クロと鈴香の将棋道-カラスが駒を見つけたら-

県田 星

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第3章 七番勝負の開始

第48話 カラスが相手の交代を認めたら

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「番組をご覧の皆様に説明いたします」

第3局の立会人である藤木尊ふじき たける九段が一礼して口を開く。

「七番勝負において日本将棋協会側の3人目の対局者である福岡葉菜ふくおか はな五冠が急な体調不良により、対局の継続が不可能となりました。関係者を代表してお詫び申し上げます」

再度、深々と頭を下げる。

「福岡さんは病院へと向かわれたのですが、その際に石川萌香いしかわ もか女流三冠への引継ぎを希望されていました。石川さんがこれを了承。さらにクロさんの飼い主である馬場敬一さんと角野鈴香さんも対局者の交代に了承いただきました」

ここで一旦言葉を切る。

「そしてクロさんも対局者が代わっても問題なさそうだと確認できたため、中断した局面から石川女流三冠が指し継ぐこととなりました。ご覧の皆様には多々ご意見があるかとは思いますが、どうぞ引き続きご覧いただいたうえで、応援をよろしくお願いいたします」

画面が対局光景に切り替わった。
クロと鈴香の向かいには石川女流が座っている。

「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「クワア」
石川が頭を下げたのを合図に、鈴香とクロも頭を下げて対局が再開された。

相穴熊あいあなぐまか…」
石川は互いの陣形を見比べる。
自陣の穴熊が金銀3枚で固めつつ、もう1枚の銀で左の方を守ってるのに対して、クロ陣の穴熊は金銀4枚の堅陣。このまま固さ比べで進めると、自分の方が劣勢になりかねない。

パチン
「先手、8八飛車」

穴熊としての囲いは弱いものの、銀が左にあるバランスの良さを生かして攻勢に向かう。

カタン
「後手、5一角」

クロは攻撃に備えて角を引いた。

「さて、異例の対局者が代わっての指し継ぎとなりました」
聞き手の玉根女流二段が、立会人兼解説の藤木九段に話を振る。
「異例中の異例ですね」
「リレー将棋ではあるんですよね」
「はい、ただリレー将棋は一種の娯楽ですからねえ。真剣勝負の対局で指し手が代わるのは史上初ではないかな…」
「協会の規定と言うか規約と言うか、ではどうなってるんでしょうか?」
「おっ、玉根さん、いきなり来ますねー」
「つい知りたくなってしまって…」
「基本的には理由がなんであれ、対局できないのであれば、その時点で負けですね。先日も鴨鍋昭かもなべ あきら九段が順位戦で対局不能を申告していました」
「ああ、そうですね。では、対局途中で気絶とかした場合にはどうなりますか?」
「またまた、来ますねー」
「すみません」
「いえいえ、良いんですよ。まあ、普通に考えれば、時間切れまで待ってから負けかなあ」
「そうかもしれませんね」
「いずれにしても、女流棋士の妊娠や出産については協会が何らかの方針を示さないといけません。特にタイトルホルダーの場合は影響が大きいです」
「はい」
「おっ、動いたかな?」

2人の視線が将棋盤を写したモニターに向いた。

パチン
「先手、7五歩」

ココン
「後手、同歩」

ピシッ

カタッ

パチリ

コトッ

歩を突き捨てたところから石川の攻撃が始まった。
クロは丁寧に応じていく。

「藤木先生、この分かれはどうなんですか?」
玉根の問いかけに藤木は「うーん」とうなる。
「居飛車、振り飛車、どっちも持ちたいかなあ」
「それでは互角ですか?」
「うーん、でもなあ」
藤木は明確に形勢判断を示さない。
「ソフトはどうなってるの?」
「ほぼ互角ですね」
「そうかあ。玉根さんなら、どっちを持ちたい?」
「うーん、私は…石川さんの方ですね。藤木先生はいかがですか?」
「難しいけど、やはり振り飛車かなあ。しかし、ここからの裁きが何とも…」

ピシッ

コトッ

パシッ

コトン

石川の指し手に乗ってクロも飛車角を裁きに行く。
大駒を交換した後、互いに飛車を敵陣深くへと打ち合った。

「ここでクロさんが200から300点くらいプラスです」
玉根がソフトの形勢判断を口にした。
「ソフトは振り飛車に辛いなあ」
「すると、藤木先生は互角ですか?」
「振り飛車側も不満がないと思うんですけど、この銀が…」
藤木が石川側の左銀に触れる。
「取り残されているのが気になるんですよね」
「はい」
「わざとクロさんに取らせて、その間にと金作りから攻撃するのが妥当かなあ」

局面は藤木の予想通りに進んだ。

パシッ

石川は銀取りを放置して歩を打つ。
そこからと金で攻め立てる構想だ。

そこでクロが「クワッ」とひと鳴きして、石川の顔を見た。

『うっ!』
石川は声にならない声をあげる。
クロが自分の顔を見たからだ。

「「あっ!」」
解説の藤木と聞き手の玉根も同時に声をあげた
もちろんクロが石川の顔を見たからだ。

「クロさんはこの手が悪いと判断しているようですね」
玉根の言葉に、藤木は「そうなのかあ」と言葉を濁す。

コトン

クロは銀を取らずに角を打つ。

ピシリ

カタン

パチッ

コトッ

「ああ、そうかあ」
数手進んだ局面で藤木が納得する。
「馬付きの4枚穴熊になりましたね」
クロが角を引きなったことで、クロ陣はさらに固くなった。
「これを狙っていたのか…」

パチン

コトリ

パシッ

コトン

クロは自陣に引き付けた馬で石川の龍をけん制して攻撃の勢いを止める。
さらに竜まで自陣に引いて、せっかく作ったと金をとってしまったことで、石川の攻めが完全にとん挫した。

「えーと、ここで1000点前後、クロさんが有利になりました」
「左銀が遊んでいるのも大きいけれど、それ以上に大駒の働きが大差だね」
「大駒を交換したところまでは互角だったようですが…」
「うん、その後の攻めの構想に問題があったようだね。と言って、私も分からなかったんですけど…」
藤木が自嘲を込めて笑う。

ピシリ

コトッ

「うーん」
石川が小さくうなり声を出す。

『攻め手がない』

攻めの先鋒として期待したと金がとられてしまったことで、大きく戦力ダウン。
さらにクロ陣に馬と竜が引き付けられたことで、新たな手掛かりを作る手段が見えなかった。

「1分経過しました」
高村女流初段が時間を読み上げる。

「2分経過しました」

「3分経過しました」

この7番勝負では珍しく3分が過ぎる。

石川は「ふぅ」と深呼吸をすると、竜と馬をクロ陣にある2枚の金と交換する。
その後、桂馬を足掛かりに2枚の金を打ち付ける。
しかしクロは巧みに攻撃を避けた。

コトリ

クロの馬が金から逃げたところで、石川が駒台に手を置いた。
「負けました」
「ありがとうございました」
「クワッ」

「ここで石川さんが投了です」
「攻めが完全に切れちゃいましたね。最後は一応の形作りです」
藤木が局面を戻す。
「この辺りの攻めの形がイマイチだったのかなあ」
「それでは感想戦に移りましょう」

藤木と玉根が対局室に来る。
「お疲れ様でした」
藤木が声をかけると、石川と鈴香が頭を下げる。
クロは「クワア」と鳴いた。

「ちょっと最初から並べてみましょうか」
「はい」
「はい」
石川と鈴香が最初から手順を追っていく。
最後に福岡が指したところで一旦止める。
「途中から引き継いだ格好だったけど、どう?」
藤木が石川に尋ねる。
「相穴熊で互角とは思ったんですが…」
「そうだねえ」
「ここから、どう攻め形を作って行くか…」

クロが石川の顔を見た局面の前後で、藤木と石川が駒を何度も動かす。
しかしなかなか良さそうな手順が浮かばない。

「クロさんはどう?」
藤木がクロに話しかけるが、クロは「クワッ」と鳴くばかりで駒を動かそうとはしない。
「クロさんと話ができると良いんだけどなあ」
「ごめんなさい」
鈴香がすまなそうにすると、藤木は「いやいや、鈴香ちゃんは違うから」と両手を振った。

クロが馬や竜を引き付けたところでは、藤木も石川も諦めムードを出している。
「この辺りでは、もう何ともならないなあ」
「そうですね」

感想戦が終わったのを確認して、高村が締めのセリフを告げる。
「ご覧の通り、ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負の第3局、角野クロさん対福岡女流五冠と石川女流三冠の一戦はクロさんの勝ちとなりました。通算成績はクロさんの3勝です。第4局の佐藤巧《さとう たくみ》七段との対局は来月15日に放送予定です。皆さま、どうぞ楽しみにお待ちください」

最後に全員が頭を下げる。
クロも「クワッ」と鳴きつつ頭を下げた。
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