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第一章
第37話 みんなでヒルダを褒め殺す
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この話の主な登場人物
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
デニス 金髪の剣士
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしたちはデニスの率いる部隊、その幕舎に案内された。
天幕が張られた一番大きなテントがデニスと部隊の本部になっていたのだ。
「いま従兵にコーヒーを入れさせますから」と言ったデニスは、他の事柄までテキパキと指示を出して行く。
そして彼は手ずからポットのコーヒーを注ぎ、「それにしても間に合って良かった」そう言ながら勧める。
「賊が多いんですか」とカップを受け取りながらフランツが聞く。
「ええ、ここいらは国境が複雑に入り組んでいるので、捕まえにいくとあいつら隣国に逃げ込んでしまうんです。それで網を張っていたら、皆様方ご一行が襲撃されているところに出くわして、それで一網打尽にできました」と言ってデニスは自ら入れたコーヒーを飲んだ。
「捕まえた賊も多いみたいだけど、彼らはどうなります」とフランツが幕舎の外、連行される賊を見て言った。
「やつらは、全員、断頭台送りです。容赦しません」
「詮議して罪の軽重を計ったりはしないのですか?」とわたしは聞いた。
たずねられたデニスはテーブルの上に置いた手をぎゅっと握って言った。
「しません」
「それはなぜ」
「残酷なやつだ。ゲルマニアはやることが野蛮だと、そうお思いですか?」
「いいえ」とわたしはかぶりを振り、そして、「何か理由があるのでは」と聞いた。
デニスはまじめな表情で口を開く。
「わたしも初めの頃はなるべく捕まえて、そしてできうる限り詮議をして懲役を決めていました。だけどれそは間違いだった」
彼は手をさらに握りしめた。
そして、小さな声で、「あんなことはもう沢山だ」とつぶやく。
横に座っているヒルダが、彼の手にそっと自分の手を乗せた。
それを見たデニスがふっと微笑む。
そして言葉を続けた。
「追いはぎ、物盗りをするだけで誰も殺していないという盗賊を何人も捕まえましたが、詮議ののち、証人からそれが本当だとわかりました。金品、馬車や馬は強奪されたけれど解放されたと、そのような商人たちの証言があったのです。だからそのような盗賊らの懲役も比較的軽く、刑期を終えると釈放された。これで真人間となり社会に貢献してくれると期待して、だけど」
「その者達は、また盗賊に戻った。そしてこんどは人を殺し始めた」
フランツが言う。
それをデニスが肯定する。
「ええ、そうです。彼らは証人が居るから自分たちが捕まったと考え、だから生かさずに殺すことをし始めた。たいした稼ぎにならなくとも、簡単に殺しはじめる。そうなってゆく」
わたし達はそれを黙って聞いた。
ヒルダのデニスを見る目が心配そうにしている。
「それら賊を捕まえたあと、証言に従って捜索しました。そして無数の遺体を発見した。どれも無残な朽ち果てた姿で、それを遺族に見せるのはしのびなくて、埋葬ののち遺品だけを家族に」
デニスは視線を落としながら続けた。
「父親の遺品をみて泣き叫ぶまだ幼い女の子、そして息子。嗚咽をもらして泣き崩れる妻。さらに息子が帰らぬ人となり、絶望する夫婦。そんな人々を沢山見てきた。とくに小さな女の子が父親の名前を呼びながら泣き叫ぶ声、それはわたしの耳に今も残っています。こうやって思い出すと、ここにそれが聞こえてくる」と自分の耳にそっと触れる。
さらに言葉を続けた。
「それが何人も何人も。いまも忘れられません、忘れたことがない。わたしは間違っていたと悟った。悪人にわずかな情けをかけたために善良な人々が苦しむことを知った。だから、あのような者共を決して許してはならないと、容赦しないと心に誓ったのです」
その話を聞いて分かった。
だからデニスは賊に対して、「生かさぬ」と宣言したのだと言うことを。
あれはこのような事例を目の当たりにしたからこそなのだと。
「デニス殿、遺族に遺品をわたす役割、それを彼方が自らなさっているの?」
そのわたしの問いかけに、彼はこう言った。
「こんな辛いことを、あまり人に任せることはしたくはありません。だからなるべく自ら家々に赴いて許しを請いました、わたしが不甲斐ないばかりにこのようなことになったと謝罪して」
それを言い切ったデニスの表情は悲痛そのものだった。
ヒルダは涙を浮かべてデニスの手を握り、「お辛い役目ですね」と言った。
彼はその彼女の手に自分の手を重ね、「ありがとう」と微笑む。
「それにしてもへんだな」と口を開いたのはフランツだった。彼は、「盗賊にしては規模が大きいし、それにある程度は統率も取れている。なんか妙だ」
「それは背後から糸を引いている連中が居るからです」
「それはどんな」
フランツが聞いた。
その答えは意外だった。
「東方商会をご存じですよね」
その言葉を聞いたわたしたち、つまりフランツとヒルダ、そしてわたしは表情がこわばる。
そしてデニスはそれを見逃さなかった。
彼は、「何か心当たりでも」と聞いた。
フランツは、「実は我々がこにこ居るのも、その東方商会が強く関係しているのです」と口火を切り、これまでの顛末を語り聞かせた。
フォルチェ家に東方商会が入り込み、暗躍し、それでわたしの命が狙われ、こうして逃亡しているのだと言うことを、その一部始終を語り聞かせた。
「それがご令嬢がここに居られる理由ですか」
「ええ、そうです」
わたしはうなずいた。
「でもなぜ東方商会が盗賊と連んでいるんでしょう。だって武装キャラバンなどで強盗や盗賊を排除しているほどなのに」とヒルダは疑問を口にする。でもそのあとに、「もしかして市場の独占が目的とか」と言った。
その言葉にデニスは驚いた表情をする。
「よくおわかりですね、その通りです」
「ヒルダはね、七歳で大学で学ぶと同時に学生に講義までした才女なのですよ」とわたしは説明した。
「ヒルダさんって、そんなに頭が良いんですかっ!」
「いや、そんな頭がいいとかないです、ただ早くから勉学していただけです。他に取り柄とかなーんもないですし、それにカトリーヌお嬢さまのような気品も持っていないです」とヒルダは頬を染める。
「お茶やカフィ入れるのも上手じゃない」との、わたしの言葉。
「そんなのたいしたことじゃあ」とヒルダはもじもじとする。
「何を言っているんですっ!」と力強く言葉を放ったのはデニスだった。
彼はヒルダの両手をしっかりと握り、「七歳で講義をするほどの才女で、しかもお茶を入れるのがうまい。さらにこんなにたおやかで可愛いとか、もうこれは国の宝ですよ」と力説したあと、血走った目でわたしの方を見て、「そうですよね!」と言った。
わたしは微笑みながら、「はい、ヒルダは国の宝です。そしてわたしのお友達です」と小首をかしげた。
「カトリーヌの危機を何度も救った英雄で、脅威に果敢に立ち向かう勇者。頭脳だけでなく、勇気の塊でもありますよ」
そう評価したのはフランツだった。
「も、もう、みんな止めてください、わたしを褒め殺ししてどうしようというのですかっ」とヒルダの顔は真っ赤だった。
「褒め殺しではなく、だってヒルダさんは人類の宝だから」とデニスは言う。
一瞬の間に国の宝から人類の宝に昇格していた。それを聞いたわたしとフランツは、──ヒルダが彼方の宝だからでは。と思ったけれど、野暮なので黙っていた。
「わた、わたしのことより、東方商会のことですよ。あの集団は市場独占のために他の商人を排除、そしてそのために賊を利用しているとか、そういう話なんじゃないですか」
ヒルダは話の流れを変えようと必死だ。
「ああ、そうでしたね。でもヒルダさんが宝物なのは本当だから」
「もう、デニスったら」
そのヒルダの彼への呼びかけ、それが呼び捨てに変わっていた。
「ははっ、すまない。でも、よくそこに気がつきましたね。そうです、東方商会と賊が連んでいるのは市場を独占するためです。他の行商人を排除したり、物品が街に入れなくさせるためです。そして東方商会の取り扱う商品は無事に街に到着し、問屋や商店は彼らと取引をせざるを得なくなる。そうすれば市場を独占できて莫大な利益と利潤を生みます。そういった理由のために盗賊を手なずけ、他の商隊を襲わせているのだと考えられますが、でも、まだその証拠がない」
わたしは離れた土地でも商会が暗躍しているということに驚くとともに、彼らの力がどんどんと強大になっていることに暗澹たる気持ちになる。
そんな表情をデニスに見られていた。
「でもご安心ください、いつの日か必ず賊と連中を操っている商会を完全に排除してみせます」
デニスはそう言い切り、「できればヒルダさんにも手伝ってほしい」と優しい微笑みを彼女に向けた。
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
デニス 金髪の剣士
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしたちはデニスの率いる部隊、その幕舎に案内された。
天幕が張られた一番大きなテントがデニスと部隊の本部になっていたのだ。
「いま従兵にコーヒーを入れさせますから」と言ったデニスは、他の事柄までテキパキと指示を出して行く。
そして彼は手ずからポットのコーヒーを注ぎ、「それにしても間に合って良かった」そう言ながら勧める。
「賊が多いんですか」とカップを受け取りながらフランツが聞く。
「ええ、ここいらは国境が複雑に入り組んでいるので、捕まえにいくとあいつら隣国に逃げ込んでしまうんです。それで網を張っていたら、皆様方ご一行が襲撃されているところに出くわして、それで一網打尽にできました」と言ってデニスは自ら入れたコーヒーを飲んだ。
「捕まえた賊も多いみたいだけど、彼らはどうなります」とフランツが幕舎の外、連行される賊を見て言った。
「やつらは、全員、断頭台送りです。容赦しません」
「詮議して罪の軽重を計ったりはしないのですか?」とわたしは聞いた。
たずねられたデニスはテーブルの上に置いた手をぎゅっと握って言った。
「しません」
「それはなぜ」
「残酷なやつだ。ゲルマニアはやることが野蛮だと、そうお思いですか?」
「いいえ」とわたしはかぶりを振り、そして、「何か理由があるのでは」と聞いた。
デニスはまじめな表情で口を開く。
「わたしも初めの頃はなるべく捕まえて、そしてできうる限り詮議をして懲役を決めていました。だけどれそは間違いだった」
彼は手をさらに握りしめた。
そして、小さな声で、「あんなことはもう沢山だ」とつぶやく。
横に座っているヒルダが、彼の手にそっと自分の手を乗せた。
それを見たデニスがふっと微笑む。
そして言葉を続けた。
「追いはぎ、物盗りをするだけで誰も殺していないという盗賊を何人も捕まえましたが、詮議ののち、証人からそれが本当だとわかりました。金品、馬車や馬は強奪されたけれど解放されたと、そのような商人たちの証言があったのです。だからそのような盗賊らの懲役も比較的軽く、刑期を終えると釈放された。これで真人間となり社会に貢献してくれると期待して、だけど」
「その者達は、また盗賊に戻った。そしてこんどは人を殺し始めた」
フランツが言う。
それをデニスが肯定する。
「ええ、そうです。彼らは証人が居るから自分たちが捕まったと考え、だから生かさずに殺すことをし始めた。たいした稼ぎにならなくとも、簡単に殺しはじめる。そうなってゆく」
わたし達はそれを黙って聞いた。
ヒルダのデニスを見る目が心配そうにしている。
「それら賊を捕まえたあと、証言に従って捜索しました。そして無数の遺体を発見した。どれも無残な朽ち果てた姿で、それを遺族に見せるのはしのびなくて、埋葬ののち遺品だけを家族に」
デニスは視線を落としながら続けた。
「父親の遺品をみて泣き叫ぶまだ幼い女の子、そして息子。嗚咽をもらして泣き崩れる妻。さらに息子が帰らぬ人となり、絶望する夫婦。そんな人々を沢山見てきた。とくに小さな女の子が父親の名前を呼びながら泣き叫ぶ声、それはわたしの耳に今も残っています。こうやって思い出すと、ここにそれが聞こえてくる」と自分の耳にそっと触れる。
さらに言葉を続けた。
「それが何人も何人も。いまも忘れられません、忘れたことがない。わたしは間違っていたと悟った。悪人にわずかな情けをかけたために善良な人々が苦しむことを知った。だから、あのような者共を決して許してはならないと、容赦しないと心に誓ったのです」
その話を聞いて分かった。
だからデニスは賊に対して、「生かさぬ」と宣言したのだと言うことを。
あれはこのような事例を目の当たりにしたからこそなのだと。
「デニス殿、遺族に遺品をわたす役割、それを彼方が自らなさっているの?」
そのわたしの問いかけに、彼はこう言った。
「こんな辛いことを、あまり人に任せることはしたくはありません。だからなるべく自ら家々に赴いて許しを請いました、わたしが不甲斐ないばかりにこのようなことになったと謝罪して」
それを言い切ったデニスの表情は悲痛そのものだった。
ヒルダは涙を浮かべてデニスの手を握り、「お辛い役目ですね」と言った。
彼はその彼女の手に自分の手を重ね、「ありがとう」と微笑む。
「それにしてもへんだな」と口を開いたのはフランツだった。彼は、「盗賊にしては規模が大きいし、それにある程度は統率も取れている。なんか妙だ」
「それは背後から糸を引いている連中が居るからです」
「それはどんな」
フランツが聞いた。
その答えは意外だった。
「東方商会をご存じですよね」
その言葉を聞いたわたしたち、つまりフランツとヒルダ、そしてわたしは表情がこわばる。
そしてデニスはそれを見逃さなかった。
彼は、「何か心当たりでも」と聞いた。
フランツは、「実は我々がこにこ居るのも、その東方商会が強く関係しているのです」と口火を切り、これまでの顛末を語り聞かせた。
フォルチェ家に東方商会が入り込み、暗躍し、それでわたしの命が狙われ、こうして逃亡しているのだと言うことを、その一部始終を語り聞かせた。
「それがご令嬢がここに居られる理由ですか」
「ええ、そうです」
わたしはうなずいた。
「でもなぜ東方商会が盗賊と連んでいるんでしょう。だって武装キャラバンなどで強盗や盗賊を排除しているほどなのに」とヒルダは疑問を口にする。でもそのあとに、「もしかして市場の独占が目的とか」と言った。
その言葉にデニスは驚いた表情をする。
「よくおわかりですね、その通りです」
「ヒルダはね、七歳で大学で学ぶと同時に学生に講義までした才女なのですよ」とわたしは説明した。
「ヒルダさんって、そんなに頭が良いんですかっ!」
「いや、そんな頭がいいとかないです、ただ早くから勉学していただけです。他に取り柄とかなーんもないですし、それにカトリーヌお嬢さまのような気品も持っていないです」とヒルダは頬を染める。
「お茶やカフィ入れるのも上手じゃない」との、わたしの言葉。
「そんなのたいしたことじゃあ」とヒルダはもじもじとする。
「何を言っているんですっ!」と力強く言葉を放ったのはデニスだった。
彼はヒルダの両手をしっかりと握り、「七歳で講義をするほどの才女で、しかもお茶を入れるのがうまい。さらにこんなにたおやかで可愛いとか、もうこれは国の宝ですよ」と力説したあと、血走った目でわたしの方を見て、「そうですよね!」と言った。
わたしは微笑みながら、「はい、ヒルダは国の宝です。そしてわたしのお友達です」と小首をかしげた。
「カトリーヌの危機を何度も救った英雄で、脅威に果敢に立ち向かう勇者。頭脳だけでなく、勇気の塊でもありますよ」
そう評価したのはフランツだった。
「も、もう、みんな止めてください、わたしを褒め殺ししてどうしようというのですかっ」とヒルダの顔は真っ赤だった。
「褒め殺しではなく、だってヒルダさんは人類の宝だから」とデニスは言う。
一瞬の間に国の宝から人類の宝に昇格していた。それを聞いたわたしとフランツは、──ヒルダが彼方の宝だからでは。と思ったけれど、野暮なので黙っていた。
「わた、わたしのことより、東方商会のことですよ。あの集団は市場独占のために他の商人を排除、そしてそのために賊を利用しているとか、そういう話なんじゃないですか」
ヒルダは話の流れを変えようと必死だ。
「ああ、そうでしたね。でもヒルダさんが宝物なのは本当だから」
「もう、デニスったら」
そのヒルダの彼への呼びかけ、それが呼び捨てに変わっていた。
「ははっ、すまない。でも、よくそこに気がつきましたね。そうです、東方商会と賊が連んでいるのは市場を独占するためです。他の行商人を排除したり、物品が街に入れなくさせるためです。そして東方商会の取り扱う商品は無事に街に到着し、問屋や商店は彼らと取引をせざるを得なくなる。そうすれば市場を独占できて莫大な利益と利潤を生みます。そういった理由のために盗賊を手なずけ、他の商隊を襲わせているのだと考えられますが、でも、まだその証拠がない」
わたしは離れた土地でも商会が暗躍しているということに驚くとともに、彼らの力がどんどんと強大になっていることに暗澹たる気持ちになる。
そんな表情をデニスに見られていた。
「でもご安心ください、いつの日か必ず賊と連中を操っている商会を完全に排除してみせます」
デニスはそう言い切り、「できればヒルダさんにも手伝ってほしい」と優しい微笑みを彼女に向けた。
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