【R18】転生聖女は四人の賢者に熱い魔力を注がれる【完結】

阿佐夜つ希

文字の大きさ
25 / 102
第二章

25 一度目の祈り

しおりを挟む
 静寂と、時折小さな水音と。
 祈りを捧げる前のお清めは、神殿の一室に湧く泉に浸かるだけという簡素さだった。
 石造りの壁の高いところにある小窓から日の光が幾筋も差し込んできている。ヒナリは煌めく水面を見渡しつつ、手で水を掻いてそっと波立たせた。

(綺麗な場所だなあ)

 足の届く水底に歩を進めて泉の中央に立ち、目を閉じる。広い空間でたったひとり、全裸でいるというのは何とも落ち着かない。しかし心に沁み入る静けさと冷たすぎない水が、少しずつ心を穏やかにさせていく。

(さすがに泳いじゃダメだよね……)

 ヒナリは今朝起きたときから朝食が喉を通らないほどに緊張していた。にもかかわらず、泉に浸かるうちに、そんなゆるいことを考え出せる程度には平常心を取り戻せたのだった。


 ふたりのメイドがヒナリの身繕いをしていく。
 今回の下着は降臨直後のようなセクシーな下着ではなく、純白の生地でできたごくシンプルなものだった。
 その上から滑らかな肌触りのローブを着せられれば、たちまち姿見の中に崇高なる聖女ができあがる。
 ヒナリがすっかり落ち着いた一方で、ヒナリの長い銀髪を懸命に梳いているミュリエルとレイチェルは揃って硬い表情をしていた。

「ふたりとも緊張してる?」

 口元を微笑ませて尋ねれば、鏡越しにミュリエルが小さく頷く。

「はい……。この日のために長年準備をして参ったものですからどうしても……。申し訳ございません、ヒナリ様の緊張を少しでも解きほぐして差し上げるべき立場であるにもかかわらず、我々の方が固くなってしまって」
「ううん、気にしないで。さっきお清めの泉に浸かってたら、いつの間にか緊張がほぐれてたの」

 ふたりのメイドがほっと息をつく。
 鏡の中で目を見合わせたあと、レイチェルがヒナリを見て笑顔を輝かせた。

「それは大変良うございました。ヒナリ様の御心が安らいだなら、我々も望外の喜びです」



 身支度を終えて貴賓室から出ると、四人の賢者が待ち構えていた。皆揃いの白いローブをまとっている。
 普段の賢者たちの服装とは違う神々しい装いに、ヒナリは思わずにこにことしてしまった。

「みんなそのローブとっても良く似合ってる! 本当に素敵……!」

 イケメンが清楚な出で立ちをしたならそれはもはや見栄えがするどころの騒ぎではない。
 いいものを見ちゃったなとヒナリが喜んでいると、アルトゥールが歯を見せて笑った。

「ヒナリ、緊張しているかと思ったが大丈夫そうだな」
「うん、お清めの泉に浸かってたら緊張感がどっか行っちゃった」

『それは何よりだ』とアルトゥールが何度も頷く一方で、クレイグが眼鏡を上げ直して金色の目を鋭くした。

「ヒナリ、自覚していない緊張ほどたちが悪いものはありませんよ。これから大勢が見守る中、あなたが先頭に立って聖壇まで歩いていくのですからね」
「そ、それはっ、わかってるけど……!」

 事前に段取りを聞いてはいたものの、その光景を思い描いた途端に体が固まってしまった。静まっていたはずの心臓が、にわかに騒ぎ出す。
 直後、ベルトランが向きになった口調でクレイグを咎め出した。

「クレイグ、君ねえ! せっかく落ち着いていたヒナリをまた緊張させるなんて、無神経にもほどがあるでしょう」
「賢者がすべきことではない、ということだけは確かだね」

 白け顔のダリオが続く。

「くっ……! 余計なことを言ってしまって申し訳ございませんでした、ヒナリ」

 ふたりの賢者に責められて気まずげな表情に変わったクレイグが、胸に手を当ててヒナリに頭を下げる。

「ううん、大丈夫だよクレイグ、心配してくれてありがとう」

 笑みを浮かべてみせれば、たちまちクレイグの顔が紅潮する。
 その赤面を他の賢者たちにからかわれる様子を見るうちに、よみがえりかけた緊張感は再び和らいでいったのだった。


    ◇◇◆◇◇


 巨大な扉が開かれて、祈りの間に踏み込む。
 神殿に勤める人々と王族、そして高位貴族たちが一斉にヒナリを見た。
 参列者の期待のまなざしを浴びた瞬間、心臓が一度強く脈打ち、全身が凍り付いた。
 慎重に息を吸い込み、自身を奮い立たせる。

(大丈夫、賢者のみんながついていてくれてるんだから)

 そう自分に強く言い聞かせて、赤い絨毯の上を一歩一歩進んでいく。後ろから聞こえる四人の足音に頼もしさを覚える。

 人々の居並ぶ座席を通り過ぎると、聖壇前の階段まで延びる絨毯の両側には聖騎士団の十人が左右に分かれて立っていた。剣を縦に構えて直立不動の姿勢を取っている。
 ヒナリたちが彼らの前を通り過ぎた途端に揃った金属音が聞こえてきた。その場に膝を突いたのだろう。
 事前に聞いた話によると、聖女が初めておこなう浄化の際、彼らの身にまとう鎧に聖女の加護が付与されるという。

 聖壇に続く階段の前で、今度は賢者たちが立ち止まり、膝を突く。ここから先は、ひとりで進まなければならない。
 女神像の前に立つ。見上げた石像は、つい先日出会った女神とよく似てはいたが、率直に言って目を見張るほどの美貌ではなかった。

(本物の方が美人だったな)

 などと呑気に思いながら、胸の前で手を組み合わせる。
 ここまで来て、自分でも驚くほどに緊張感が解けていることに気付く。

(女神様がリラックスさせてくれたのかな? ありがたいな)

 ヒナリは口元を微笑ませると、頭の中に祈りの言葉を思い浮かべた。
 この言葉を一度女神像に向けて発したあと、心の中で願い事を繰り返し、願いが届いたと実感できる瞬間まで唱え続ける。それが祈りの儀における聖女の役割だという。
 祈りの言葉は発音が難しかった。賢者たちに何度も言ってもらったが、賢者たちにとってもその独特な言葉は言いづらかったらしく、滑らかに発音できるようになるまで五人で丸一日かけて練習したのだった。

(みんな、練習に付き合ってくれて本当にありがとう)

 女神と賢者とに感謝の気持ちを抱けば、たちまち胸にぬくもりが湧いてくる。
 ヒナリは口元を微笑ませながらゆっくりと息を吸い込むと、祈りの言葉を聖壇に響かせた。


「――エトゥンピラオス・エァミプレリー・アングタ・エス」

 
 女神ポリアンテスよ、我が祈りを叶えたまえ――!


 そして、まぶたを下ろして心の中で強く祈る。
 広大な大地から不浄なものが溶け出し霧散していくイメージを思い浮かべる。その光景が何の意味を持つかは知らないが、それが浄化そのものであると教えられたままに、大地が清められていく様子を一心に思い描く。

 それを続けるうちに、体に異変が起こった。

(体が熱い……!?)

 呼吸が乱れるほどの灼熱に襲われて、意識が霞みそうになる。祈った際に体温が上がるだろうと事前に聞いてはいたものの、想像以上の熱さだった。
 今は倒れちゃだめ――奥歯を噛み締めて、頭の中でたったひとつの願いに縋り付くように、浄化の光景だけを脳裏に描き出す。

 次の瞬間。

(わわっ!?)

 下ろしたまぶた越しに強い光が見えて、咄嗟に目を開く。するとヒナリの胸の中心から目映い光が溢れ出ていた。
 おお、と背後からどよめきが聞こえる。

 その光は徐々に範囲を広げていき、祈りの間の床と壁、そして天井全体を明るく染め上げ――光の粒となり、聖壇と、人々の頭上に降り注いでいった。


 ずっと組み合わせていた手を下ろせば、汗がどっと吹き出す。
 ふらつきそうになる足元を見つめつつ、壇上でゆっくりと振り返ったその瞬間。

 万雷の拍手に包まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...