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<後編>

第48話 春を祝う11 思惑通りになっていたら

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 引っ越しは楽ではなかった。荷物を運んでくれたのはポーターさんたちだし、わたしはメイド姿でファニーに扮したミリアを支えていただけだから、体力的に問題はなかったのだけどね。その際荷物やわたしたちにおかしな術がかけられてしまっては意味がないので、かなり高位な魔術師と神官様にいちいちスキャニングされた。手伝ってくれた侍従さんやポーターさんは誓約魔法でいろいろ制限されたらしい。ありがたいんだけど、そういうのが精神的に、ね。

 ファニーの部屋で、ミリアとため息をつく。疲れたなと思っているともう夕方だった。
 お兄様の部屋も整ったらしく、呼ばれた。殿下たちから夕飯をとりながら話し合わないかと提案があり、わたしが出られそうか打診される。聞きたいこともあったので、参加することにした。

 だが、夕飯の前に問題が起こった。
 パトリック様からお見舞いの花が届いたのだが、念のため魔術師さんが魔力をあててくれたんだけど、呪いがかかっていたのだ。メッセージカードを開いた人に対して不安感を煽る呪いだったのではないかということだ。数時間のごく弱いものだったそうだが。すぐにパトリック様に使いを出したが、パトリック様は花自体を送っていなかった。

 調べているところに、客人用の夕飯が届けられたのだが、これまた魔術師さんが一応と調べてくれたら、そのうちのいくつかにお腹がゆるくなる植物の葉が混入していたので騒ぎとなった。殿下たちと食べる予定だったから余計に。

 わたしは、その一連のことで食事をとるのが怖くなってしまった。よほどダメージを受けたと伝わったのか、今日はとりやめて、話し合いは明日の午前中へと持ち越された。4人での食事となったが、調べて何も入ってないとわかっていても、口に入れようとすると拒否反応が出てしまい、食べるのをあきらめた。



 翌日、朝早くに殿下から手紙がきた。隣の部屋なのに。貴族社会ってのは面倒だ。

 王族の住処にはスペシャルな外国の王族をもてなすための客間がある。そこはキッチンもついているそうだ。もしよければそのキッチンを使ってご飯を作ってもいいよというものだった。
 王族専用区域なので、材料も入ってくる時点でかなりのチェックが入る別ルート。そこにある材料とそこで作る分には安全が約束される。わたしたちに提供される食事はどうしてもルートが客扱いになってしまうので多くの人が携わるのは免れない。その場合は魔術を通して最終チェックしてくださるそうだが。やっぱり何かが入っていた事実は怖い出来事で、気も紛れるしその提案をありがたく受けることにした。

 トムお兄様とキッチンに立つと、2年前に戻ったようだ。
 材料がふんだんにある。そして新鮮だ。気が滅入っていたこともあり、朝は簡単なものにする。シャキシャキの生野菜のサラダと玉ねぎのスープを作る。パンは卵サンドにしようっと。卵が新鮮だし、お酢も油もあるからマヨネーズが作れる。トムお兄様に茹で卵をお願いして、わたしはカチャカチャマヨネーズを作るのに攪拌する。風の術が欲しい。めちゃくちゃ手が疲れるから。油と黄身をうまく混ぜ合わせるのが難しいんだよね。
 4人での食事はとても気が楽だ。
 卵サンドはとてもおいしいと言ってもらえた。満足気な笑顔をもらってテンションがあがってきた。
 食後にトムお兄様が紅茶を入れてくれて、少し話す。

「お兄様はパトリック様とフレディ様にはどうしたらいいと思います?」

「お前はどうなんだ? 賭けではなく純粋にお前に交際を申し込んでくれてるのかもしれないぞ。お断りしたらふたりとの縁談はなくなる」

「……わたし、よくわかりません」

 静けさが降りる。

「なぁ、ファニー」

 わたしはお兄様を見上げる。

「お前は思慮深い。兄さんたちが亡くなる前はそんなことなかったのに」

「そうだな。思いつくままに行動するのがファニーだった」

「言わないで動き出すから、ついていくのが大変だったわ」

 前世を思い出して、わたしは変わっただろうと思う。

「だから今もぐだぐだいろんなことを考えているんだとは思うが、心の中では昔のまま、感じてわかっているんじゃないかと思う」

「わかっている?」

「お前は勘がはたらくからな。自分の中で何が大切か、心はいつも答えを持っている。急ぐ必要はないが、お前の中にいつも答えはあるんだ」

 ミリアにも同じようなことを言われたなと思う。



 先触れの方のノックで、慌てて部屋を整える。

 5人の方々がいらして、まず昨日のことを謝られた。
 わたしは、わたしが倒れたのは皆様のせいではないとお話しした。

 皆様から見ると、わたしは突然フレディ様から手をといて花垣に隠れたように見えたようだ。
 慌てて追いかけると目が離れたのは2、3秒のことなのにわたしの姿がない。
 フレディ様に聞けば、わたしが雨宿りをしようと言ったと、皆でピーカンに晴れた空を見上げた。
 ところがその数分後、〝バケツをひっくり返した〟の表現では追いつかない雨が降り出した。急な雨に人々が逃げ惑う中、皆様わたしを必死に探してくださった。雨がやむと、端に四阿が見えてマテュー様がわたしをみつけたが、わたしの様子がおかしく、……倒れたということらしい。

 お兄様から聞いただろうけれど、わたしは四阿に入った時のことからを話した。
 入った途端すごい雨で、なんで皆様入ってこないんだろうと思ったけれど、あまりの雨足に外に踏み出せなかったこと。
 少女の声がしてそちらを見れば、壮絶に可愛らしい方がいて、名乗りあったこと。夜会に誘われたがなんか変な感じがしていたので〝確認してみないと〟と断ったこと。
 少女を探しにクジネ男爵がやってきて、なぜかわからないが恐ろしくて仕方なかったこと。おそらくそれで倒れたこと。

「クジネ・イザベル令嬢が、件の男爵令嬢ですね?」

「ご名答。女性から見ていかがですか? 彼女は」

「とても可愛らしい方ですね。守ってあげたいと強く思いました。キラキラ光が降り注いでいるようで。彼女のことをなんでも知りたくなりました」

「……そう思ったのに、どうして夜会を断れたのですか?」

「え? ああ、怖かったからです。少し言葉を交わしただけなのに、急に気持ちが盛り上がっていったのが普通ではない気がして。でもどうしてそんなことを聞かれるのです?」

 なぜそんなことを問われるのかがわからない。

「彼女と対した時に反応は2つ。リリアンのように急に魅せられてそのまま虜になるか、容姿は確かに可愛らしいなとどちらかというと反感を持つか。リリアンのように魅了されたようになりながらも彼女の望むことを断れる人は珍しいので」

 みんなが彼女をどう思ったか告げるわけではないだろうから、珍しいだけなのでは?と思ったが言わなかった。

「キラキラ光がと言ったね。どんなというのも難しいだろうけど、どのような感じなんだい?」

 わたしは思い出そうとする。

「ええと。若葉の合間の木漏れ日みたいな。あのキラっていうのが彼女に降っている感じです」

 テオドール様が考えこんでいる。

「皆様は彼女を見て反感を持たれたのですか?」

「どちらかというとね」

 と肩を竦める。

「薬や魔術を使っているかは調べたとおっしゃってましたよね?」

 可愛いのは事実だし。お近づきになりたいと思うと相手を知りたくなるのも当然だと思うが、今知ることができないとダメー!ぐらいに盛り上がったのは、自分の感情ではないみたいで怖くなった。だって、わたしすぐには感情がそこまで盛り上がらない。思い返して、あれはどういうことなのだろうと考え気持ちに気づく〝後からじっくりジワジワそっからドカーン〟と火がつくタイプだ。最初に火はついているのだろうけど、自覚は後からだ。

「ああ、もちろん調べたが何も出てこなかった」

 テオドール様がため息をつく。

「気になるのは今まではなかったが、呪いがファニー嬢には向けられたことだ」

 皆様が黙り込む。

「……皆様は、男爵令嬢が真に望むことはなんだと思われていますか?」

「精霊に関係する何かだとは思うが、わかっていない」

 タデウス様がおっしゃる。

「わたしはあの方は……そういう目的ではない気がするんです」

 わたしもわかっているわけではないんだけど。

「後ろに誰かいる、と?」

 わたしは頷いた。
 一晩たつと、令嬢を冷静に思い浮かべることができた。可愛いのは確かだけど、やはり急にあんなに彼女とお近づきになりたくなったのは〝変〟だった。そして彼女は、今思うと、うーーん、なんていうかあれは子供だ。あれが欲しいと指をさせばもらえると知っている子供。

「勝者に本当に欲しいもののありかを教えると思いますか?」

 子供だから、子供ながらの残酷さで簡単に覆すのではないだろうか。

「それも考えてはいますが、そこで躊躇っては何も始まらない」

 確かに。

「聞かなかったわたしもうかつですが、なんで彼女のこと教えてくれなかったんですか?」

「あなたはなるべく賭けについて知らない方がいいと思ったんです。知っていると、その反応でこちらのことがわかってしまうこともある」

 そうか、だから皆様わたしに詳しいことは話さなかったんだ。

「何を考えているんです?」

 マテュー様に尋ねられる。

「〝ファニー様〟の役目がなんなんだろう?と思って」

「ファニー様の役目?」

「誰の思惑かはわかりませんが、〝ファニー様〟と男爵令嬢が会いました。賭けのことをファニー様が知っていないか探るためだとも考えられますが、本当のところはわかりません。
 事実は会ったこと。会わされるように仕組まれたこと。〝ファニー様〟に何かをつけたこと。その後に〝ファニー様〟に呪いを送り、食事にも何かしらを仕込んだ。もし実際これが〝ファニー様〟の身に起きて、わたしたちが手を組んでいなかった場合、〝ファニー様〟はどうなったと思います?」

「……呪いにかかったり、体を悪くした」

 ラモン様が答えてくださる。

 食事に何かを入れられたと聞いた時は、打ちのめされた感があったけれど、一晩寝て、そしてご飯を作って食べられたらずいぶん落ち着いた。落ち着いたら、疑問がふつふつと湧いて出た。その混ぜられた薬草もお腹がちょっと緩くなるような物だという。呪い系はよくわからないけれど、弱い物と言われていた。

 それは何がしたいの? いや、打撃を与えたいのは間違いないだろうし。そして打ちのめされたけどさ、確かに。でも、傷つけるためなら生温いだろう。

「はい。でも軽いものだったようですね。悪さをするにしては」

「ファニー嬢を怖がらせる、危機感を持たせるのが目的だったってことか?」

「そして領地に帰らせる?」

「賭けに参加させないってことか?」

 あちらが勝つのに、ファニーが棄権するのは理に適っている。
 わたしも最初はそう思ったけれど……。

「……わたしは〝ファニー様〟が誰かを深く慕うようにしたかったのではないかと思いました」

「深く慕う?」

「ええ。そんな怖い思いをした時に助けてもらって、心を動かさない女性はいないでしょう?」

 もし、賭けのことを知らなくて、春の夜会に参加していたら。7人もの人に交際を申し込まれて、そして誰かに悪意を向けられたら。怖い、いやーってなるけど、そんな時に優しくしてもらったら? 
 交際を申し込まれた手紙でしか知らない相手。初めて会う方々。お茶会や夜会でエスコートしてもらう。舞い上がっている時に、冷水を浴びせられるが如く悪意にさらされる。そんな時に手を差し伸べてもらったら? 守ってもらったら? 元々皆様とてもいいかたで、それじゃなくてもスペシャルに上流の方々だ。そんな方に優しくしてもらったら、かなり絆される気がする。

「それでは賭けが成立するぞ」

「ええ、だから混乱するのですが、一連の嫌がらせがそのためとしか思えないんです」

 皆、それぞれに考え込む。

「賭けに俺たちを勝たせようとしているなら、それは何だか怖いですね」

 マテュー様が静かに言った。
 うん、賭けを仕掛けてきて、それに勝たせようとしてくるなら、わたしと誰かを婚約させたいということだ。それがあの男爵令嬢にとってどんな意味を持つというのだろう。

「待て、あちら側がこっちを勝たせようとしているか確定しているわけではないだろう」

 お兄様から待ったがかかる。

「そうですね。でしたら、はっきりさせるために、試してみましょう」

 試す? 皆がタデウス様をみつめる。

「僕たちの賭けを成功させようとしているのか、潰そうとしているのか、午後のお茶会で」


 今日のお茶会の予定はなかったみたいだが、昨日魔術巻のお披露目で騒動が起きたのと土砂降り雨により中途半端に終わったので、本日の午後、急遽開催されることになったらしい。王宮の催しでこういうイレギュラーにねじ込まれるのは異例だそうだ。
 そういえば魔術巻で何が起こったのか聞いてみれば、全ての巻物がパワーアップされていたそうだ。たまたまお茶会中に巻物を広げて試した人が、葉巻に火をつけようとして、恐ろしいほどの炎を生み出したという。なんでそんなことが起こったのかわからないが、回収して調べるために魔術師が必要だったみたいだ。神官様方もそんな何かがどうして起こったのか、仕組まれたものでないかを調べるために呼び出されたらしい。

 お茶会まではまだ時間があり、皆様お腹がすいたという。朝ごはんを作らせてもらったお礼を言い、何を作ったのかを話した。その流れで皆様に卵サンドを作ることになった。テオドール様がいらしたので、マヨを作るのに風の魔術で大活躍していただいた。
 お兄様たちが同じメニューになってしまうので、お兄様たちにはフレンチトーストにしてハムとチーズを挟んだのを作ったら、そっちも食べたいというのでもう一度作る羽目になった。
 けれど、やることがあり、あまり考えこまずにいられたのは、よかったことかもしれない。
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