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第30話 魔力の解放

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マジョール王国の王都タランガ。
大陸でも有数の大都市ながら、ある程度離れると自然豊かな森に至る。
もちろん危険と隣り合わせの場所であり、日中でも人気は少ない。夜ともなればなおさら。

こぼれそうな星空から真っ暗な地面に降り立つロージィ。抱いていたケルナーを降ろす。
2人からほど近くで水音が、遠くからは獣らしき咆哮が聞こえる。思わずケルナーはロージィが羽織っていたマントの裾を握った。
「ほいっと」
ロージィが右手を振ると魔法で灯りが宙に光る。大きな滝とそこから流れる川が浮かび上がった。
「わぁ、きれい」
めったに見られない絶景にケルナーが歓声をあげる。
「私の秘密の場所」

ラシャンス・シトロナードとしてなら何度も、最近ではレトワール・シフォナードとしても訪れた場所。それでも契約した水の精霊であるメリナは別として、自分以外の存在を招いたのはラシャンスにすれば初めてのことだった。

ケルナーは川の水を両手ですくってひと口飲む。ホッとひと息ついたところで、改めてロージィを見た。
視線を感じたロージィはケルナーを見返す。
「何?」
「あなたって、すごい魔法使いなのね」
ケルナーは褒めたつもりだったが、ロージィは悩まし気な表情をした。
「ありがとう。でもね、自分では満足してないの」
「何か不満が?」
「不満と言うより、魔法を追求すればするほど、魔法の奥深さが分かってくるから」
未だに魔法を遣えないケルナーには理解できない言葉。
「私が生きてるうちに、どこまでたどり着けるのだろうかって」
「ふーん」
生返事をしたケルナーに、ロージィは言葉を続ける。
「まあ、他にも悩みはあるんだけどね」
「そうなの?聞かせてくれる?」
ロージィは「うーん……秘密」と答えた。

英雄ドラゴンキラーとなったものの、結婚を焦ったあげくに中途半端な魔法陣や薬を使って少女や子供になってしまったとは到底言えない。さらに、なりゆきで魔法少女となってて、結構楽しんでいることも。

ケルナーは不満げな顔を隠さない。
「何だかいろいろ隠しているのねえ」
「知りたかったら、魔法で暴いてみたら?」
ロージィは笑みを浮かべた。ケルナーが魔法では敵わないと見た上での挑発だ。
「そんなの無理に決まってるじゃない!」

「フフフ、そろそろ始めましょうか」
ロージィがケルナーを招き寄せて両手を握る。
「目をつむって呼吸を整えて」
ケルナーが目を閉じたのを確認したロージィは自分も目を閉じると、握った両手に意識を集中する。そのまま手を通してケルナーの意識の奥底へと潜り込んだ。

人の頭くらいの大きさの箱が転がっていた。
「ポー様は口をしっかり縛った袋と見たけど、私が見るとこんな感じか」

ケルナーの意識の奥底に潜り込んだロージィ、つまりラシャンスの意識が見つけた箱。がっちりと金属製のようにみえる箱は、太い綱やら鎖やらつる草やらその根っこやらで覆われている。
ラシャンスは箱を持ち上げる。それほど重くはないものの、軽々と持ち上げられるほどでもない。

「確かにこれを解くとなると、私でも…半年くらいはかかりそう」

ポー・ドゥースは「集中して3カ月」と言っていたのをラシャンスは覚えている。
僧侶と魔法使いでは対処する方法が違うのだろう。ラシャンスはポーの対処方法に興味があったものの、ケルナーに一晩で解放すると言った以上、ポー・ドゥースに任せる気はない。

「じゃあ、行きますか」

両方の手のひらから指先まで均等に力を込める。箱の表面全体にラシャンスの魔力を行きわたらせた後、鎖やつる草を思いっきり引っ張った。熟した果実の皮をヌルリとむいたように、箱を覆っていた鎖やつる草が引きはがされた。ラシャンスの両手から地面に落ちた箱は大きく震えて転がった後、ポコンと蓋が開く。

何となく危険を感じたラシャンスは数歩下がる。いきなり箱の中から激しい風と炎が飛び出した。
「これが10年くらいこじらせてきた結果かあー」
風と炎を巧みに避けたラシャンスは箱を眺めつつ、ケルナーの意識の奥底から離れていった。

ロージィが目を開けると、ケルナーは目をつむったまま全身を痙攣させている。
「さて、どうなるかな」
ロージィがケルナーの手を離すと、ケルナーは両手をそのままに胸を反らす。自然と上向きになると口が大きく開く。
「あーっ!」
両目も大きく見開かれる。
ここでも危険を感じたロージィが数歩下がる。途端にケルナーの着ていた夜着が粉々になって吹き飛んだ。
「あらら…」
ケルナーの髪が獅子のように逆立つ。目からは大粒の涙が、鼻からは太い鼻水が、口からは大量のよだれがあふれてくる。さらに水の滴る音を聞いたロージィがケルナーの下半身を見ると、黄色い液体が両足の間からしたたり落ちていた。

「用意してきて正解」
マントのポケットに手を入れたロージィは何か小さいものをつまみだすと、意図せず醜態をさらすことになったケルナーの右手を取った。その中指にロージィが何かを通すと、ケルナーの瞳に意識が戻る。逆立っていた髪も元通りとなった。

「し、し、し、し、し…」
「し?」
「死ぬかと思ったじゃない!」
ロージィはつかみかかろうとしたケルナーを軽くかわす。
「うん、そう思えるってことは生きてる証拠だから」
「ふざけないでよ!」
怒りの表情を隠さないケルナーの目の前にロージィは手のひらを広げる。
「とりあえず顔を洗ったら?」
ケルナーはムッとしたものの、鏡はなくとも自分の顔がひどい有様になっているだろうことは自覚できている。
川に向かうと、両手で水をすくって何度も洗う。
「足も洗った方が良いよ」
ロージィに指摘されたケルナーは、あわてて川の中に入ると下半身に水をかけた。
最後に水に濡らした手で髪をまとめたケルナーは川から上がる。
「この年になって、もらすとは思わなかったわ」

ロージィは「お疲れさまー」と迎えたものの、ケルナーは何も言わずにロージィが着ていたマントを引っぺがす。
「え、何?」
あっけにとられるロージィをよそに、ケルナーは無言でマントを使って体を拭いた。
「ああ、ちょ、ちょっと…」
体を拭き終わったケルナーは、ロージィのマントを体に巻くと、大きくひと息ついた。
「マント…」
マントを返して欲しそうなロージィに、ケルナーは右手を出す。
「これは何?」
ケルナーは右手の中指に触れる。
彼女の目には見えないものの、透明な指輪のらしきものがはめられたのを感じていた。

聞かれたロージィが照れながらも微笑む。
「言わなくても分かるでしょ」
「うん?」
不審がるケルナーにロージィが言葉を続ける。
「私からあなたへ、あ・い・の・あ・か、…痛い!痛いって!」
言い終わる前にケルナーの右手がロージィの耳を思いっきり引っ張った。
「冗談はそれくらいにしなさいよ」
「いったいなあ」
ロージィは耳をさすった。
「あなたの魔力を抑える指輪。大体10分の1くらいに」
「ふーん」
ケルナーが中指に触れる。透明で、ごくごく薄そうな感触ながら、れそうな感じは全くしない。
「でも、このままだとお父様に…」
ロージィはニンマリ笑う。
「それは大丈夫。フロール伯爵のような腕利きの魔法使いであっても、触れない限り気づかないような術をかけてあるから」
「そう、でもどうして10分の1なの?」
ロージィは「フフン」と胸を反らす。
「単なる勘よ。あなたがその魔法力になじんでくれば、5分の1、3分の1、半分、3分の2って具合に解放するつもり」

ケルナーは「勘」と聞いて怒鳴ろうと思ったが、適度に魔力を抑えている雰囲気やロージィの計画を聞いて『この娘の勘って、でたらめなだけでもなさそうね』と押し留まった。

「全部解放できるのはいつくらい?」
ケルナーの質問にロージィが「それはあなたの努力次第」と当たり前の答えを返す。
「あなたの勘だと?」
「早くて半年、遅くとも…10カ月ってところかな」
「そう…か」

ポー・ドゥースに任せた場合に1年かかっただろうことを考えれば、ケルナーにとって悪くない答え。当然、ロージィの想定における最短となる半年で解放するよう努力するつもり。

「それで、普通に指輪を外すことはできないの?」
ロージィが指輪がはまったケルナーの中指を指さす。
「ここに黒いポッチがあるの分かる?」
「ええ」
小さな黒い点が見える。指輪を感じていなければホクロと勘違いしそうな点。
「まず右回りに3度回して」
「ええ」
指から抜くことはできない指輪ながら、回すことはできる。
「次に左回りに2度」
「ええ」
「最後にまた右回りに1度」
「ええ」
指輪が軽くなったと思ったケルナーは、思わず指輪を引き抜いてしまう。
「あーっ!」
途端にケルナーの髪が逆立った。
「何やってるのよ、もう…」
ロージィが急いでケルナーの指に指輪をはめる。
正気に戻ったケルナーは再び顔を洗いに川へ向かった。

「ふぅ」
川から戻ったケルナーは体に巻いたマントの端で水けをぬぐった。
「慌てものとか、そそっかしいとかって言われない?」
ケルナーはロージィから顔を反らしつつ、「たまに…」とだけ答える。
「ところでマントは汚してないでしょうね」
「ああ、少し漏らしたかも」
「ちょっと!」
「う・そ」
怒りかけたロージィにケルナーは小さく舌を出した。

そんなケルナーの手をロージィが握る。
ケルナーが「何?」と聞くが、ロージィは悩まし気な顔で答えない。
「何なのよ」
「あなたって、面白いのね」
ロージィの脳裏に箱から飛び出した風と炎が思い浮かぶ。
「面白い?」
意図が分からずケルナーは不機嫌になる。
「あなたね、風属性と火属性が備わってる」
「ほんと?」
笑顔に変わったロージィが「嘘を言っても仕方ないでしょ」と答えた。

「私のお父様が火属性でお母さまが風属性なんだけど…」
しかしロージィは首を振る。
「それは偶然、両親の属性を受け継ぐのなら、複数の属性を持った人がもっと生まれるはずでしょ」
ケルナーは兄達を思い浮かべる。皆、1つしか属性を持っていない。
「それも…そうか」
ロージィがニヤッと笑って、ケルナーの手を強く握る。
「ねえ、あなたのこと、じっくり調べてみたいんだけど」
ケルナーはロージィの手を振り払った。
「まあ、その内ゆっくりね。とりあえず座りなさいよ」
ロージィが腰を下ろすと、ケルナーも向かい合わせに座る。
「で、どんな感じ?随分すっきりしたんじゃない?」
ケルナーはうなずく。
「そうね。どこか軽くなった気分」
「良かった。で、これからの魔法の練習なんだけど、多分3つの中から選ぶことになると思う」
「3つ?」
ケルナーは首をひねった。
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