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第20話 ケルナー宅への訪問
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マジョール王国最大の都市である王都タランガ。
中心部には貴族の本宅がある一方、周辺部や王都近郊に別宅や隠れ家を構える貴族も多い。
と言うより、ほとんどの貴族がそうしている。
ファルツァーとオーブが訪れた日の翌朝から、ラシャンスは誘拐された少女達が捕まっているだろう場所を探索した。その有力な候補が誘拐犯の首領である貴族の本宅や別宅、そして隠れ家だ。
この探索にあたって、大陸のあちこちを修業で飛び回っているディスタントの顔が浮かんだ。
が、すぐに消えた。
もし単に暴れるのであれば、ディスタントに協力を求めただろう。けれども少女相手の繊細な対応はディスタントには難しいと判断した。それどころか極秘に誘拐一味の確保を進めているファルツァーとオーブらの邪魔にもなりかねない。それらを勘案してディスタントには連絡しなかった。もっとも、しばらくすればファルツァーやポー辺りから、ディスタントに話が流れるのは予想できたが。
「たっくさん隠れ家を持ってるのねえ。これじゃあ悪いことしてるって言ってるようなものじゃない」
先日、アジトの1つをラシャンスが誘拐犯とともに叩き壊したためか、どこも警備が厳重だった。それでも別宅や隠れ家を1つ1つを調べていくうちに、誘拐された少女達がいくつかの別宅や隠れ家に分けて管理されているのが分かった。
「とりあえず命の危険は無さそうね」
こうした探索は、もちろんファルツァーやオーブには内緒だ。
しかし、ラシャンスがひそかに行動している中で、同じような探索をしている人間が何人もいることにラシャンスは気づいた。最初、ラシャンスはファルツァーかオーブに指示された警備兵かと考えたし、事実としてそうした者もいた。しかしその中には警備兵とは雰囲気が異なる人間もいた。それら雰囲気が異なる人間達をの様子を伺っていると、フロール伯爵の部下と分かった。
「彼女…かな?」
先日のアジトで出会った少女ケルナー・ド・フロールを思い出す。誘拐犯に捕まった場でも、極力冷静に努める理知的な顔が浮かんだ。
「…さすがに違うか。となると…」
ラシャンスはケルナーから話を聞いたフロール伯爵家が独自に動いているのだろうと推測した。
「それなら、そっちに任せた方が確実ね。人数もいるだろうし」
その夜、ラシャンスは15歳の姿になって、フロール家を訪問した。
もちろん何の知らせもなく、こっそりと。
「こんばんは」
「!」
灯りを消してケルナーが枕に頭を沈めた途端、いきなりベッドに腰かけたラシャンス。ケルナーが大声を出しかけた寸前、ラシャンスの右手がケルナーの口を覆って倒れこむ。2人分の重さで枕がさらに沈み込んだ。
ラシャンスが唇に人差し指をあてて「しーっ」とささやくと、ケルナーも口をふさがれたままうなずいた。ケルナーが落ち着いたと判断したラシャンスが手を離す。
「何日ぶりかしら?」
「ロージィ・スカーレット!」
ラシャンスの手を押しのけたケルナーが声を抑えつつ名前を呼んだ。
「あ、あ、あなた…」
ケルナーには聞きたいことが山ほどあった。
あの日、自宅に帰ることができたケルナーは両親から怒られながらも、大まかな出来事を離した。
「そうか…分かった」
父であるハーロウ・ザ・フロール伯爵は、誘拐事件に対して必ず解決すると約束してくれた。
そこでケルナーやその両親が気にしたのは、何人もの誘拐犯を倒したロージィ・スカーレットの存在。その名前が偽りのものであることはハーロウ伯爵も推測できたのだが、それに見合った外見と魔法能力を持った人間は、国内外の魔法使いに詳しいハーロウ伯爵にも思い当たらなかった。
「そうですか」
「ただ、見た目を変える魔法もあるからな」
ケルナーにとって、ロージィの外見が魔法で装ったものには思えなかった。
「そう…ですね。でも手を触れた感じでは、私と同じくらいの少女でした」
「ふむ、それもまた魔法かもしれんな」
しかし魔法使いとしても相当な能力を持つ父にそう言われてしまうと、それ以上ケルナーは反論できなかった。
「あなたの本当の名前は?」
「何者なの?」
「どこから来たの?」
「その外見は本物?」
「国に所属する魔法使い?」
「貴族?平民?」
「我が家の結界はどうやって破ったの?」
「もしかして人間じゃないの?」
いくつもの質問をぶつけようとした瞬間、またラシャンスの手がケルナーの口に人差し指を当てた。
「ごめんなさい、いろいろ聞きたいことはあるだろうけど、今は誘拐事件のことで来ているの」
「ひゅーはい(ゆうかい)?」
ラシャンスが指を離す。
「事件のことなら、お父様が何とかするはずよ」
「そうね、ハーロウ伯爵とその仲間、いえ部下かしら?が動いているのは知ってる。だから、ここに来たの」
ラシャンスはマントの内ポケットから一枚の紙を取り出す。
「この4つの家に捕まっている女の子達がいる」
ケルナーはベッドの横にあるランプの光を大きくする。紙には4カ所の住所が書かれていた。王都タランガ内の3カ所。近郊の1カ所。
「名誉警備隊長のファルツァー・ゴルドーと協力して彼女達を助けてあげて」
「ファルツァー?あのドラゴンキラーの?」
「そう、そして、できれば私のことは秘密で」
ラシャンスの希望を聞いたケルナーは、少し考えて「分かった」と答えた。
「ありがとう、じゃあ、おやすみなさい」
用件を済ませたラシャンスはフワリと浮かぶ。
ケルナーが「あっ」と言った途端に天井の闇へと消えていった。
「待ちなさいよ!もう!」
残されたケルナーは枕を思い切り投げ飛ばした。
ラシャンス宅で打ち合わせをした10日後、誘拐犯の一味を捕縛する作戦が始まった。ファルツァーとオーブを中心に警備兵らが綿密な打ち合わせをしたことで、ファルツァー隊とオーブ隊の連携作戦は100%、いや120%成功した。
まず誘拐事件を主導したチィーサー子爵は、王都タランガの屋敷に踏み込んだオーブ侯爵の一団を見ると、あっけなく降参した。むしろ訳が分からないままに抵抗した子爵家の使用人らの方に、オーブ達が手こずったくらいだ。
「さすがねー」
ここで可哀そうなのは、誘拐事件に全く関わりのなかったチィーサー子爵夫人や子爵の子供達。
事件の内容により、チィーサー子爵の罪に連座させられることはなかったけれども、貴族家としての地位や名誉は一切はく奪され、所領や財産は全て没収された。必然的に庶民となった夫人や子供達は、やはり貴族である夫人の実家に身を寄せたものの、よほどのことが無い限り生涯冷遇されて終わるだろう。
「仕方ないよねー」
そして誘拐犯のアジトをせん滅させる作戦は、ファルツァーによって完璧に実行された。オーブが子爵家に踏み込んだ日時に合わせて、王都タランガや周辺都市にまぎれていた20カ所のアジトが一気に取り囲まれる。小さなアジトでも50人ほどの警備兵が送り込まれ、大きなアジトは数百人の兵士がアリのはい出る隙間すらない壁を作った。
「お見事!」
誘拐犯達は一部に抵抗を試みた者もいたが、ファルツァーに「歯向かう者がいれば、手加減はするな」と命令されていた警備兵により、容赦なく切り捨てられた。死体となって転がった仲間を見た誘拐犯らは早々に武器を捨てて降伏した。しかし、その大半は裁判の後に死刑を命じられたことで、誘拐犯達が生きながらえた月日に大きな差は生じなかった。
「当たり前!」
これと同時に、4カ所のアジトに捕えられていた少女達は全員無事に保護することができた。これはハーロウ・ザ・フロール伯爵らが警備兵を確実に誘導した成果だった。
「よかったあ!」
少女誘拐事件の逮捕騒動を報じた新聞を丁寧に畳んだラシャンスは「どうしようかなあ」とつぶやいた。事件は解決したものの、ラシャンスにとって新たな悩みの種ができたからだ。
もちろん15歳となったラシャンスを見知っているケルナーだ。
「魔法でちょちょいっ…と、はしたくないなあ」
中心部には貴族の本宅がある一方、周辺部や王都近郊に別宅や隠れ家を構える貴族も多い。
と言うより、ほとんどの貴族がそうしている。
ファルツァーとオーブが訪れた日の翌朝から、ラシャンスは誘拐された少女達が捕まっているだろう場所を探索した。その有力な候補が誘拐犯の首領である貴族の本宅や別宅、そして隠れ家だ。
この探索にあたって、大陸のあちこちを修業で飛び回っているディスタントの顔が浮かんだ。
が、すぐに消えた。
もし単に暴れるのであれば、ディスタントに協力を求めただろう。けれども少女相手の繊細な対応はディスタントには難しいと判断した。それどころか極秘に誘拐一味の確保を進めているファルツァーとオーブらの邪魔にもなりかねない。それらを勘案してディスタントには連絡しなかった。もっとも、しばらくすればファルツァーやポー辺りから、ディスタントに話が流れるのは予想できたが。
「たっくさん隠れ家を持ってるのねえ。これじゃあ悪いことしてるって言ってるようなものじゃない」
先日、アジトの1つをラシャンスが誘拐犯とともに叩き壊したためか、どこも警備が厳重だった。それでも別宅や隠れ家を1つ1つを調べていくうちに、誘拐された少女達がいくつかの別宅や隠れ家に分けて管理されているのが分かった。
「とりあえず命の危険は無さそうね」
こうした探索は、もちろんファルツァーやオーブには内緒だ。
しかし、ラシャンスがひそかに行動している中で、同じような探索をしている人間が何人もいることにラシャンスは気づいた。最初、ラシャンスはファルツァーかオーブに指示された警備兵かと考えたし、事実としてそうした者もいた。しかしその中には警備兵とは雰囲気が異なる人間もいた。それら雰囲気が異なる人間達をの様子を伺っていると、フロール伯爵の部下と分かった。
「彼女…かな?」
先日のアジトで出会った少女ケルナー・ド・フロールを思い出す。誘拐犯に捕まった場でも、極力冷静に努める理知的な顔が浮かんだ。
「…さすがに違うか。となると…」
ラシャンスはケルナーから話を聞いたフロール伯爵家が独自に動いているのだろうと推測した。
「それなら、そっちに任せた方が確実ね。人数もいるだろうし」
その夜、ラシャンスは15歳の姿になって、フロール家を訪問した。
もちろん何の知らせもなく、こっそりと。
「こんばんは」
「!」
灯りを消してケルナーが枕に頭を沈めた途端、いきなりベッドに腰かけたラシャンス。ケルナーが大声を出しかけた寸前、ラシャンスの右手がケルナーの口を覆って倒れこむ。2人分の重さで枕がさらに沈み込んだ。
ラシャンスが唇に人差し指をあてて「しーっ」とささやくと、ケルナーも口をふさがれたままうなずいた。ケルナーが落ち着いたと判断したラシャンスが手を離す。
「何日ぶりかしら?」
「ロージィ・スカーレット!」
ラシャンスの手を押しのけたケルナーが声を抑えつつ名前を呼んだ。
「あ、あ、あなた…」
ケルナーには聞きたいことが山ほどあった。
あの日、自宅に帰ることができたケルナーは両親から怒られながらも、大まかな出来事を離した。
「そうか…分かった」
父であるハーロウ・ザ・フロール伯爵は、誘拐事件に対して必ず解決すると約束してくれた。
そこでケルナーやその両親が気にしたのは、何人もの誘拐犯を倒したロージィ・スカーレットの存在。その名前が偽りのものであることはハーロウ伯爵も推測できたのだが、それに見合った外見と魔法能力を持った人間は、国内外の魔法使いに詳しいハーロウ伯爵にも思い当たらなかった。
「そうですか」
「ただ、見た目を変える魔法もあるからな」
ケルナーにとって、ロージィの外見が魔法で装ったものには思えなかった。
「そう…ですね。でも手を触れた感じでは、私と同じくらいの少女でした」
「ふむ、それもまた魔法かもしれんな」
しかし魔法使いとしても相当な能力を持つ父にそう言われてしまうと、それ以上ケルナーは反論できなかった。
「あなたの本当の名前は?」
「何者なの?」
「どこから来たの?」
「その外見は本物?」
「国に所属する魔法使い?」
「貴族?平民?」
「我が家の結界はどうやって破ったの?」
「もしかして人間じゃないの?」
いくつもの質問をぶつけようとした瞬間、またラシャンスの手がケルナーの口に人差し指を当てた。
「ごめんなさい、いろいろ聞きたいことはあるだろうけど、今は誘拐事件のことで来ているの」
「ひゅーはい(ゆうかい)?」
ラシャンスが指を離す。
「事件のことなら、お父様が何とかするはずよ」
「そうね、ハーロウ伯爵とその仲間、いえ部下かしら?が動いているのは知ってる。だから、ここに来たの」
ラシャンスはマントの内ポケットから一枚の紙を取り出す。
「この4つの家に捕まっている女の子達がいる」
ケルナーはベッドの横にあるランプの光を大きくする。紙には4カ所の住所が書かれていた。王都タランガ内の3カ所。近郊の1カ所。
「名誉警備隊長のファルツァー・ゴルドーと協力して彼女達を助けてあげて」
「ファルツァー?あのドラゴンキラーの?」
「そう、そして、できれば私のことは秘密で」
ラシャンスの希望を聞いたケルナーは、少し考えて「分かった」と答えた。
「ありがとう、じゃあ、おやすみなさい」
用件を済ませたラシャンスはフワリと浮かぶ。
ケルナーが「あっ」と言った途端に天井の闇へと消えていった。
「待ちなさいよ!もう!」
残されたケルナーは枕を思い切り投げ飛ばした。
ラシャンス宅で打ち合わせをした10日後、誘拐犯の一味を捕縛する作戦が始まった。ファルツァーとオーブを中心に警備兵らが綿密な打ち合わせをしたことで、ファルツァー隊とオーブ隊の連携作戦は100%、いや120%成功した。
まず誘拐事件を主導したチィーサー子爵は、王都タランガの屋敷に踏み込んだオーブ侯爵の一団を見ると、あっけなく降参した。むしろ訳が分からないままに抵抗した子爵家の使用人らの方に、オーブ達が手こずったくらいだ。
「さすがねー」
ここで可哀そうなのは、誘拐事件に全く関わりのなかったチィーサー子爵夫人や子爵の子供達。
事件の内容により、チィーサー子爵の罪に連座させられることはなかったけれども、貴族家としての地位や名誉は一切はく奪され、所領や財産は全て没収された。必然的に庶民となった夫人や子供達は、やはり貴族である夫人の実家に身を寄せたものの、よほどのことが無い限り生涯冷遇されて終わるだろう。
「仕方ないよねー」
そして誘拐犯のアジトをせん滅させる作戦は、ファルツァーによって完璧に実行された。オーブが子爵家に踏み込んだ日時に合わせて、王都タランガや周辺都市にまぎれていた20カ所のアジトが一気に取り囲まれる。小さなアジトでも50人ほどの警備兵が送り込まれ、大きなアジトは数百人の兵士がアリのはい出る隙間すらない壁を作った。
「お見事!」
誘拐犯達は一部に抵抗を試みた者もいたが、ファルツァーに「歯向かう者がいれば、手加減はするな」と命令されていた警備兵により、容赦なく切り捨てられた。死体となって転がった仲間を見た誘拐犯らは早々に武器を捨てて降伏した。しかし、その大半は裁判の後に死刑を命じられたことで、誘拐犯達が生きながらえた月日に大きな差は生じなかった。
「当たり前!」
これと同時に、4カ所のアジトに捕えられていた少女達は全員無事に保護することができた。これはハーロウ・ザ・フロール伯爵らが警備兵を確実に誘導した成果だった。
「よかったあ!」
少女誘拐事件の逮捕騒動を報じた新聞を丁寧に畳んだラシャンスは「どうしようかなあ」とつぶやいた。事件は解決したものの、ラシャンスにとって新たな悩みの種ができたからだ。
もちろん15歳となったラシャンスを見知っているケルナーだ。
「魔法でちょちょいっ…と、はしたくないなあ」
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