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プロローグ 魔法少女ローズマスク

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光があれば闇がある。

大陸をほぼ二分する領土を誇るマジョール王国。その南西部に位置し、王城を中心として発展した王都タランガ。空前の繁栄を迎えたタランガにあっても、いや、繁栄した都市だからこそ、怪しい路地やいかがわしい裏通りが存在する。

星が瞬き月が輝く深夜。
裏通りの一角を走り抜ける一団がいた。全員が黒っぽい服装に目だけを出した覆面をつけている。そのうちの何人かは大きめの袋を背負っていた。最後尾を走っていた男がチラッと振り返って声をかける。
「ボス、もう誰も追ってこないようです」
先頭を走っていた男が足をゆるめると、仲間もそれに合わせた。
「王都の警備兵も大したことないな」
先頭の男が右手を上げると一団が止まる。
「いや、俺達の腕前が上々なんでしょう」
「そうだな」
「違いない」
仲間から「ワハハ」と笑い声が起きる。
と、それが悲鳴に変わった。

「な、なんだ、これは!」
どこからか飛んできた無数の縄が彼らの手足を拘束する。全員がたちまち巨大な芋虫のようになって地面に転がった。
「これは、魔法?」
「おい!何とかしろ」
転がった1人の男が呪文を唱えると、彼らを拘束していた縄が燃え上がる。彼らは熱がりながらも燃えかけた縄を引きちぎると、衣服の焦げかけた部分をはたき落としつつ何とか立ち上がった。

大慌てをしている一団の上方から声がする。
しかもこんな深夜には似つかわしくない少女の声。
「あら、仲間に魔法使いがいたのね。ちょっと予想外かも」
一団の前に姿を現したのは仮面をかぶった女性。と言うよりは、身長から判断すると少女だった。

ローブからはみ出した少女の金髪は肩くらいまで伸びて軽くウェーブがかかっていた。それは月あかりしかない闇夜にあってもキラキラと輝いている。異様なのは、彼女がつけている仮面だ。額からアゴまで覆った真っ白な仮面には、赤いバラが斜めに描かれていた。そして仮面の中央やや上に開けられた二か所の穴からは、彼女の2つの瞳が覗いており、その瞳はどちらも黄色だった。

「お前、ローズマスクだな」
「なあんだ、知ってるのなら、自己紹介はいらないよね」
マスクの下からクスクスと笑い声がする。ローズマスクと呼ばれた少女は、ローブをひるがえしながら音もたてずに地上へ降りた。

「ふざけるな!」
たった1人の少女にからかわれたと感じた一団は、剣やナイフを抜いて一斉に襲い掛かる。しかし少女は両腕をお尻の辺りで軽く握ったまま、一歩も動かなかった。
「ぐわっ!」
何本もの剣やナイフが仮面の少女に突き刺さったかと思った瞬間、全ての剣やナイフが弾き飛ばされ、それらの持ち主も吹き飛んだ。結果、地面に転がったくらいであれば良い方で、勢いよく壁に叩きつけられて気を失う者や、胃の中のものを吐き出している者もいた。
「汚いなあ、もう、ちゃんと掃除しておいてよ」
仮面の少女はクスクスと笑う。そんな笑い声が止まったかと思うと、真剣な目つきになった。
「私にそんな攻撃が通用すると思ってるの?」
かろうじてボスと呼ばれた男が立ち上がる。
「おいっ!」
吹き飛ばされた仲間の1人が何やら呪文を唱える。先ほど縄を焼いた魔法使いだ。その男の手から噴き出した炎が少女を包み込んだ。
「焼き尽くせ!」
魔法使いの叫びに笑みを浮かべたボスだったが、そう叫んだ途端に炎が消える。
そこには何事もなく少女が立っていた。もちろん少女は先ほどのポーズのまま、一歩も動いていない。
「くそっ!」
「だーかーらー、そんな魔法が通用するわけないでしょ」
少女がフッと息を吹く。たちまち彼らの足元が凍り付く。あわてて逃げようとするものの、一歩も動けない。
「あんまり世話を焼かせないで」
必死にもがく一団をしり目に仮面の少女は彼らが背負っていた袋を拾い上げる。袋の中には強奪してきた宝石や貴金属がたくさん入っていた。少女はお目当ての金貨や銀貨をひとつかみ取り出してローブの内側にあるポケットに入れる。その後に空に向かって呪文を唱えてると手の平ほどの光の玉を打ち上げた。

やがて大勢の足音とともに何人もの武装した兵隊が集まってくる。王都タランガを守る警備兵だ。
「いっつも、いつも、おそーい」
警備兵が集まってくるのを確認した仮面の少女は、魔法を使ってゆっくりと宙に浮く。
「まーた、お前か、ローズマスク」
警備兵を引き連れた男が少女を見上げる。
「何よ、正義の味方に向かって“お前か”は、ないと思うんだけど…」
少女が不服そうにつぶやく。
「盗賊を捕まえてくれてありがとう、でしょ、豪剣士ファルツァーさん」
ファルツァーと呼ばれた男の顔がゆがむ。
「それには感謝する。しかし盗賊の上前をかすめるとるようなことは止めろ!」
「だってえ、あなた達も警備兵としてお給料を貰ってるんでしょ。なら、私もちょっとくらい…ね」

王都や近隣の町で起きた犯罪者をローズマスクが捕まえたのは、ここ数カ月で7度目。その度にローズマスクは宝石や金銭を「ちょっとくらい」と持っていく。ただしローズマスクはそれらを自分のものにするわけではない。王都の片隅にある貧民街でばら撒いたり、行き場のない子供達を引き取っている孤児院や救護院に放り込んだりしていた。盗賊や強盗の被害者となった貴族や商人らは、そうした事情を聞くと、「それくらいなら…」と被害を訴えるようなことはしなかった。さらに、国王や大臣らも「被害者がそう言うのなら、大目に見ておこう」と王都タランガの名誉警備隊長であるファルツァーに命じていた。

バラを描いた仮面で見えないが、こうして話している今も少女が微笑んでいるのはファルツァーにも分かる。
「それに、こーんな盗賊に出し抜かれているばかりじゃ、ドラゴンキラーの異名が泣くと思うんだけど」
仮面の少女にからかわれて、さらにファルツァーの顔がゆがむ。
「賊とは言っても人間だ。むやみに殺すわけにもいかない。ドラゴンとは勝手が違うんだよ」
「まあ、それもそうね」
少女がさらに高く宙に舞う。
「待て!ローズマスク!」
「あら、まだ、何か用?」
少女はファルツァーに背を向けたままピタリと宙で止まる。
「お前とラシャンスとは何か関係があるのか?」
「私が偉大なる魔法使いラシャンス・シトロナードと関係あるかって?」
ファルツァーに向き直った少女は、ゆっくりとファルツァーのそばに降りてくる。
「光栄ね」
「違う!お前と関係があるか?と聞いているんだ」
「どうして関係あるように思うの?」
聞かれたファルツァーが答える。
「そりゃあ、髪の色に…、目の色…」
少女が「チッチッチッ」と言いながら、仮面の前で人差し指を左右にゆっくり振る。
「確かに金髪で黄眼は珍しいでしょうけど、それだけじゃあ…ねえ」
「あとは、何となく、だ」
少女が仮面のまま大笑いする。
「ドラゴンキラーの豪剣士ファルツァーの勘なら信じたいけど、そこまで言ってしまったら、もう何でもあり…よね」
「関係ないのか?」
少女はフワリと浮かび上がる。
「それを知りたかったら、私を捕まえてみることね。もっともそんな盗賊ですら捕まえられないようじゃ、100年たっても無理かも」
宙に浮かんだ仮面の少女は、笑い声とともに夜の闇へと消えていった。

「ファルツァー様、盗賊の捕縛が終わりました」
何人かの警備兵が直立してファルツァーに報告する。その背後では縛られた盗賊達が犯罪者用の馬車に乗せられていた。
「ご苦労。盗まれたものは?」
「あちらに」
警備兵の1人が指さす。大きめの袋が4つ。
「これまで通り、被害者に中身を確認してもらってくれ。おそらく何か無くなっているはずだ」
ファルツァーがその他の処置を命じると、警備兵が散っていく。残った警備兵がファルツァーに尋ねる。
「また、ローズマスク様に助けられましたね」
「ローズマスク…様…だと?」
必ずしも正義の味方とは言えないローズマスクに“様”を付けたことで、ファルツァーが警備兵を睨む。慌てた警備兵が言葉を続ける。
「その…ラシャンス様と関りがあるのでしょうか」
「そいつは俺が知りたいよ」
ファルツァーが地面をけり上げた。

「ご主人様、だんだんとエスカレートしていませんか?」
宙を浮かんでいる少女が着ているフードの中から、彼女の精霊であるメリナが顔を出す。
「何だか面白くなっちゃってさ」
「ファルツァー様、怒っていましたよ」
「そうねえ」
仮面の少女は王都タランガの片隅にある古めの大きな家に近づいた。
「今日は、あそこなんですね」
「うん、結構な人数の子供達を引き取ってるんですって」
少女は灯りが透けて見える窓に近づくと、軽くノックする。中から「何?誰?」の声が聞こえる。
そっと開かれた窓から一人の青年が顔を見せた。右手には金づちを持っている。
「こんばんは、いきなりごめんなさいね」
仮面の少女を見た青年は腰を抜かしたようで、金づちを持ったまま、その場にへたり込んだ。
「ロ、ロ、ローズマスク?」
「うんうん、はい、これ」
仮面の少女は布に来るんだ固まりを青年に放り投げる。青年が開くと、金貨や銀貨が入っていた。
「これは…受け取れません!」
腰を抜かしたままの青年が布を突き返す。
「どうして?」
「だって、盗んだものですよね」
「正確に言えば、盗んだものを取り返したものよ」
「でも…」
仮面の少女は窓から離れる。
「あなたがいらないって言うのなら、警備隊にでも持っていったら?でも、きっと突き返されると思うけど」
言うだけ言って、少女の姿が闇に消えた。

王都タランガの端にある一軒家。周囲の家々が扉も窓も閉じている中、その家の2階の窓だけが開け放たれており、灯りが目立っていた。闇の中から飛んできた仮面の少女が、2階の窓から家の中に入る。
「間に合ったー」
少女がローブを脱いで赤いバラが描かれた仮面を外すと、端整な素顔が現れた。マスクからも覗かせていた2つの黄色い瞳。すっきり通った鼻筋。小さく引き締まった赤い唇。10代半ばの年齢を加味しても、10人の男性とすれ違えば10人とも「おっ!」や「うむ?」と振り返るほど。

脱いだローブを長椅子に放り投げた少女はローブの横に座った。
「そろそろ…ね」
少女がピクリと肩を震わせる。
「うっ!」
うめき声をあげた少女の体が見る見るうちに縮んでいく。
「ううっ!」
うめき声が止まると、ぶかぶかになった衣服をまとった女の子がそこにいた。見た目は6歳か7歳くらい。
「レトワール・シフォナード、参上!」
レトワールと名乗った女の子は衣服を脱いでやはりブカブカの下着姿になった。長椅子にかけてあったローブを畳もうとしたが、手を伸ばしたところで「あーあ」と大きなあくびをしてしまう。
「今日は疲れたから、もう、このまま寝ちゃおー」
女の子は部屋の灯を消すとベッドに転がり込む。
と、すぐに寝息が聞こえた。
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