199 / 250
第140話 子爵令嬢の訪問
しおりを挟む
「少々、お伺いしたいのですが…」
貴族の持ちものと思われる立派な馬車を前に、護衛らしき騎士が顔を出したホルストに尋ねる。
「この辺りにクリスパ伯爵邸があると聞いておりまして…」
ホルストは「ああ」とうなずく。
「この家がそうですよ」
「へっ!」
間の抜けた声をあげた騎士は一歩退いて家を見直した。
庶民からすれば大きな家だが、伯爵が所有する貴族の邸宅には見えない。
『まあ、いつものことだけどね』
ホルストは口元を隠しつつ苦笑した。
「これは大変失礼しました。私、ブローブ子爵家に仕えるフルマイン・ニュズと申します」
礼節をわきまえた挨拶を受けて、ホルストの顔が貴族の使用人らしく引き締まる。
「さようでございますか。私はクリスパ伯爵家の執事でホルスト・ラッペルと申します」
改めて騎士が頭を下げた。
「先ぶれもなく訪問しまして、まことに申し訳ありません」
「ああ、気になさらずに」
ホルストは笑顔を見せる。
「よろしければ、ご用件をお伺いしても?」
「実は当家のレビグラス・ブローブお嬢様が…」
騎士がチラリと馬車を見る。
扇子で口元を隠しながら、窓から様子を伺う貴族令嬢が見える。
「こちらのタルバン・クリスパ伯爵様にお会いしたいと申しまして…」
「ほう」
素知らぬ顔を保ちつつ、ホルストの背中に冷や汗が流れた。
言うまでもなく、タルバンはアラーナに扮して王都のワーレンバーグ公爵家に滞在している。
そんな事情を知っているのはごくごく一部。
クリスパ領の領民や近隣の領主らに対しては、タルバンは領内各地を見回りつつ、ひんぱんに王都を訪れるため留守がちだと話している。
カルトメリ以外の貴族らに対しては、タルバンはクリスパ領で執務に励んでいることになっている。
「申し訳ありません」
ホルストは深く頭を下げる。
「タルバン様は新たな事業に取り組んでおり、それら領内の見回りに出ておりまして…」
「さようでございますか。お帰りはいつ頃になりますか?」
「さて、いつになるか……。いろいろと事業を抱えておりますので、予定が流動的でございます」
「では、どの辺りにいるのかも?」
「いやいや、全く見当がつきませんので…」
ホルストは言葉を濁すが、辺境のクリスパ領まで令嬢を伴った騎士は容易に納得しない。
「伯爵様の日程や旅程を把握されていないのですか?」
「臨機応変に動かれるのがタルバン様のやり方でして…」
「うーむ」
騎士は馬車に戻って令嬢と言葉を交わすと、急ぎ足で戻ってくる。
「タルバン様について、お嬢様がお話をお伺いしたいとおっしゃっておられます」
「ほう」
「ご都合はいかがでしょうか?」
「まあ、お話くらいであれば…」
ホルストが同意すると、再び騎士が馬車へと戻る。
馬車の扉が開いて盛装した貴族令嬢が姿を現した。
『アラーナ様とは違う雰囲気だが…』
クリスパ領ではめったに見かけない美女だ。
『タルバン様に?まさかねえ…』
こうした予感は得てして悪いものこそ当たるもの。
ホルストの「まさか」も外れていなかった。
貴族の持ちものと思われる立派な馬車を前に、護衛らしき騎士が顔を出したホルストに尋ねる。
「この辺りにクリスパ伯爵邸があると聞いておりまして…」
ホルストは「ああ」とうなずく。
「この家がそうですよ」
「へっ!」
間の抜けた声をあげた騎士は一歩退いて家を見直した。
庶民からすれば大きな家だが、伯爵が所有する貴族の邸宅には見えない。
『まあ、いつものことだけどね』
ホルストは口元を隠しつつ苦笑した。
「これは大変失礼しました。私、ブローブ子爵家に仕えるフルマイン・ニュズと申します」
礼節をわきまえた挨拶を受けて、ホルストの顔が貴族の使用人らしく引き締まる。
「さようでございますか。私はクリスパ伯爵家の執事でホルスト・ラッペルと申します」
改めて騎士が頭を下げた。
「先ぶれもなく訪問しまして、まことに申し訳ありません」
「ああ、気になさらずに」
ホルストは笑顔を見せる。
「よろしければ、ご用件をお伺いしても?」
「実は当家のレビグラス・ブローブお嬢様が…」
騎士がチラリと馬車を見る。
扇子で口元を隠しながら、窓から様子を伺う貴族令嬢が見える。
「こちらのタルバン・クリスパ伯爵様にお会いしたいと申しまして…」
「ほう」
素知らぬ顔を保ちつつ、ホルストの背中に冷や汗が流れた。
言うまでもなく、タルバンはアラーナに扮して王都のワーレンバーグ公爵家に滞在している。
そんな事情を知っているのはごくごく一部。
クリスパ領の領民や近隣の領主らに対しては、タルバンは領内各地を見回りつつ、ひんぱんに王都を訪れるため留守がちだと話している。
カルトメリ以外の貴族らに対しては、タルバンはクリスパ領で執務に励んでいることになっている。
「申し訳ありません」
ホルストは深く頭を下げる。
「タルバン様は新たな事業に取り組んでおり、それら領内の見回りに出ておりまして…」
「さようでございますか。お帰りはいつ頃になりますか?」
「さて、いつになるか……。いろいろと事業を抱えておりますので、予定が流動的でございます」
「では、どの辺りにいるのかも?」
「いやいや、全く見当がつきませんので…」
ホルストは言葉を濁すが、辺境のクリスパ領まで令嬢を伴った騎士は容易に納得しない。
「伯爵様の日程や旅程を把握されていないのですか?」
「臨機応変に動かれるのがタルバン様のやり方でして…」
「うーむ」
騎士は馬車に戻って令嬢と言葉を交わすと、急ぎ足で戻ってくる。
「タルバン様について、お嬢様がお話をお伺いしたいとおっしゃっておられます」
「ほう」
「ご都合はいかがでしょうか?」
「まあ、お話くらいであれば…」
ホルストが同意すると、再び騎士が馬車へと戻る。
馬車の扉が開いて盛装した貴族令嬢が姿を現した。
『アラーナ様とは違う雰囲気だが…』
クリスパ領ではめったに見かけない美女だ。
『タルバン様に?まさかねえ…』
こうした予感は得てして悪いものこそ当たるもの。
ホルストの「まさか」も外れていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる