失国の令嬢舞い戻る - 婚約者に裏切られ、妹に毒殺されそうになったわたしは国を離れ、夫となった大公と大軍を率いて舞い戻る -

斎藤 まめ

文字の大きさ
11 / 50
第一章

第11話 口移しでフグ毒を投与

しおりを挟む
 この話の主な登場人物

 カトリーヌ 主人公(わたし)
 フランツ 護衛
 ヒルダ 家庭教師

  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 と、そのときである。

「ぁ……ぁぁ」

 わたしは意識を回復し、か細い息が出た。

「お嬢さまの意識が、意識が戻られた!」

「カトリーヌさまっ!」

 フランツが叫ぶ。
 ヒルダが呼びかける。
 その声がする。
 だけどわたしの目は二人を捉えることができない。

「目が、目がみえない。声がするのに、二人が見えない。どこなの……こふっ、けふっ……どこに」

 耳にはかろうじて声が届きはするものの、視界に何も入ってこないのだ。
 わたしはそれに恐怖した。
 そして言葉が続かず、はぁはぁと荒い息をする。

「カトリーヌお嬢さま、わたしです、フランツです。わたしはここにいます!」

 そう言ってわたしの手を握ってくれた。

「ああっ、フランツ、居るのね。けふっ」

「お嬢さま、わたしも居ます。ヒルダです!」

 彼女もわたしの手を握ってくれる。
 わたしはを二人の手を握り返そうとするが、それも力が入らない。
 だから覚悟した。

「もう目が見えない。……力も入ら、ない。息も、く、くるしい。いよ、いよ、おわかれ、こふっ」

「カトリーヌお嬢さま、お気をたしかに。そんなことを言ってはダメだ。でも、もし逝かれてもご安心ください、わたしか黄泉路までご一緒します。決して一人にはさせません。どこへ行かれても、わたしが側に居続けます!」

「ああっ、フランツ、う、嬉しい。でも、それは、だ、だめ、こふっ、こふっ」

「ヒルダもお供します。わたしを友人と呼んでくれたお嬢さま、決して、決してお一人にはさせませんっ」

「だ、だめよ、ヒルダも。そ、んなことを、言っては」

 瞳孔が開ききったわたしの目がどんよりと光を失っているのを、フランツとヒルダは見る。
 それはもう、どんどんと生きている人でなくなっている証拠。

「ヒルダ殿、例の物を」

 フランツに促されたヒルダがこくんとうなずく。
 そして言った。

「今からお嬢さまにフグの肝を飲んでいただきます」

「フ、グ」

 もう私は考えることもほぼできなくなっている。
 ただ、それが恐ろしい毒なことが分かっている。
 だから、この苦しみから解放するために安楽死させるのだと早とちりした。

「も、もう、助からないから……ふけっ……おだやかな、死を……はぁはぁ……そういうこと、なのね」

「お嬢さま、違います、違います!」ヒルダが叫ぶ。そしてこう続けた。「お嬢さまは神経毒に犯されています。だからそれの吸収を阻害するためにフグ毒を投与するのです!」

 わたしは思考が定まらない。
 言われた意味も理解できていなかった。
 でも、必死に手段を講じてくれようとしていることだけは伝わった。

「お、お、ねが、い」

 ヒルダはフグの卵巣、その一部をペティナイフで細かく砕き、水で溶いた。
 それをスプーンですくって、わたしの口の中に流し込もうとする。
 だけど苦しさから飲み込めない。
 無意識に顔を背けてしまう。

「ああっ」

「お嬢さま、これを、これを飲むのです」

「むり、で、す。く、くるしくて……けふっ」

「ああ、どうか、これを」

 ヒルダが泣いている。
 飲まそうとするが、身体が受け付けないのだ。
 意を決したフランツが、「わたしが何とかする」と言った。
 そして意識を失いかけたわたしに語りかける。

「カトリーヌお嬢さま、お聞きください。いまからわたしが口移して飲ませます。お叱りはあとで、どんな罰でも構いません。でもいまは、まず、そのお命を救うことを第一に、よろしいですね」

「フ、フランツ殿、お、おねがい、します」

 わたしは次第に意識が遠のき、もう目だけではなく、精神も暗闇に沈もうとしている。
 暗闇がこの世界のすべてになっていこうとしている。
 死が、わたしの世界になろうとしている。
 それがわかる。

 フランツは小皿を受け取ると、フグの卵巣を溶いた水を口に含む。
 そしてわたしの額に手をやり、顔にかかっている髪をより分ける。
 その顔に自分の顔を重ねた。
 唇が触れる。

 この冷たい、そして苦しいだけの暗闇の世界で、その感触は暖かく、そして光った。
 まるで暗黒を切り裂くように暖かい陽光が差し込んでいるかのようだった。

 微かに開かれた口に液が流れ込んでくる。
 でも、わたしはそれを飲み込めない。

 と、そのとき、わたしの口の中に柔らかい物が入ってきた。
 それはフランツの舌だった。
 彼の舌がわたしの舌をそっと押し、食道を空ける。
 するっと液がのどを通過する。
 わたしは苦もなく、こくこくと液体を飲んだ。

 全て飲み終えたことを確認したフランツの唇が離れる。
 彼の唇。
 それは、暗闇の牢獄に捕らわれたわたしの、陽光のような明るい希望。
 それが無くなり、また暗黒に引き戻されるかのような寂しさ、いいえ、恐怖を覚えた。
 心細さを覚えたわたしは、「ぁぁ」と小さく声を息を吐く。そして、「いっちゃやだ」と言葉を漏らした。
 さらに彼を探し続けた。

「フランツ、フランツ、どこなの。いっちゃやだ、わたしを一人にしないで」

 迷子の子供のようにうろたえた。

「わたしは、ここに。ずっと側に居ります、ご安心を」

 彼はそう優しく語りかけながら、額を撫でてくれた。

「お嬢さま、ヒルダもここに居ります。ずっと離れません」と彼女もぎゅっと手を握ってくれた。

「ヒルダ、ヒルダもそこに居るのね。うれしいわ」

 そのときである。
 御殿医のベルモンが白衣に袖を通しながら部屋に入ってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日7時•19時に更新予定です。

ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ
恋愛
聖女アリアは、魔王討伐後は用済みとされ、国から冷遇される日々を送っていた。心も体も疲れ果て、聖女という役割に絶望していたある日、伝説の「終焉の黒竜」が彼女を攫っていく。 誰もが生贄になったと嘆く中、アリアが連れてこられたのは雲上の美しい城。そこで竜は絶世の美青年カイザーへと姿を変え、「お前を守る」と宣言する。 待っていたのは死ではなく、豪華な食事に癒やしの魔法風呂、そして何より不器用で真っ直ぐなカイザーからの過保護すぎるほどの溺愛だった。 これは、全てを諦めた聖女が、世界最強のイケメンドラゴンに愛され、本当の自分と幸せを取り戻していく、極甘ラブストーリー。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...