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第2話 ラシャンスの選択

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ラシャンスに与える褒美について考えあぐねたグリーノール国王は、オーブ侯爵の助言を受け入れてラシャンスをお茶に誘った。

「もはや英雄となった彼女は、それすら断るのでは?」
ラシャンスが数々の褒美を断ったことを知っていたため、王宮の片隅では、そんな皮肉を口にする者もいたが、ラシャンスは素直に応じる。

数日後、王宮の中庭にしつらえた席にグリーノール国王とラシャンスがいた。

季節の花で色とりどりに飾られた王宮の中庭は、そうした花の世話をする使用人を除いて、王族以外の人間が許可なく立ち入ることはできない。例え貴族であっても、ここに招かれた人間はそれほど多くなかった。

グリーノール国王とラシャンスの前にお茶の支度を終えた女官が深く一礼してそこから下がると、お茶の席はグリーノール国王とラシャンスの2人きりになる。並みの貴族であっても、グリーノール国王と2人きりになったこの場で冷静に応対できる者は少ないだろう。しかし精鋭の5人に選ばれた魔法使いでドラゴンスレイヤーとなったラシャンスにとっては、グリーノール国王と2人きりであっても、自宅で飲んでいるいつものお茶と変わりなかった。

「どうやら気に入ってもらえたようだね」
お菓子やお茶を口にしたラシャンスに、グリーノール国王から語り掛ける。
「はい、さすがに王宮の料理人は違います」
「それは良かった。英雄にも気に入ってもらえたと伝えておくよ」
「ただ、英雄と呼ばれるのは、まだ慣れません」
「そうか、そうか」
その後はたわいない会話が続いた。

ひとしきり話した後、わずかに沈黙が訪れる。
それを待っていたのか、グリーノール国王が意を決して切り出した。

「ラシャンス・シトロナード、マジョール王国を含めて大陸中を探しても、あなたが満足できそうな褒美は見つからないかもしれない。しかし、それでも余はあなたの功績を評して何か授けたいと考えている。何でも言ってくれ、できる限りかなえよう。あなたが欲するものは無いだろうか?」
「うーん」

実のところ、魔法使いのラシャンスがこの時一番欲しかったのは、魔法を研究したりのんびりと休んだりする時間だった。その意味では相手が大陸で一番の権力者であるグリーノール国王であっても、こんな風にお茶など飲んでいるひと時こそ惜しかった。しかし、それをあからさまに口にするほどラシャンスは世間知らずではない。

しばらくの間考えたラシャンスはある希望を口にした。
「それでは…王宮の書庫にある魔法書を何冊か、いただけませんか?」
「ふーむ、魔法書か」
グリーノール国王は頬に手を当てて考えた。

マジョール王国の書庫は、王国創設以降に集められた無数の書物であふれている。世俗的な童話や物語から、語学、数学、医学、建築、芸術などなど、あらゆる分野の専門書まで多種多様。もちろん魔法書でも初心者向けから上級者向けまでそろっている。さらには禁忌とされる魔法書や現在では解読不能となってしまった古代の魔法書もたくさんも収められていた。

「歴代の王宮魔法使いらが封印した魔法書も含めて…と言うことかな?」
グリーノール国王の問いかけに、ラシャンスは「できれば」とうなずいた。

グリーノール国王が「フフッ」と笑う。
「そんな禁忌の魔法書などなくとも、ドラゴンキラーともなったあなたが本気を出せば、大陸中が吹き飛んでしまうかもしれないがな」
「いいえ、まさか…」
グリーノール国王のからかいに、あわてて首を振るラシャンスながら、彼女の脳裏では「大陸を吹き飛ばす魔法かあ、どうすればできるのかな。あれとあれを重ねて、そこにあれを…」などと考えていた。

「ラシャンス・シトロナードの名に懸けて誓います。決してそうした魔法を悪用はいたしません」

そんな誓いの言葉とともにラシャンスの真剣な瞳を見たグリーノール国王は、短く考えて彼女の希望を了承した。グリーノール国王の許可を得たラシャンスは、貴族のだれもが憧れるであろうお茶会を即座に辞して、早々に王宮の書庫にこもる。

数時間の後、15冊の魔法書を選んだ。

「こちらを、お願いします」
ラシャンスは選んだ魔法書を書庫にある机に積み上げる。
「念のためですが、確認いたします」
王宮に所属する熟練魔法使い数人に加えて、王宮書庫専任の執事がラシャンスの選んだ15冊の魔法書をめくる。

もっともらしく調べているものの、書庫専任の執事はもとより、王宮所属の熟練魔法使いですら、理解不能な魔法書ばかりだった。しかも15冊の魔法書の中の3冊には禁忌の印が押されており、本来は国王であっても書庫から持ち出しが禁止されている魔法書だった。しかしそれも含めて、グリーノール国王の許可により、ラシャンスの所有となることが認められた。

15冊の魔法書ともなればそれだけで結構かさばるのだが、ラシャンスがちょっと本の角を摘まむしぐさをすると、15冊の魔法書は小さな固まりとなってラシャンスがはおっていたマントのポケットに収まる。王宮に所属する熟練魔法使いですら見逃してしまうくらいに華麗な一瞬の魔法だった。

その後、王宮から馬車に乗せられてラシャンスは帰路につく。当然のことながら、ラシャンス1人であれば魔法を使って飛んで帰った方が早いのだが、「これも礼儀ね」と王族が使う馬車の乗り心地を楽しむことに決めた。


これらの出来事は、体裁を繕って対外的に発表された。
つまり、ドラゴンを倒した褒美として、マジョール王国秘蔵の魔法書を英雄であるラシャンス・シトロナードに下賜した、と。


こうしたラシャンスの希望や行動を聞いたファルツァー、オーブ、ディスタント、ポーの4人は、そろいもそろってどこか嫌な感じを覚えた。この感覚は英雄としての資質を備えた4人だからこそ生じたとも言えたし、ドラゴン退治でラシャンスと寝食を共にした時期があったからとも言えた。
しかし4人が4人とも嫌な感じを覚えただけに留めてしまった。この時、4人のうちの1人でもラシャンスの家を気軽に訪れていたら、魔法少女ローズマスクは生まれなかったかもしれない。

王宮の馬車を見送ったラシャンスは家に入る。静かに扉を閉めたところで、「やっほーい!」と大喜びして、部屋中を跳ねまわった。

テーブルを浮かべて部屋の中央に移動させると、マントの内ポケットから15冊の魔法書を取り出した。
「うん」
次に別のポケットから10冊の魔法書を取り出した。
「えっと」
また別のポケットから5冊の魔法書を取り出した。
「それと」
さらに別のポケットから1冊の巨大な魔法書を取り出した。
「こっちも」
またまた別のポケットから5冊の魔法書を…

そんなこんなでテーブルの上には魔法書が積みあがる。ざっと見ただけでも100冊以上。最初の15冊以外は、王宮所属の魔法使いらに許可を得ないまま持ち出したもの。当然ながら、ただ魔法書を持ち出したのでは怪しまれる。そこでラシャンスは魔法書を選ぶふりをしながら、ダミーを作って入れ替えてきた。もちろんダミーと言えども、中身もそれなりに作りこんであるため、ラシャンス以外にバレる心配は皆無に近い。

ラシャンスは自分で自分のこめかみを突っつく。
「うふふ、私ったらいけない子」
そんな言葉を口にしつつも、ラシャンスは笑みを隠せなかった。

そこに強めの言葉がラシャンスの耳に届く。
「ご主人様、ちょーっと、いたずらが過ぎるんじゃありません?」
ラシャンスの耳元に手の平くらいの大きさを持った人型の存在が浮かぶ。青色に透き通ったその人型は、ラシャンスが契約した水の精霊であるメリナだった。
「だってえ、欲しかったんだもん。それにあんなところに死蔵されてても、誰も喜ばないでしょ。魔法書だって寂しいと思うし」
「寂しい?それは、どうでしょうか…」
「だったら、私が復元するなり、改良するなりして、世のため人のための魔法にする方が良いと思うのよね」

ラシャンスの言葉は間違っていない。使用方法が分からなくなった古代の魔法を復元しただけでなく、使いやすく改良して現代に普及させたのは、これまでに一度や二度のことではない。そしてラシャンスがそれらの古代魔法を悪用したことがないのも、これまた事実だった。

「それは良いんですけどねえ…」
メリナが「やれやれ」と言いたげに首を振る。
「何よ?」
「また婚期が遅れますよ」
ラシャンスを知り尽くしたメリナからの鋭い指摘に、ラシャンスは「うっ」と言葉が詰まって、床を転げまわることになった。
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