クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第3章 七番勝負の開始

第40話 カラスの七番勝負第2局を振り返ったら

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佐倉がパソコンのモニターを見つめている。
もちろん並べているのはクロの七番勝負第2局となった蔦本五段戦。
角頭歩かくとうふで居飛車とはなあ…」
クロの初手7六歩、3手目8六歩からの角交換までは予測通り。
「目新しいものに惹かれるのは好奇心の強さかな?」
画面はクロが飛車先をついた局面となる。
「居飛車かあ…」
苦々しい顔付きになった。

角頭歩戦法では居飛車にする展開もあれば、振り飛車に向かう指し方もある。
気になるのは、少し前に角頭歩から振り飛車に向かった対局を見たクロが、なぜ七番勝負の第2局で角頭歩にしつつ居飛車にしたのか、だ。

「角頭歩で振り飛車は損と見たのかなあ」
七番勝負の1局目が終わった時と同様に、クロが話せるのであれば聞いてみたかった。


「“ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負”の第2局がありました」
「カラスのクロが先勝したやつだな」
まんじゅうと呼ばれるキャラの中でも有名なマリサとレイムの声で動画が始まる。
将棋の対局と共に独自のレーティングや分析動画を公開する「たんたかたんチャンネル」だ。
「先手有利が叫ばれる中、後手番で先勝したのは大きいです」
「負けてしまったプロ側としては、2局目で意地を示したいところだな」
「その通りです。しかし後手番で主導権を握るのは難しいでしょう」
「だからこそ後手番での研究の成果が楽しみだぞ」
「この対局の解説は高村天地たかむら てんち八段です」
「確か高村は自身の動画でクロと対戦して負けているのではなかったか?」
「つまりはクロの強さを身を持って知っていると言えるでしょう」
レイムが楽しそうにポンポン跳ねる。
「実感のこもった解説を期待できそうだな」
「聞き手は増定喜多ますさだ きた女流二段が、読み上げは草野小菊くさの こぎく女流初段が務めました」
「この辺りはどんな女流棋士が出てくるのか楽しみだな」
「棋士代表として対戦する蔦本浜辺《つたもと はまべ》五段をうらやむ人も多いそうです」
「何なら私も加わってやるぞ」
「……第2局の先手となったクロは角道を開けました」
「無視したな?1局目のように金や銀を動かすのではなかったか」
「何か研究してきた可能性がありそうです」
「カラスも研究するのか?」
「飼い主である馬場さんが蔦本五段の対局を見せているかもしれません」
「その蔦本も角道を開けたぞ」
「相居飛車かと思いましたが、どちらがか振り飛車となる展開もありそうです」


「いやー、この3手目は驚きましたー」
将棋動画「元奨励会員アルクの将棋特集」のアルクがつぶやいた。
「角頭歩戦法と呼ばれるもので、稲長永世棋聖や北河六段による棋書も出ています。多くは無いんですが、プロ棋士による実戦譜もあるんですよ」
パタパタと駒を動かして中盤までの局面を形作る。
「こんな形の振り飛車か…」
また別の局面を表示する。
「こうした居飛車もありますね」
局面を元に戻す。
「もちろん対策もあります。ネットでも公開されているので、ぜひ参考にして欲しいです。初見の人ならかなり有効な戦法だと思います」
その後も本譜を追って駒を動かしていく。
「こんな具合に相居飛車となりました」


「解説の高村天地たかむら てんち先生、この局面はいかがですか?」
アシスタントの臼木真面目うすき まじめが、“解説”の部分に力を込めて言う。
聞かれた高村が苦笑する。
「解説、ほんっとーに大変だったんですよ」
相居飛車となった局面を少し離れ眺めた高村は“本当”の言葉を強調した。
「先生はどんな戦法になると思ってました?」
「クロさんはオールマイティーで居飛車も振り飛車も行けますからねー、でも1局目が居飛車だったので振り飛車かなと」

前述の通り、高村も佐倉メモを受け取っていたため、八割がた角頭歩振り飛車を予想していた。
しかし実戦は逆の二割に触れた。
角頭歩は正解だったものの、振り飛車が違った。

「ただこの辺りの形勢は五分ですね。ほぼ力将棋になっているところが、蔦本五段の地力の証拠だと思います」
「クロさんにとっては研究だったんでしょうか?」
真面目に聞かれてた高村が「研究かあ」と考え込む。
脳裏に浮かぶのは、感想戦で自分と共にクロが飛車寄りを示した局面。
「クロが人間の言葉を話せたら聞いてみたいですけど、多少は読んでいたかもしれませんね」
高村の素直な物言いに、真面目が「ほほぅ」とうなずいた。


「角頭歩戦法があるのは知ってたんですが、実際に見たのは初めてです」
画面では愛媛愛菜えひめ まな女流四段が静かに首を振った。
大盤では互いに玉を金銀に寄せる局面を操作している。
「どちらかと言えば奇襲に入るかもしれませんが、ここまで来るとよくありそうな相居飛車の形になっています」
クロの王将に触れて大盤にポンと置く。
「正直これを解説するのは難しいですねー」
悩まし気な表情を隠さない。
「と言うことで、解説の高村先生のお話をおさらいしながら、本譜を追ってみようと思います」
などと言いつつ要所要所で大盤を使い自らの読みを披露した。
そのひとつとして、愛媛はダイナミックに蔦本の飛車を動かす。
「こんな具合に私なら展開させるかな、と」
さらに銀や桂馬を進めていく。本来の対局とは異なった展開ながら、蔦本陣にも面白そうな局面となった。
「皆さんはどう思いますか?」


「満を持しての歩突き、取られたら全面攻撃一直線!」
クロの手を進めるレイム。
「それを分かって取るバカはいない、こちらも別の筋の歩を突くぜ」
蔦本五段側を持つのはマリサ。
画面下の左右で“まんじゅう”と呼ばれるキャラ2体が掛け合う。
主に棋譜解説動画を展開する「S-1 SHOGI DAYS」だ。
「この歩を取ると…」
継ぎ盤で展開を解説する。
「このように防戦一方となりそう」
元の局面に戻る。
「それでは別の筋の歩を突こう。この歩は取れるかな?」
「取れなくもないが、相手の思惑に乗るのはしゃくだ」
自陣角を打つ。
「両にらみの角で幅広く備えるぜ」
「なかなかの角打ち どこかの歩を取りこむと反撃が厳しそう」
合わせて自陣角を打つ。
「こっちも角を打って応戦しよう」
マリサの瞳がニヤリと笑う。
「膠着したこの局面、先に動くと不利になりそうだ」
フワリと角をひとつ動かす。
途端にレイムの顔に冷や汗が浮かぶ。
「こちらも手待ちをしたいものの、有効な手が浮かばない」
ぶつかっていた歩のひとつを取りこんだ。
「こうなったら開戦だ!」


「格言には“歩が3つぶつかったら初段”なんてありますね」
動画「将棋風流記」にて富士林金太ふじばやし きんた五段が解説する。
「いずれも考えがあって歩を突いているので、安易に取ってしまうと相手の作戦にはまってしまうことが多いです」
大盤では3つ目の歩がぶつかる。
「と言うことで、突っかけられた駒を取らずに別の手が指せるようになれば、初段くらいに力量がアップしているぞってことです」
クロの自陣角を打つ。
「この角打ちは良い手ですね」
角にポンポンと触れる。
「手が進んでも敵陣にまで成り込むことまでは難しそうですが、ここから自陣の左右両方をにらんでいますし、この後いくらでも活躍できそうです」
そして蔦本の自陣角を打つ。
「まあ、結論から言えば、この手が指しすぎだったようですね」
打った角を持ち駒に戻して飛車を寄る。
「高村先生やクロさんが指摘したこの飛車寄りなら、この先も互角の局面が続きます」
展開のひとつを大盤で解説する。
「蔦本五段が後手番ってことを考えれば、まずまずの手順でしょう」
本来の局面に戻す。
「飛車寄り以外の手では、蔦本五段に難しい展開となっちゃいます」
大盤を前に腕組みする。
「持ち時間はないのですけど、長考なしでここまで指せるのは蔦本さんもクロさんも見事だと思います」


「さて高村先生、ここで激しい駒交換となりましたが…」
本譜の局面をアシスタントの真面目まじめが問いかける。
「ぶつかった歩を取り込めば、ほぼ必然の手順です」
高村が様々な手順を大盤に示す。
「局面を落ち着けることはできないんですか?」
「うーん、例えば?」
真面目の質問に高村も質問で返す。
「そうですねえ。……ここに歩を打って飛車に引いてもらうとか」
蔦本の持ち駒の歩を持った真面目は、クロの飛車の前に打つ。
局面を見た高村は首を傾げる。
「それで飛車を逃げてくれれば良いんですけど…」
「ダメですか?」
高村は飛車をそのままにして、クロの持ち駒から歩を取ると、蔦本陣にある銀の頭に打った。
「どうします?」
「飛車を取ると?」
「銀を取って歩が成る、と」
真面目が考え込む。
「できたばかりの“と金”がうっとうしいですねえ」
高村が「でしょ」と笑顔を見せる。
「でも飛車を取らずに銀を逃げたらダメですよね」
「はい、この銀を逃げるようでは、歩打ちで飛車を追い返せません」
高村は飛車の頭に打たれた歩を飛車で取りこんだ。
盤面中央で飛車が大いばりしているように見える。
「クロの攻撃を蔦本五段がどこまで防げるかですが…」


「この角取りをどう受けるかな?」
「S-1 SHOGI DAYS」では、クロの手を再現するマリサぴょんと跳ねつつ歩を打つ。
その手を見た蔦本五段側のレイムの目が渦巻になった。
「ぐぬぬ、角を逃げたいところだけど…」
継ぎ盤を展開する。
「こちらに角を逃げると飛車成りは必然。ではこちらに角を逃げると桂馬のふんどしが痛い」
局面は桂馬で角と金の両取りになる。
「では、角をこちらに逃げると…」
パタパタと進んで、と金ができる。
「と金が大きい」
レイムは悩んだ末に本譜、つまり最後の手を選択した。
「こうなったら仕方ない、と金は作らせよう」
角を動かす。
「うむ、良い覚悟だ。では歩を打たせてもらおう」
再度マリサが歩を打った。
パタパタと手が進みクロの優位が拡大していく。
形勢が不利なレイムは大汗をかいている。
「不利な局面には戦線の拡大」
ことわざを口にして、遅ればせながら飛車を転換する。
「それではこちらも飛車を活用するかな」
マリサは瞳を輝かせた。


クロの飛車が成り込んで竜となる。
その後も竜が大暴れして、蔦本陣の駒をポロポロと取って行く。
「ここまでくると、逆転は厳しいですね」
アルクが終盤の局面を示す。
蔦本陣で唯一の守備駒となっていた金をクロの持ち駒に移動し、空いた升目に竜を持ってくる。
「受けるとすれば高村先生が解説された馬引きですが、他には…」
蔦本の玉を上げる。
「王様を早逃げするくらいなんですけど…」
クロの持ち駒にある取ったばかりの金を打つ。
「こうして逃げ道を塞げば、蔦本五段の玉はそれ以上動けなくなります」
クロ陣に攻め込んでいた馬に触れる。
「と言って、馬だけではクロの玉に迫る手段はありません」
局面を投了図に戻す。
「ここで蔦本五段の投了となりました。クロさんの2連勝です。3局目となる福岡女流五冠の対決は約1か月後となります」


「たんたかたんチャンネル」では、クロ側に2勝、蔦本側に0勝と表示される。
「これで“ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負”の第2局もクロの勝ちとなりました」
「1局目に続いて、クロの序盤戦術が光ったな」
「蔦本五段も後手番の研究をしてきたと思いますが、角頭歩はさすがに予想外だったのでしょう」
「それでも中盤まではしっかり五分になっていたぞ」
「棋士の代表である7人に選ばれただけの実力を発揮したと言えるでしょう」
「もし持ち時間のある将棋だったら、蔦本はどうなったかな?」
「仮定のことを言っても仕方ありませんが、腰を据えて読みを入れたら変わっていたかもしれませんね」
「蔦本は今後の奮起を期待しよう」
「それでは今回の結果に基づいて、七番勝負の確率を分析してみましょう」
「2連勝はクロがもっと有利になりそうだな。よろしく頼むぞ」
画面が切り替わり、クロ側と棋士側の勝敗が割合で示される。
「始まったな」
「始まりましたね。前回同様に上半分がクロの勝敗確率で、下半分が棋士側の勝敗確率です」
「クロの全勝確率もそれなりにあるんだな」
「今回の2連勝が少なからず影響しています」
100万回のシミュレーションが終わった。
「勝敗確率をまとめると、この通りです」
「前回はクロの4勝3敗が最も多かったが、今回はクロの5勝2が多くなったな」
「残り5局となったので、クロが3勝2敗となる確率が高いようです」
「次の3局目も約1か月後だな」
「棋士の代表は福岡葉菜《ふくおか はな》女流五冠です」
「タイトル戦でも妊娠で不戦敗となったのだが大丈夫か?」
「その辺りは福岡女流五冠の頑張りに期待しましょう」
「決して無理をしないで欲しいものだな」
「それはその通りです。しかし先手番ですし、福岡女流五冠の得意な振り飛車を期待する将棋ファンは多いでしょう」
「私も楽しみにしてるぞ」
「と言うことで、今回はこれで終わりです。また投稿しますので、ぜひ見てください」
画面が「ご視聴ありがとうございました」に切り替わって動画は終了した。
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