失国の令嬢舞い戻る - 婚約者に裏切られ、妹に毒殺されそうになったわたしは国を離れ、夫となった大公と大軍を率いて舞い戻る -

斎藤 まめ

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第一章

第18話 東方商会

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 この話の主な登場人物

 カトリーヌ 主人公(わたし)
 フランツ 護衛
 ヒルダ 家庭教師

  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 その間、家庭教師のヒルダはドアの外に居た。
 最初、彼女は自室に戻ろうとしたけれど、誰かがお嬢さまの部屋に来てはならないと、ドアの前で立っていたのだ。
 両手を後ろにして、ドアに背中を押しつけるようにして寄りかかり、そこにずっと立って見張ってくれていたのだ。
 そして背後でするかすかな会話を聞きながら、「いいなぁ、わたしにも素敵な殿方が現れないかなぁ」とつぶやいていた。


 と、そのときのことだった。
 二階の廊下を挟んだ対面の窓の外は、広大な裏庭になっている。
 そこに馬車の車列が入ってくるところがヒルダの目に入ったのだ。

 一見して当家の馬車でないことがわかる。
 しかも大きい。
 その馬車は黒塗りで、しかも旗が独特だった。
 黒地に赤い縦帯。そして黒い十時の紋章がある。

 ──あれはたしか東方商会の旗印。

 そんな馬車が幾両もあった。
 そしてである。
 馬車から多数の人々が降りてきた。
 その馬車は旅客用の優雅な物ではなく、兵員輸送のためのものだ。
 みな、同じ出で立ち、姿形をしている。

 全身黒づくめで股が膨らんだ乗馬ズボンと膝まである長めの乗馬ブーツを履いている。
 上半身は胸までボタンのある詰め襟のジャケット。
 そして頭には、前後に長い、つばのない帽子をかぶっている。
 腰には細身の剣。
 それは鞘も柄も黒で、ところどころに銀で細工がある。
 そんな集団だ。

 彼らはすぐに隊伍を組むと、各地に赴いていった。
 まるで初めから行く場所が決まっているかのようだった。
 ヒルダはその光景を記憶に留める。

 ──商会の護衛キャラバンといったところかしら、それにしても異様ね。

 そう思ったのだ。


 ヒルダは廊下を行くメイドをつかまえては立ち話をして時間をつぶし、しばらくしてからドアをノックした。

「どうぞ」と声がしたのでドアを開ける。
 そして頭を横にして、顔の目だけを室内に入れ、「お済みですか?」と聞いた。

「な、何のこと?」

 わたしは突然のことで顔を真っ赤にする。

「いえ、終わったのかなーって」

 ヒルダは相変わらず目だけを室内に入れてそう訪ねる。

「もう、いいから、早く入ってっ」

 わたしはまだ大きな声は出せないから、それでも小さいながら精一杯に言った。
 横ではフランツがくすくすとはにかんでいる。
 ヒルダは両手をお腹の前あたりに置き、ちょっと頬を赤らめて、つつっと言う感じでやってきた。

「おじゃまでしたか」

「まだそんなこと言ってる。終わったわよ」

「あっ、終わったんですね」

 そんなやり取りを聞いたフランツが笑っている。

「くっくく、だめだ。二人ともおかしい」

「フ、フランツ、まるで人ごとみたいに」とわたしが抗議する。

「もう痴話げんかですか」とヒルダがあきれている。

「も、もう。いいこと、今後の話をしますわよ」

 なにやら先ほどから会話がかみ合っていない。
 だからわたしは話の流れを変えることにした。
 そのとき、ヒルダが、「あっ、そうだ」と、先ほど廊下で見た車列の話をした。
 不思議な馬車群とそこから現れた武装した集団のことを見たままに。

「その護衛キャラバン、確かにここ最近、邸宅内でもよく見かける」

 フランツが言った。

「東方商会って、確か、出入り商人のラジモフが所属している商工連合ですよね」

 ヒルダがあごに人差し指を置き、天井を見ながら記憶をたどる。

「ええ、大陸全域、遠い海の向こうまで販路を広げている商社の集合体よ。ラジモフはそこの幹部なの。そしてお父さまとも長らく懇意になさっているわ」

「商社や商工の集団というけど、そこの武装キャラバンは強力で並の山賊では手が出せない。それだけではなく、連中、傭兵も扱っている。小さな国なら、軍隊の大半を東方商会の傭兵でまかなっているほどだ」

「手広くやってんのねえ」

 ヒルダが関心したように、ため息ともつかない言葉を吐いた。

「武器の製造販売もやっているし、それで傭兵も取り扱っている。さらに小麦粉やお肉、香辛料、木綿や絹といった布、さらに薬品まで。取り扱っていない商品はないほどよ」

 わたしは自分で言った言葉、「薬品」に何か引っかかりを覚える。

「まるで国土を持たない国家だな」

 そのフランツの評価は正鵠を言い表していた。
 そう、東方商会は国土を持っていないが、あちこちの国の中枢にまで入り込んでいる。だから大国と何ら変わらない。
 そんな存在が当家に出入りしている。
 それが妙に心に重くのし掛かっていた。
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