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第6章 奥様(善吉編)
第16話 善吉の得意
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黒峰健太郎子爵の屋敷にある春代夫人の部屋。
座椅子に正座した春代夫人は文机に向かって筆を動かす。
善吉の故郷のいろんな事物について、春代夫人が尋ねつつ書き留めていた。
「おいしそうなお魚」
「いろんなお祭りがあるのねえ」
「その細工は面白そう」
さらに…
「それは持ってこられる?」
「東京まで保存は効くかしら?」
「壊れないと良いんだけど」
特に興味を持った名産品や工芸品などの入手をせがんだ。
「両親に手紙を書いてみましょう」
「ええ、多少お金がかかっても良いから」
「分かりました」
善吉の話は、江戸で生まれ東京で育った春代夫人には珍しいものばかりだった。
「できれば一度行ってみたいわあ」
明治となって女の行動もかなり自由度が増したものの、それでも勝手気ままに旅行に出るわけには行かない。まして貴族夫人のひとり旅ともなれば、そう簡単には行かないだろうし、夫の健太郎が許さないだろう。
であれば、使用人を何人も引き連れて…となるのだが、それは春代夫人の好みではなかった。
「善吉と二人旅でもしようかしら」
春代夫人が善吉に微笑みかけると、善吉は恥ずかし気にうつむいた。
「ふう」
筆をおいた春代夫人は自分の拳で肩を叩く。
それを見た善吉は声をかける。
「もし奥様さえよろしければ、柔術の整体をしましょうか?」
「整体?」
「私の習ってきたのは馬立流柔術と言うのですが…」
「へえ」
春代夫人が再び筆を手にする。
「組み合って人を投げる立ち組や、抑えたり固めたりする寝組と共に…」
「ふーん」
「骨折やけがを直す接骨や整体があるんです」
「すると、整体ってのはあんまみたいなもの?」
春代夫人はさらさらと筆を動かしていく。
善吉はうなずく。
「そうですね。似てると思います」
春代夫人が手を止めた。
「せっかくですから、お願いしましょうか」
「はい!」
善吉は春代夫人の背中に回ってひざまずくと、両肩を握った。
強すぎず弱すぎずの力を込めて、肩を揉んでいく。
「うーん、いい気持ちね」
春代夫人は座椅子をそのままに正座を崩して足を伸ばした。
善吉は首筋や二の腕も揉んでいく。
最後に髪が乱れないように気を使いつつ頭に10本の指を立てると、頭のあちこちを指圧した。
「いかがですか?」
「何だか肩が軽くなったわ」
大きく息を吐いた春代夫人は、組んだ両手を上にして大きく背伸びする。
「どうせなら背中や腰も揉んでもらおうかしら」
「はい、お任せください」
春代夫人が立ち上がる。
「じゃあ、善吉、布団を敷いて」
「えっ!」
「ああ、敷き布団だけで良いわ」
「は、はい」
敷き布団だけと言われて納得した善吉は、手早く敷き布団を広げると丁寧にしわを伸ばした。
「奥様、できました」
振り返った善吉は、思わず「あっ!」と声を上げた。
座椅子に正座した春代夫人は文机に向かって筆を動かす。
善吉の故郷のいろんな事物について、春代夫人が尋ねつつ書き留めていた。
「おいしそうなお魚」
「いろんなお祭りがあるのねえ」
「その細工は面白そう」
さらに…
「それは持ってこられる?」
「東京まで保存は効くかしら?」
「壊れないと良いんだけど」
特に興味を持った名産品や工芸品などの入手をせがんだ。
「両親に手紙を書いてみましょう」
「ええ、多少お金がかかっても良いから」
「分かりました」
善吉の話は、江戸で生まれ東京で育った春代夫人には珍しいものばかりだった。
「できれば一度行ってみたいわあ」
明治となって女の行動もかなり自由度が増したものの、それでも勝手気ままに旅行に出るわけには行かない。まして貴族夫人のひとり旅ともなれば、そう簡単には行かないだろうし、夫の健太郎が許さないだろう。
であれば、使用人を何人も引き連れて…となるのだが、それは春代夫人の好みではなかった。
「善吉と二人旅でもしようかしら」
春代夫人が善吉に微笑みかけると、善吉は恥ずかし気にうつむいた。
「ふう」
筆をおいた春代夫人は自分の拳で肩を叩く。
それを見た善吉は声をかける。
「もし奥様さえよろしければ、柔術の整体をしましょうか?」
「整体?」
「私の習ってきたのは馬立流柔術と言うのですが…」
「へえ」
春代夫人が再び筆を手にする。
「組み合って人を投げる立ち組や、抑えたり固めたりする寝組と共に…」
「ふーん」
「骨折やけがを直す接骨や整体があるんです」
「すると、整体ってのはあんまみたいなもの?」
春代夫人はさらさらと筆を動かしていく。
善吉はうなずく。
「そうですね。似てると思います」
春代夫人が手を止めた。
「せっかくですから、お願いしましょうか」
「はい!」
善吉は春代夫人の背中に回ってひざまずくと、両肩を握った。
強すぎず弱すぎずの力を込めて、肩を揉んでいく。
「うーん、いい気持ちね」
春代夫人は座椅子をそのままに正座を崩して足を伸ばした。
善吉は首筋や二の腕も揉んでいく。
最後に髪が乱れないように気を使いつつ頭に10本の指を立てると、頭のあちこちを指圧した。
「いかがですか?」
「何だか肩が軽くなったわ」
大きく息を吐いた春代夫人は、組んだ両手を上にして大きく背伸びする。
「どうせなら背中や腰も揉んでもらおうかしら」
「はい、お任せください」
春代夫人が立ち上がる。
「じゃあ、善吉、布団を敷いて」
「えっ!」
「ああ、敷き布団だけで良いわ」
「は、はい」
敷き布団だけと言われて納得した善吉は、手早く敷き布団を広げると丁寧にしわを伸ばした。
「奥様、できました」
振り返った善吉は、思わず「あっ!」と声を上げた。
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